ひそかに恋してた堅物の先生とえっちな気分になる部屋でえっちしたらつきあうことになった

おく

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ひそかに恋してた堅物の先生とえっちな気分になる部屋でえっちしたらつきあうことになった

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 ひそひそとざわめく、どこか落ち着かないホール内で俺は一人、おそらく場違いな切なさをかみしめている。婚活パーティに迷い込んだ異邦人。華やかな貴婦人たちのお茶会に物々しい武装者がやってくれば、そいつは招待状を持っていたとしても門をくぐることはできないだろう。彼はまさにこの場においてそういう類の異物だった。

「ねえ、あれ――」

 眉をひそめるホールスタッフの女の子たちの先をたどれば長身の貴族然とした男。装いだけ見れば場にはあっているので別の催しと間違えた、という事情ではなさそうではある。何しろこの建物には現在、そういう目的の人間しか入れないことになっているのだから。

(あれじゃあまるで親の敵にでも会いにきたか、さもなくば自分自身がやらかしにきたみたいだ)
 婚活パーティに来る人間というのはだいたい良き出会いに期待に胸をふくらませ、浮かれた空気をまとっているものだ。それゆえに多少挙動不審になることはあるが、間違ってもあんなふうに殺気をまとう人間はいない。
(つまりとりつくろえないほど余裕がないってことか)
 このままでは警備隊でも呼ばれそうだ。結局好奇心が勝ち、俺は挙動不審の貴族様に近づく。

「あのう、こんなところに何しにきたんですか。アーヴェング先生」
「……貴様は」

 つややかな黒い髪を几帳面そうになでつけ、幸薄そうな面構えにモノクルを組み合わせた美丈夫が驚いたように俺を見た。カビくさい書庫に棲んでそうな陰気な空気をまとっているけれど、この人はこれで国で5本の指に入る魔法剣士、つまりバリバリの肉体派である。
 イルマ・アーヴェング。御年29歳。独身。
 専門は実践戦術と近接戦全般で、俺は彼の担当する「わかりやすい」と評判の座学ではいつも赤点だった。だからなのかは知らないけど、先生は出来の悪かった生徒を覚えていてくれたらしい。

「ナディム・グローバー」
「めっちゃ不審者ですって。せめてもうちょっと笑顔とか作れないんですか? もとはいいのに、女の人みんなこわがってるじゃないですか」
「……なぜこんなところにいる。残念なことだが、退学の理由も聞いた。故郷に帰ったのではなかったのか」

 先生が鋭い目をさらに鋭くした。冷ややかで隙のない追及するようなこの語調、なつかしいなあ。死刑リストに挙がっている名前と罪状を淡々と読み上げるような抑揚のない声とぴくりとも動かない表情筋のせいで「魔王」って呼ばれてたけど、俺は知ってる。この人は自分を表現することが苦手なだけなのだ。
 だって本当に「魔王」なら、俺みたいな脱落者のことなんか覚えちゃいない。
 俺はへらりと笑った。

「そもそも田舎に帰って素直に仕事にありつけるなら学校辞めてませんて。タテマエってやつですよ。家庭の事情出されて故郷に帰りまーすっていわれたら学校側も引き留める理由がないでしょ」
「……。不真面目ではあったが、貴様はけして不出来な生徒ではなかった。ほかにも仕事があっただろうに」
「中途退学で地方出身の一般枠ならこんなもんですよ。それにここ、結構稼ぎもいいしね」

 ところで、と俺は先生にウェルカムドリンクを手渡しながら続けた。ホールスタッフの俺がにこにこしてることで安心したのか、周囲も本来の雰囲気に戻っていく。ちょっと滑稽なくらい身振り手振りを入れたかいがあるというものだ。
「俺、勝手に先生のこと、お見合い結婚派だと思ってたんですけど」
 5本指に入る魔法剣士で王立ヴィルヘルム学園の教師ともなれば当然のように上級貴族である。そして貴族様はもれなく血筋と家柄を重んじるわけなので結婚もしかるべき相手になっていくはずだ。じっとしてても相手の方から集まってくるだろうに。
「先生ってもしかしてワケアリ物件だったりするんです? その、機能しないとか、過去にいろいろ表ざたにできないあれこれがあったとか」
「ナディム・グローバー」

 やば、減点されちゃう!
 また反省文が10枚増えちゃう! 学校にいたときのように謝ろうとして、俺は自分が彼の生徒ではないことを思い出した。そうだった、俺、もう学校辞めてるじゃん。
 先生の方も思い出したらしい。きれいな指先でモノクルの位置を直す。「まったく」とため息をついた。俺、知ってるんだ。この先生は見た目ほどこわい人でも厳格な人でもない。

「その物怖じしないところは貴様の美点の一つだが、幼い子どもではないのだから発言する前に一呼吸置く癖をつけなさい。それから、私はワケアリでもないし機能しないわけでもない」
「あはは、冗談ですって。とにかく先生、事情はよく知らないですけど、あんまり怖い顔しない方がいいですよ。それか俺、誰かよさそうな子がいるならお詫びに協力しますけど――」
「そうだな、協力してもらおう」

 言って、先生が近くのスタッフを呼んだ。学園の生徒がもれなくそうであるようにびびっているそいつに俺が持っていたトレイとグラスを押しつけるようにすると、俺の腕を引く。
「いや、たしかに協力するとは言いましたけど! どこへ? 俺、仕事中なんですけどっ」
「その間の給金は私が払う。来い」
 それならそれで事情くらい話してほしい。
 俺は仕方なくホール仲間にジェスチャーで「ちょっと抜ける」と伝える。婚活パーティで参加者以外にもホールスタッフを「お持ち帰り」する例もなくはない。俺もその類と思われたらしく、「頑張って」と声援を送られてしまった。
 まあ正確には、「厄介者を連れ出してくれてありがとう」なんだろうけど。



***


 俺と会話をしている間にも先生が会場内を探すように視線を動かしていたことには気づいていた。先生は出会いを求めてここへきたのではない。たぶん特定の「誰か」を追って今回の婚活パーティに参加した――つまり仕事で潜入したのだ。
 ところが、そのターゲットが会場外に出てしまった。そりゃあ、変装もせずあれだけ殺気ビンビンでいられたら相手だって逃げ出すよね。むしろなんで先生みたいに融通の利かない人が選ばれたのか聞きたい。だって絶対アドリブとか苦手でしょ。先生には悪いけど人選ミスっていうか、性格的に失敗しかなくない?

「えっと先生、それで俺はなんのためにおともに選ばれたんでしょうか?」

 カップル成立するまで出られませんてことはないので会場を出るだけなら一人でも問題なかったはずなんだけど、目的地に到着して俺はその理由を理解した。そこは会場に隣接したホテル――つまりカップル成立の特典として用意された場所だったからだ。なるほど、俺はこのために連れ出されたわけね。

「おめでとうございます。では、キスを」

 俺はスタッフなので当然ホテルに入るまでの手順を知っている。さっさと背伸びをして、動揺している先生の頬を両手で挟んでキスをした。もちろん唇にである。
「ふぁっ!?」
 ずいぶんうぶな悲鳴だったので、それが先生の口から出たものであることを理解するのに俺は3拍ほど時間を要した。この人を「魔王」と呼んで恐れている生徒たちが聞いたら、驚きのあまりきっと青ざめて魂が抜けてしまうに違いない。
「ハァイ、オッケーです。楽しい時間を」
 カウンターのスタッフは当然そんなことを知らないので、くすっと笑っただけだ。俺にカードキーを渡し、「頑張ってね」とウィンクをする。
「あ、ちょっと待って」
 俺はカウンタースタッフに耳打ちするふりをして、カウンターの内側にあるディスプレイを覗き見た。そこには部屋の一覧があって、それぞれの入室時間がわかるのだ。俺たちの前にここへ来たのは2組。俺はそれぞれの部屋番号を覚えてカウンターから離れる。

「なんだね、それは」

 部屋に向かう途中、先生が俺の手にあるボトルをしめした。ピンク色の、いかにもなボトル。見たらわかりそうなものだけど、先生はとんと思いつかないらしい。そっかー、先生、そうなんだー。俺は少し悩んで、端的に答える。
「ローションだよ。あの子たちは同期だけど配属違うし、こういう用事がなきゃカウンターなんか覗けないんで」
「ロ――!?」
 あ、”ローション”はさすがにわかるのか。よかったあ。
 俺は別に説明してもかまわないけど、先生の立場的にはほら、面子とか体裁とかあるだろうし。顔には出さず安堵する俺に「おい」と先生が頭痛をこらえるような声で言った。

「ナディム・グローバー……まさかとは思うが、このホテルは」
「先生、ここです、ここ。さっきの人たちが入っていった部屋の隣」
「!」

 俺がカードキーをさして部屋を開けると、途端に先生の目つきが鋭くなる。さすが先生、切り替えが早くていいね。
 ところで俺はそろそろ先生の仕事の内容を聞いてもいいんだろうか。だって5本指に入る魔法剣士がしていい仕事じゃなくない? 一応国王直属の地位で国の宝みたいな立場の人じゃん? いや、これから魔法と剣を使う場面がくるのかもしれないけど。

「そうだな、貴様は私の都合で、それも勤務中に巻き込まれたのだ。話をするのが筋なのだろう。しかしこれは我が家の名誉にかかわることだ。できればこのまま知らないふりをしてほしいのだが――」
「あ、大丈夫です。なんとなく察しました」

 とりあえず魔法剣士としての先生が活躍する事態にならないのは理解した。身内に破天荒なのがいると苦労するのは貴族も平民も変わらないらしい。俺は持ってきたローションをベッドわきに置いて、大人が2~3人寝転んでも余裕そうなサイズのそこにごろりと転がる。
「じゃあ俺、適当に暇潰してるんで用が済んだら声かけてください」
 昨日も遅かったからちょっと寝不足なんだよね。まあ、先生なら壁の薄い場所を教えなくても自分でどうにかするでしょ。
 と、うとうとしはじめたのもつかの間。
 俺は自分の体に起きている異変に気づいて青ざめた。これは、まさか。

(催淫アロマ!?)

 各部屋には通気口とは別に、雰囲気を盛り上げる効果のある香を流し込む設備がある。通常はリラックスできる香がたかれているのだが、別オプションでそういうものを入れることもできるのだ。今回はそういう目的で利用したわけではないので、当然頼んだ覚えはない。
「先生! すぐに部屋を出て!」
 すぐさま俺は先生に状況を説明するが、すでに時遅し。先生は何が起きたのかわからない様子でその場に――設備のそばに――うずくまっていた。




 ――のちに、実行犯は悪びれるようすもなくこのように動機を述べた。
『だってあの人キスですごく動揺してたでしょ、仕事仲間としては応援しようと思って』。
 それで、どうだったかって?
 それを聞くのは野暮ってもんでしょ。ただ、後日俺は彼女たちに人気店の限定菓子と小さなブーケをそれぞれプレゼントした。それでかんべんしてほしい。



***


 さて、お約束通り催淫アロマをもろに吸ってしまった先生と俺の話に戻る。
「大丈夫? 先生、立てる?」
 俺は先生を避難させるべく近づいて、声をかけた。先生は頭がいいから、俺のつたない説明でも即座に理解してくれたはずだ、状況も。ただ、感情とかそういうものが追いついていないのだろうなって思う。こういう低俗なアイテムや施設に縁もなければ必要もない階級の生活をしてきた人だろうし、すぐに受け入れろという方が無理な要求だろう。
 俺は先生になるべくやさしい声をかける。

「安心して、先生。毒とかじゃないから。ある意味毒といえば毒だけど、一過性の無害なものだから」

 でなければ商売にはならないしね。
 とは言わない。俺だって空気読むときは読むので。
「……ッ」
 くしゃりと、先生が苦痛をこらえるように前髪を混ぜた。先生の性格を表すようにアホ毛の一本もないそれが崩れて、房のひとつが額に落ちるのを見る。
 苦しそうだ。俺はスタッフ教育で初めてこいつを体験したときのことを思い出した。
 普通は気持ちよくなって盛り上がる程度らしいんだけど、新人教育によくある「洗礼」ってやつ。効きすぎたスタッフはその後別室に運ばれて2~3日程度シフトを外されていた。その顛末を聞いて、俺はちょっとぞっとしたものだ。

「ナディム・グローバー……」
「!」

 いやいや素人ならともかく先生だしパパッと解毒しちゃうでしょ、とか考えていたら突然手首をつかまれた。それまで抱いていたよこしまな妄想を見透かされたような気がして、俺は情けない悲鳴をあげる。
「うぎゃああすみません! つい出来心でっ! けして他意はないんです!」
 催淫剤が効きすぎて2~3日程度シフトを外されていたスタッフの顛末。そこに先生を置き換えて想像してたなんて、絶対口が裂けても言えない。ましてそんな先生にどきどきしてたなんて。

(俺、どうかしてる)

 耐性があるつもりだったけど、俺も頭をやられてしまってるんだろうか。
 理知的で姿勢よく立ち、淡々とした、けれどよく通る低い声で講義をする先生、隙がなくて食欲とか物欲とかおよそ普通の人間が抱く俗っぽい欲のにおいを一切感じさせないこの人が、どっぷりと情欲にまみれて獣のように飢えるさまに興奮するなんて。――そういう状態のこの人に抱かれる自分を想像したりするなんて。

「せん、せ……」

 違う、俺はちゃんと正気だ。これは先生のせい。先生の俺の手首をつかむてのひらがものすごく熱いせい。俺の名前を呼んだ先生の声が、ものすごく飢えていたせい。講義で聞き親しんでいた規則正しく発声される音が、「男」の声になっているせい。
 俺の意思じゃない。先生の声が、俺にスイッチを入れてしまった。
 でなきゃ先生の声だけでこんなにぞくぞくするはずがない。全身の力が抜けて、魅了の魔法をかけられたみたいに先生を見つめて、先生にキスをするなんて。

「あ……せんせい……」

 自分から舌をからめると先生が応えてくれる。それがうれしくて、俺は大胆になった。濡れた音にどちらのものともつかない荒い呼気が混ざり始めて、互いをむさぼりあう音になる。
「せんせ……せんせ……好き……」
 俺がすっかり熱くなった股間をすりつけると先生がベルトを外してくれた。スラックスの金具が外されて蒸れたそこに涼しい外気があたる。こらえ性のない俺の性器はすでにべたべたに濡れていて、俺は我慢できずに自分でそこをこすり始める。

「やめなさい」
「……ううっ」

 怒られた。だって、先生。
 俺は訴える。
「だってぇ、せんせ……も、イきたいよお……」
 言いながら、またそこに伸ばそうとした手を奪われた。奪われて、かわりに先生の手が俺がするよりよっぽど器用に追い上げてくれる。俺はすぐに射精して、しばらく余韻に震えた。
「あ……ぁ……」
 先生の肩によりかかって一人休んでいたけれど、やがて先生のことを思い出す。そうだ、お礼に俺が先生を気持ちよくしないと。

「ありがと、せんせい。今度は、先生の番」

 先生の股間に手を伸ばす。光沢のある生地の下はしっかり膨らんでいて、触っておいておかしな話だけど俺は意外に思った。先生もちゃんと生身の人間だったんだな。
 生身の、性欲のある男。
 この人の精のにおいは、味は、どんなものなんだろうかと俺はふと考える。どんな顔で興奮して、どんな顔で欲を味わうんだろう?
(見たい)
 そう思ったら自然と手をひっこめていた。かわりに俺はまだやわらかさの残る先生のそれに直接舌を這わせる。

「っ……ナディム!」
「んっ……ふ」

 先生がびくりと震え、先生のそれが硬度を増した。ああ、気持ちいいんだ。かわいい。俺は嬉しくなって、ぱくりと先生の性器を口に含む。あんなに性のにおいとは無縁そうな人なのに、先生のちんこはでかくて太くて熱くて、そのギャップが余計にやらしくて俺の興奮を煽った。
 夢中でしゃぶっているうち、だんだん尻がうずうずしてきて、俺はローションの蓋を開ける。俺のしようとしていることを理解したらしい先生が「何を」とうめいた。

「俺、うそつきました」

 言っておくけど、同性相手に尻を使うのは初めてだ。
 俺は違和感から気をそらすように告白を続ける。
「変なこと考えてないなんて、嘘です。俺、先生でいけないこと考えました。だって、俺が学校で見てた先生は潔癖で、えっちなこととは無縁な妖精みたいな存在で、……でも、その先生が催淫剤なんかで興奮して股間膨らませてて。その先生にめちゃくちゃにされたら、どんなにイイだろうって。どんなに、気持ちがいいだろうって――」
「……」
「気持ち悪いこと考えて、ごめんなさい。先生。でも俺、ずっと先生のこと、好きでした」

 先生の真面目なところとか融通利かない堅物なところとか、ひとなみにうるさく感じたり面倒くさいなって思ったこともある。だけど100人以上いる受け持ちの一人一人の名前どころかそれぞれの得手不得手まで記憶してて、次の日には忘れちゃうような雑談の中の小さな情報を覚えてくれているこの先生が、本当はすごく生徒思いのやさしい人なんだって気づいて。
 うるさい小言は、振り返ってみれば一つも同じものじゃなかった。ちゃんとそれぞれに合わせた言葉だったし、わからないことを尋ねにいけば面倒がらずに根気強くつきあってくれた。ちゃんとできれば褒めてくれるし。
 一つ気づくとそこからどんどん「先生」が見えてくる。
 あ、これやばいなって思った時には遅かった。でも俺、男だし。先生と身分だって違う。そもそもそれ以前に生徒と教師で、先生の性格上絶対この恋が成就することはないってわかってたし。

 今だって、ほら。
 俺はわざと続けていた下手な愛撫をやめ、顔を上げた。先生は肩で呼吸をしていて、端正な顔を苦悶にゆがめている。震えているように見えるのはそれだけ催淫剤の効果が強いからだろう。とうてい尋常な精神力じゃない。普通のやつならとっくに気がおかしくなってる。

 でも、耐えてるんだ。俺がこの人の「生徒」だから。
 俺、もう先生の生徒じゃないのにね。
(守ってくれなくたっていいのに)
 切なさで胸がきゅんとする。俺、やっぱり先生が好きだ。この人が、好きだ。
 だから俺は自分から動いて、先生の腹の上にまたがって、見てる方が痛くなるくらい勃起した先生のそこに自分の尻をかぶせた。いくら待ってても先生、動いてくれそうにないし。俺もつらいし。
 
「――!」
「っ……ぁ、やっぱでか――ぁ♡」

 先生の抵抗の気配を感じたのですかさず尻を閉めた。先生が低くうめいておとなしくなったので、俺は逃がさないようにさっさと動き出す。本当はもう少しくらいなじませたかったけど。
 「ずちゅずちゅ」が「ぱちゅぱちゅ」に変わる頃には互いに快楽を追うようになっていて、セックスの主導権は先生に移っていた。教室での講義はもちろん、実技の指導でも汗をかいているのを見たことのない先生の額に汗がいくつもいくつも実のようになっているのを、俺は仰ぐ。形のきれいな眉をくるしそうに寄せて、快楽を感じている表情。時々喉がしまるような濁った音が唇から漏れる。
 ときどき先生は俺を気遣うように目を開けた。激しく行き来していた腰がゆっくりと泳ぐようにペースを落とすたび、俺は甘やかされてる猫みたいに甘い声で鳴かざるをえなくなる。
 
 催淫剤に狂わされた、いわばアクシデントから、こんなにやさしいセックスになるなんて、いったい誰が想像できたろうと俺は思う。こんな、――恋人同士のするような。
 否、相手は先生だ。先生が生徒を傷つけるようなことをするはずがないのだから、セックスがやさしくなるのは当たり前だった。恋人じゃなくたって、気持ちがともなっていなくたって。

(俺のことを、好きじゃなくたって)

 ああ、それなら余計に乱暴にしてくれたらよかった。薬で煽られた、それらしいセックス。物みたいに抱かれて、薬から覚めたら最中に善がりまくってた俺を軽蔑するくらいの結末でもよかった。
 あるいは夢オチでもいい。現実では先生はさっさと解毒してて、俺だけが一人まぬけに、ベッドで都合のいい夢をむさぼっているみたいな。

「あ……せんせい、アーヴェング、せんせい」

 引き抜こうとするそれを追いかけるように俺は先生の腰に足をからませる。もっと、とずるい俺は薬の抜けていないふりをして何度もせがんだ。なだめるように額にキスをしてくれる先生に、ますます体中が切なさに震えて欲張りになる。
(見てるだけでよかった)
 相手は生真面目が服を着たような堅物の、生徒を一切そういう目でみることのない教師。おまけに由緒正しい家で大事に大事に育てられただろう将来有望なエリートで、そんな先生とどうにかなるかもなんて夢想できるほど、あいにくと俺はおめでたくも無邪気でもなかった。

 先のない恋。
 別にそれが原因で学校をやめたわけじゃないけど、俺は最終的にこの恋を「思春期にありがちな何か」として処理するつもりだった。思い出すたびに胸を刺すだろう小さな後悔だとか甘い切なさを茶化して、なかったことにして、そうやって自分に何度も暗示をかける。ただの気の迷いだった、あれは恋じゃなかった。そんなふうに。
 でも、ゆがめられてごまかされて黒歴史にされるはずだった恋は、先生とセックスをすることでたしかに目覚めてしまった。この思い出は一生俺をがんじがらめにして、甘美な痛みとともに苦しめ続けるのだろう。

「先生、先生……好き。……」

 涙がこぼれる。うわごとのようにくりかえしながら、俺は幸福な気持ちでその人にしがみついていた。
 ああ、今この瞬間に心臓が止まってしまえばいいのに。


***


 俺と先生の関係を誤解して催淫剤を部屋に流し込んでくれた彼女たちにささやかなお礼の気持ちを贈呈するまえに、すこしエピソードがある。

「そういえば……」

 疲れ果てて目の下にクマを作りながら眠る先生の隣で、俺は思い出したことがあった。まだ学園にいた頃、初期魔法の講義で習った呪文。記憶を消す呪文だ。
 正気に返った俺は、おそろしくなったのである。

(先生がホテルに俺をつれこんだまでは合意だけど、そこから先は完全にこっちの業務上過失案件だし。いや違うな、この場合過失じゃなくて故意だから)

 普通に訴えられるのでは?
 考えて、俺は青ざめる。夢見心地の天国から一気に地獄とはこのことだ。保身に走るとき、人間はびっくりするくらい頭が早く回転するものだ。俺の決断は早かった。
 だって俺のことを不真面目ではあったけど不出来じゃなかったと評価してくれた。できればそのままの「ナディム・グローバー」を覚えていてほしい。
 俺は裸のまま一人うなずく。
(酒に酔った先生を介抱したことにして、あいつらにも口裏を合わせてもらおう)
 「介抱」なら服を脱がせるのも不自然じゃない。
 よし。
 俺は記憶通りの手順で事をしおおせる。
 しおおせた、はずだった。のだが。

「ナディム・グローバー……」
「ひぇっ!?」

 目を覚ました先生はなぜか全部覚えていた。つまり、俺とセックスしたことだ。
 先生は体をだるそうに起こしながらすっかり戻ってしまった前髪をかきあげる。そのしぐさに最中のことを思い出して、だらしのない俺は下腹のあたりがきゅんとするのを感じた。かすれた低い声で俺の名前を呼びながら俺の体内に精を吐いた先生の汗ばんだ肌と表情が、刹那、フラッシュバックする。

「ナディム」

 一人で赤くなっている俺は、先生にはどう映っているのだろう。
 ため息まじりに先生は俺を呼んで、俺はその続きを聞きたくなくてぎゅっと両目を閉じる。どうして手順通りに発動させたはずの魔法が利かなかったのか、なんて考える余裕はなかった。
 先生のあの平淡な声が授業のときのように俺を指名する。

「魔法耐性の説明をしなさい」
「えっと、……魔法に対する耐性のことです。生まれつきの魔力量や特定の性質を持った血筋に応じて効力が比例するといわれます。七賢者と呼ばれる血筋はことに高く、低級もしくは平易な魔法全般が無力化されることが明らかになっています」
「その通りだ。やはり貴様は不真面目なだけだったようだな。これが定期考査で、相手が私でなければ相応の評価を得られただろうに」

 理解に苦しむ、といった様子で先生がかぶりを振った。
 理解に苦しんでいるのは俺だって同じだ。つまり、どういうこと?

「もう一年学園にいれば貴様も知るところとなっていただろうが、魔法剣士になるには一定基準以上の魔法耐性が求められる。初級の学生が使える程度の魔法にいちいちかかっているようでは、戦場で使い物にならんだろう」
「まじかー……」
「それから、これは私個人の名誉のために言わせてもらうがね」
 
 頭を抱え、一人で感傷にひたってた自分を恥じる俺に、先生が続けた。モノクルのないそこをいつもみたいに指先で押し上げながら。
「どれだけ経緯が不本意だったとしても、こうして情交を結んだ。その責任を放棄するほど、私は非情な人間でもろくでなしでもないつもりだ。まして、相手が少なからず目をかけていた生徒ともなれば、なおのこと」

 今、なんて言ったの?
 俺は先生の言葉をにわかには理解することができない。
 そんな俺を、先生は待つつもりはないようだった。ただ、生徒たちに「魔王」と呼ばしめる要因の一つとなっている瞳を、やわらかく細める。
 先生のてのひらが、俺の頬に触れた。

「正直に告げておく。ナディム、私が現段階貴様に抱いている気持ちは、『生徒』に対する域を出ない。私が知っているのは生徒としての貴様だけだったからだ。だが、私の腕のなかで何度も気持ちを吐露する貴様に、私は新たな感情をいだいた。いとおしい、という気持ちだ」

 待っていてくれるか、ナディム。
 先生に呼ばれて、俺は混乱してしまった。嘘。先生が、俺のこと、いとおしいって? 言った?
 顔が熱くて、頭のなかがほわほわして、これがちゃんと現実なのかわからなくなる。
「不十分か?」
 俺が答えないから、真面目な先生は不安になったらしい。俺はあわてて首を横に振る。
 「うれしいです」ってやっと答えると、先生がご褒美みたいにキスをしてくれた。






END
2023.1.13
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