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二章

42 祭り前夜

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「――ルっ! 
 ちょっと――」 

 目の前に少女がいる。
 ウエーブのかかった長い金髪の髪、目はクリッとしていて大きく開けたまま僕の顔を覗き込んでる。
 気付けば柑橘系の匂いがする。
 
「どこです……か……」
「どこって、本当に大丈夫。
 流石のヴェルでも疲れたかー。
 少し休憩しよ。
 そうだ、お弁当よ、ねっ」
「フローレンスお嬢様……ですよね?」
「他に誰にみえる?」

 目の前には、確かにフローレンスお嬢様がいる。
 慌てて回りを見渡すと、洞窟が見えた。
 腕には黒篭手、オオヒナが嵌められている。

「やっぱ少しだけカッコいいわね。
 で、付けたままじゃ困るからヴェル外してっ」

 当然のように喋るフローレンスお嬢様。
 言葉が出ない……。
 フローレンスお嬢様の背後に回り、服をめくる。
 綺麗な背中があり傷一つ無い。
 小さく、んんんんんんんんんんっと、フローレンスお嬢様の悲鳴が聞こえる。
 いつも半透明な服を着て、僕をからかってくるんだ。
 いまさら背中を見られたって恥ずかしくもないだろうに。

 顔をあげ周りを再度見る。
 見覚えのある洞窟。
 隠し扉である大岩は、まだ開いている。

「戻った……」
「何が戻ったよっ! い、いつまで私の服をっ!」

 フローレンスお嬢様の、傷一つ無い背中に向き直る。
 それもそうだ。
 僕は、フローレンスお嬢様の服から手を離した。

「にしても、ヴェルって情熱的なのね。
 ヴェルがここでいいって言うなら――――」

 フローレンスお嬢様は瞳を閉じて、僕に顔を向けている。
 たぶん、勘違いしてる。
 とりあえず、フローレンスお嬢様は横において置いて考える。
 戻れたのだ、日にちは祭り前夜で篭手を手に入れた日。
 これから起きるのはただの惨殺。
 フローレンスお嬢様の両肩に手を置いた。

「フローレンスお嬢様っ! 目を開けてくださいっ!」
「ひゃ、ひゃいっ」

 良かった目を開けた。

「破片が飛ぶかもしれないので少し離れていてください」
「え、なんで??」

 僕は、フローレンスお嬢様を背後へと押し出す。


 もしかしたしらと、思う事がある。
 何も悲劇が起こらない。
 マリエルなんて聖騎士なんて居ない。
 今までのは僕の見た妄想だったんじゃないかと疑う。
 確認方法は一つある。


 洞窟を封印していた岩の前へ立つ。
 硬さも大きさも丁度いいだろう。
 気合を入れる。

「はああああああああっ!」
「ちょ、ヴェルっ! 何を……手が砕けっ!!」

 力任せに岩を殴った。
 手に痛みが走るが、岩には小さく穴が開く。

「す、すごいっ!。
 ヴェルすごいじゃないっ!」
「どうも……」

 力の継承もちゃんとある。
 夢じゃないのか……。
 少しは夢であって欲しかった。
 なぜこの時に戻ったのかは、今はいい。
 やり直せる。
 マリエルもフローレンスお嬢様も救えるんだ。
 フローレンスお嬢様へと振り返る、驚く顔をしている。

「夜には帰ります。
 先に帰ってください」

 この辺は野犬は……。
 まぁまぁいるけど、昼間だし大丈夫だろう。
 背後から僕を罵倒してるような声が聞こえるが、すばやく森を抜け村を見渡す。 
 明日のお祭りで使うステージの為に木材を運ぶ村人や、大きな石釜のテストをしている人、どれもこれも見知った村人が作業をしている。

「よう、ヴェル。
 どうした、フローレンス様はどうした一緒じゃないのか」
「ああ、クルースか……」
「たっく、お化けでも見るような顔をして、妹もお前の何処か良いんだが……」

 最後のほうは小さい声で僕には聞き取れなかった。
 しかし、そんな事を言っている場合ではない。
 今夜にも無数の敵が村を襲い、僕以外の全員が死ぬ。
 それだけは絶対に避けなければならない。

「クルースっ」
「なんだ? 少しのさぼりぐらいは多めに見て欲しいけどな」
「いや、そうじゃなくて……」

 盗賊が来るから逃げろ?。
 違う、来ても居ないのに来るからといっても無理だ。
 今すぐにに、ロザンやタチアナの町へ応援を呼んできて貰うか。
 無理だろう。
 僕の顔がつねられる。

「いひゃい」

 クルースがつねっていた。

「お、やっと気付いたか。
 フローレンスが怒りながら歩いてくるぞ」

 僕は後ろを見ると、クルースの言葉通りフローレンスお嬢様が、大股で歩いてくる。
 顔は笑顔であるのが怖い。

「クルースっ、フローレンスお嬢様を頼む」
「あっ、おいっ!」
「クルース捕まえてっ!」

 フローレンスお嬢様の叫びと同時に走り出した。
 が……、サボり中のクルースの手が僕の腕を引っ張る。
 力任せに解けば、吹っ飛ぶだろう。
 その間にフローレンスお嬢様が追いついた。

「ありがとう、クルース」
「いいえ、いいえ、フローレンスお嬢様」
「別にヴェルの真似しなくていいわよ、気持ち悪い」

 僕の真似をして、小言を言われている。

「へーい。
 で、ヴェルがフローレンスから逃げるって何したんだ?」
「知らないし、聞いてよっ」

 フローレンスお嬢様の聞いてよ攻撃。
 いやだと言っても喋ってくる。

「ヴェルったら、突然その……」
「そのなに?」

 赤い顔をしたと思ったら言葉に詰まり始める。
 何かを察したクルースが僕に詰め寄る。

「ヴェル! お前まさかフローレンスお嬢様と性こ――――。
 いって、いてええ。
 フローレンス、ちょっ。
 マジ痛いって、ヴェル助けろっ」

 フローレンスお嬢様が、黒い箱でクルースを叩いている。
 箱の角などが当り、痛いことは間違いないだろう。

「はぁ……。
 お嬢様その辺に」
「まったく、何言い出すのよ……」
「これって俺が悪いのかっ!?」
「少し急いでいるので、クルース後の事は頼む」
「ちょ、ヴェルっ!」

 僕はクルースに頼み、文句を言っているフローレンスお嬢様を置いて走り出そうとする。
 いや、したといったほうがいい。
 途中で止まるのは訳がある。

「んーなるほどねぇ。
 よしっ、フローレンス、面白い話があるんだ」
「それよりヴェルの行き先のほうが私はっ」
「ある日俺の家にヴェルがな、フローレンスのブラを握ってはぁはぁ言うんだ」
「ええええええええ」
「アイツはいうんだ、このブラ少し匂わないかって、煮詰めて――」

 僕は走り出そうしたまま、前へこける。
 振り向くと、クルースは以下に僕が変態なのかを、フローレンスお嬢様に熱弁している。 フローレンスお嬢様も、顔を赤くしながらもそれをフンフンと聞いていた。

「まってください」
「お、用事あるんだろ。
 早く行ったらどうだ?」
「無い事ばっかり風潮されたら、行きたくてもいけません」
「っかしいなぁ、俺の家にヴェルが隠しておいてくれって言った、フローレンスのブラがまだあるぞ」
「あーーーーっ、そういえば最近見当たらないのがあるっ!」
「それは、フローレンスお嬢様が整理しないからです」

 フローレンスお嬢様が赤い顔をしてワタワタしていると、ルークスが僕の肩に腕を回す。
 顔と顔が近い。
 小さい声で喋ってくる。

「何あったかしらんが、今のヴェル。
 切羽詰った顔してるぞ、フローレンスが怒ってるのは心配だし、俺も心配だ」
「っ」

 ルークスが自分と同じ年齢なのに、酷く大人に見える。
 背後からフローレンスお嬢様の声が響く。

「ちょっと、二人で内緒話っ」
「っとと、ああ、いますげえやらしー事を聞いていたんだ」
「ヴェ、ヴェルに限ってやらしーとかないですしー」

 二人の会話を聞きながら気持ちを落ち着かせる。

「フローレンスお嬢様、先ほどはすみません。
 大事な仕事を思い出したので、改めてルークス、お嬢様を頼みます」
「おう」
「もう、だったら先に言ってくれれば……、夜には帰ってくるんでしょ」
「はい」
「気をつけてね」

 僕は小走りに走る、そして考えた。
 日没まではまだ時間はある。
 村を襲わせない方法。

 一つ、村人全員逃がす。
 無理だ、理由を問われる。

 二つ、村を先に襲う。
 襲われる前に僕が火をつければいい、なんて名案なんだと、じぎゃくする。
 馬鹿馬鹿しい。

 三つ、助けを呼ぶ。
 これもさっき考えて無理とわかった。
 
 となると……。
 四つ、敵を殲滅する。

 あまり褒められるべきじゃないが、僕は人を殺した事がある。
 汚れた手で村が救えるなら、汚そうじゃないか。
 それに、あの大男は篭手よりも戦闘狂とでもいうのか、満足すれば帰るかもしれない。
 周りの雑魚だったら、今の僕ならいけるだろう。

 次は場所だ。
 あれだけの集団が用意もせずに襲ってくるとは思わない。
 どこかに夜営地があるはずだ。
 食料が多く、水もある場所。
 なおかつ人目についても問題ない場所となると限定される。
 森から少し離れた川にめぼしをつけた。
 賭けだ。
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