俺のすべてをこいつに授けると心に決めた弟子が変態だった件

おく

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#5 『あなたに恋をしました』

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 邪竜の現れる暗黒峰には勇者である俺しか登ことができない。
 ああ、なつかしいなと思う。久しぶりに会う友人を訪ねた時のような感慨すらある。深い霧に覆われた生き物の気配のない世界。ここは変わらない。
 最後の一歩を終えて「ふう」と俺は息をつく。風に払われ晴れていく霧の向こうへ何気なく視線を投げたときだった。

「セレナ……?」 

 まさか、そんなはずはない。一瞬だけ見えた像をかぶりを振って否定する。
 幻を見るほどに俺はあの変態を恋しく思っていたのだろうか。繰り返すようだがここに登ることができるのは俺だけだ。俺と――そう、暗黒峰の主である邪竜セス・レエナだけ。

「待ってましたよ、お師匠」

 そういって俺の唯一の弟子で変態で恋人のセレナは、客を迎えるような微笑を見せた。

+++


「またあとで、と言ったでしょう?」
 放心したようにつっ立っている俺にセレナが言う。風になびくセレナの赤い髪から黒い角が伸びて、同時に背中からは翼が、最後に青年の肢体が巨大化して竜の姿となる。鮮やかな紅玉色の硬い鱗に覆われた巨大な竜。邪竜セス・レエナ。
 セレナと同じ空色の瞳に見下ろされ、俺は「ああ」と理解をする。初めてセレナと見たときによぎった既視感の正体はこれだったのか、と。
 まあ、殺し合いやってる最中に目の色なんかまじまじと見ないもんな。

「『タカオミ、まずは、だましていたことを詫びよう』」

 俺と目をあわせたまま邪竜がおごそかな声で言った。俺が黙って首を横にふると、ため息をつくようなしぐさをする。
 邪竜の語るところは、つまりこういうことらしい。

「『あなたに恋をした』」
「……」
「『こんなにも美しい人間がいるのだと思った。あなたのまなざし、あなたの吐息、あなたの体、そしてあの力強くもしなやかな気迫。青ざめるほどに私を恐れながら、しかしあなたはそれへ決して屈するまいと必死に戦っていた』」
「そりゃあ、そうだ。国中の期待を背負った勇者さまとしちゃあ、死ぬわけにはいかなかったからな」
「『やがて私はあなたに敗北し、力尽きた。そのときあなたは、私のむくろの前でこう言った。別に好きで邪竜なんかに生まれたんじゃないだろうにと。そうして私のために涙を流してくれた』」

 それがうれしかったのだと邪竜は言う。
「『おろかにも夢想したんです。もしも違う形で出会っていたなら――いいえ、違う。お師匠に愛されたいと思った。どうしてもお師匠に、あなたに愛されたかった。殺しあうのではなく、ひとつの命としてあなたと愛し愛されたいって』」
「そうか」
 話だけ聞けば健気っつかいじらしい恋心なんだけどな。
 俺は隙あらば俺の尻を狙っていたセレナの姿を思い浮かべながら思う。あれでよく愛されると思うものだ。竜ってわかんない。

「『僕の願いはかないました。気づいたら僕は人間の子どもになっていた。あなたの後継者を決める試験があると聞いていてもたってもいられなくて、わけもわからず受付に飛び込みました』」
「それで?」

 そろそろいいだろうと、俺は顔を上げた。
 俺は邪竜を倒すべくこの地へやってきた竜殺し、そして目の前にいるのは邪竜セス・レエナ。俺の心は決まっている。
 セレナ、おまえはどうしたい?
 俺に何を望む?

「『愛されたいです』」

 邪竜の、大空を縦横無尽に駆ける巨大な翼がなくなった。愛されたい。くりかえす声からくぐもりが抜けてはっきりとした音になる。
 鋭い爪や牙、立派な顎がひっこんで、巨大な体がみるみるうちにしぼんでいくのに驚いている暇はなかった。人間のこさえた剣程度じゃ擦り傷一つつけられないような頑丈な鱗がまたたくまにヒトのなめらかな肌色にかわり、同じ色の赤い髪がさらりと風になびく。
 裸足が地面を蹴った。涙をうかべた空色のひとみがまっすぐに俺にうったえてよこす。

「帰りたい! タカオミがいる場所に! 僕たちの家に!」
「よし、わかった!」

 とびこんできたセレナを力のかぎり抱きしめた。
 二度と竜なんかにならないように。もう二度と誰にも殺されなくていいように。
 もう二度と、憎まれて忌み嫌われるためだけに生まれてひとりぼっちで死ななくていいように。
「お師匠……ッ!」
「セレナ」
 おかえり、と言った。でかけたのは俺なんだが。
 おかえりと言ってキスをする。裸のセレナのソレが早く俺の中に入りたいとぐいぐい押してくるので許した。どうせ誰も見ちゃいない。

「タカオミ、タカオミ」

 もしも人間の姿じゃなかったらとっくに食われていただろうというくらいセレナはあちこちにキスをして俺を求めた。こいつの人間離れした精力は邪竜由来だったらしい。なるほどなあと頭の隅で納得しながら応えていられたのは最初だけで、最終的に体力が先に尽きたのは俺だった。しばらくそれに気づかなくて、セレナは夢中で俺をむさぼっていたらしいが。


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