上 下
20 / 41

#18 斎宮からの手紙

しおりを挟む



 気持ちが塞いでいるときほど声を出せ。楽一の座長、祐善の教えである。
 朝、アバルが庭で発声練習をしていると弟妹たちがやってきてアバルの真似をした。

「アバル兄、見てて!」
「うおあああああ!」
「わあああああ!」

 だんだん大声大会になってくるのはいつものことだ。が、さすがにご近所迷惑になるのでアバルが指揮者役となって歌にきりかえた。立派な楽器はないが手を打ったり足で地面をたたいてリズムをとることで一体感を得ることができる。
 気持ちが高揚してくると体を動かして表現したくなるのは大人も子どもも同じであるらしい。時には即興の物語が生まれたりして、改めて表現することの楽しさを実感するのだった。

(ああ、やっぱり好きだなあ)

 涙が出そうになるのをこらえる。重要参考人の件が決まったとき、アバルは迷惑になることを考え、楽一のオーディションを辞退していた。ついでに楽一の座員としての席を返すことも祐善に申し出たが、祐善と仲間たちからの猛反対を受けて残すに至っている。
 吸血鬼騒動を受け、斎宮は安全のため朝市の休止を発表した。あの朝以降昼間の吸血鬼の目撃情報は入っていないものの、人々は食料の買い出し等必要最小限の外出にとどめ、劇場街はますます寂しくなっている。
(結局何もわからなかったし)

 重要参考人の件だ。どうしてそうなるのかアバルにはまったく理解ができないが、一郎太によれば北辰寺は『パライソ』を隠し持っているのではないかと疑いをかけられていたという。家宅捜索の結果、当然のことだが彼らは何の成果も得ることなく帰っていった。

 ――お上もいらいらしてるのさ

 かばうわけではないがと前置きをしたうえで一郎太が注釈を入れた。
 吸血鬼による最初の犠牲者が出る少し前のことである。とある薬物使用者が死亡し、後日遺族が埋葬、墓参りをすると遺体が消えているという現象が発生していた。現場はきまってさながら遺体が内側から墓を脱したようなありさまだったそうだ。
 アバルは赤を好んで身に着け、才能にあふれていた仲間を思い出し、右肩をなでた。そうだ、まさに彼女は「遺体が内側から墓を脱したような」状態だった。

「悠里は『パライソ』をやってたんだったよな……」
 だから一郎太は『パライソ』をさして悪魔と表現した。当時すでに侍所では『パライソ』と吸血鬼の関連性を疑っていたのだろう。
 吸血鬼の目撃件数、その被害者は日に日に増えていくのに、ところが肝心の『パライソ』の出所にたどりつくことができない。一郎太はもどかしさを表すように息を吐く。
「敵の像自体はわりと初期から共有できていたんだ。短期間の間にこれだけの販路これだけの量を用意できて、侍所の捜査網をすり抜けることのできる相手。もしくはそういう特権の許されている相手。それらすべての条件を満たすことができるのは、この洛土でひとつしかない」
「……それって」

 そんなことができるのは洛土、否、水穂国でひとつだけだ。アバルは上等な袍とかれのまとう上品な香りを思い出し、否定する。
 一郎太がアバルの心中を気遣うように小さくうなずいて見せた。
「国中を化け物だらけにされるのはごめんだが、幕府をつぶしたいわけじゃあねえ。ぎりぎりの妥協点がここらへんなのさ」
 言いながら、一郎太がたくあんを一枚とって口に放り込んだ。朝市でもファンの多かったたくあんはまたたくまになくなって、アバルは一郎太の碗におかわりの茶をつぐ。

「あれから何か困ったことはねえか?」
「ないない」

 釈放後の影響を問うているらしい。アバルは首を横に振る。毎日掃除をしているおかげで門も外壁も気持ちがいいくらいぴかぴかだ。
「むしろ結局何の役にも立てなくてごめんな。うちのまえで死んだ吸血鬼のこととか、その後どう? 何かわかった?」
「ああ、あれな」
 一郎太が感情の消化不良を起こしているような表情で碗に口をつける。

「上流階級では麻薬をたしなみの一つと考える風潮があるらしい。多くは形式的な儀礼みたいなものだ。だから使われるのは後遺症や反復性のない無難なものなんだが、好奇心が強かったのかもとから悪食だったのか」
「『パライソ』をつかんじゃったのか」
「不幸なことにな。まさかお貴族さまの方にまで『パライソ』が回ってるとは思わなかったが、今回の件で学習して高貴な火遊びってやつを控えてくれるといいんだが」

 『パライソ』に限らず違法ドラッグは貧民窟で出回る傾向にあるという。ゆえに侍所ではつねに貧民窟に調査員を置き、いち早く新薬の情報を手に入れるようにしている。
 その調査員によると、貧民窟では『パライソ』は天国へ行ける薬といううたい文句で売買がおこなわれているそうだ。
 天国。アバルは首をかしげた。
「パードレが説いてるアレだよな? 苦しみも悲しみも貧しさもないっていう。でも、貧民窟にいるような人に買えるのか?」
「ここ数日、貧民窟で住人の大量死が続けて見つかってる。アバル、おめえが二体の吸血鬼を引っ張っていった先にも住人だけがぽっかり消えた区画があった」
「住人だけ? ……」

 それは不気味な話だと返そうとして、アバルはあれ? と思う。
 一郎太が懐から一通の手紙を出して見せた。
「斎宮からだ」
「斎宮?」
「俺は内容について聞かされてねえから説明はできん。ただ、先日ここにうちのやつらが入っただろ、そのとき見つけたものの一部の情報が斎宮に流れたらしい」
「わかった。俺にも読めるといいけど……」

 金箔のちりばめられた高級そうな紙には香がたきしめてあるらしく、なんとも上品なにおいがする。大事そうに両手で手紙をうけとったアバルを見、一郎太がくしゃりと前髪を混ぜた。
「今日はな、アバル。俺は追い出されると思ってたんだ。守ってやれなかっただろ」
「一郎太は何も悪くねえじゃん」
 はじめは何のことを言っているのかわからなかった。やがて吸血鬼事件の犯人として疑われた一連のことを言っているのだと思い至り、アバルはからからと笑う。

「俺が水穂国の人間じゃないのは事実で吸血鬼に噛まれても生きてて怪しみたくなるのわかるよ。でもすぐ釈放されたし一郎太は俺がいない間のことを慈安先生に頼んでくれたり捜索の時も須王たちに配慮して女の人や子どもに慣れた人を選んでくれた。感謝こそすれ恨むなんてするもんか」
「アバル……」

 寝不足と疲労でみすぼらしくなるどころか、この美丈夫には別の色気が加わったように思う。はかなさというのか薄幸感というのかともかくそんな彼に切なそうに見つめられ、アバルは逃げ出したいような気持ちになったがこらえた。ああ、今すぐこの男の無粋な公務服を剥ぎ顔に化粧をほどこしていい感じの薄布を頭からかぶせてやりたい。
 考えて、ふとアバルは思い至る。

(今の須王なら一郎太に協力してくれるかもしれないな。問題はどうやって「悪魔」の話を切り出すかだけど)
 対吸血鬼の有効な手段として挙がった銀は現在「検討中」のまま進展はないそうである。勾留されていた間も夜廻り組では新たな犠牲者数を更新し、事情をしらないいくらかの所員からののしりを受けたものだ。
「あの、一郎太――」
 ためらいがちにアバルが口を開いたのと一郎太があくびをしたのは同時だった。太刀をとり立ち上がろうとしてふらついた彼の体を、アバルはとっさに支える。

「すまねえ。何か言いかけたか?」
「ううん。……気をつけて」



 それから数日後、劇場街で連日吸血鬼の姿が確認され、ストリートパフォーマー含む十数名の舞台役者が死亡した。当時警戒にあたっていた夜廻り組含む侍所の所員たち数名が戦闘によって殉職。そのうちには一郎太の名もあり、友人であるアバルには口頭で伝えられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】義弟を愛でていたらみんなの様子がおかしい

ちゃちゃ
BL
幼い頃に馬車の事故で両親が亡くなったレイフォードは父の従兄弟に当たるフィールディング侯爵家に引き取られることになる。 実の子のように愛され育てられたレイフォードに弟(クロード)が出来る。 クロードが産まれたその瞬間からレイフォードは超絶ブラコンへと変貌してしまう。 「クロードは僕が守るからね!」 「うんお兄様、大好き!(はぁ〜今日もオレのお兄様は可愛い)」 ブラコン過ぎて弟の前でだけは様子がおかしくなるレイフォードと、そんなレイフォードを見守るたまに様子のおかしい周りの人たち。 知らぬは主人公のみ。 本編は21話で完結です。 その後の話や番外編を投稿します。

【完結】【R18BL】清らかになるために司祭様に犯されています

ちゃっぷす
BL
司祭の侍者――アコライトである主人公ナスト。かつては捨て子で数々の盗みを働いていた彼は、その罪を清めるために、司祭に犯され続けている。 そんな中、教会に、ある大公令息が訪れた。大公令息はナストが司祭にされていることを知り――!? ※ご注意ください※ ※基本的に全キャラ倫理観が欠如してます※ ※頭おかしいキャラが複数います※ ※主人公貞操観念皆無※ 【以下特殊性癖】 ※射精管理※尿排泄管理※ペニスリング※媚薬※貞操帯※放尿※おもらし※S字結腸※

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

【R18】執着ドS彼氏のお仕置がトラウマ級

海林檎
BL
※嫌われていると思ったら歪すぎる愛情だったのスピンオフ的なショート小話です。 ただただ分からせドS調教のエロがギッチリ腸に詰めすぎて嘔吐するくらいには収まっているかと多分。 背格好が似ている男性を見つけて「こう言う格好も似合いそう」だと思っていた受けを見て「何他の男を見てんだ」と、キレた攻めがお仕置するお話www #濁点喘ぎ#電気責め#拘束#M字開脚#監禁#調教#アク目#飲ザー#小スカ#連続絶頂#アヘ顔#ドS彼氏#執着彼氏#舌っ足らず言葉#結腸責め#尿道・膀胱責め#快楽堕ち#愛はあります

潜入した僕、専属メイドとしてラブラブセックスしまくる話

ずー子
BL
敵陣にスパイ潜入した美少年がそのままボスに気に入られて女装でラブラブセックスしまくる話です。冒頭とエピローグだけ載せました。 悪のイケオジ×スパイ美少年。魔王×勇者がお好きな方は多分好きだと思います。女装シーン書くのとっても楽しかったです。可愛い男の娘、最強。 本編気になる方はPixivのページをチェックしてみてくださいませ! https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21381209

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

彼女ができたら義理の兄にめちゃくちゃにされた

おみなしづき
BL
小学生の時に母が再婚して義理の兄ができた。 それが嬉しくて、幼い頃はよく兄の側にいようとした。 俺の自慢の兄だった。 高二の夏、初めて彼女ができた俺に兄は言った。 「ねぇ、ハル。なんで彼女なんて作ったの?」 俺は兄にめちゃくちゃにされた。 ※最初からエロです。R18シーンは*表示しておきます。 ※R18シーンの境界がわからず*が無くともR18があるかもしれません。ほぼR18だと思って頂ければ幸いです。 ※いきなり拘束、無理矢理あります。苦手な方はご注意を。 ※こんなタイトルですが、愛はあります。 ※追記……涼の兄の話をスピンオフとして投稿しました。二人のその後も出てきます。よろしければ、そちらも見てみて下さい。 ※作者の無駄話……無くていいかなと思い削除しました。お礼等はあとがきでさせて頂きます。

ショタを犯そうとしたら逆に押し倒されてしまったお兄さんのポカン顔からしか摂取できない特殊な栄養素がある

松任 来(まっとう らい)
BL
ある(断言) 主人公がクズです、ご注意ください。でもすぐショタに成敗されますのでご安心ください。

処理中です...