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#3 おまえが○○ならよかったのに
しおりを挟む「どういうことだ、セレナ」
城から戻り、俺はセレナに詰問する。
御前にあがり、挨拶と近況を述べたあとだ。国王はまず俺の仕事をねぎらった。すなわち俺の任――後継者を育てるという仕事を解くということだ。素人の国王から見ても戦闘の専門家でもある騎士団長から見ても、セレナの常人ならざる強さと天性は明らかだったということだろう。
たった2年。俺はうやうやしく首をたれようとして――しかし、セレナが言ったのだった。
――勇者さまより、なお教わっていない極意がございます。すなわち三日三晩の死闘を決したものであり、強靭な竜の鱗をも貫いたまさに軍神オウガウルがごとき一撃。こたびの試験は私という器がそれを教えるに足るかをはかるものでした。この習得にはあと2年かかります。
俺はセレナの胸倉をつかむ。
「そんな一撃、俺も知らんぞ」
「お師匠ったら、吟遊詩人のうたう『竜殺し』の物語を聞いたことがないんですか? 『三日三晩邪竜と戦って、オウガウルがごとく一撃にて邪竜仕留めたり』。吟遊詩人たちはそのようにうたっています。だから僕も、あのとき試験を受けにやってきた人たちもお師匠にあこがれて門戸をたたいたのです。国王様だってあの場にいた人たちだって、現に僕の話を聞いて目を輝かせていたでしょう?」
「……」
俺は黙って手を離す。
吟遊詩人とは物語をする者たちである。一説によると彼らは星の数ほどの物語をその身に蓄えていて、どんな他愛のない話、ありふれた話も美しく、あるいは面白おかしく語って聞かせることができる。彼らにかかれば決闘中の連中だろうが離婚寸前の夫婦だろうがぐずる赤ん坊だろうがたちまちに虜にしてしまう、ある種魔物のような連中だ。
(たしかに)
俺はくすりと笑った。
そうたしかに、吟遊詩人に邪竜との戦いのもようを話して聞かせたのは俺だ。なぜなら俺は誰にも話をしたくなかった。選ばれし勇者と邪竜との戦い。国王をはじめ誰もが求めているのは冒険譚であり英雄譚であり娯楽であって、血なまぐさい殺し合いの話じゃないことがわかっていたからだ。
吟遊詩人は、だけどそうじゃない。俺のよこす断片的な情報をみんなが求めている娯楽にしたててくれる。だから任せた。誰だって、どうせ聞くならわくわくして楽しい話の方がいいだろう?
そうしてできあがったのがセレナの言う「竜殺し」の物語である。俺自身は聞いたことはないが、国王をはじめとする大衆の反応を見ればわかるってもんだ。俺は吟遊詩人に感謝をしなければならない。おかげでこうして日々の食うものに困っていないわけだし。
ただ、複雑ではあるよな。
だって俺もあいつもただ必死なだけだった。俺たちは殺し合いをしていたけど、間違いなく同じ何かを共有していたんだ。
そういうわけで極意なんて立派なものはないのである。
ないわ、そんなもん。
ハア、と俺は深刻なため息をつく。どっかりと椅子に腰を下ろし机に伏せた俺を、セレナが見下ろした。「ふふ」と笑うような吐息が聞こえたので睨むと、セレナの空色の両眼は愉快そうにたわんでいる。いつものセレナがする変態くさいやつじゃなくて、もっとこう高位の、たとえば神様がするような笑い方だった。
(あ、また)
ひさしく忘れていたあの日の既視感がよぎっていく。すぐに消えてしまったが。
「とにかく、俺からこれ以上おまえに教えることはありませんー。おまえの修行はおしまい。おまえはもう一人前だ! お偉いさんたちには俺から言っておくから、おまえも一人で」
「お師匠は?」
「は?」
何をきかれたのかすぐにわからなくて、俺は首をかしげる。俺?
なんでそこで俺?
問うのへ、セレナがうつむいた。
「お師匠は、どうするんですか? 僕の修行が終わったとして、あなたはどうなるんですか?」
「ああ、俺の心配してくれてんのね。まあ、とりあえずお払い箱だよな、師匠としては。さすがに邪竜退治が終わるまでは生活の面倒は見てくれるだろうけど」
「うそつき」
「は?」
ちょっとイラッときた。
なんで突然うそつき呼ばわりされなきゃならねえの?
「だって、だって僕、修行の間の4年、お師匠と水入らずで同棲ができるって聞きました! 2年でお師匠の警戒をといて残り2年でたたみかけるという僕の壮大な計画が! 4年も一緒にいたら万が一があるかもしれないじゃないですか。お師匠がいないなら、僕はこの国にいる理由がないですっ」
「4年だろうが10年だろうが『万が一』なんかねえよ!」
あってたまるか。
力いっぱい否定したのに、セレナはうるうると両目に涙をためる。
「お師匠ひどい。僕の純情をもてあそんだんですね、最後の試験のときに僕、あなたに言いました。『もしも2年で僕がお師匠のすべてを受け継ぐことができたら、残りの2年を僕にください』って」
「ああ、言ったな」
忘れるはずもない。そのときに俺はようやくこいつのただならぬ何かに気づいたのだから。
今思えば慢心だった。セレナの才能を認めながらも一方で、できるわけがないって心のどこかでたかをくくってたんだ。
さあ、愚かな俺は何と返したか。
「『ああ、いいぜ。やれるものならやってみな』」
「……」
「すごくかっこよくて、とても性的でした。あのときもう一度お師匠に恋をしたので、僕、よく覚えています。『思い出すだけで射精できるお師匠のえっちな表情集』にも収録して、いつもお世話になってますから……♡」
セレナが頬を染めながらとんでもないカミングアウトをする。しょっちゅう人のにおいを吸いにきてはうっとりしてるようなやつだ。その対象である俺がかたくなに拒んでいる以上おのずとそうなるだろう。そういう発散の仕方になるよな。
でも聞きたくなかった。心底。
「お師匠、僕、約束を守りました。修行は終わったとお師匠が言った以上、お師匠のすべてはひとつ残らずこの身に刻まれたことになります。修行期間は4年。つまり残る2年はお師匠の心と純潔をもらいうけ……ぐふふ♡♡」
「だから、予定されてた4年のうち2年で修了しちまったんだろ、おまえが! おまえみたいな常軌を逸した、それこそ100年に1人出るか出ないかくらいの天才がくるなんて誰も思っちゃいなかったんだ! それだけおまえが優秀だったってことだよ、よかったな!」
おまえが「竜殺し」の勇者ならよかったのに。
喉まで出かかった言葉をかろうじて飲み込む。
うるせえ、俺だっていっぱいいっぱいなんだよ。おまえの気持ち悪い妄想を聞き流せないくらいには。
動揺して、心のなかがぐちゃぐちゃになってる。「本物」を目の当たりにしたことへの動揺。改めて自分が凡人であることをつきつけられたことへの動揺。そして、今更そんなことわかりきったことにぐらついて10以上も年下のガキにやつあたりしている自分への動揺。
こいつが天才だなんて、最初からわかりきってたことなのに。
(ちくしょう)
みっともねえ。
セレナから逃げるように目をそらしてうつむいて唇をかみしめる俺に、「お師匠」とセレナが遠慮がちに呼ぶ。
「ごほうびを、くれないんですか?」
「なんだって?」
「お師匠、僕、あなたに褒められたいです。よくやったって。えらいぞって褒められたいです」
「……」
「ねえ、お師匠」
うるさい、といつもみたいにあしらうのは簡単だった。
けれどそのとき俺は虚勢を張ることもできないほど参っていたので、寄ってくるセレナを拒むことができない。座っている俺とセレナの目線が合っても、セレナの手が俺の頬に触れても。そうして、唇が触れても。
好きにしろよ。
気づけば言葉を吐いていた。
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