心の絵

平野 裕

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心の絵

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 とある小さな街に、それはそれは人気の画家がいた。ミラと名乗るその画家の作品は、持ち主の心の有り様によって見え方が2転も3転もするらしく、1度オークションに出たそれらはどれも高値で売られていた。
 しかし、どうしたことか今日出品されたミラの作品は誰も値をつけることがなく、もの寂しげに物置へと運ばれた。その様子を見て、オークションでミラの作品に高値をつけられる場に何度も居合わせたランジェは不思議に思い、オークションのオーナーを訪ねた。
「すみません、今回のミラの絵にはどうして値がつかなかったのでしょう?」
オーナーは物置の鍵をかけながらランジェに答えた。
「君はあの絵を知らないのかい?」
「えぇ」
ランジェはミラの絵を高値のつく価値のある絵だとは知ってはいたが、熱心なファンではなかった。
「あの絵はファンの間で有名な絵でね、mirrorと呼ばれている。持ち主の心をそのまま写してしまう代物なのさ。作品が出された当時は、それはそれは魔法の絵だと呼ばれて皆から評価されていたが、持ち主が隠したいことまで写すようになったとものだからこうして売りに出されていたのさ。ミラ本人も、この絵を持て余してさっさと手放したっていう噂だよ」
オーナーはこんなことも知らないのかと言いたげな顔でランジェをみる。
 あの、ただ1枚の鏡を描いた絵は、その鏡に持ち主の心を全て写してしまうという。しかし、絵の中の鏡に本当に心が写るのだろうか、だとしたらとても価値のあるものではないのか。今までのミラの絵の見え方など霞むほど、ランジェはmirrorに興味を持った。
「あの絵、物置にしまい込んでしまうのなら私に譲ってくださりませんか」
そうランジェは言うが、オーナーは苦い顔をした。
「構わないが…また絵が帰ってくると困るからね。物置も無限じゃないんだ」
そう言って物置の鍵をくるくると回す。どうやら売った商品がまた戻ってくるのが嫌らしい。このmirrorはそうやって何度も出品され、物置へ仕舞われたのかもしれない。
「では買います。言い値で結構ですから」
ランジェがそう言うとオーナーは少し安心したらしい。前回のミラの絵につけられた値の5分の1の金額を提示し、ランジェはそれを承諾した。

 物置の鍵を受け取ったランジェは、その重々しい扉を開いた。
中はオーナーが言うほど物はなく、絵を1枚保存するくらい訳はなさそうだった。
(あのオーナー、厄介なものを売りたかっただけね……)
そのため、ランジェは難なく目的の絵を発見した。
 大きなキャンバスに描かれたたった1枚の鏡に使われている絵の具の色合いは明るく、希望さえ持つような印象を受ける。ランジェにはこれが忌まれ、持ち主を転々としてきた絵だとは到底思えなかった。確かに何かを写しそうな程精巧に描かれた鏡だが、その表面は油絵特有の凹凸をみせ、何かを写すような状態ではなかった。
(本当にこれがすごい絵なのかしら)
ランジェは不安に思いながら、mirrorをオーナーにもらった布に包んだ。

 mirrorを持ち帰ったランジェは布で絵を隠したまま、1番目立つであろう玄関の壁へと飾り立てた。あの有名画家ミラの作品が家にあるというだけで誇らしく、布を取るのが面倒になってしまったが、ランジェは丁寧に包みを解いていった。
  せっかく高値で買った絵柄の変化する絵なのだから見せなければ勿体ない。そうしてすっかり包みを解いてしまうと、じっと絵を覗き込んだ。
 ランジェはしばらくそうしていたが、持ち主の心を映すその絵はついに何も写すことは無かった。魔法の絵ではなかった、と興味を失くし、失望したランジェはいそいそと絵を外して物置へと放り込んでしまった。
 ランジェが物置の扉を閉めてしばらくすると、その絵ははっきりとmirrorを映し出し始めた。
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