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126 エルン嬢の眠れない夜

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 なんだかんだと昼過ぎには仮宿場に着いた。
 なんていうか、峠のお宿と言ったほうがいいのか、大きな宿が二つと馬車が数台。
 あとは馬が数頭と管理する人間が居るだけの小さい集落だ。

「思ったよりも、いい宿っぽいのね」
「王都が玄関とも言うべきだからな、あまり大きくも無く、かといって小さくてもダメだ」
「へえ。あっでも、夏の旅行にはなかったわよね」
「あっちは集落や村があるからな、この辺はそれがない」
「ん。説明ありがと」


 そう、ディーオは私の知らない事を聞くとポンポン答えてくれるから助かる。
 エルン君の百科事典になった覚えはない。と、文句を言っているが教えてくれるからありがたい。

 宿の一階で早めの夕食を取る。
 このまま進んでも、次の仮宿場までは夜中には着くだろうと言っていたけど、何かあるかわからないので明るいうちにここに留まるだそうな。

 夕食前の時間なので酒場は空いている。
 馬車の御者は仕事がありますのでと、一緒ではない。


「じゃぁ、食べますか」
「そうだな」


 給仕におすすめを聞いて適当に頼む。
 ディーオが先にお金を払おうとしたので、これで適当にお願いと金貨数枚を渡し、一枚はチップと言ったら給仕は喜んで置くへと消えていく。


「食べた分は出す」
「別にいいわよ、道案内代と思ってくれれば」


 食事が終えると、もう暇しかない。
 ディーオは態々部屋を二つとった。
 当然といえば当然なんだけど、まったくっていってほど娯楽がないのに部屋にこもるのはつらい。

 話し相手がほしいのよ。
 ディーオはもう寝るといって部屋にこもったし。
 外に行く? まだ日は明るいし、絡まれる心配もない。
 とはいえ、お店も無い。

「ひーまーだーーーーーーー」

 ベッドに倒れて足をジタバタすると、隣の部屋から壁ドンがくる。
 イラ……落ち着け私、悪いのは私だ。


「仕方が無い、一階から酒でも貰おうかしら」


 私は財布を取ると酒場へといく、先ほどの店主にいうと機嫌よく酒瓶を出してくれた。
 部屋で飲んで、ビンはそのまま置いていっていいという親切までもらった。
 代わりに心づけというチップを渡したけど。

 自分で言うのもなんだけど、これ、私が文無しになったらどうなるのかしら……。
 そのためにも副業、いや本業がほしい。

 結婚して専業主婦に? うーん、貴族特有の空気あんまり好きじゃないのよね。
 パパも成り上がりって言われた人だし、礼儀には無頓着だし、だからこそ記憶が戻る前の私は貴族は貴族らしくって高飛車だった。

 ギルドマスターっても、実感ないからなぁー。


 グラスに酒を入れては飲むのを繰り返す。
 部屋にノックの音が響く、だれかしらっても、私の部屋に来るのは店主かディーオしかいない。

 扉を開けるとコートを着たディーオが立っている。
 私を見ると何故か嫌そうな顔をしているけど、なんだろ。ここは嫌味を言われる前に先制パンチね

「あら、出かけるの? もしかして、デートの誘いかしら」
「…………徹夜か、出発の時間だそ」
「え?」
「一晩中飲んでいたのか……カーテンを開けろ。日が昇ってるだろ」
「ええっうえっ」


 慌ててカーテンを開けると太陽がまぶしい。
 ディーオがすぐ側まで来て窓を開けると、冷たい風が部屋の中に入ってくる。


「さっむ」
「だろうな、旅馬車を待たせている、顔を洗ったらすぐに出発だ」
「ご、ごめん!」
「ふ……」


 ディーオは鼻で笑うと部屋から出て行った。
 確かに部屋の中には酒瓶が十五本ほどあった、途中出足りないから空き瓶を返して取りに行ったような記憶もある。

 ってか、鼻で笑わなくてもよくない? じゃなくて、準備しないと。

 すぐに宿の洗面所で顔を洗って身支度をする。
 よし、お肌は荒れてない。隈もない。
 息は、口をゆすいで柑橘系の果物を食べてごまかす。

 
 宿前に戻ると、既に馬車内に人が乗っているのが見えた。
 その出入り口部分にディーオが立っている。


「お待たせ!」
「大丈夫だ、時間内だ」
「はい?」


 詳しく聞くと、私が出発五分前に宿前に来れるように計算して起しに行ったとかなんとか。あと五分もあるなら先に言え!

「急いでソンした気分だわ」


 私は旅馬車に乗り込むと、既に先客がいた。
 長剣を腰につけた年配っていっても見た目四十代のむさいおっさんである。
 目の下に隈を作って私の顔をみると、残念だったなと行きなり喋ってきた。


「ちょっと残念ってなによ」
「いや、あんたも寝れなかった口だろ? 変な客いただろ。
 一晩中部屋の中でブツブツブツと何か唱えているんだぜ、血痕がどうだとか、稼ぎはどうだとか、どこの山賊が居るのかと思って、マスター宿の主人に聞いても、勘違いでしょうなって話になんねえし。
 しまいには宿に文句あるなら出て行ってもっていうんだぜ。
 いくら宿代を値切ったからって酷くねえか?
 でも、アンタの顔を見たらちょっと隈が出来てるし勘違いじゃなかったってのがわかったぜ、たっくもう一件の宿にしとけばよかったぜ」
「それは怖いわね……」


 心当たりありまくりで内心あせる。
 血痕は結婚よね、ブツブツ言っていたわけじゃないし、ちょーっと口から漏れてただけよ。

 ごほん、とディーオが咳払いをすると、むさいおっさんは、慌てて謝ってきた。

「っと、すまねえ。どうもお前の話は何時も長いって言われてよ、名はカルロス。冒険者だ!」
「…………どうも、錬金術師見習いのエルン」
「同じくディーオ」


 ディーオも短い挨拶をする。
 あんたは見習いじゃないわよねって思ったけど黙っておく。
 それに別にしなくてもいいんだけど、名前を名乗られたら名乗るのが礼儀じゃない?

 ってか、次の宿場まで暇しなくてすむ!
 チラっとディーオの顔をみると嫌そうな顔をしていたけど。

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