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#15 二人の須王
しおりを挟む壊していく夢を見た。
ただひたすら壊していく夢だった。もはや人とは呼ぶことのできない化け物となった自分が自分の愛するもの、大好きなものを切り裂き、その血肉を暴いていく夢だった。
やめろ。やめろ。それが誰なのかわからないのか。
必死に叫んでいるのに、だんだん自分の止める声すらも聞こえなくなっていって、ただ屍だけが増えていく様は文字通り悪夢だった。
助けて。
(誰か)
誰か俺を殺して。
「俺を――」
地獄の淵から伸ばした手をつかんだのは須王で、アバルを見つめる黒い瞳は悲しみに澄んでいた。自分が泣き叫んでいたのも忘れてアバルが抱き寄せようとすると、須王はそれを一度やわらかく拒んで「ごめんなさい」と言った。
なぜ謝るのか。
たずねるアバルに須王は答えない。かわりに少しずつアバルの着衣を解いていって、ようやくアバルは須王の目的を理解する。
そうか、俺を抱くのか。
アバルが抵抗をしないのを氷色のひとみをした悪魔は不思議に思ったようだったが、口には出さなかった。そうだ、閨で世間話なんて無粋なだけだ。アバルは目を閉じてただ悪魔のするままに任せる。
さいわい悪魔は「上手」だったが、ふと見ると視線が合い、きまって頬を染めるのが不気味だった。まるで須王みたいに。
(え? 須王?)
ハッとして上体を起こそうとするが後ろからとらえられる。氷色の瞳の須王だった。やっぱり悪魔の方かと思うと脚のつけねで何者かがアバルの下腹でうごめいている。なんとそちらは黒い瞳の須王で、アバルは混乱した。須王が二人いる。
二人の少年に犯されている。
『アバル、気持ちいい?』
『何も考えることはない。貴様はただ与えられる愉楽に酔いしれていればよい……』
冗談じゃない。
そこでアバルの意識はくっきりと鮮明に区切られた。アバルは掛け布団をはねのけるようにして飛び起きる。
「おおおお俺はおまえをそんなはしたない子に育てた覚えはないぞ!」
須王が、あの須王があんなにいかがわしい顔で俺のちんこを舐めるなんて!
ショックと恥ずかしさで顔から火が出そうだ。そうしてアバルはしばらくの間床のうえで悶絶していたのだが、ふと我に返る。
「あれ? 夢……?」
しかもまだ起床時間より早い夜明け前だ。アバルはいそいそと室内灯に火を入れ、外に漏れないようにかぶせをする。まず確認したのは着衣だった。着ている。
寝相と思われる以外の乱れもなく、あやしげな体液も付着していない。ほか、赤い鬱血痕や噛み痕といったいわゆる情事の痕跡もみあたらず、アバルは混乱する。
だってそれってつまり。
(てことはええええ俺、須王とえっちする夢見ちゃったのかーーーーーー!?)
声に出さなかった自分を、アバルは褒めた。どうしようもなく顔が熱くなって、アバルはたまらず掛け布団のなかに頭をつっこむ。
(どこからが夢!?)
たしかに口にするにもおぞましい、おそろしい夢を見ていたのだ。だけど夢の中ではそれこそが夢で、須王がいてくれて。なぜか悲しそうな目をしていて。
それから。それから。
「……ッ」
そこでアバルはようやく失敗を悟るが、遅い。おそるおそる指を伸ばしたソコはまるでついさっきまで情事に励んでいたかのようにゆるんでいて、指をすんなりとうけいれた。アナニーなんてしたことないのに。
(ほんとに……夢……?)
夢の中で須王たちがしていたように指を動かすと粘膜が簡単に快感を拾った。いつのまにか漏れていた吐息を、襟を噛んで殺す。
「んっ……うん、ぅ」
眠っているとはいえすぐ隣の部屋に弟妹たちがいると思うのに指が止まらない。思えばいろいろなことに忙しくて自分の世話なんかそっちのけだった。アバルにとってはむしろそういう欲と無縁なのはありがたいことだったが、それが逆に悪かったのかもしれない。
まるでこの数年分がいっきに解放されたかのように一度たかの外れてしまった欲はとどまるところをしらない。快楽を追い求めるのに夢中になって、アバルは口から噛んでいた襟が落ちるのにも気づかなかった。
(あっ……奥、ほし……)
一番ほしい場所に届かなくて身をよじる。そうしながら無意識に名を呼んだのだろうか。
「『あれほど注いでやったのにもう恋しがるとは。泣くほど腹が空いたか』」
「ア……アザゼル」
すくいあげるように背後から下腹に手がさしいれられ、甘えるような声が出てしまう。なぜここにとかどうしているんだとか、一人遊びを見られた羞恥やつっこみは、自らの体液にいやらしく濡れひとり屹立する性器をやさしく手のひらで包まれた瞬間に飛んだ。アバルの腰が期待に揺れる。
そのうなじにアザゼルの呼気が当たった。
「『恥ずかしく思う必要はない。欲など知らぬという顔で貴様がその実いかに色欲に餓えていたか、ひとたび乱れたならどれほど底がないのか、オレたちがよく知っている』」
「や、やだ……耳、はっ」
尻のあたりで硬くなっているソレが早く欲しい。腹奥の切なさに耐えきれなくてアバルが乞うと、男の手がいくらか乱暴にアバルの腰をつかんだ。
「あっあっきもちい、いい……ッ」
「『っわかってる、そうせかすな。この、大食らいめ……ッ』」
ぱちゅぱちゅと淫靡な音が室内に満ちる頃にはアバルのあられもない声がとぎれることなく続いている。アバルの要求を男はいわれるまま、忠実な家臣のようにすべてかなえた。恋人に尽くすように甘やかされてますます淫欲に沈んでいく。
男にはそれがひどくうれしいようで、どうしてほしいのかとしきりにアバルにたずね、ときには答えを知りながらわざととぼけて焦らした。
アバル、アバルと名を呼ぶ声がいじらしくて、素面では言えないようなとんでもないことも素直に口にしてしまう。不思議なことには、そうするとますますアバルの肌や粘膜は与えられる愛撫にたいする精度を上げ、より交合を深く濃く激しくした。
「『アバル、アバル、……好き』」
「ん、すおう、……」
アバルの体力に配慮してか、ときどき男は体内でゆるゆると揺らすだけのインターバルを入れた。触れるだけのキスに応えるようにアバルの粘膜が男根を軽くしめつける。
「『ずっと、朝までこうしていたいな……』」
ひとときの幸福を反芻するような声音に、今度は心の奥がきゅっとなった。そんな声でしみじみと言わせてしまうほど、普段はさびしい思いをさせてしまっているのだろうか。反省を口にしたアバルに、須王がふるふると首を横に振る。
慈愛と多幸の光をたたえた須王の黒曜色の瞳に見下ろされ、アバルは夜空をのぞいているみたいだと思った。よく知っている幼い少年の顔だちなのに、いつしかそこへ別の青年の顔が重なる。少年の須王と同じ黒い髪にひとみの色の異なる「須王」は、そうして薄く唇を開いた。
「アバルにたくさんあげるつもりだったのに、オレの方がたくさんもらっちゃったね……」
「須王……?」
金色のほのかな光が空気の流れのように須王の唇へ吸い込まれていく。きれいだなあと思っているうち、アバルの意識も眠りへ落ちていくようだった。
「覚えてないと思うけど、『外』ではちゃんとアバルはいつものように寝てるから、心配しないで」
おやすみ、と須王が言ったような気がした。
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