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明治浪漫物語 喫茶鷹華
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『一九十二年、八月。僕は東京という町で彼女に出会った』
夏の日差しが強い日、僕は東京という町を徘徊し疲れ果てていた。
訳はある、これも僕の仕事の一つだからだ。それに汗を書いているのは僕だけじゃない。
僕の隣には、同じ仕事の先輩も、汗を出しながら渋い顔をしていた。
「先輩暑いですね」
「ああ、そうだな」
「休みませんか?」
「ああ、そうだな」
「先輩背広あついっすね」
「ああ、そうだな」
「先輩、僕の給料あげてくれくれるように頼んでくれませんかね」
「……」
先輩は振り向き、僕の頭を行き成り叩く。
「お前な、新聞記者が一々文句をいうんじゃねえ。この仕事は足で勝負する世界って言ったよな」
「毎日、毎日東京の町をネタ探しに歩くのも疲れましたし。先輩は、この間の阿片闇取引の事件をすっぱ抜いたのに、まだ満足しないんですか?」
「あれは俺じゃ……」
先輩は辺りを見ると、僕にだけ聞こえるように小声で話す。
「いいか、あの事件は俺じゃねえ。俺が垂れ込まれた情報を元に現場に着いたときは全員が虫の息よ」
「え、でも警察発表じゃ、乱闘の末、全員取り押さえたって」
「双方合わせて六十人以上を全員できると思うか? 俺がこうしてネタを探してるのは、アレをやった奴を探してるのもある」
「嘘みたいな話ですね」
「だろうな、しかし、暑いのはわかった。俺は麻布区にいくから、お前は適当に神田区を回れ」
先輩は僕にそういうと、一人離れていく。
周りから見ると熊のような体格で怒鳴っているように見える先輩。
しかし、付き合えば案外優しく、今の一言も神田区で適当に休めという照れ隠しである。
自由になった僕は神田川を眺めながら適当に歩く、川沿いに子供達が遊んでいていた。
みている僕の気持ちも休まる。
がんばれ子供達、未来の日本を背負う子供達だ。
一人心の中で応援すると何処からか腹の音が聞こえる。
何処といっても僕一人しか居ないから僕の腹だ。
感情に浸るとお腹が減った、そういえば、昨日の晩から何も食べていない。
眼に入った喫茶店の文字を読む。
「えーっと、明治浪漫喫茶鷹華、読み方は、たかはな? でいいのかなまぁいいか。カレーぐらいあるだろう」
僕は喫茶店の扉を開ける。
中からは珈琲の香り充満していて、カウンターの奥にいる高齢のマスターがちらりと俺を見た。
ピンクの着物にスカート、さらに腰まである長い黒髪を躍らせ、一人の少女が目の前に来た。
「いらっしゃいませ! 喫茶鷹華へようこそっ!」
「よう……か?」
「はいっ! 鷹と華、二つ合わせて鷹華ですっ! お客様、もしかして、たかはなとお呼びに鳴りませんでしたか?」
「ご、ごめん」
「いいんですっ! これから覚えて下されば、実は私の名前も鷹華と言うんですよ、覚えてくださいねっ! ではっ本日のお客様第一号です! どうぞ好きな席にお座りください」
鷹華ちゃんは僕の手を強引に引っ張ると店内へと引っ張り込む。
ちらりとマスターを見ると、気にも留めないのかグラスを磨いていた。
店内は綺麗なモダン調、一つ一つ無造作に置かれているが埃一つない。
「あのー。店のチェックはすみましたか?」
「え。ああっごめん! 職業柄周りを観察する癖というか、奥の窓側の席いいかな?」
「職業ですか?」
「駆け出しだけど、ちょっとした記者をしていてね」
「す、すごいですねっ!」
余りに真っ直ぐに褒められると恥ずかしい。
僕の書いた記事といえば尋ね人や企業の宣伝など、先輩みたく殺人事件を追ったりはしてない。
窓側の席というのは外も室内も見渡せる。
些細な客の会話や、外の人物も観察できる。
僕が席に着くと、冷水を持って来た、先ほどの少女が横にじっと立っている。
「珈琲と、何かお勧めの料理あるかな」
「はいっ! 任せてください、所でマスターのお勧め料理と私のお勧め手料理がありますけど……」
悲しい話だけど、独身貴族というのは女性に飢えている。女性の料理が食べれるなら、嬉しい。
「それじゃ、鷹華ちゃんの手料理を」
「わっかりま……」
彼女が全部を答える前に喫茶店内にガラスの割れる音が響く。
二人で振り返ると、主人がコップを落としたらしく、慌てて一礼をして片付けにはいった。
「では、先に珈琲を持ってきますので、こう見えても、お料理には自信があるんですよっ!」
後悔は後からやってくる。誰が言い出したのか僕は窮地に立たされていた。
親子丼です。そう鷹華ちゃんが出したどんぶり飯、何故か色が緑色なのだ。
僕の知っている親子丼で、緑になる食材はない。
一口食べると、肉よりも先にネギの味がする。なるほど、緑色の物はネギか。
暇なのか、鷹華ちゃんは僕の前に座ると、僕が食べるのをまっている。
味を褒めて欲しいのだろうか。
僕は三十分後、喫茶鷹華を慌てて出た。
問題の味は、そう食べ物だった。それ以外説明出来ない。今ならマスターがコップを落とした意味もわかる。
背後では、鷹華がまたきてくださいねーと、大きな声と笑顔で見送ってくれた。
あの状況で美味しい以外の言葉が出せる人間が居たら見て見たい。
その日、何時になっても先輩は会社に戻ってこなかった。
次の日も先輩は会社に来なかった。
四日目となると、会社の中もざわめき出す。
警察に届けるか届けないかの会議が行われ、結局は届けないと決定した会社。
僕はここ数日通っている喫茶店で愚痴を吐く。
「鷹華ちゃん、珈琲一つと、マスター何か軽い物を一つ」
「もう。記者さん、料理なら私が作りますけどっ!」
「いや。鷹華ちゃんの料理は夜飯にがっつり食いたいんだよ、仕事中は軽い物のほうが助かるんだ」
「何故か、皆さんそういうんですよね。で、記者さんの先輩さんは見つかったのですか?」
僕は首を振る。
「故郷にでも帰ったのだろうって会議で決まった。あ、そうだっ」
僕はポケットからお守りを二つ取り出す、そのうち1個を鷹華ちゃんに渡した。
「神頼みってわけじゃないけど、二つ買ったから一個は鷹華ちゃんに」
「ええ、いいんですかっ! こう毎日売り上げに貢献して貰っているのにお守りまで貰って」
「別に高い物じゃないし」
「ありがとうございますっ! 大事にしますね。あ、あと……」
「ん。なに?」
「記者さんだから言うんですけど、余り危ない事には首を突っ込まないほうが良いと思いますよ」
「あっはっは。ありがとう、じゃぁマスターお会計」
僕は喫茶店を後にする。
ここからは給料の出ない残業だ。
先輩の足取りを探して夜の東京を廻る。
あんな小さい少女に心配されるとは、やはり頼りなく見えるのだろう、思わず苦笑する。
麻布区を探して、先輩が何者かに連れ去られたとわかったのは昨日、勿論会社に届けたが、鷹華ちゃんに言ったとおり会社は動かない。
警察に届けても、よくて捜索願いの一報を新聞に載せるぐらいである。
なら、その証拠を掴むのか記者の仕事である。
麻布区で先輩の足取りが消えたのは一軒の料亭だった。
格式が高そうで、安物の背広が一張羅の僕じゃ門すらくぐれそうにない。
正攻法は無理なのはわかる。しかし蛇の道という裏技だ。
二日前から店で奉公をしている小僧の後を追う。小僧の腕を引っ張り街灯のない場所へ連れ込んだ。
「こら、暴れるなっ! 悪いようにしない、金ならある、情報が欲しい」
俺の言葉に小僧の動きが収まった。
「なんだ、おっさん。先に言えよ。あれだろ情報が欲しいんだろ?」
クソ生意気な餓鬼だ。
鷹華ちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたい、いや待て、こんなクソ餓鬼には勿体無い。
笑顔を保ちつつ交渉に入る。
「そうだ、先日熊みたいな男が来たはずだ、その男の足取りはわかるか?」
「んー……、なんだこれっぽちしかないのか」
「なっ、お前っ!」
何時の間にか俺の財布の中身を確認している小僧。
もみ合いになった時に盗られたのだ。
「まぁいいか、ああ、来たよ。十二支兎組と十二支鼠組を追ってたみたいだけどー」
「おい、行き先はわかるかっ!」
「ってなぁおっさん」
「す、すまん」
憎たらしい小僧であるが、気を損なったら出る情報も出ない、僕は丁重に謝る。
「品川区の倉庫、其処にいるよ。これでいいか、おっさん」
「ああ、助かるよ」
「なっ!」
僕の声じゃない声が聞こえた、直ぐに腹部に強い衝撃がくる、殴られたっ?
手足を固定され地面に転がされると、黒服の人間と、小僧が俺を見下している。
「たっく、あの熊野郎手こずらせやがって、まぁでも。お仲間を見れば口も開くだろう」
「なん……」
「おっさん、わっかんねーかな。罠にかかったんだよ、じゃぁ俺は仕事に戻るから」
「ご苦労だったな、女将にお前の仕事ぶりを報告しておく」
歓喜な声を上げながら去っていく小僧。
この料亭は上から下まで真っ黒だったのか……。先輩も連れ去られたんだろう。
体を引きずられ車へと放り込まれる。
あちこちが痛く、もう喋る気も起きなかった。
僕が車から降ろされたのは何処かの倉庫前。
何十人も男達が僕を見ている、その中に縛られた先輩が眼を見開き何かを騒いでいた。
直ぐに先輩を叩く初老の老人。部下に命じると先輩の口から布を剥ぎ取る。
「馬鹿野郎っ! 何でお前は……」
「おい、こら勝手に喋るなっ!」
黒服が怒鳴ると、それを手で制する老人。
僕の記憶が確かなら先月痛手を負った、十二支兎組の会長だ、その横には十二支鼠組の若頭もいる。
「ふう、これで喋るだろう。さて、もう何度目かの? お主の知っている情報を全部だせ」
「し、しらんっ! 俺は垂れ込みがあっただけでっ」
「まだしらを切るのか、ウチの組員達が全員負傷だぞ、知ってる事を話せっ」
先輩はそれから、自分は何も知らない事と、僕を助けるために自分はどうなってもいいと懇願する。
若頭が溜息を着くと、地面に転がっている僕の前にしゃがみ込む。
「兄さんわるいな、あっちの大男と同じ記者なんだろ? 別に真相は嘘でいいんだ、俺たちは潰された取引の憂さ晴らしをしたいのよ。だから悪いけど死んでくれや」
若頭は僕の後ろ手に縛られている手から小指を掴むと、強引に曲げる。
余りの痛さに声に鳴らない声を上げる。
先輩が何か叫んでいるが耳に入らない。
次にゴリッと音と共に薬指が折られた。
「さて。遺言ぐらいは聞いておくか、おいっ!」
「はっ!」
手下が近くによると僕の口を自由にする。
新鮮な空気が口の中を満たしていく。
「で、兄ちゃん、遺言あったらきいとくぞ」
遺言? 遺言って僕は死ぬのか?
先輩のほうをみると、先輩の両足を短銃で打ち抜く会長が居た。
僕の視線に気づいた若頭が溜息を付く。
「たっく、あの爺さんはジワジワと、安心するんだな、俺は一撃で殺してやるよ、遺言もないみたいだしな」
僕の頭に短銃の銃口が付けられた。
若頭が引き金を引くと僕の命もおさらばだ。
「ああ、最後に鷹華ちゃんのご飯食べて置きたいかな……」
「なんじゃそりゃ、あばよ」
若頭が引き金を引くと銃声が響いた。
何度も何度も銃声が響く。
先輩が何度も打たれているのだろう、あちらこちらから悲鳴が木霊する。
ん? なんでだ。
僕は急いで周りをみると、若頭や会長、いやそれ以外にも手下達が苦悶の顔で倒れている。
それでも鳴り止まない銃声。
縛られていた腕が何時の間にか外れていた。
折れた指の痛みを抑えて僕は胸元から、オペラグラスを取り出す。
銃弾が飛んでくるほうを必死に探す。
「居たっ!」
月明かりの中、遠い倉庫の上に人影が見えた。
寝そべっているが着物姿で長身の銃を構えオペラグラスで此方を伺う女性。
「な、鷹華ちゃん……?」
見間違いかと思い、もう一度オペラグラスで確認すると、遠くにいるはずなのに何故か視線が合った。
僕の耳に、今度は大量の警察の声が響いた。
傷を負っている僕や先輩を確認し、直ぐに搬送するように命令する警察。
もう一度彼女を探すと既にオペラグラスの先には誰も居なかった。
後から聞いた情報によると、出版社と警察はひそかに先輩の行方を捜していたらしい、そこに垂れ込みが入り、一斉検挙にむかったと。
あの事件から十日後、僕は喫茶店の扉を開けた。
「あ、記者さん、お久しぶりですー」
「やぁ」
「聞きましたよー。危険を顧みず取引を阻止! 大ニュースじゃないですかっ! お体はもう大丈夫ですか?」
僕は何時もの席に座ると、珈琲を頼む。
「マスター、珈琲一つ、あと軽い物でしたっけ」
「いや、今日は鷹華ちゃんの料理が食べたい」
ガシャンと陶器が割れる音が聞こえる。
マスターが食器を落としたらしい。
「本当ですかっ! 腕によりをかけて作りますねっ」
厨房にいく鷹華ちゃんを呼び止める。
「はい、なんでしょう?」
「これ、新しいお守り」
「えっ……?」
「いや、前のは、なくしたかと思って」
そう、僕はここにくる前に例の場所へよってみた。
其処には確かに人が居た形跡と、僕が鷹華ちゃんに渡したお守りと同じお守りが落ちていた。
「ど、どうも」
「さて、僕はとてもお腹が減っている、大盛りでっ!」
「…………はいっ! 任せてください」
別に全てを語るのが記者ではない。僕はそうおもい彼女に笑いかけた。
そして数時間後、自分の発言に後悔する事になる。
僕の前にあるカツ丼には、お祝いですとプリンと生クリームが乗っていたからだ。
夏の日差しが強い日、僕は東京という町を徘徊し疲れ果てていた。
訳はある、これも僕の仕事の一つだからだ。それに汗を書いているのは僕だけじゃない。
僕の隣には、同じ仕事の先輩も、汗を出しながら渋い顔をしていた。
「先輩暑いですね」
「ああ、そうだな」
「休みませんか?」
「ああ、そうだな」
「先輩背広あついっすね」
「ああ、そうだな」
「先輩、僕の給料あげてくれくれるように頼んでくれませんかね」
「……」
先輩は振り向き、僕の頭を行き成り叩く。
「お前な、新聞記者が一々文句をいうんじゃねえ。この仕事は足で勝負する世界って言ったよな」
「毎日、毎日東京の町をネタ探しに歩くのも疲れましたし。先輩は、この間の阿片闇取引の事件をすっぱ抜いたのに、まだ満足しないんですか?」
「あれは俺じゃ……」
先輩は辺りを見ると、僕にだけ聞こえるように小声で話す。
「いいか、あの事件は俺じゃねえ。俺が垂れ込まれた情報を元に現場に着いたときは全員が虫の息よ」
「え、でも警察発表じゃ、乱闘の末、全員取り押さえたって」
「双方合わせて六十人以上を全員できると思うか? 俺がこうしてネタを探してるのは、アレをやった奴を探してるのもある」
「嘘みたいな話ですね」
「だろうな、しかし、暑いのはわかった。俺は麻布区にいくから、お前は適当に神田区を回れ」
先輩は僕にそういうと、一人離れていく。
周りから見ると熊のような体格で怒鳴っているように見える先輩。
しかし、付き合えば案外優しく、今の一言も神田区で適当に休めという照れ隠しである。
自由になった僕は神田川を眺めながら適当に歩く、川沿いに子供達が遊んでいていた。
みている僕の気持ちも休まる。
がんばれ子供達、未来の日本を背負う子供達だ。
一人心の中で応援すると何処からか腹の音が聞こえる。
何処といっても僕一人しか居ないから僕の腹だ。
感情に浸るとお腹が減った、そういえば、昨日の晩から何も食べていない。
眼に入った喫茶店の文字を読む。
「えーっと、明治浪漫喫茶鷹華、読み方は、たかはな? でいいのかなまぁいいか。カレーぐらいあるだろう」
僕は喫茶店の扉を開ける。
中からは珈琲の香り充満していて、カウンターの奥にいる高齢のマスターがちらりと俺を見た。
ピンクの着物にスカート、さらに腰まである長い黒髪を躍らせ、一人の少女が目の前に来た。
「いらっしゃいませ! 喫茶鷹華へようこそっ!」
「よう……か?」
「はいっ! 鷹と華、二つ合わせて鷹華ですっ! お客様、もしかして、たかはなとお呼びに鳴りませんでしたか?」
「ご、ごめん」
「いいんですっ! これから覚えて下されば、実は私の名前も鷹華と言うんですよ、覚えてくださいねっ! ではっ本日のお客様第一号です! どうぞ好きな席にお座りください」
鷹華ちゃんは僕の手を強引に引っ張ると店内へと引っ張り込む。
ちらりとマスターを見ると、気にも留めないのかグラスを磨いていた。
店内は綺麗なモダン調、一つ一つ無造作に置かれているが埃一つない。
「あのー。店のチェックはすみましたか?」
「え。ああっごめん! 職業柄周りを観察する癖というか、奥の窓側の席いいかな?」
「職業ですか?」
「駆け出しだけど、ちょっとした記者をしていてね」
「す、すごいですねっ!」
余りに真っ直ぐに褒められると恥ずかしい。
僕の書いた記事といえば尋ね人や企業の宣伝など、先輩みたく殺人事件を追ったりはしてない。
窓側の席というのは外も室内も見渡せる。
些細な客の会話や、外の人物も観察できる。
僕が席に着くと、冷水を持って来た、先ほどの少女が横にじっと立っている。
「珈琲と、何かお勧めの料理あるかな」
「はいっ! 任せてください、所でマスターのお勧め料理と私のお勧め手料理がありますけど……」
悲しい話だけど、独身貴族というのは女性に飢えている。女性の料理が食べれるなら、嬉しい。
「それじゃ、鷹華ちゃんの手料理を」
「わっかりま……」
彼女が全部を答える前に喫茶店内にガラスの割れる音が響く。
二人で振り返ると、主人がコップを落としたらしく、慌てて一礼をして片付けにはいった。
「では、先に珈琲を持ってきますので、こう見えても、お料理には自信があるんですよっ!」
後悔は後からやってくる。誰が言い出したのか僕は窮地に立たされていた。
親子丼です。そう鷹華ちゃんが出したどんぶり飯、何故か色が緑色なのだ。
僕の知っている親子丼で、緑になる食材はない。
一口食べると、肉よりも先にネギの味がする。なるほど、緑色の物はネギか。
暇なのか、鷹華ちゃんは僕の前に座ると、僕が食べるのをまっている。
味を褒めて欲しいのだろうか。
僕は三十分後、喫茶鷹華を慌てて出た。
問題の味は、そう食べ物だった。それ以外説明出来ない。今ならマスターがコップを落とした意味もわかる。
背後では、鷹華がまたきてくださいねーと、大きな声と笑顔で見送ってくれた。
あの状況で美味しい以外の言葉が出せる人間が居たら見て見たい。
その日、何時になっても先輩は会社に戻ってこなかった。
次の日も先輩は会社に来なかった。
四日目となると、会社の中もざわめき出す。
警察に届けるか届けないかの会議が行われ、結局は届けないと決定した会社。
僕はここ数日通っている喫茶店で愚痴を吐く。
「鷹華ちゃん、珈琲一つと、マスター何か軽い物を一つ」
「もう。記者さん、料理なら私が作りますけどっ!」
「いや。鷹華ちゃんの料理は夜飯にがっつり食いたいんだよ、仕事中は軽い物のほうが助かるんだ」
「何故か、皆さんそういうんですよね。で、記者さんの先輩さんは見つかったのですか?」
僕は首を振る。
「故郷にでも帰ったのだろうって会議で決まった。あ、そうだっ」
僕はポケットからお守りを二つ取り出す、そのうち1個を鷹華ちゃんに渡した。
「神頼みってわけじゃないけど、二つ買ったから一個は鷹華ちゃんに」
「ええ、いいんですかっ! こう毎日売り上げに貢献して貰っているのにお守りまで貰って」
「別に高い物じゃないし」
「ありがとうございますっ! 大事にしますね。あ、あと……」
「ん。なに?」
「記者さんだから言うんですけど、余り危ない事には首を突っ込まないほうが良いと思いますよ」
「あっはっは。ありがとう、じゃぁマスターお会計」
僕は喫茶店を後にする。
ここからは給料の出ない残業だ。
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麻布区を探して、先輩が何者かに連れ去られたとわかったのは昨日、勿論会社に届けたが、鷹華ちゃんに言ったとおり会社は動かない。
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なら、その証拠を掴むのか記者の仕事である。
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正攻法は無理なのはわかる。しかし蛇の道という裏技だ。
二日前から店で奉公をしている小僧の後を追う。小僧の腕を引っ張り街灯のない場所へ連れ込んだ。
「こら、暴れるなっ! 悪いようにしない、金ならある、情報が欲しい」
俺の言葉に小僧の動きが収まった。
「なんだ、おっさん。先に言えよ。あれだろ情報が欲しいんだろ?」
クソ生意気な餓鬼だ。
鷹華ちゃんの爪の垢でも飲ませてやりたい、いや待て、こんなクソ餓鬼には勿体無い。
笑顔を保ちつつ交渉に入る。
「そうだ、先日熊みたいな男が来たはずだ、その男の足取りはわかるか?」
「んー……、なんだこれっぽちしかないのか」
「なっ、お前っ!」
何時の間にか俺の財布の中身を確認している小僧。
もみ合いになった時に盗られたのだ。
「まぁいいか、ああ、来たよ。十二支兎組と十二支鼠組を追ってたみたいだけどー」
「おい、行き先はわかるかっ!」
「ってなぁおっさん」
「す、すまん」
憎たらしい小僧であるが、気を損なったら出る情報も出ない、僕は丁重に謝る。
「品川区の倉庫、其処にいるよ。これでいいか、おっさん」
「ああ、助かるよ」
「なっ!」
僕の声じゃない声が聞こえた、直ぐに腹部に強い衝撃がくる、殴られたっ?
手足を固定され地面に転がされると、黒服の人間と、小僧が俺を見下している。
「たっく、あの熊野郎手こずらせやがって、まぁでも。お仲間を見れば口も開くだろう」
「なん……」
「おっさん、わっかんねーかな。罠にかかったんだよ、じゃぁ俺は仕事に戻るから」
「ご苦労だったな、女将にお前の仕事ぶりを報告しておく」
歓喜な声を上げながら去っていく小僧。
この料亭は上から下まで真っ黒だったのか……。先輩も連れ去られたんだろう。
体を引きずられ車へと放り込まれる。
あちこちが痛く、もう喋る気も起きなかった。
僕が車から降ろされたのは何処かの倉庫前。
何十人も男達が僕を見ている、その中に縛られた先輩が眼を見開き何かを騒いでいた。
直ぐに先輩を叩く初老の老人。部下に命じると先輩の口から布を剥ぎ取る。
「馬鹿野郎っ! 何でお前は……」
「おい、こら勝手に喋るなっ!」
黒服が怒鳴ると、それを手で制する老人。
僕の記憶が確かなら先月痛手を負った、十二支兎組の会長だ、その横には十二支鼠組の若頭もいる。
「ふう、これで喋るだろう。さて、もう何度目かの? お主の知っている情報を全部だせ」
「し、しらんっ! 俺は垂れ込みがあっただけでっ」
「まだしらを切るのか、ウチの組員達が全員負傷だぞ、知ってる事を話せっ」
先輩はそれから、自分は何も知らない事と、僕を助けるために自分はどうなってもいいと懇願する。
若頭が溜息を着くと、地面に転がっている僕の前にしゃがみ込む。
「兄さんわるいな、あっちの大男と同じ記者なんだろ? 別に真相は嘘でいいんだ、俺たちは潰された取引の憂さ晴らしをしたいのよ。だから悪いけど死んでくれや」
若頭は僕の後ろ手に縛られている手から小指を掴むと、強引に曲げる。
余りの痛さに声に鳴らない声を上げる。
先輩が何か叫んでいるが耳に入らない。
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「さて。遺言ぐらいは聞いておくか、おいっ!」
「はっ!」
手下が近くによると僕の口を自由にする。
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「で、兄ちゃん、遺言あったらきいとくぞ」
遺言? 遺言って僕は死ぬのか?
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僕の視線に気づいた若頭が溜息を付く。
「たっく、あの爺さんはジワジワと、安心するんだな、俺は一撃で殺してやるよ、遺言もないみたいだしな」
僕の頭に短銃の銃口が付けられた。
若頭が引き金を引くと僕の命もおさらばだ。
「ああ、最後に鷹華ちゃんのご飯食べて置きたいかな……」
「なんじゃそりゃ、あばよ」
若頭が引き金を引くと銃声が響いた。
何度も何度も銃声が響く。
先輩が何度も打たれているのだろう、あちらこちらから悲鳴が木霊する。
ん? なんでだ。
僕は急いで周りをみると、若頭や会長、いやそれ以外にも手下達が苦悶の顔で倒れている。
それでも鳴り止まない銃声。
縛られていた腕が何時の間にか外れていた。
折れた指の痛みを抑えて僕は胸元から、オペラグラスを取り出す。
銃弾が飛んでくるほうを必死に探す。
「居たっ!」
月明かりの中、遠い倉庫の上に人影が見えた。
寝そべっているが着物姿で長身の銃を構えオペラグラスで此方を伺う女性。
「な、鷹華ちゃん……?」
見間違いかと思い、もう一度オペラグラスで確認すると、遠くにいるはずなのに何故か視線が合った。
僕の耳に、今度は大量の警察の声が響いた。
傷を負っている僕や先輩を確認し、直ぐに搬送するように命令する警察。
もう一度彼女を探すと既にオペラグラスの先には誰も居なかった。
後から聞いた情報によると、出版社と警察はひそかに先輩の行方を捜していたらしい、そこに垂れ込みが入り、一斉検挙にむかったと。
あの事件から十日後、僕は喫茶店の扉を開けた。
「あ、記者さん、お久しぶりですー」
「やぁ」
「聞きましたよー。危険を顧みず取引を阻止! 大ニュースじゃないですかっ! お体はもう大丈夫ですか?」
僕は何時もの席に座ると、珈琲を頼む。
「マスター、珈琲一つ、あと軽い物でしたっけ」
「いや、今日は鷹華ちゃんの料理が食べたい」
ガシャンと陶器が割れる音が聞こえる。
マスターが食器を落としたらしい。
「本当ですかっ! 腕によりをかけて作りますねっ」
厨房にいく鷹華ちゃんを呼び止める。
「はい、なんでしょう?」
「これ、新しいお守り」
「えっ……?」
「いや、前のは、なくしたかと思って」
そう、僕はここにくる前に例の場所へよってみた。
其処には確かに人が居た形跡と、僕が鷹華ちゃんに渡したお守りと同じお守りが落ちていた。
「ど、どうも」
「さて、僕はとてもお腹が減っている、大盛りでっ!」
「…………はいっ! 任せてください」
別に全てを語るのが記者ではない。僕はそうおもい彼女に笑いかけた。
そして数時間後、自分の発言に後悔する事になる。
僕の前にあるカツ丼には、お祝いですとプリンと生クリームが乗っていたからだ。
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人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
初恋フィギュアドール ~ 哀しみのドールたち
小原ききょう
SF
「人嫌いの僕は、通販で買った等身大AIフィギュアドールと、年上の女性に恋をした」 主人公の井村実は通販で等身大AIフィギュアドールを買った。 フィギュアドール作成時、自分の理想の思念を伝達する際、 もう一人の別の人間の思念がフィギュアドールに紛れ込んでしまう。 そして、フィギュアドールには二つの思念が混在してしまい、切ないストーリーが始まります。
主な登場人物
井村実(みのる)・・・30歳、サラリーマン
島本由美子 ・ ・・41歳 独身
フィギュアドール・・・イズミ
植村コウイチ ・・・主人公の友人
植村ルミ子・・・・ 母親ドール
サツキ ・・・・ ・ 国産B型ドール
エレナ・・・・・・ 国産A型ドール
ローズ ・・・・・ ・国産A型ドール
如月カオリ ・・・・ 新型A型ドール
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さり気なく店長の料理より自分(ヨウカ)の手料理アピールする姿勢がスコ。
それはそうと、お皿が次々にお亡くなりになっていくマスターが不憫で不憫で。
そうだ、手料理僕にも下さい。
ガシャン。
マスターも鷹華ちゃんには強く言えません
マスター曰く、食べる事は食べれるし……
案外マスターも今の生活が気に入ってます