アイドルグループ脱退メンバーは人生をやり直す 〜もう芸能界とは関わらない〜

ちゃろ

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辞めてからの日々

07 ※微

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あれからは何事もなく、平穏な日々が続いた。
これぞまさしく休暇。これもあと少しかと思うと惜しい気もしてくるから不思議だ。


日課のランニングを終えて帰ってくると、リビングの方から伊月のテンションの高い声が聞こえた。
動画ライブでもやっているのだろうと、見ないでも簡単に推測できた。
俺は邪魔しないようにそっとリビングへ繋がる扉を開ける。


「あ、莉音帰ってきた!おかえり!」


そう言ってカメラごと伊月は俺に寄ってくる。
こうなってしまっては映らないわけにはいかない。俺はただいまと言いながら、伊月のライブを観ているファンに向けてこんにちはと笑顔を向けた。


「ランニングから帰ってきた莉音くんだよー。お疲れ様」
「伊月、俺汗だくだから寄り過ぎない方がいいぞ」
「ごめんごめん、シャワー行っといでー」


伊月はそう言ってソファ前のテーブルの定位置に戻っていった。
俺は冷蔵庫からいつも飲むドリンクのボトルを取り出し、水分補給をする為にグラスに注ぐ。伊月が俺専用に用意したグラスだった。
身体が求めるままにグビグビと呷って喉を潤していく。


「え?一緒に入んないのかって?どうする莉音?洗ってやろうか?」
「入るわけないだろ」
「照れてるー。うちの嫁恥ずかしがりだから」


伊月はファンからのコメントを読みながら俺に振る。というかどういうコメントを拾ってるんだコイツは。
誰が嫁だ!誰が恥ずかしがりだ!と言いたい文句はたくさんあったが、伊月の動画ライブだし、伊月なりのファンサービスでもあるだろうから俺はツッコまないことにした。


「莉音、お風呂入れてあるからゆっくりしてきなー」
「ん、ありがと」
「え?俺の方が嫁みたいって?んー?確かに俺って尽くす系だしね?でも、溺愛系っていうの?俺それだから嫁は莉音でしょ」


ハハハ、と楽しそうにコメントから会話を広げて笑う伊月。俺はどういう反応をすればいいかわからなかったのでそのまま浴室に逃げることにした。
ネタの設定だとしても嫁として当たり前に話に出ることに困ってしまう。それをファンが当然のように受け入れていることにも驚きだ。それでいいのか伊月ファンよ。


俺は全身を洗って、浴槽に沈み込むように浸かった。血流が良くなり、筋肉が僅かに解されるような心地に息を吐く。


レゾブンを辞めてそれなりの時間が過ぎた。伊月の家に住まわせてもらって3ヶ月。留学が決まっているとはいえ、留学以外の今後のことは何も決まっていない。そろそろどうするか本格的に考えていかないとな、とぼんやり思う。
住む家にしたってそうだ。結局、留学するまで短期で家を借りるくらいなら伊月の家ここに居ろ、と伊月に押し切られてしまった。そして、留学から帰国してきても一先ずは伊月の家ここに居ればいい、と。良い奴すぎて申し訳なくなる程だ。良い友達を持ったと思う。
「帰ってきてからのことは心配しなくていいから、したいことをしてこい」と伊月と社長は言ってくれる。とても心強い。だが甘えっぱなしでいるわけにはいかないので、自分でできることはするつもりだ。まあ、最悪の場合はお言葉に甘えて頼らせてもらうことになるのだが。


辞めるまで俺はレゾブンが全てだと思い込んでいた。辞めたら未練みたいなものをそれなりにどこかでダラダラ引き摺るんだろうな、とも。
だけど社長の言う通り、離れて時間が経ってみればレゾブンは自分と離れた過去のものだと考えられるようになった。時間とは偉大である。


辞めるまでも色々とあったが、辞めてからも何気に色々とあった。それはもう思い出すだけでも疲れるくらいに。だが逆に、それがレゾブンのリオンを辞めて莉音になったという認識を強めてくれたのかもしれない。


社長や伊月から言わせると、俺は情が深い分、見切りをつけるまでには時間が掛かるが、見切りをつけたら一切振り返らないタイプらしい。だから二人とも俺には時間が必要なだけで、抜け殻になる心配はしていなかったそうだ。
全くもってその通りだったので、2人の慧眼には恐れ入る。俺のことなのに本人である俺より理解度が高い。


そして俺はステージで歌って踊りたい意欲が湧いてきている。それと同時に自分のレベルを上げたい欲求も。どちらかというとレベルを上げたい方が上だ。
辞めると決まって取って付けた脱退理由だったが、本当に留学することになったのは悪くない流れかもしれない。今までの遅れを取り戻すようにひたすらダンスだけに没頭したい。
留学先の国の養成所は1日10時間以上もダンスの練習をするらしい。それを毎日。そりゃ上手くなるってもので、業界全体のレベルも遥かに上がるわけだ。競争率が高いのも頷ける。今の俺が求めている最高の環境だった。
留学については具体的な日程と計画も決まり、あとは出立の日を待つばかり。懸念することは色々あれど、俺は楽しみで仕方なかった。だからかついつい顔も緩むというもので。俺はご機嫌に鼻歌を歌いながら浮かれていた。


「なんか……楽しそうじゃん?」
「うわぁあああ!!」


浴室の扉の隙間から目をガン開きしたまま顔を半分覗かせる伊月は軽くホラーで、驚きに飛び上がった俺はそのままズルッと滑って浴槽で溺れかけた。間一髪で顔面が沈み切る前に伊月に腕を引っ張られて救出される。


「あっぶな……ちょっと莉音気を付けなよ」
「お前のせいだろ!」
「アハハごめんごめん」

軽い謝罪にイラッとする。そして伊月の手にスマホがあることに俺は仰天した。


「伊月!お前っ!カメラ!!」
「え?ああ、ライブは終わったよ」

その言葉を聞いて全裸の俺が配信されなくて本当に良かったと心底安心する。ホッとしたのも束の間。


「ムービーは撮ってるけどね♡」
「何でだよ!」
「だって莉音が歌ってたからさー」
「だからって撮るな!消せ!!」
「何でー?誰にも見せないしー」
「そういう問題じゃ、」


このやり取りの間も伊月はスマホを構えている。
いつものことと言えば確かにいつものこと。伊月は何故か俺の動画を常に撮る。俺なんかを撮って何になるのかと思うが、伊月はプライベートの思い出を残しておきたいタイプらしい。
最初は多少なりとも抵抗があったが、長年の付き合いもあり撮られるのも慣れたので普段は気にならないようにはなった。だがさすがに全裸を撮られるのはワケが違う。


「伊月、頼むから全裸は撮るな!」
「何でー?莉音は普段から鍛えてるからいい身体してるじゃん?恥ずかしがることないって」
「ひゃっ……!」

耳に息を吹き掛けられて変な声が出てしまった。直ぐに口を手で抑えるが、時既に遅し。ばっちり伊月のスマホに残っていることだろう。


「可愛い声出ちゃったね♡」
「伊月ぃぃいいい!!」
「莉音は普段性欲ありませんみたいな澄ました顔してるのに感じやすいんだ?」
「んんっ……!ちがっ……!!」

ツーッと肌をなぞられてまた声が漏れる。俺は自分でわかる程に顔と全身が真っ赤になった。


「かっわいい♡」
「いつ、き……ッ、ちょ、やめ……ッ……んんッ、ふざけ、すぎ……ッ……!!」

絶妙な加減でまさぐられるように伊月の指が肌を這っていく。ゾクゾクっと変な感覚が走り、俺は困惑する。
逃れようとしている内にいつの間にか俺は伊月に後ろから抱き込まれるような体勢になっていた。

伊月は俺の右耳の耳輪から裏側にかけてをなぞるようにゆっくり舐め上げる。耳が擽られるような感覚に更に全身がぶるりと震えた。


「い、いつき……ッ、それ、やめ ッ……!」
「フフッ♡きもちい?」

伊月の掠れ気味の良い声がダイレクトに耳に響く。同時にぴちゃりと唾液を絡ませたいやらしい音も混ざり、いよいよ悪ふざけでは済まない状況に俺は狼狽えるばかりだった。


「莉音の莉音くんがおっきしちゃったね♡」
「撮るなバカ……!」


俺は震える声で訴えるが、伊月は楽しそうに俺の身体を撫で回す。
おかしい。元々性欲はどちらかというと薄い方だし、最近までグループのことで悩みすぎていたのもあって、そっち方面の欲求は全くといっていい程に湧かなかった。
そもそもこんなに感じやすい身体ではないはずなのに。自分の下半身が反応しているのが嫌でもわかった。ムクムクと頭を擡げていく自身に泣きそうになる。


「っ、んぅッ……!」
「こうなっちゃったの俺のせいだし俺が責任取るね♡」
「なん、でぇ……お、おれ、こんな、しらない……」


ツン、と自身を軽く突付かれると、ドクドクと中心に血流が集まって更に大きくなる。それに対して頭は混乱すると同時に熱気で意識がクラクラし始める。

逆上せたわけでもないのに身体が火照ったように熱く、心臓の鼓動が普段より活発に脈打つ。まるで限界近く運動した後みたいに。

太腿や足の付け根を撫でる手に期待するかのように、自身はピクピクと反応してまた更に膨れ上がる。とろりと溢れ出る先走りが浴槽のお湯の中に垂れて消えていくのを伊月はどこかうっとりと愉しそうに眺めていた。


「フフ、仕込んだ甲斐があったかな♡」
「おまえ……ッ、」
「ベッド行こっか♡」


俺はすっかり忘れていた。
過去に伊月と酒を飲んだ後、目を覚ますと事後だったことが何回かあったということを。
その経緯に至った記憶がいつも無かったので、酒のせいだとお互いにノーカンにしていたが、思えば俺が記憶を飛ばすのは伊月と飲んでいた時ばかりだった。伊月と飲むと気が置けないせいか酒の量が自然と増える為、記憶が飛ぶことを疑いすらしなかったけれど、今ならわかる。伊月に何か一服盛られている。それも、現在進行系で。
あの冷蔵庫のボトルが脳裏に浮かんだ。

何より伊月の家で世話になりだしてから、そしてこの前久しぶりに飲んだ後も何も無かったので俺は迂闊にも油断しきっていた。


「可愛がってあげる♡」


伊月は妖艶に笑って俺を風呂場から連れ出した。







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