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アイドルだった頃

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いつからだっただろう。
今となっては思い出せないけれど、きっと俺は多分ずっと前から疲れていたんだと思う。少しの積み重なりが重なって、重なって、重みに耐え切れなくなったのだろう。


俺は自分のやってきたことの無意味さを思い知ってから口数が減っていた。


楽屋内。ぼんやりと動画を眺めながら俺は俺以外で上手くやっているメンバーたちと少し離れたところに座っていた。


「ほんっと空気読めねぇな」
「何で気付かないんスかね」
「鈍いからこそ未だに厚かましくこのグループに居れるんじゃない?」


ああ、俺のことを言っているのか。
伊佐山、須美、橘の嫌味にようやく気付く。
どうやら同じ空間に居ることがお気に召さないらしいので、俺は静かに席を立って即座に退出した。



前まではメンバー全員の言うことに傷付いたり、何がいけなかったのだろうとぐるぐる考えたりもした。
衝突を避けたくて、これ以上嫌われないように、険悪にならないように。ごめん、とへらりと笑っていた。


どれだけ傷付くことを言われても笑って流して自分さえも誤魔化している内に、いつの間にか「機嫌を損ねないように」に変わっていたことにも気付かないで。



俺はメンバーたちの顔色を窺ってまでこのグループでやりたいことはあったのだろうか。
最近そんな疑問が頭に浮かんでいた。
冷静になってよく考えてみれば、恐らく、きっと、そんなものはない。昔は確かにあったと思う。だけど今は何もないのだ。見ている方向が違うアイツらとやりたいことは何も浮かばなかった。


仕事は仕事としてちゃんとやる。アイツらもその辺はきちんと弁えているだろう。
じゃあそれ以外は?
もう何を言っても無駄なのなら別に俺が言わなくても同じじゃないか。俺が言う必要なんてどこにもなかった。


口を閉じて無難に過ごす自分の姿を想像する。けれど想像すればする程に、それは俺ではなくて、俺じゃない何かで。居ても居なくてもいい存在でしかない。
居ても居ないも同然の存在なら、もう最初から居なくてもいいのではないだろうか。


そう考えるようになったら少し息がしやすくなった。



誰かと話す気分でもなかったので静かになれる所を探す。最悪、トイレの個室かな、なんて思いながらフラフラと歩き出した。出番まではまだ相当時間が掛かるから俺が自由にしてたって問題ないはず。外の空気でも吸いにいこうかと足を進めようとしたら後ろから誰かの声がした。


「リ、リオン……」


振り返るとレゾブンメンバーの中で唯一同じ歳の森本遥斗はるとが居た。
森本から話し掛けてくることは滅多にないので珍しい。


普段から無口でぼーっとしている森本はアイドルとして電波系の不思議ちゃんに設定されている。実際はあまり自分から喋らない口数少ないだけの自由人だ。
その森本が俺を呼んでいる。


森本は可愛いと言われるクリクリとした大きな瞳でジッとこちらを見る。
何でも見透かしそうな圧の強いその眼が俺は正直言って苦手で、いつも感情を読み取れないでいた。


「……なに」


そう返事をするが森本は一向に口を開かない。ずっとこちらを見つめたままの体勢から微動だにしなかった。
普段の俺なら森本が喋り出すまで辛抱強く待っているところだが、今の俺は長々と待つ余裕もなければ気分でもない。
痺れを切らした俺は足を進めようとした。
すると森本は珍しく慌てたように俺の服を掴んで引き止めた。


「も、もっと上手く、やりなよ……」
「……は?」

聞き間違いか?
俺は驚いて聞き返すが、森本は俯きながら言葉を続けた。


「このままじゃ、みんな、ギスギス、したままだし……」
「……俺のせいだって言いたいの?」
「ちが、俺は、みんなと、上手く、やっていきたくて、」


しどろもどろに、だが仲間を思って健気に勇気を出して言う森本。
素晴らしい思いやりだ。なんて優しいのだろうか。
だけど、その仲間の中にきっと俺はいない。
じゃなければ俺にそんなこと言えるはずがない。
なんて残酷な言葉だろうか。


俺はふざけんなよと怒鳴りたい気分に陥った。だが、思うツボになってはダメだと理性が待ったをかける。
俺は怒りに震える拳を握り締めながら愛想笑いを浮かべた。


「──わかったよ」
「え……?」
「お前にも迷惑かけて悪かったな。もう大丈夫だから」


コイツと居たくなくて、一刻も早く立ち去りたくて話を終わらせようとすると、森本が俺の腕を強く掴み上げた。


「なんで、なにが、わかった、の?」
「離してくれないか」
「ねぇ、なにが、大丈夫、なの?」
「森本、腕を離してくれ」


儚げな見た目に反して意外と力が強い森本の手を払おうとしたが、森本はそうはさせないとでも言いたげに掴む力を強める。
俺が答えるまで離さないつもりなのだろうか。加減を知らない力に俺は顔を歪めた。


「っ、森本!離せッ!!」


そう腕を思いっ切り振り払った瞬間。



「お前何やってんだよ!!」


柚葉がタイミングを見計らったかのように怒鳴りながらやってきた。
俺にとって最悪のタイミングで。



「またコイツいじめてんのか!」
「俺はいじめたことなんてない」
「ふざけんなよいつもいつも!遥斗が何も言えないことをいいことに!やることが小さいんだよ!!」


柚葉は森本を背に庇う。森本は俺が振り払った方の手を抑えてジッといつものようにこちらを見るだけ。その姿は誰が見ても被害者のそれだった。


いつもいつもはこっちのセリフだ。
森本と話をすると何故かいつも俺がいじめているとみんな勘違いをする。
違うと否定しても、当の本人である森本が何も言わない。それがみんなからしたら怖くて何も言えないように映るのだろう。悪人はいつも俺だった。


俺は森本のことがさっぱりわからない。
パフォーマンスのことで注意をすることはあるが、俺は怒鳴ったり、キツい口調で言ったことなど無かった。
森本に関しては口数少ない難しそうな人間だと理解していたので、俺は森本には特に口調と物言いに気を付けていた。
なのに森本は誰かの背に庇われる。
そして俺を庇うことは疎か、事実を話すこともせずに、その背中からジッと俺を見続けるのだ。
俺はそれがどういうつもりなのかわからなくていつも苦手だった。
俺を陥れるつもりでやってる雰囲気でもない。俺が責められているのを楽しんで見ているでもない。
ただ、俺をジッと見る。
俺はそれがずっと気味悪かった。
だけど、誰もそれに気付かない。



「もう好きに受け取ってくれ」


俺は力なくそう呟いた。
このグループで理解してもらおうとも思わない。
俺はそれを説明する術はないし、他の誰も信じないのはわかりきっている。
俺の言うことは何も届かないから俺は伝えることを諦めた。



「しんどいな……」



俺は外に出て風に当たりながら、気付けばそんなことを口にしていた。





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