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Prologue
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冷たい石で囲まれた暗い牢屋。そこにはただ何をするわけでもなく、人形のように座り込む一人の少女がいた。その瞳は暗く淀んでいて、お世辞にも生命力にあふれているとは言えない代物だ。この少女、アリア・クラレンスは罪人である。王太子の婚約者を虐げ貶し、挙句の果てには暗殺しようとした罪で牢獄に永久投獄となったのだ。
そして、その少女のもとに音もなく男がやってきた。
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」
「……ヴィノス?」
「お嬢ってもうココから出られないんだろ?だったらもう、金貰える見込みもねぇしさ。でも酷いよなぁ、仮にも元婚約者だったのに、お嬢の事絶対に殺してやらないと気が済まねぇらしいぜ?王太子様は。」
アリアは何も答えない。
「まったく、好きな奴の為にどうしてお嬢も王太子様もそこまでできるかねぇ。好きな奴の為なら人でも殺す。…ハッ、まったく、王太子様とお嬢の何が違うのかねぇ。俺にはわかんねぇよ。」
全身、頭からつま先まで真っ黒な男は、愉快そうにペラペラと話す。唯一金色の瞳だけは三日月のように歪んでいる。その瞳にはどこか軽薄そうなもの以外にも、何か違う感情が含まれているような気がしたが、アリアはそれが何かは分からなかった。唯一分かったのは、ただこの目の前の男が、アリアを殺そうとしている事のみ。
「私を……殺すの?」
「ま、そういう命令なんでね。」
思わずアリアは鎖でつながれた足を動かして必死に男から距離を取る。しかし、直ぐに転んでしまってずりずりと情けなく這いずることしかできない。
「え、なにお嬢逃げんの?」
「ひっ…」
しかし、それをただ純粋に疑問だけを浮かべた瞳で彼は見返すのみ。追いかけるわけでも追いつめるわけでもなく、ただ殺すことは容易であるという確信を持って情けなく床を這うアリアを見つめている。
「へぇ、お嬢でも死にたくないとか思うんだ。……てか、そもそも死ぬかもとか思ったことないのか。」
「や、めて…お願い、殺さないで…」
「いやぁ無理だな。だってそういう命令だからさ。」
彼はかつて、アリアに拾われ従者としてアリアの一番近くにいた人間だ。しかし、そんな人間にだってアリアは微塵も想われていなかった。当然だろう。だって彼女は、そんな感情を抱かれるような人間ではなかったのだから。高慢で、我儘で、自分の事しか考えない、そんな女。自分の好きな人を手に入れる為なら恋敵だって殺そうとした生粋の悪女なのだ。
「恨むなよお嬢。自業自得、恨むんなら俺でも王太子でも、あの平民の女でもなく自分の実力不足を恨めよな。」
彼はアリアの心臓にナイフを突き立てる。こぽりと血があふれ出て、アリアの生命が失われていく。
アリアは自分の想い人を奪った女の事が大嫌いだった。そしてそんな女に心を奪われた王太子のことだって大嫌いだった。しかし、自分が拾ったこの黒い男には何も思っていなかった。だって、最初から知っていたから。
この男が自分に忠誠など誓っていないことを、自分の事をただの金づるとしか見ていないことを。だから、憎んだことも嫌ったこともなかった。というより、何かを思うほどの興味も持っていなかった。
でも、ただ生きていたかった。牢獄に入ってからは、アリアは誰からも愛されなくてもいい、誰に憎まれてもいいと思っていた。ただ、この命だけは誰にも奪われたくなかった。
アリアは動かなくなり始めた体を、なおも無理やり動かして必死に男から逃げるようなそぶりを見せる。
「死にたく、ない……しぬのだけは、いやぁ…!」
驚愕に、元従者が瞳を見開く。その金色の瞳に、見苦しくも生にしがみつこうとするアリアはどう映っているのだろう。それでも、彼はただ何も言わず、何の感情も灯さず、虫のように這いずるアリアを眺める。
そして、とうとう命乞いも何も言うこともできずに、アリアの意識は完全に闇に沈んだ。
そして、その少女のもとに音もなく男がやってきた。
「ごめんなぁ、お嬢。でもよ、やっぱ一国の王子の方が金払いが良いんだよ。わかってくれよな。」
「……ヴィノス?」
「お嬢ってもうココから出られないんだろ?だったらもう、金貰える見込みもねぇしさ。でも酷いよなぁ、仮にも元婚約者だったのに、お嬢の事絶対に殺してやらないと気が済まねぇらしいぜ?王太子様は。」
アリアは何も答えない。
「まったく、好きな奴の為にどうしてお嬢も王太子様もそこまでできるかねぇ。好きな奴の為なら人でも殺す。…ハッ、まったく、王太子様とお嬢の何が違うのかねぇ。俺にはわかんねぇよ。」
全身、頭からつま先まで真っ黒な男は、愉快そうにペラペラと話す。唯一金色の瞳だけは三日月のように歪んでいる。その瞳にはどこか軽薄そうなもの以外にも、何か違う感情が含まれているような気がしたが、アリアはそれが何かは分からなかった。唯一分かったのは、ただこの目の前の男が、アリアを殺そうとしている事のみ。
「私を……殺すの?」
「ま、そういう命令なんでね。」
思わずアリアは鎖でつながれた足を動かして必死に男から距離を取る。しかし、直ぐに転んでしまってずりずりと情けなく這いずることしかできない。
「え、なにお嬢逃げんの?」
「ひっ…」
しかし、それをただ純粋に疑問だけを浮かべた瞳で彼は見返すのみ。追いかけるわけでも追いつめるわけでもなく、ただ殺すことは容易であるという確信を持って情けなく床を這うアリアを見つめている。
「へぇ、お嬢でも死にたくないとか思うんだ。……てか、そもそも死ぬかもとか思ったことないのか。」
「や、めて…お願い、殺さないで…」
「いやぁ無理だな。だってそういう命令だからさ。」
彼はかつて、アリアに拾われ従者としてアリアの一番近くにいた人間だ。しかし、そんな人間にだってアリアは微塵も想われていなかった。当然だろう。だって彼女は、そんな感情を抱かれるような人間ではなかったのだから。高慢で、我儘で、自分の事しか考えない、そんな女。自分の好きな人を手に入れる為なら恋敵だって殺そうとした生粋の悪女なのだ。
「恨むなよお嬢。自業自得、恨むんなら俺でも王太子でも、あの平民の女でもなく自分の実力不足を恨めよな。」
彼はアリアの心臓にナイフを突き立てる。こぽりと血があふれ出て、アリアの生命が失われていく。
アリアは自分の想い人を奪った女の事が大嫌いだった。そしてそんな女に心を奪われた王太子のことだって大嫌いだった。しかし、自分が拾ったこの黒い男には何も思っていなかった。だって、最初から知っていたから。
この男が自分に忠誠など誓っていないことを、自分の事をただの金づるとしか見ていないことを。だから、憎んだことも嫌ったこともなかった。というより、何かを思うほどの興味も持っていなかった。
でも、ただ生きていたかった。牢獄に入ってからは、アリアは誰からも愛されなくてもいい、誰に憎まれてもいいと思っていた。ただ、この命だけは誰にも奪われたくなかった。
アリアは動かなくなり始めた体を、なおも無理やり動かして必死に男から逃げるようなそぶりを見せる。
「死にたく、ない……しぬのだけは、いやぁ…!」
驚愕に、元従者が瞳を見開く。その金色の瞳に、見苦しくも生にしがみつこうとするアリアはどう映っているのだろう。それでも、彼はただ何も言わず、何の感情も灯さず、虫のように這いずるアリアを眺める。
そして、とうとう命乞いも何も言うこともできずに、アリアの意識は完全に闇に沈んだ。
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