上 下
2 / 22
アイドルだった頃

02

しおりを挟む


「アンタまた龍二さんや殿岡さん怒らせたんスか?」


MVの収録で久しぶりにメンバーが揃った日、呆れるような口調で声を掛けてきたのはグループ内最年少の須美すみ紘孝ひろたかだった。
涼し気な目元からは軽蔑と敵意が滲み出ていて、鼻根から綺麗に筋の通った高い鼻は不機嫌そうに鳴らされた。
後ろめたいのもあって、俺は目を逸しながら須美に窺うように訊ねた。


「怒ってたか?」
「そりゃもう。やめてほしいんスけど。ピリピリしてこっちも気まずいし」
「……ごめん」


条件反射に出る謝罪。それに須美は不愉快そうに眉根を寄せる。
昔は仲の良かったメンバーであり、後輩だったけれど、その目に今の俺は仲間として映っていないのだろう。


「アンタお荷物の自覚まだ無いんスか?お荷物はお荷物なりの殊勝な態度でいてくださいよ。顔は良いかもしれないけど、印象に残らないおまけなんだからせめて空気を読むくらいはしてほしいんスけど」


配慮の欠片さえ感じられない、ある意味真っ直ぐすぎた言葉。
年下からの容赦のない言葉だからこそ余計にクるものがあった。
でも傷付いたなんて顔をしてはいけない。俺以外がそう思っているなら、きっとそれが事実なのだろう。


頑張ってない奴。お荷物。おまけ。
今まで自分が努力して培ってきたもの全てが独り善がりで無駄なことだったのか。俺はその事実がショックでならない。


気付いた時には収録が始まる直前だった。




「お前何回リテイク出せば気が済むんだよ!ちゃんと合わせろよ!」


MVの収録が始まった。そしてやはり全員で合わせることになったのは本番直前だった。
メンバーである柚葉かなでのヒステリックな怒鳴り声がスタジオに響き渡る。


「ちゃんとやってるよ」
「だったら何でズレるんだよ!お前が合わせないからバラバラに見えるんだろ!」
「みんなズレて合ってないのに、」
「お前が1番先行してんだよ!」
「……わかった、何とか修正してみるよ」


何度もミスでスタッフさんたちに迷惑を掛けるわけにはいかない。俺は言い返したい言葉を飲み込んで、誰一人協力しようとしないタイミングの修正に入った。
みんなの責めるような視線が自分だけに冷やかに向けられ、針の筵状態はその日最後まで続いた。


そうやって収録は何とか乗り切ったものの、俺は近々ある生放送のライブが気掛かりで仕方なかった。
だからせめて少しだけでも練習しようとメンバー全員に訴えるも、結局生放送本番の日まで誰一人練習室には来ることはなかった。

収録はリテイクがあるからまだ許容できる。だけど生放送は危惧していた通り、いや、それ以上の事が起きてしまった。


俺は楽屋で柚葉に珍しくも声を荒げていた。


「ミスの連発だったじゃないか!だから練習しようって、」
「うるせぇな。もう過ぎたことだし、ファンはミスすら喜ぶんだから問題ないって。生放送ならではのサービスだろ?」
「そういう問題じゃない!」
「何なの?だるいんですけど」
「そりゃ俺達のファンは贔屓目があるから許してくれるだろうけど、だからって俺らがそれに胡座をかいたらダメだろ!」
「うっざ。お前はかなり練習したんだろうけどこっちは1日で振り覚えたんだ。仕方ないだろ」
「仕方ないって!!できることはもっとあったはずだ!!」
「お前ほんとウザい。お前みたいにヒマだったらもっと練習できたけど、もう過ぎたことを言ってもしょうがねぇだろうが」
「開き直るな!」
「文句があるなら練習しまくってるお前だけで踊ってろよバーカ」


ああ、もうダメだ。
プツリ、と自分の中で自分を支えていた糸が切れるような音がした。


俺の言葉は何1つ届かない。
どれだけ言っても、実際に身を持って失敗してもコイツらは自分を省みることをしない。初心を忘れた慢心者たちに初心を忘れないように説く俺の言葉は最初から無意味だったのだ。


そう気付いたら今まで自分の中にあり続けた信念がぐちゃぐちゃに壊れて崩れた気がした。


顔を洗おうとトイレに向かう途中、メンバーの1人である橘千景ちかげと出会した。
橘は俺の沈んだ表情を見て何かを察したらしい。呆れたように溜息を吐きながら嫌味っぽい視線を隠さずに俺に向ける。


「なに?また揉めたの?」
「橘……」
「今戻ったら絶対空気最悪じゃん。やめてくんない?俺まで巻き込み事故だわ」
「お前……自分は関係ないって思ってるのか!?」
「え、だってそうでしょ?俺は間違えてないし」
「自分が良ければいいってものじゃないだろ!?」


橘は鬱陶しそうに舌を打った。
橘の特徴的な猫みたいに大きなつり目が眉と一緒に嫌悪に歪み、忌々しそうにこちらを睥睨する。


「あーあ、ほんと嫌になる。リーダーでもないのに口うるさいし」


俺だって、言いたくて言ってるわけじゃない。
でも誰かが言わないと。誰も言わないなら俺が言わないと。
俺はそう思って言いたくないことも口にしてやってきた。



「アンタが辞めればグループは上手くいくのに」


俺は橘から去り際に吐き出された毒しかないその言葉に硬直し、暫く動けなかった。


今までも橘からは散々に「辞めれば?」といったことを何度も言われていたが、俺は気にしないようにしてきた。
だけど、俺が居るから上手くいかないというその言葉は俺自身の否定でしかなく、俺の心を深く抉るように突き刺して傷つけるものだった。


ああ、俺が言ったところで誰も聞きはしないのに。
俺が言わないといけないことなんて最初から何も無かったんだな。
そんな虚しさに襲われた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

【完結】ハードな甘とろ調教でイチャラブ洗脳されたいから悪役貴族にはなりたくないが勇者と戦おうと思う

R-13
BL
甘S令息×流され貴族が織りなす 結構ハードなラブコメディ&痛快逆転劇 2度目の人生、異世界転生。 そこは生前自分が読んでいた物語の世界。 しかし自分の配役は悪役令息で? それでもめげずに真面目に生きて35歳。 せっかく民に慕われる立派な伯爵になったのに。 気付けば自分が侯爵家三男を監禁して洗脳していると思われかねない状況に! このままじゃ物語通りになってしまう! 早くこいつを家に帰さないと! しかし彼は帰るどころか屋敷に居着いてしまって。 「シャルル様は僕に虐められることだけ考えてたら良いんだよ?」 帰るどころか毎晩毎晩誘惑してくる三男。 エロ耐性が無さ過ぎて断るどころかどハマりする伯爵。 逆に毎日甘々に調教されてどんどん大好き洗脳されていく。 このままじゃ真面目に生きているのに、悪役貴族として討伐される運命が待っているが、大好きな三男は渡せないから仕方なく勇者と戦おうと思う。 これはそんな流され系主人公が運命と戦う物語。 「アルフィ、ずっとここに居てくれ」 「うん!そんなこと言ってくれると凄く嬉しいけど、出来たら2人きりで言って欲しかったし酒の勢いで言われるのも癪だしそもそも急だし昨日までと言ってること真逆だしそもそもなんでちょっと泣きそうなのかわかんないし手握ってなくても逃げないしてかもう泣いてるし怖いんだけど大丈夫?」 媚薬、緊縛、露出、催眠、時間停止などなど。 徐々に怪しげな薬や、秘密な魔道具、エロいことに特化した魔法なども出てきます。基本的に激しく痛みを伴うプレイはなく、快楽系の甘やかし調教や、羞恥系のプレイがメインです。 全8章128話、11月27日に完結します。 なおエロ描写がある話には♡を付けています。 ※ややハードな内容のプレイもございます。誤って見てしまった方は、すぐに1〜2杯の牛乳または水、あるいは生卵を飲んで、かかりつけ医にご相談する前に落ち着いて下さい。 感想やご指摘、叱咤激励、有給休暇等貰えると嬉しいです!ノシ

奴の執着から逃れられない件について

B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。 しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。 なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され..., 途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。

[R18] 転生したらおちんぽ牧場の牛さんになってました♡

ねねこ
BL
転生したら牛になってて、毎日おちんぽミルクを作ってます♡

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

養子の僕が愛されるわけない…と思ってたのに兄たちに溺愛されました

日野
BL
両親から捨てられ孤児院に入った10歳のラキはそこでも虐められる。 ある日、少し前から通っていて仲良くなった霧雨アキヒトから養子に来ないかと誘われる。 自分が行っても嫌な思いをさせてしまうのではないかと考えたラキは1度断るが熱心なアキヒトに折れ、霧雨家の養子となり、そこでの生活が始まる。 霧雨家には5人の兄弟がおり、その兄たちに溺愛され甘々に育てられるとラキはまだ知らない……。 養子になるまでハイペースで進みます。養子になったらゆっくり進めようと思ってます。 Rないです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...