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学園から帰って、アリアは大きく息を吐き出した。前回は何も考えずに、感情でものを話していたから別に疲れすら感じなかったけれど、今は違う。
私がクラレンス公爵家の令嬢だからと言って、何を言っても許される訳では無いと知ったのだ。
だから自分の言った言葉の影響を常に考えて動くようにしたのだ。
「私、変なこと言ってなかったかしら。」
「いやいや、充分変だったぜ、今日のお嬢も。」
部屋に入って思わず呟けば、苦笑混じりにヴィノスがアリアに告げる。そしてさも当たり前かのように、アリアが座るソファの向かいに座る。
「そろそろ教えてくれよお嬢。最近のお嬢はガチで変だぜ?」
どこか、探るような視線。その上、逃がさぬと言わぬばかりに、アリアの一挙一動を観察し続けている。
「あら、なんのことかしら?」
「とぼけんなよ。入学式の日からだぜ?お嬢は変わった。」
ギロリと睨みつけるようにアリアを見るヴィノス。どうやら本格的にアリアの秘密を暴きにかかってるらしい。
「前まで高慢ちきな人だったのに、今じゃ何考えてんのかわかんねぇけど、冷静に何かを見すえてる。」
「買い被りすぎよ。そんな人間に見える?ただまぁ、少し襟を正したくなっただけよ。」
しかし、アリアだって時間を巻きもどった、なんてことを言うバカではない。令嬢で鍛えられた表情を隠す能力で焦りなど毛ほども見せない。
「……逆に今までのお嬢を見てたら、ちょっとやそっとのことで、襟を正すようには見えないんだけど。」
「あら、解雇してあげましょうか?」
笑顔で小首を傾げ、アリアは言外に最近無礼すぎだぞと伝える。すると、さすがに理解しているのか少し冷や汗をかいて引き下がる。
「わ、悪かった…です。それだけはやめてくれ。」
「まぁ冗談なんだけれど。」
それに便乗をして、話を逸らしていく。何度か話をヴィノスが戻そうとするけれど、その度に何度もはぐらかす。
「……はぁぁぁ。わかった、もう聞かない。どうやら今のお嬢は何も言うつもりがないらしい。」
「わかってくれて嬉しいわ。これに懲りたらもうその話題を出さないで頂戴。」
とうとう、ヴィノスの方が根負けして、ソファとソファの間にあるテーブルに雪崩かかる。
「お嬢様、お茶をお持ち致しました。」
「入りなさい。」
ちょうど良いタイミングでミーシャが着て、入室を促すと、彼女は紅茶とお菓子をワゴンに乗せて入ってくる。
彼女は向かいに座るヴィノスを見て、ぎょっとしながらも、恭しくアリアの前にお茶を出した。
「ありがとうミーシャ。あなたのお茶は美味しいから私は好きだわ。」
「光栄にございます。」
嬉しそうに顔を綻ばせ頭を下げる。そして直ぐに、お菓子に手を伸ばしているヴィノスの手を叩き落とした。
「った。なにすんだよ。」
「これはお嬢様のものよ。あなたに食べる権利はないわ。」
「お嬢はそんなこと気にしねぇよ。なぁお嬢。」
期待に籠った視線を向けるヴィノスと不安げなミーシャ。全く対照的だなとアリアは思いながら仕方ないわね、と声を出す。すると、ヴィノスはほらな!と得意げに言ってお菓子を頬張り始める。
「お嬢様は些かヴィノスに甘すぎです。専属だからといってそんなに…」
「あぁ、専属で思い出したわ。ミーシャ、あなたを私の専属にしようと思ってたのよ。」
ミーシャの声に、アリアは今思い出したと声を上げる。するとミーシャはピシッと固まって、ギギギッとブリキ人形のようにぎこちなく動いた。
「お、嬢様…それは、どういう……」
「ヴィノスから、あなたが1番喜ぶのは私の専属になることだと聞いて…嫌だったかしら?」
「嫌なわけねぇよなぁ?お前がお嬢の専属になりゃ俺のチップも5倍になるし。」
ヴィノスがニヤニヤと笑いながらそういう。5倍!?という悲鳴がミーシャから聞こえるが、アリアは全く気にしていないように紅茶を味わっていた。
「あと、近々ある新入生パーティ用のドレスも、あなたの商会で拵えようと思ってるのよ。」
「えぇ!?」
怒濤のアリアからの報告に、ミーシャの頭が処理落ちする。あまりに放心しながらも、手だけはきちんとアリアのお茶を淹れ直したりするものだから、流石だとアリアは見つめた。
「あ、あの…お嬢様、本当に、ドレスをうちで?」
「えぇ、あなたのところは多方面に手を伸ばしているし、評判がいいわ。頼りたいと思っているのだけれど。」
「いえ、もちろん。身に余る光栄ではありますが、うちは品質から何から拘っておりますし…しかし、専属というのは…」
「あなたはよくやってくれていると思っているの。お茶も美味しいし、随分と献身的に働いてくれてるわ。専属が一人だと、ヴィノスも忙しいしね。」
優しい笑顔でそういうアリアに、ミーシャは心が震える。憧れの主からそこまで自分の頑張りを認められたことに、涙までこぼれかけてくる。
「あれ、お前泣いてんの?」
「泣いてません。いいですかヴィノス!同じ専属となったのなら、これからあなたのお嬢様に対する態度はより一層厳しく行きますからね!」
「うげっ…」
最近では見なれてきた小競り合い。少しやかましいけれど、入学式のあの日から数日経った今では、もうだいぶ慣れ親しんだ。
「さて、それなら今週末の休日は、ミーシャのところの商会に向かうわよ。」
「畏まりました。」
前回では手に入れられなかったものを、アリアは着々と手にしている。それでも変わらないのは、アリアの1番の目的は生き延びることである。
私がクラレンス公爵家の令嬢だからと言って、何を言っても許される訳では無いと知ったのだ。
だから自分の言った言葉の影響を常に考えて動くようにしたのだ。
「私、変なこと言ってなかったかしら。」
「いやいや、充分変だったぜ、今日のお嬢も。」
部屋に入って思わず呟けば、苦笑混じりにヴィノスがアリアに告げる。そしてさも当たり前かのように、アリアが座るソファの向かいに座る。
「そろそろ教えてくれよお嬢。最近のお嬢はガチで変だぜ?」
どこか、探るような視線。その上、逃がさぬと言わぬばかりに、アリアの一挙一動を観察し続けている。
「あら、なんのことかしら?」
「とぼけんなよ。入学式の日からだぜ?お嬢は変わった。」
ギロリと睨みつけるようにアリアを見るヴィノス。どうやら本格的にアリアの秘密を暴きにかかってるらしい。
「前まで高慢ちきな人だったのに、今じゃ何考えてんのかわかんねぇけど、冷静に何かを見すえてる。」
「買い被りすぎよ。そんな人間に見える?ただまぁ、少し襟を正したくなっただけよ。」
しかし、アリアだって時間を巻きもどった、なんてことを言うバカではない。令嬢で鍛えられた表情を隠す能力で焦りなど毛ほども見せない。
「……逆に今までのお嬢を見てたら、ちょっとやそっとのことで、襟を正すようには見えないんだけど。」
「あら、解雇してあげましょうか?」
笑顔で小首を傾げ、アリアは言外に最近無礼すぎだぞと伝える。すると、さすがに理解しているのか少し冷や汗をかいて引き下がる。
「わ、悪かった…です。それだけはやめてくれ。」
「まぁ冗談なんだけれど。」
それに便乗をして、話を逸らしていく。何度か話をヴィノスが戻そうとするけれど、その度に何度もはぐらかす。
「……はぁぁぁ。わかった、もう聞かない。どうやら今のお嬢は何も言うつもりがないらしい。」
「わかってくれて嬉しいわ。これに懲りたらもうその話題を出さないで頂戴。」
とうとう、ヴィノスの方が根負けして、ソファとソファの間にあるテーブルに雪崩かかる。
「お嬢様、お茶をお持ち致しました。」
「入りなさい。」
ちょうど良いタイミングでミーシャが着て、入室を促すと、彼女は紅茶とお菓子をワゴンに乗せて入ってくる。
彼女は向かいに座るヴィノスを見て、ぎょっとしながらも、恭しくアリアの前にお茶を出した。
「ありがとうミーシャ。あなたのお茶は美味しいから私は好きだわ。」
「光栄にございます。」
嬉しそうに顔を綻ばせ頭を下げる。そして直ぐに、お菓子に手を伸ばしているヴィノスの手を叩き落とした。
「った。なにすんだよ。」
「これはお嬢様のものよ。あなたに食べる権利はないわ。」
「お嬢はそんなこと気にしねぇよ。なぁお嬢。」
期待に籠った視線を向けるヴィノスと不安げなミーシャ。全く対照的だなとアリアは思いながら仕方ないわね、と声を出す。すると、ヴィノスはほらな!と得意げに言ってお菓子を頬張り始める。
「お嬢様は些かヴィノスに甘すぎです。専属だからといってそんなに…」
「あぁ、専属で思い出したわ。ミーシャ、あなたを私の専属にしようと思ってたのよ。」
ミーシャの声に、アリアは今思い出したと声を上げる。するとミーシャはピシッと固まって、ギギギッとブリキ人形のようにぎこちなく動いた。
「お、嬢様…それは、どういう……」
「ヴィノスから、あなたが1番喜ぶのは私の専属になることだと聞いて…嫌だったかしら?」
「嫌なわけねぇよなぁ?お前がお嬢の専属になりゃ俺のチップも5倍になるし。」
ヴィノスがニヤニヤと笑いながらそういう。5倍!?という悲鳴がミーシャから聞こえるが、アリアは全く気にしていないように紅茶を味わっていた。
「あと、近々ある新入生パーティ用のドレスも、あなたの商会で拵えようと思ってるのよ。」
「えぇ!?」
怒濤のアリアからの報告に、ミーシャの頭が処理落ちする。あまりに放心しながらも、手だけはきちんとアリアのお茶を淹れ直したりするものだから、流石だとアリアは見つめた。
「あ、あの…お嬢様、本当に、ドレスをうちで?」
「えぇ、あなたのところは多方面に手を伸ばしているし、評判がいいわ。頼りたいと思っているのだけれど。」
「いえ、もちろん。身に余る光栄ではありますが、うちは品質から何から拘っておりますし…しかし、専属というのは…」
「あなたはよくやってくれていると思っているの。お茶も美味しいし、随分と献身的に働いてくれてるわ。専属が一人だと、ヴィノスも忙しいしね。」
優しい笑顔でそういうアリアに、ミーシャは心が震える。憧れの主からそこまで自分の頑張りを認められたことに、涙までこぼれかけてくる。
「あれ、お前泣いてんの?」
「泣いてません。いいですかヴィノス!同じ専属となったのなら、これからあなたのお嬢様に対する態度はより一層厳しく行きますからね!」
「うげっ…」
最近では見なれてきた小競り合い。少しやかましいけれど、入学式のあの日から数日経った今では、もうだいぶ慣れ親しんだ。
「さて、それなら今週末の休日は、ミーシャのところの商会に向かうわよ。」
「畏まりました。」
前回では手に入れられなかったものを、アリアは着々と手にしている。それでも変わらないのは、アリアの1番の目的は生き延びることである。
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