今度は絶対死なないように

溯蓮

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2話

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「お嬢様。本日はどのような御髪に致しましょうか?」

「そうねぇ…特にないからミーシャに任せるわ。」

「かしこまりました。」

 ドレッサーの前に座って、鏡に映るミーシャと目を合わせながら会話をする。すると、ミーシャは手馴れたようにアリアの髪を編み込んでいって、かわいらしく完成させる。そして、見苦しくない程度に化粧を施して、制服に着替えさせる。そして最後に、学園の荷物が入ったカバンを渡される。

「お嬢様…本当に体のお加減は大丈夫なのですか?」

「えぇ、平気よ。さっきは心配させて本当にごめんなさい。」

「……何かございましたら、御無理のなさらないように。」

「わかったわ。」

 ミーシャは無理やり自分を納得させるかのように、言葉を飲み込んでダメ押しのようにアリアに言う。それを受け止めて部屋の外にいるヴィノスに声をかけ、玄関の方に向かう。すでに馬車を用意していてくれたようで、ヴィノスは馬車に乗るようにアリアをエスコートする。

「ヴィノス。くれぐれも、くれぐれもお嬢様の身に何もないようにしなさいよ。」

「はいはい分かってるって。いちいちうるせぇよ。お嬢も平気だって言ってるだろうが。」

「口調!!」

 仔猫とボス猫のやり取りかのような喧嘩に、周りの人間たちはほのぼのと見守っている。こんなやり取りが昔は行われていたのかと、アリアは開いた口がふさがらなくなりそうだった。前回は、婚約者の事しか頭になかったアリアは、早々に馬車に乗り込んでさっさと出すように命じて、学園に着いたら婚約者探しに精を出していた。そんなアリアには、使用人たちの些細なやり取りを気にする余裕なんてなかったのだ。

 ヴィノスも乗り込み、馬車がゆっくりと進んでいく。

「…ミーシャは、あんな子だったのね。」

「お嬢、本当に珍しいな。今までメイドなんかに興味示したことなかったじゃん」

「別に、ただの気まぐれよ。」

 アリアは頭の中でミーシャの情報を引き出す。確か彼女はクラレンス領の商家の出身で、長男が家督を継ぐからと、クラレンス家に奉仕に来たのだ。明るくて表裏のない子、彼女をアリアの我儘で解雇したのはいつだっただろうか。
 窓から賑わった王都を眺めれば、街を歩く同じくらいの少女や、ガタイの良い出店の店主などが見える。階級社会が強く根付いたこの国では、学園に通える子供なんてほんの一握りだ。ほとんどの子供は学園に行かずにあぁやって街で仕事をしたり、家の手伝いをしたりしている。ミーシャもそのうちの一人で、本来なら今アリアの隣に座っているヴィノスもそうである。

「ミーシャの入学も申請しておけばよかったかしら。」

「……。」

 アリアの呟きにヴィノスは今度は答えなかった。アリアの気分を害さないように、というよりは、回答に困っているような様子であった。それでも、解答なんて求めていなかったアリアは、何も見ていないかのように目を閉じる。そこからは何も話さずに、無言の空間が続くと、気が付けば学園に着いていた。

「お手をどうぞ。」

「ありがとう。」

「……さっきの質問。あいつはお嬢付きの侍女になれた方が喜ぶぜ、多分。」

 ヴィノスの言葉に、アリアは目を見開く。回答が返ってくると思っていなかったし、まさか、そんな答えになるとも思っていなかったから。それでも、アリアはその案はいい考えだと思う。アリアの今回の最終目的は生きることだ。何に変えても生き延びること。それが最終目的のアリアからしてみれば、彼女を手札に加えておくのは利点がある。
 彼女の商会はいま急躍進中であり、最近ではクラレンス家を中心に上流階級にも顧客を抱えている。品物の質もいいし、他国にも手を伸ばしているミーシャの実家はいざとなれば亡命の手助けをしてくれるかもしれない。

「…そうね、お父様にでもお願いしてみようかしら。」

 前回も含めて、アリア付きの従者など、ヴィノスだけだった。だから、着替えなどのメイドにしか頼めないこと以外はヴィノスに頼り切っていた。アリア付きになれば、給与のほかにアリアからのチップも入るようになる。それを狙ったヴィノスがアリアに専属にして頼み込んだからだ。
 そんなことをするのはヴィノスだけだったし、別にアリアの自由にできる金など、掃いて捨てるほどあったから何ら気にしたことはなかった。

「……あ、貴方のチップも少し上げましょうか。」

「え!まじで!?」

 アリアの言葉にヴィノスは耳ざとく反応した。金にがめついヴィノスからしてみれば聞き逃してはいけない言葉だったのだろう。その反応を見て改めてアリアは、やはりこの方法が有効だと判断する。
 ヴィノスは金払いが良いから王太子についた。それは前回の死に際本人から言われたから間違いないだろう。すると、彼に殺されるのを回避するのに最善の手は、まず彼にチップを渡せないような状態にならない事、そして次に、彼が離れていかないように、彼にとって前回以上に有用な雇用主にならなければならないのだ。

「いやなの?」

「は?そんなわけないだろお嬢。どれくらい弾んでくれるんだ?」

 現金な彼は先ほどまでの適当な態度ではなく、少し媚を売るかのようにすり寄ってくる。想像通りの反応を見せられて、すこし呆れたようにアリアは息を吐いた。そして手元で3を表せば、静かに折っていた2本の指を立てられた。

「ヴィノス…貴方ねぇ。」

「えーダメか?」

「…わかったわよ。」

 さすがにここで出し渋るのもあまりいい選択ではないだろうとアリアは考え、直ぐにそれを許可する。すると、小遣いをもらえた子供のように、ヴィノスは小さくガッツポーズをした。
 さて、と気分を変えるかのようにアリアが周りを見渡すと、ちょうど校門に見覚えのある姿を見つけた。

「ん?あれ、王太子様じゃん。んで、その隣に居んのは…誰だあれ。」

「……リリー・フローレス。」

「お嬢しってんのか?」

 彼らの美しい容姿を見間違うわけがない。王族特有の輝くような銀色の髪と、神に与えられたと伝えられている紫の瞳を持つ美丈夫現時点での自分の婚約者のヴィルヘルム・オズワルドであり、その隣にいる茶色の髪と透き通るような空色の瞳は、自分の婚約者の心を奪った平民の少女、リリー・フローレスである。

「……えぇ、今回の新入生代表よ。」

「へー…ん?てことはお嬢も王太子様も追い抜いて主席入学?」

「そういうことになるわね。」

 アリアは優秀であった。次期王太子妃として十分すぎるほどの教育を受けていたため、成績もよく、そして何よりアリアは他の人よりも突出した記憶力を持っていた。王太子だって次期国王としての帝王学や剣術などに比べて最高峰の教育を受けていたため、王太子がトップで、その次がアリアであるのが当然だった。それを壊したのが平民の編入生リリーであったのだ。

 前回はそれに対してひどく憤り、嫉妬し、文句も言ったが、今回は特段何も思うところはなかった。前回は王太子の事が最優先だった。王太子の婚約者であることに、アリアは完璧を求めていた。

 でも、そうした場合最後に待っているのは死であるのなら、アリアはそれを切り捨てるのだ。
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