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アイドルだった頃
アイドルを終えた日
しおりを挟むレゾブンとしての最後の番組収録が終わった。
宣言通り俺はあれから一切口を出すことはなかった。言われた通りに合わせるだけ。すると、出来はどうあれ問題が起こることなく実にスムーズに撮影は終わった。複雑な心境ではあるが、全てが終わったことにホッと息を吐く。
当たり障りなく終わらせて迎えた最後。
感慨深いものも無ければ、虚しさも無かった。
ただ、グループに捧げてきた俺の約10年の人生が終わったんだな、と達成感に近い一区切りを実感できた。
俺はスタッフさんたちに最後の挨拶を終え、素早く着替えてそそくさと楽屋を後にする。
一応メンバーたちへ辞める報告は寮を出る前日に終わらせている。
それ以来顔を合わせても、仕事中でも全員がこちらを振り返ることも話し掛けてくることもなかった。
揉めたくなかったから俺も誰かに話し掛けることはしなかった。火種をわざわざ付ける必要はない。だから最後の挨拶も時間の無駄って言われそうだな、と思ってやめておいた。
帰り道。今後連絡をすることもないだろうと思い、メッセージアプリのレゾブンのグループルームから退出し、メンバー全員をブロックした。
どこかに僅かでも繋がりあると未練が残っているみたいな気がして嫌なので、SNSはフォローをブロック解除してお互いに外し、自分のアカウントに記載していたレゾブンに関しての自己紹介文を消した。
そして前以て用意しておいた脱退の報告文の画像と「今までありがとう。また会える日まで」とファンに向けた文を投稿してSNSを閉じた。
俺はそうやってレゾブンとの繋がりやレゾブンとしての自分全てを徹底的に削除した。
消し終えると肩の荷が下りたかのように、煩わしいことから解放されたかのように、実にスッキリした気分だった。
これからはただの莉音になる。
それが不思議な感覚だった。
しばらく時間を貰えるらしいし、してみたかった旅行とかに行って見識を広めるのも有りかもしれない。
疲れを癒やしながらなんて最高じゃないか。
俺は世話になっている伊月の家のソファに寝転がりながら、スマホで旅行について色々と調べていた。
部屋の主はまだ帰ってきていない。
普通は居候なら少しは遠慮しろよと思われるかもしれないが、俺は居候する前から休みの日には必ず伊月の家に連れ込まれて過ごしていたこともあり、最早勝手知ったる家でもあったので、遠慮など今更だという伊月の言葉通り、俺は実家のように寛いで過ごしている。
ちなみに家主である伊月は冗談抜きで俺が息をしているだけで神に感謝する男なので、俺と同じ空間で生活することにご満悦そうにとても喜んでいた。
「莉音は何もしなくていいからね?居てくれるだけでいいんだよ」と俺をダメ人間にしようとしている兆しすらあるので、俺がゴロゴロしているくらい全然気にしないだろう。それどころかハァハァ息を荒くしながらスマホでその様子を撮って、狂ったように喜ぶだろう。
そんな家主不在の中、まったりしながら調べていく内に海外でもいいなという気にもなってきた。仕事の関係でパスポートは取得しているし、時間も充分にある。
海外だったらどこがいいだろうか。以前行ったことがある所を改めて観光するのもいいし、行ったことのない国に行ってみるのも悪くない。
そう思いを馳せていると。
「莉音ただいまー」
「伊月?おかえりー」
玄関からの伊月の声に飛び起きる。そして玄関先に出迎えに行くと、伊月は顔が見えない程の花束を胸に抱えていた。
「凄い花束だな」
「どう?これ」
「綺麗だと思うよ」
「なら良かった。リオン、今までお疲れ様。卒業おめでとう」
そう言って伊月はどデカい花束を俺に手渡す。まさか俺に?俺は驚きに目を剥く。
しかも俺の担当カラーである紫に合わせた花束だった。
「今までずっと頑張ってきたからね。しばらくはゆっくり休んでね。長い間お疲れ様」
スマホで動画を撮影しているのはわかっていたけれど、労る言葉に俺はつい涙腺が緩んでしまった。
誰にも言われなかった言葉。
でも、誰かにずっと言われたかった言葉。
それを幼い頃から共に研鑽に励んできた親友に言ってもらえた。
それだけで自分の今までが報われたようだった。
「ありがとう伊月。大好き」
気付けばポロポロと涙が零れ落ちて、抱えた花束を濡らす。涙が出るくらいに嬉しくて自然と笑みが浮かんだ。
泣きながら笑うという器用なことをしながら、スマホを持った伊月に向かってお礼を言えば、伊月はスマホを構えながら俺の頬を伝った涙をちょっと強引に指で拭き取った。細かいようでいて、案外雑な伊月のそれにまた笑ってしまった。
何者でもないただの斎川莉音として、誰かの顔色を窺う事もなく、心の底から笑って泣けるこれからが悪くないと前向きに思えた。
ちなみに伊月が撮影したこの動画。
編集した後に伊月のアカウントから投稿したことによってとんでもないバズり方をするとは、この時の俺と伊月は欠片も想像していなかった。
伊月的にはきっと親友である俺の卒業を労っている動画として世間にアピールしたかったのだろう。
だが俺の卒業が公式サイトとSNSで事後報告されただけだったのと、メンバーがそれに一切触れていないことなどが色々と憶測を呼んでしまったらしい。
そして伊月と俺はただいまとおかえりを言い合ってることから付き合ってるだの、結婚してるだの違う誤解も受けて、大混乱の大騒動となってしまった。
伊月も俺も思ってもみなかった事態になったが、俺はそれでもバズったのは伊月のアカウントなので、他人事のように「大変そうだな~」くらいにしか思っていなかった。
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