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好きな子とつきあったら元カレが憑いてきた
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脚のきれいな子がいいなとか胸の大きな子がいいなとか、ぼんやりとした「好み」が俺にもあるし、あった。でもそんなのはお遊びみたいなものだ。現実と理想が違うことくらい、そこそこ物のわかる年になってくればおのずと知れてくる。たとえばうちの母親なんかはよく言っていたものだ。結婚するなら日曜日の朝にフレンチトーストを焼いてキスで起こしてくれる男がいいって。ところがどうだ、うちの親父、料理なんててんでできやしないぜ。コーヒーだけはそこらの店なんかより断然うまく淹れるけどね。
そういう一つの現実を目にしながらもなんでか描いてしまうのが理想というものだ。どうせわからないのなら、それに、自分に都合のいいことを考えていた方が楽しいじゃんて俺は思う。部屋に飾る花のようなものだ。なくても生きていけるけど、あったほうが目に楽しいイロドリってやつ。
ところがその「理想」をそのまま形にしたような女の子が、ある日俺の前に現れた。小柄で小顔、黒目がちな大きな瞳にふっくらとした健康的な桜色をした唇。絵にかいたような可憐な女の子なのに髪だけはボーイッシュなショート、というギャップもいい。こんな出会いにありつくことができるなんて、俺はなんてラッキーなんだろう。
そう、花なんて飾らなくても生きていけるけど、あった方が生活にイロドリができる。イロドリとは目で楽しむものだ。おさわり禁止、遠くから愛でましょう。そんな標語を掲げてつつましく生きていた俺に、しかし神様が気まぐれを起こした。
なんとそのイロドリがある日俺をランチに誘い、こう言ったのだった。
「あなたに一目ぼれしちゃったんです。あの、……つきあってください」
思わず自分の頬、つねっちゃったよね。
***
神様の気まぐれの名は遠野カナタ。
部署が違うので仕事上の接点はないけど、俺たちは都合が合えば一緒にランチにいったり飲みに行ったりして親交を深めた。そのなかで俺はある事実に気づいた。
カナタちゃん――彼女だと思っていた女の子は、男だった。
「『まあ、そう落ち込むことはあるまい』」
夜寝る前のことだ。
突然体が動かなくなったかと思うと腹のあたりが重石を乗せられたように重くなって、目の前に「そいつ」が現れた。年のころは俺と同じ二十代半ばほどだろうか、肩や足腰の男らしくがっしりとした、世が世なら軍服を着てびしりと立っていそうな純和風正統派の美男子。美男子が生真面目に名乗る。
「『俺は遠野カナタの元恋人で、新城正真という』」
(ご丁寧にどうも。金森陽平と申します)
いったいどんな未練でこの世に?
声が出ないので心の中でたずねる。ユーレイさんが化けて出た。そういう場合はだいたいパターンが決まっている。なにか心残りがあるのだろう。俺でよければ拝聴しますよ。逃げようにも体は動かないし声も出ないんじゃ、ほかにやることもないしね。
しかし、新城さんは首を横に振った。
「『それが、覚えていないんだ、何も。気づいたらこんな体になっていた』」
(いったいいつから?)
「『かれこれ三か月は経ったと思う。ずっとカナタに憑いて見守ってきたが、おまえのことが気になったのでこうして参った次第だ』」
(カナタちゃん――じゃない、カナタくんの新しい恋人が気になって、ですか?)
それで、ご感想は。
「『悪くない』」
元恋人である新城さんの、それが俺に対する評価らしかった。貴様なんか断固認めるか呪ってやる的な流れになるのではないかと内心おびえていた俺は、合格をもらえたことにひとまず安堵する。
(じゃあそろそろ、そこからどいてもらっていいですかね? 金縛りで動けないからあちこち凝ってきてるんですよ)
「『まあ、そう急くな。確認するべきことはもう一つある』」
言いながら、新城さんが俺の下腹のあたりに手のひらをおもむろに添えた。映画のVFXさながらにずぶずぶと沈んでいく光景を見、改めて俺は彼が肉体をもたない幽霊であることを感じる。そして次の瞬間、あらぬ感覚にとびはねそうになった。
いいい今、なんか、腹が。
(!?)
「『なかなか、素質がありそうじゃないか』」
艶のあるバリトンボイスが俺の耳元であやしげに言う。俺は突然与えられた性感を受け止めきれずぼう然とするばかりだ。いや、性感自体は俺だってこの年なので経験がないわけじゃないんだけども、問題は場所だった。普通っていうか、俺が知ってるのは性器、つまりペニスによるものだけだったのに、新城さんはそこにいっさい触ることなく俺のスイッチを入れてしまったのだ。
こんなことって、ある?
スウェットのなかで完全に勃起した自分の股間を感じながら俺は誰にともなくたずねる。え、と思わず声が出たのは金縛りがいつのまにか解けていることに対してじゃない。新城さんの指が、尻の――おそらく肛門の方へ移動したのを感じたからだ。
「ちょっ……やめ、ッぁ!」
「『かわいい反応をするじゃないか……』」
新城さんが狩人のように下唇を舐めた。正統派和風美男子の両眼に炎のような情欲を見つけて、俺はびくりと震えてしまう。その間にも尻の内側を揉まれて、そう、揉まれてるだけなのにもどかしい感じがどんどん腹のなかで募っていって、俺は本能的に腰を動かした。俺を食らおうとする目の前の敵から逃げるためだ。
だが、体がそれを裏切った。すでに俺の体は新城さんの与えてくる甘くももどかしい官能のとりことなっていて、腰を揺らしてねだりさえしていたのだった。心と体は別物というけれど、いくらなんでもそんなにあっさり陥落するものなのか。
「んん、ぁ、いや、だ……ぁ」
信じられないくら甘い声が口からもれて死にたい。違う、こんなの俺の声じゃない。
たしかに最近は仕事の忙しさにかまけておざなりにしてたのは悪かったけど、気持ち良ければなんでもいいのかおまえ。このままだとちんこに一切触らずフィニッシュすることになるけどいいのかおまえはそれで。
「っそだろ、イ、……ッ!?」
イッてしまった。
どぷどぷとなおも精液を吐き続ける自身のペニスを見、俺は青ざめる。
イッてしまった、尻で。はじめていじられて、尻で。
「『今夜はここまでにしておこう』」
新城さんが満足そうにいう。
今夜「は」?
また来るの!?
顔をあげたそこに、すでに正統派和風美男子なユーレイの姿はなかった。
***
いったい何が起きたのか。
まじめな俺は翌朝もきちんと出社したけれど、その日はずっと上の空なままだった。それでもミスひとつしないのだから我ながら優秀だと思う。
夜はカナタくんに誘われて飲み屋に行った。部署の先輩たちに教えてもらったお店なのだそうだ。県外から配属されたカナタくんは曰く「知り合いが誰もいない」状態だったが、そのほんわかとした人柄と可憐な容姿ですっかり打ち解けてしまったようだった。
(そうだ、こっちもなんとかしないと)
ご機嫌を絵にかいたような顔(かわいい)でビールを飲んでいるカナタくんを見ながら俺は思う。カナタくんは俺が「誤解」してたことをしらない。自分を同性と理解したうえで交際をうけいれたと思っている。
俺はカナタくんのがっかりする様子を想像して、気持ちが落ち込むのを感じた。色恋を抜けばカナタくんは本当にいい子だった。色恋込みでも好みだけど。ああ、神様は意地悪だ。どうりで話がうますぎると思ったんだよな。
「大丈夫? もしかして無理につきあわせちゃった?」
深々とため息をついた俺にカナタくんが言う。
いけない、と俺はあわてて笑顔を作った。疲れているのではないかと気遣ってくれるカナタくんをおしきるように明るくふるまい、追加の料理を注文する。景気よくビールをあおって見せると、ようやくカナタくんの顔にも笑顔が戻った。
(いけないいけない)
防犯のためか、個室仕様といえども天井付近が空いているので周囲のにぎやかな声がダイレクトに響いてくる。威勢のいい店員の応答。多少不穏な話をしたところでこの騒々しさならばたやすく紛れてしまうに違いなかった。酔っ払いばっかだからわざわざ隣室の会話に聞き耳を立てるなんて真似もしないだろうしね。
さりとていくらなんでも突然現れたきみの元カレさんを名乗るユーレイに無理やりイかされちゃったんですなんて話をする気にはとてもならない。酒場の冗談にしても笑えないし、俺なら深刻に心療内科を勧めるだろう。
そういえば、と俺はカナタくんがトイレに立ったタイミングで視線を動かした。新城さんはカナタくんに憑いているといったけれど、今日は一度も姿を見せなかった。やっぱり夢を見たんだろうか、と俺はビールを舐めながら首をひねる。それにしてはやけに現実感があったけど。
(元カレか……カナタくんて、「どっち」だったんだろ)
そんなに飲めないわけじゃないけど、寝不足の体に少々入れすぎたようだ。三大欲求とはいうけれど、スッキリと熟睡できるかと思いきや、あれから俺は悶々としてなかなか寝付くことができなかった。
陽平くん? と戻ってきたらしいカナタくんが俺を呼んだ。頭が膨張したようにぼーっとして、体がぽかぽかする。眠りにスムーズに入っていくときの、ふわふわとした感じだ。陽平くん? とカナタくんがまた呼んだ。
高すぎず低すぎず、なんて耳に心地のいい声なんだろうと俺は幸福な気持ちで思う。このままここできみの声だけを聞いていられたらいいのに。
「うーん……いいにおい……好き……」
もう動きたくない。今夜はここで寝かせてもらおう。
そんなことを考えながら一度意識を手放して、俺はふと意識が浮上するのを感じる。知らない天井にここはどこだ? と考えて、ああそういえばカナタくんと飲んでたんだっけと思いだす。
「ごめんね、陽平くんの家がわからなかったからうちに連れてきちゃった」
「カナタくんの……?」
「そうだよ。覚えてる?」
風呂上がりらしいカタナくんがやさしい声音で言った。
つまり俺は店で寝落ちた挙句、カナタくんの自宅にお邪魔しているようだ。そのベッドに寝かされたまま、俺はぼんやりと室内に視線を動かした。部屋の隅にまだ片付けの途中と思われる段ボールを見つける。言ってくれれば手伝うのに。
「ふふ、ありがとう。それでね、ぼく、まだお客様用の布団を用意してなくて、ベッド一緒になっちゃうけど……。お風呂どうする?」
「おふろ?」
「そうだね、陽平くん、お風呂で寝ちゃいそうだし朝の方がいいかも。しわになっちゃうから、ジャケット脱がせるよ」
「ん……」
泥酔で心地よく意識を飛ばしている俺はカナタくんにされるがまま、シャツと靴下を脱いだ。なんだか夫婦みたいだなあなどと考えて、俺は機嫌よくにこにこした。カナタくんの手が気持ちよくて、俺は引き寄せた彼の手にほおずりをしてしまう。見、カナタくんがくすくすと笑った。
「仕事してるときと全然違うね、陽平くん。あんなに隙がなくてかっこいいのに」
ジャケットと同じ理由でズボンも脱がされ、最終的に俺はパンツだけになる。さすがに少し肌寒さを感じて膝をすりあわせていると、なにやらごく、と捕食者がするような音が聞こえた。
「陽平くん……」
ちゅ、とカナタくんが俺にキスをする。まずは頬、それから額、「いい?」と聞かれて唇に。カナタくんの唇はやわらかくて、俺からもキスを返した。照れくささからへへ、と笑うと、風にすくわれたみたいにベッドに押し倒された。
それからは怒涛だ。あちこちにキスをされて、そのうちに舌が俺の首筋を這った。驚く俺にかまわず、カナタくんは俺の乳首を舐める。くすぐったい。けらけら笑いながら身をよじるとさらにカナタくんが近くなる。
「こわがらせたくなかったから、今日は何もしないつもりだったけど……」
言いながら、カナタくんが俺の手をとった。きょとんとする俺に対して、カナタくんはごちそうを必死に我慢してるような切ない顔をしている。やがて俺は手のひらに熱くて硬いものが握らされていることに気づいた。カナタくんのナニである。
カナタくんは勃起していた。俺で。
「ごめん、陽平くん。やっぱりお風呂、入ろう」
***
俺よりも小柄なのに、カナタくんは軽々と俺をお姫様抱っこすると浴室へ連れていってしまった。カナタくんはとても丁寧に俺の体を洗ってくれて、そしてそうしながら、俺を愛撫した。
「陽平くん……陽平くん、」
何度も角度を変えてキスをしながら、カナタくんの手が俺のからだじゅうをまさぐる。それだけじゃ追いつかないと言わんばかりに、カナタくんは次に俺の体を舐め回した。乳首を何度もねぶられてペニスをしゃぶられ、気づけば尻の穴に指が入っていて。
「ふぁっ!?」
内側からとはいえ昨日の夜にさんざん新城さんにいじられたばかりだ。俺の体はその官能を覚えていて反射的に反応してしまった。見、カナタくんがおそるおそるといった態で指をいったん離す。そりゃあそうだ、何も下準備なしに普通は尻の穴で感じたりしない。(たぶん)
「よ、陽平くん……? もしかして、」
「『それは俺のせいだ。すまん』」
新城さん。正真くん。
カナタくんと俺の声が風呂場に重なって響いた。
「どういうこと? ことと次第によっては許さないよ」
「『ユーレイの特権というやつだ。やはり俺たちは好みが似ているようだな』」
新城さんが生真面目にうなずく。
(やっぱり二人とも知り合いなんだ……)
ユーレイが突然現れてびっくりしないあたりも、もしかしたらカナタくんは新城さんがこうなっていることを知っているのかもしれない。表情にも声にも出さなかったはずだけど、カナタくんが説明してくれた。
曰く、新城さんとは恋人同士――とはいっても形だけだったこととすでに別れていること(ここはすごく強調された)、それから新城さんがユーレイになっていることも知っているそうだ。
「この人、すぐにうちに来たから……」
「『そう冷たいことを言うな。幼なじみだろう』」
迷惑そうなカナタくんに、新城さんがちっとも傷ついていない顔で言う。そこからなぜか二人で俺を共有するという流れになり、俺はカナタくんのカナタくんを尻に入れているという状況だ。どうしてこうなったのか何度回想してもよくわかんないんだけど、それは俺がまだ酔っているからなんだろうか。
「カナタくん、そこ、やだぁ……っ」
「ん? ここ?」
カナタくんはいじわるで、俺がいやだって言ったところを後ろから執拗に狙ってくる。初めて見たカナタくんのカナタくんはそこだけ別人のコラージュですか? っていうくらいに立派で絶対無理無理入るわけないって俺は必死に拒否ったんだけども、利害の一致した新城さんとカナタくん二人がかりで内側から外側から尻の穴をほぐされて、あれよあれよの間に入ってしまった。
尻に。アレが。
「陽平くんには一から自分で教えていくつもりだったのに……。陽平くんのこと知られた時点で嫌な予感がしたんだよ」
「『だが、そのおかげでこういう状況にありつけたのは事実だ』」
新城さんの指が例によって肌を抜けて直接内部に触れる。前立腺というらしい。俺は簡単に射精してしまって、それからむっとしたらしいカナタくんにまたイかされて、風呂場に反響しまくる自分の甘ったるい声を恥ずかしく思ってる暇もないくらい、最終的にはわけがわからなくなってしまった。
かわいい、かわいいってずっとカナタくんは言っていて、俺はそんなカナタくんをかわいいなって思った。
***
これで終わると思った? 終わらなかった。
ベッドに移ってからはカナタくんに乗り移った新城さんに犯された。カナタくんもねちっこかったけど新城さんはさらにねちっこくて、さっきは好き勝手にイかされたのに今度はなかなかイかせてもらえなくて、俺は最終的に泣いてお願いするはめになってしまった。この男は相当サドだった。
「『惜しいな。俺に体があればもっといろいろできたのに』」
やっと終わったのが外も白み始める頃。今日が休みで本当によかった。
うとうとしはじめた俺の髪をなでながら、カナタくんが言う。
「言っておくけど、そんなことさせないからね。陽平くんはぼくの恋人だよ」
「『そうは言うが、カナタ。見たくはないか? こいつがめちゃくちゃに乱されているさまを。存分に鑑賞したくはないか? もっとみだらな顔をさせてみたくはないか?』」
俺ならそれができる、と新城さんが謎のプレゼンをする。
そしてゴクリ、とカナタくんがたしかに喉を鳴らしたのも、俺は聞いた。
「『さんざん協力してやっただろう。おまえのその顔に寄ってくる男どもを追い払うために、俺は虫よけに使われてきたんだ。貸したものを返すと思えばいい』」
「……」
「『そのためには、まず体を取り戻さなくては』」
言って、新城さんがいとおしそうに俺の頬を撫でる。肉体がないのでフリだけど、愛しているぞと流れるようにキスをされて、せっかくうとうとしてたのが覚めてしまった。ん? と正統派和風美形に微笑まれて、じわじわと顔が熱くなってしまう。
俺が好きなのはカナタくんのはずなのに。
俺の尻の穴はその日をまちこがれるようにキュッとしまったのだった。
おしまい
そういう一つの現実を目にしながらもなんでか描いてしまうのが理想というものだ。どうせわからないのなら、それに、自分に都合のいいことを考えていた方が楽しいじゃんて俺は思う。部屋に飾る花のようなものだ。なくても生きていけるけど、あったほうが目に楽しいイロドリってやつ。
ところがその「理想」をそのまま形にしたような女の子が、ある日俺の前に現れた。小柄で小顔、黒目がちな大きな瞳にふっくらとした健康的な桜色をした唇。絵にかいたような可憐な女の子なのに髪だけはボーイッシュなショート、というギャップもいい。こんな出会いにありつくことができるなんて、俺はなんてラッキーなんだろう。
そう、花なんて飾らなくても生きていけるけど、あった方が生活にイロドリができる。イロドリとは目で楽しむものだ。おさわり禁止、遠くから愛でましょう。そんな標語を掲げてつつましく生きていた俺に、しかし神様が気まぐれを起こした。
なんとそのイロドリがある日俺をランチに誘い、こう言ったのだった。
「あなたに一目ぼれしちゃったんです。あの、……つきあってください」
思わず自分の頬、つねっちゃったよね。
***
神様の気まぐれの名は遠野カナタ。
部署が違うので仕事上の接点はないけど、俺たちは都合が合えば一緒にランチにいったり飲みに行ったりして親交を深めた。そのなかで俺はある事実に気づいた。
カナタちゃん――彼女だと思っていた女の子は、男だった。
「『まあ、そう落ち込むことはあるまい』」
夜寝る前のことだ。
突然体が動かなくなったかと思うと腹のあたりが重石を乗せられたように重くなって、目の前に「そいつ」が現れた。年のころは俺と同じ二十代半ばほどだろうか、肩や足腰の男らしくがっしりとした、世が世なら軍服を着てびしりと立っていそうな純和風正統派の美男子。美男子が生真面目に名乗る。
「『俺は遠野カナタの元恋人で、新城正真という』」
(ご丁寧にどうも。金森陽平と申します)
いったいどんな未練でこの世に?
声が出ないので心の中でたずねる。ユーレイさんが化けて出た。そういう場合はだいたいパターンが決まっている。なにか心残りがあるのだろう。俺でよければ拝聴しますよ。逃げようにも体は動かないし声も出ないんじゃ、ほかにやることもないしね。
しかし、新城さんは首を横に振った。
「『それが、覚えていないんだ、何も。気づいたらこんな体になっていた』」
(いったいいつから?)
「『かれこれ三か月は経ったと思う。ずっとカナタに憑いて見守ってきたが、おまえのことが気になったのでこうして参った次第だ』」
(カナタちゃん――じゃない、カナタくんの新しい恋人が気になって、ですか?)
それで、ご感想は。
「『悪くない』」
元恋人である新城さんの、それが俺に対する評価らしかった。貴様なんか断固認めるか呪ってやる的な流れになるのではないかと内心おびえていた俺は、合格をもらえたことにひとまず安堵する。
(じゃあそろそろ、そこからどいてもらっていいですかね? 金縛りで動けないからあちこち凝ってきてるんですよ)
「『まあ、そう急くな。確認するべきことはもう一つある』」
言いながら、新城さんが俺の下腹のあたりに手のひらをおもむろに添えた。映画のVFXさながらにずぶずぶと沈んでいく光景を見、改めて俺は彼が肉体をもたない幽霊であることを感じる。そして次の瞬間、あらぬ感覚にとびはねそうになった。
いいい今、なんか、腹が。
(!?)
「『なかなか、素質がありそうじゃないか』」
艶のあるバリトンボイスが俺の耳元であやしげに言う。俺は突然与えられた性感を受け止めきれずぼう然とするばかりだ。いや、性感自体は俺だってこの年なので経験がないわけじゃないんだけども、問題は場所だった。普通っていうか、俺が知ってるのは性器、つまりペニスによるものだけだったのに、新城さんはそこにいっさい触ることなく俺のスイッチを入れてしまったのだ。
こんなことって、ある?
スウェットのなかで完全に勃起した自分の股間を感じながら俺は誰にともなくたずねる。え、と思わず声が出たのは金縛りがいつのまにか解けていることに対してじゃない。新城さんの指が、尻の――おそらく肛門の方へ移動したのを感じたからだ。
「ちょっ……やめ、ッぁ!」
「『かわいい反応をするじゃないか……』」
新城さんが狩人のように下唇を舐めた。正統派和風美男子の両眼に炎のような情欲を見つけて、俺はびくりと震えてしまう。その間にも尻の内側を揉まれて、そう、揉まれてるだけなのにもどかしい感じがどんどん腹のなかで募っていって、俺は本能的に腰を動かした。俺を食らおうとする目の前の敵から逃げるためだ。
だが、体がそれを裏切った。すでに俺の体は新城さんの与えてくる甘くももどかしい官能のとりことなっていて、腰を揺らしてねだりさえしていたのだった。心と体は別物というけれど、いくらなんでもそんなにあっさり陥落するものなのか。
「んん、ぁ、いや、だ……ぁ」
信じられないくら甘い声が口からもれて死にたい。違う、こんなの俺の声じゃない。
たしかに最近は仕事の忙しさにかまけておざなりにしてたのは悪かったけど、気持ち良ければなんでもいいのかおまえ。このままだとちんこに一切触らずフィニッシュすることになるけどいいのかおまえはそれで。
「っそだろ、イ、……ッ!?」
イッてしまった。
どぷどぷとなおも精液を吐き続ける自身のペニスを見、俺は青ざめる。
イッてしまった、尻で。はじめていじられて、尻で。
「『今夜はここまでにしておこう』」
新城さんが満足そうにいう。
今夜「は」?
また来るの!?
顔をあげたそこに、すでに正統派和風美男子なユーレイの姿はなかった。
***
いったい何が起きたのか。
まじめな俺は翌朝もきちんと出社したけれど、その日はずっと上の空なままだった。それでもミスひとつしないのだから我ながら優秀だと思う。
夜はカナタくんに誘われて飲み屋に行った。部署の先輩たちに教えてもらったお店なのだそうだ。県外から配属されたカナタくんは曰く「知り合いが誰もいない」状態だったが、そのほんわかとした人柄と可憐な容姿ですっかり打ち解けてしまったようだった。
(そうだ、こっちもなんとかしないと)
ご機嫌を絵にかいたような顔(かわいい)でビールを飲んでいるカナタくんを見ながら俺は思う。カナタくんは俺が「誤解」してたことをしらない。自分を同性と理解したうえで交際をうけいれたと思っている。
俺はカナタくんのがっかりする様子を想像して、気持ちが落ち込むのを感じた。色恋を抜けばカナタくんは本当にいい子だった。色恋込みでも好みだけど。ああ、神様は意地悪だ。どうりで話がうますぎると思ったんだよな。
「大丈夫? もしかして無理につきあわせちゃった?」
深々とため息をついた俺にカナタくんが言う。
いけない、と俺はあわてて笑顔を作った。疲れているのではないかと気遣ってくれるカナタくんをおしきるように明るくふるまい、追加の料理を注文する。景気よくビールをあおって見せると、ようやくカナタくんの顔にも笑顔が戻った。
(いけないいけない)
防犯のためか、個室仕様といえども天井付近が空いているので周囲のにぎやかな声がダイレクトに響いてくる。威勢のいい店員の応答。多少不穏な話をしたところでこの騒々しさならばたやすく紛れてしまうに違いなかった。酔っ払いばっかだからわざわざ隣室の会話に聞き耳を立てるなんて真似もしないだろうしね。
さりとていくらなんでも突然現れたきみの元カレさんを名乗るユーレイに無理やりイかされちゃったんですなんて話をする気にはとてもならない。酒場の冗談にしても笑えないし、俺なら深刻に心療内科を勧めるだろう。
そういえば、と俺はカナタくんがトイレに立ったタイミングで視線を動かした。新城さんはカナタくんに憑いているといったけれど、今日は一度も姿を見せなかった。やっぱり夢を見たんだろうか、と俺はビールを舐めながら首をひねる。それにしてはやけに現実感があったけど。
(元カレか……カナタくんて、「どっち」だったんだろ)
そんなに飲めないわけじゃないけど、寝不足の体に少々入れすぎたようだ。三大欲求とはいうけれど、スッキリと熟睡できるかと思いきや、あれから俺は悶々としてなかなか寝付くことができなかった。
陽平くん? と戻ってきたらしいカナタくんが俺を呼んだ。頭が膨張したようにぼーっとして、体がぽかぽかする。眠りにスムーズに入っていくときの、ふわふわとした感じだ。陽平くん? とカナタくんがまた呼んだ。
高すぎず低すぎず、なんて耳に心地のいい声なんだろうと俺は幸福な気持ちで思う。このままここできみの声だけを聞いていられたらいいのに。
「うーん……いいにおい……好き……」
もう動きたくない。今夜はここで寝かせてもらおう。
そんなことを考えながら一度意識を手放して、俺はふと意識が浮上するのを感じる。知らない天井にここはどこだ? と考えて、ああそういえばカナタくんと飲んでたんだっけと思いだす。
「ごめんね、陽平くんの家がわからなかったからうちに連れてきちゃった」
「カナタくんの……?」
「そうだよ。覚えてる?」
風呂上がりらしいカタナくんがやさしい声音で言った。
つまり俺は店で寝落ちた挙句、カナタくんの自宅にお邪魔しているようだ。そのベッドに寝かされたまま、俺はぼんやりと室内に視線を動かした。部屋の隅にまだ片付けの途中と思われる段ボールを見つける。言ってくれれば手伝うのに。
「ふふ、ありがとう。それでね、ぼく、まだお客様用の布団を用意してなくて、ベッド一緒になっちゃうけど……。お風呂どうする?」
「おふろ?」
「そうだね、陽平くん、お風呂で寝ちゃいそうだし朝の方がいいかも。しわになっちゃうから、ジャケット脱がせるよ」
「ん……」
泥酔で心地よく意識を飛ばしている俺はカナタくんにされるがまま、シャツと靴下を脱いだ。なんだか夫婦みたいだなあなどと考えて、俺は機嫌よくにこにこした。カナタくんの手が気持ちよくて、俺は引き寄せた彼の手にほおずりをしてしまう。見、カナタくんがくすくすと笑った。
「仕事してるときと全然違うね、陽平くん。あんなに隙がなくてかっこいいのに」
ジャケットと同じ理由でズボンも脱がされ、最終的に俺はパンツだけになる。さすがに少し肌寒さを感じて膝をすりあわせていると、なにやらごく、と捕食者がするような音が聞こえた。
「陽平くん……」
ちゅ、とカナタくんが俺にキスをする。まずは頬、それから額、「いい?」と聞かれて唇に。カナタくんの唇はやわらかくて、俺からもキスを返した。照れくささからへへ、と笑うと、風にすくわれたみたいにベッドに押し倒された。
それからは怒涛だ。あちこちにキスをされて、そのうちに舌が俺の首筋を這った。驚く俺にかまわず、カナタくんは俺の乳首を舐める。くすぐったい。けらけら笑いながら身をよじるとさらにカナタくんが近くなる。
「こわがらせたくなかったから、今日は何もしないつもりだったけど……」
言いながら、カナタくんが俺の手をとった。きょとんとする俺に対して、カナタくんはごちそうを必死に我慢してるような切ない顔をしている。やがて俺は手のひらに熱くて硬いものが握らされていることに気づいた。カナタくんのナニである。
カナタくんは勃起していた。俺で。
「ごめん、陽平くん。やっぱりお風呂、入ろう」
***
俺よりも小柄なのに、カナタくんは軽々と俺をお姫様抱っこすると浴室へ連れていってしまった。カナタくんはとても丁寧に俺の体を洗ってくれて、そしてそうしながら、俺を愛撫した。
「陽平くん……陽平くん、」
何度も角度を変えてキスをしながら、カナタくんの手が俺のからだじゅうをまさぐる。それだけじゃ追いつかないと言わんばかりに、カナタくんは次に俺の体を舐め回した。乳首を何度もねぶられてペニスをしゃぶられ、気づけば尻の穴に指が入っていて。
「ふぁっ!?」
内側からとはいえ昨日の夜にさんざん新城さんにいじられたばかりだ。俺の体はその官能を覚えていて反射的に反応してしまった。見、カナタくんがおそるおそるといった態で指をいったん離す。そりゃあそうだ、何も下準備なしに普通は尻の穴で感じたりしない。(たぶん)
「よ、陽平くん……? もしかして、」
「『それは俺のせいだ。すまん』」
新城さん。正真くん。
カナタくんと俺の声が風呂場に重なって響いた。
「どういうこと? ことと次第によっては許さないよ」
「『ユーレイの特権というやつだ。やはり俺たちは好みが似ているようだな』」
新城さんが生真面目にうなずく。
(やっぱり二人とも知り合いなんだ……)
ユーレイが突然現れてびっくりしないあたりも、もしかしたらカナタくんは新城さんがこうなっていることを知っているのかもしれない。表情にも声にも出さなかったはずだけど、カナタくんが説明してくれた。
曰く、新城さんとは恋人同士――とはいっても形だけだったこととすでに別れていること(ここはすごく強調された)、それから新城さんがユーレイになっていることも知っているそうだ。
「この人、すぐにうちに来たから……」
「『そう冷たいことを言うな。幼なじみだろう』」
迷惑そうなカナタくんに、新城さんがちっとも傷ついていない顔で言う。そこからなぜか二人で俺を共有するという流れになり、俺はカナタくんのカナタくんを尻に入れているという状況だ。どうしてこうなったのか何度回想してもよくわかんないんだけど、それは俺がまだ酔っているからなんだろうか。
「カナタくん、そこ、やだぁ……っ」
「ん? ここ?」
カナタくんはいじわるで、俺がいやだって言ったところを後ろから執拗に狙ってくる。初めて見たカナタくんのカナタくんはそこだけ別人のコラージュですか? っていうくらいに立派で絶対無理無理入るわけないって俺は必死に拒否ったんだけども、利害の一致した新城さんとカナタくん二人がかりで内側から外側から尻の穴をほぐされて、あれよあれよの間に入ってしまった。
尻に。アレが。
「陽平くんには一から自分で教えていくつもりだったのに……。陽平くんのこと知られた時点で嫌な予感がしたんだよ」
「『だが、そのおかげでこういう状況にありつけたのは事実だ』」
新城さんの指が例によって肌を抜けて直接内部に触れる。前立腺というらしい。俺は簡単に射精してしまって、それからむっとしたらしいカナタくんにまたイかされて、風呂場に反響しまくる自分の甘ったるい声を恥ずかしく思ってる暇もないくらい、最終的にはわけがわからなくなってしまった。
かわいい、かわいいってずっとカナタくんは言っていて、俺はそんなカナタくんをかわいいなって思った。
***
これで終わると思った? 終わらなかった。
ベッドに移ってからはカナタくんに乗り移った新城さんに犯された。カナタくんもねちっこかったけど新城さんはさらにねちっこくて、さっきは好き勝手にイかされたのに今度はなかなかイかせてもらえなくて、俺は最終的に泣いてお願いするはめになってしまった。この男は相当サドだった。
「『惜しいな。俺に体があればもっといろいろできたのに』」
やっと終わったのが外も白み始める頃。今日が休みで本当によかった。
うとうとしはじめた俺の髪をなでながら、カナタくんが言う。
「言っておくけど、そんなことさせないからね。陽平くんはぼくの恋人だよ」
「『そうは言うが、カナタ。見たくはないか? こいつがめちゃくちゃに乱されているさまを。存分に鑑賞したくはないか? もっとみだらな顔をさせてみたくはないか?』」
俺ならそれができる、と新城さんが謎のプレゼンをする。
そしてゴクリ、とカナタくんがたしかに喉を鳴らしたのも、俺は聞いた。
「『さんざん協力してやっただろう。おまえのその顔に寄ってくる男どもを追い払うために、俺は虫よけに使われてきたんだ。貸したものを返すと思えばいい』」
「……」
「『そのためには、まず体を取り戻さなくては』」
言って、新城さんがいとおしそうに俺の頬を撫でる。肉体がないのでフリだけど、愛しているぞと流れるようにキスをされて、せっかくうとうとしてたのが覚めてしまった。ん? と正統派和風美形に微笑まれて、じわじわと顔が熱くなってしまう。
俺が好きなのはカナタくんのはずなのに。
俺の尻の穴はその日をまちこがれるようにキュッとしまったのだった。
おしまい
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