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アイドルだった頃
02
しおりを挟む「アンタまた龍二さんや殿岡さん怒らせたんスか?」
MVの収録で久しぶりにメンバーが揃った日、呆れるような口調で声を掛けてきたのはグループ内最年少の須美紘孝だった。
涼し気な目元からは軽蔑と敵意が滲み出ていて、鼻根から綺麗に筋の通った高い鼻は不機嫌そうに鳴らされた。
後ろめたいのもあって、俺は目を逸しながら須美に窺うように訊ねた。
「怒ってたか?」
「そりゃもう。やめてほしいんスけど。ピリピリしてこっちも気まずいし」
「……ごめん」
条件反射に出る謝罪。それに須美は不愉快そうに眉根を寄せる。
昔は仲の良かったメンバーであり、後輩だったけれど、その目に今の俺は仲間として映っていないのだろう。
「アンタお荷物の自覚まだ無いんスか?お荷物はお荷物なりの殊勝な態度でいてくださいよ。顔は良いかもしれないけど、印象に残らないおまけなんだからせめて空気を読むくらいはしてほしいんスけど」
配慮の欠片さえ感じられない、ある意味真っ直ぐすぎた言葉。
年下からの容赦のない言葉だからこそ余計にクるものがあった。
でも傷付いたなんて顔をしてはいけない。俺以外がそう思っているなら、きっとそれが事実なのだろう。
頑張ってない奴。お荷物。おまけ。
今まで自分が努力して培ってきたもの全てが独り善がりで無駄なことだったのか。俺はその事実がショックでならない。
気付いた時には収録が始まる直前だった。
「お前何回リテイク出せば気が済むんだよ!ちゃんと合わせろよ!」
MVの収録が始まった。そしてやはり全員で合わせることになったのは本番直前だった。
メンバーである柚葉奏のヒステリックな怒鳴り声がスタジオに響き渡る。
「ちゃんとやってるよ」
「だったら何でズレるんだよ!お前が合わせないからバラバラに見えるんだろ!」
「みんなズレて合ってないのに、」
「お前が1番先行してんだよ!」
「……わかった、何とか修正してみるよ」
何度もミスでスタッフさんたちに迷惑を掛けるわけにはいかない。俺は言い返したい言葉を飲み込んで、誰一人協力しようとしないタイミングの修正に入った。
みんなの責めるような視線が自分だけに冷やかに向けられ、針の筵状態はその日最後まで続いた。
そうやって収録は何とか乗り切ったものの、俺は近々ある生放送のライブが気掛かりで仕方なかった。
だからせめて少しだけでも練習しようとメンバー全員に訴えるも、結局生放送本番の日まで誰一人練習室には来ることはなかった。
収録はリテイクがあるからまだ許容できる。だけど生放送は危惧していた通り、いや、それ以上の事が起きてしまった。
俺は楽屋で柚葉に珍しくも声を荒げていた。
「ミスの連発だったじゃないか!だから練習しようって、」
「うるせぇな。もう過ぎたことだし、ファンはミスすら喜ぶんだから問題ないって。生放送ならではのサービスだろ?」
「そういう問題じゃない!」
「何なの?だるいんですけど」
「そりゃ俺達のファンは贔屓目があるから許してくれるだろうけど、だからって俺らがそれに胡座をかいたらダメだろ!」
「うっざ。お前はかなり練習したんだろうけどこっちは1日で振り覚えたんだ。仕方ないだろ」
「仕方ないって!!できることはもっとあったはずだ!!」
「お前ほんとウザい。お前みたいにヒマだったらもっと練習できたけど、もう過ぎたことを言ってもしょうがねぇだろうが」
「開き直るな!」
「文句があるなら練習しまくってるお前だけで踊ってろよバーカ」
ああ、もうダメだ。
プツリ、と自分の中で自分を支えていた糸が切れるような音がした。
俺の言葉は何1つ届かない。
どれだけ言っても、実際に身を持って失敗してもコイツらは自分を省みることをしない。初心を忘れた慢心者たちに初心を忘れないように説く俺の言葉は最初から無意味だったのだ。
そう気付いたら今まで自分の中にあり続けた信念がぐちゃぐちゃに壊れて崩れた気がした。
顔を洗おうとトイレに向かう途中、メンバーの1人である橘千景と出会した。
橘は俺の沈んだ表情を見て何かを察したらしい。呆れたように溜息を吐きながら嫌味っぽい視線を隠さずに俺に向ける。
「なに?また揉めたの?」
「橘……」
「今戻ったら絶対空気最悪じゃん。やめてくんない?俺まで巻き込み事故だわ」
「お前……自分は関係ないって思ってるのか!?」
「え、だってそうでしょ?俺は間違えてないし」
「自分が良ければいいってものじゃないだろ!?」
橘は鬱陶しそうに舌を打った。
橘の特徴的な猫みたいに大きなつり目が眉と一緒に嫌悪に歪み、忌々しそうにこちらを睥睨する。
「あーあ、ほんと嫌になる。リーダーでもないのに口うるさいし」
俺だって、言いたくて言ってるわけじゃない。
でも誰かが言わないと。誰も言わないなら俺が言わないと。
俺はそう思って言いたくないことも口にしてやってきた。
「アンタが辞めればグループは上手くいくのに」
俺は橘から去り際に吐き出された毒しかないその言葉に硬直し、暫く動けなかった。
今までも橘からは散々に「辞めれば?」といったことを何度も言われていたが、俺は気にしないようにしてきた。
だけど、俺が居るから上手くいかないというその言葉は俺自身の否定でしかなく、俺の心を深く抉るように突き刺して傷つけるものだった。
ああ、俺が言ったところで誰も聞きはしないのに。
俺が言わないといけないことなんて最初から何も無かったんだな。
そんな虚しさに襲われた。
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