仔犬だと思ってたのに

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# エピローグ-1

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 俺以外には殺せないと知りながらもグローリアを人質にとるような真似をしたのは、ニコラ様がそれだけ必死だったからだろう。精根尽きて体力も気力も使い果たしていた俺とグローリアはあっさりとワイゼン兵にとらえられ、そのわずか一日後、マリー・カンタビレは、ロマネ・ワイゼンの第一王子、ニコラ・アレクシス・チャールの手によって落ちた。
 内乱と今回の戦争によって疲弊しきっていた兵力を大きく補ったのは、マリー・カンタビレ王国騎士団副長でありながらロマネ・ワイゼンとひそかにつながっていた、アーサー・エル・ユリウスの圧倒的な魔力だったという。陽が落ちる前のひときわ強い金色の光を見るたびに、俺はその日のことを思い出す。
 『剣をさげなさい』。
 さんざんファンタジーな魔法を目の当たりにしてきといて今更こんな表現をすることには俺も抵抗を感じるんだけど、まさにそれは奇跡としか表現のしようがなかった。

 “古いおとぎ話に決着を”。

 あの日と同じマリー・カンタビレの広場、今度は予言の魔王とその命を絶つことのできる勇者としてひきずりだされて。
 俺もグローリアも薬を飲まされて逃げようにも逃げられなくて、今度こそ駄目だって思ったとき、突然俺の腕時計が光って、長針と短針がふたつの人影になった。
 一人は華奢な、黒髪を肩口できりそろえた女の子。もう一人は金色の髪に金色のひとみを持った長身の青年。

(アーサー?)

 青年のノーブルに整った顔だちに驚いたけど、すぐに俺は思いなおす。そうだ、アーサーは言っていた。自分の姿は前の魔王に生き写しなんだって。
(てことは、…前の魔王様と、)
 ごくりと唾をのみこみながら、俺はりりしく剣をたずさえている女の子を見る。マリー姫、とそのひとの名前を呟いた。
 マリー・カンタビレに伝わるおとぎ話の主人公のひとり。魔王を倒した伝説の勇者。

『聞こえなかった? 剣をさげろって言ってるの』

 俺とグローリアをぐるりと囲み剣をつきつけているワイゼン兵にむかって、マリー姫がくり返した。金色の粒子にコーティングされた神々しい登場だったのに、お姫様らしからぬ口調で一気にだいなしだ。
 かまわず、マリー姫はつかつかと兵士の一人に寄ると、剣を奪い取った。瞬間、俺とマリー姫以外の剣が白い鳩に変わり、バタバタと空へ羽ばたいていってしまう。
 手品のような魔法の正体は魔王様だった。おっとりと鳩たちを見送る高貴なたたずまいは、とてもとても、おとぎ話に聞くような恐ろしい魔王様とは思えない。

「ヒイイイイイ、マリエ!」

 ニコラ様もミシェルも、広場に集まったマリー・カンタビレのひとたちも、それから、ロマネ・ワイゼンの兵士たちも俺も、グローリアも。
 誰一人動くことができずにいた俺たちを現実に戻したのは、マリー・カンタビレの神官たちの悲鳴だった。

「予言書では魔王は勇者に討たれ、再びかの家の者に討たれるはずであったというのに、魔王殺しの魔女め、やはり貴様の差し金か! 500年前の復讐をせんとよみがえってきたか!」
「だからさっさと勇者を殺すべきだと、私は何度も申し上げたではないですかっ!」
「だが、勇者を殺せば、魔王を倒すことのできる者がいなくなってしまうだろうが! だからせめて、ロマネ・ワイゼンとのどさくさに紛れて、と…っ」

 白目をむいているマリー・カンタビレの国王様の頭上、神官たちが喧々と言い合う。
 マリー姫がぺっと唾を吐いた。 

『この500年、連中の自分勝手で腐った根性を綿々と受け継いできたらしいことにいっそ感動さえ覚えますわ。わたしと会えたことがそんなに嬉しいなら、お望み通り今すぐ息の根を止めてやりましょうか?』

 もちろんただでは死なさない、とマリー姫は言う。その内容についてはR18Gどころじゃないのでここでは割愛させていただく。
「あわわわ」
 神官たちが泡を吹いて気絶してしまうと、マリー姫はふん、と鼻を鳴らした。
 さすがは魔王を退治したお姫様だ。強い。…こわい。

『精霊はおまえたち人間には二度とかかわらない』

 魔王様がたおやかな所作で手のひらを広げると、広場に光の粒子があふれた。シャボン玉の舞うような光景はやっぱりファンタスティックで、俺はそれまでガチガチになって握っていた剣を落としてしまう。
(…精霊?)
 独立に意思を持っているようなひとつひとつに、俺は夢見心地に考える。

『感謝する、ユースケ』

 魔王様が俺の前、片膝をついた。マリー姫が次に倣い、ふよふよ好きに浮いていた粒子がつぎつぎと精霊のかたちをあらわして俺とグローリアの前に首をたれていく。
「俺、…何もしてないけど」
 自分のこれまでを振り返って正直な感想を述べたのに、魔王様はかぶりを振った。やわらかい、春のひだまりみたいな微笑。ぱちぱちとまばたいているグローリアを指さす。
『あの子が、こたえだ』

        *

「え、ケーキ買ったの?」
 時期的な理由を差し引いても尋常じゃなくこみあう駅の改札を抜けながら、俺はスマートフォンにむかってたずねる。平日の午後七時過ぎ。久しぶりに地元に帰ってきてみれば、なんなの、これ。
(何かイベントでもやってるのかな)
 帰宅ラッシュにしては顔ぶれに若い娘さんが多いし、駅内の空気にもライブ会場のような熱気を感じる。会話に応じながら、俺はきょろきょろと視線を走らせた。そして原因をつきとめた。

 『クリスマス・カウントダウンイベント』。

 駅隣接のターミナルビルのウィンドウ、それから天井に、これでもかとばかりに拡材が設置されている。きわめつけが構内ディスプレイを流れるCMだ。
(ああ、このせいかあ)
 メイクやアングルをさまざまに変えて映る少年を仰ぎながら、俺は「ねえちゃん」と回線の相手にむかって呼びかけた。
「電車で帰ってきたんだよね。じゃあ見ただろ、駅前のクリスマスイベント。え、知らないの? …うん、人、すごいよ。来てるんだって。ほら、あの子。モデルの、」
 ぎゅうぎゅう詰めの本流からえっちらおっちら抜け出して、どうにか俺は駅構内から脱出することに成功する。これ、けが人出るんじゃないの。

「…【ysk】」

 10代20代にとどまらず、30代40代の女の人、主婦層にまで幅を広げて爆発的な支持を受けているモデルだ。ちなみに【ysk】は「ゆうすけ」と読むらしい。本名とも言われているがプロフィールはほぼ非公開で、かろうじて十代後半らしい、という噂が流れているくらい。
 例にもれず、ねえちゃんも彼を知っているようだった。母さんと声を揃えるように写真を撮ってきてと言われ、俺は不満を表す。

「帰ってこいっていうから、めちゃくちゃ頑張って仕事終わらせてきたのに…。知ってる? 俺、今日寝たの午前三時なの。久しぶりに飯食えると思って、この一週間はずっとカップ麺かコンビニのサラダだけだったの」
 窮状をうったえてみたけど、聞き入れられる気配はなかった。大人になっても弟根性の抜けない俺はしぶしぶ承知して通話を終了する。いいんだ、どうせ俺は子どものころからねえちゃんには勝てないんだ。

(まあ、いいか。スペアリブ作ってあるっていうし)
 久しぶりに家族そろってのクリスマスだ。駅を迂回するようにターミナルビルに入り直して、俺は先に地下のスーパーでシャンパンを確保する。まだはじまったばかりらしいイベントはなおも観客を増やしながら盛り上がっていくようだった。どこもびっしりと人で埋め尽くされていたので、俺はカメラの機能を使ってかの人物を映すことに成功する。よし、これで任務は果たしたぞ。
(おなかすいたなあ)

 自炊しろって言われていくつか料理も習ったんだけど、料理上手な母親の味覚に舌が慣れきってるのと、あと、一人の食卓ってなんであんなにさびしいんだろうね。
 恋人でも作ればってねえちゃんも母さんも言うけれど、どういうわけか、いい雰囲気までいっても「お友達」で終わってしまう。女の子たちが言うには、「好きな人がいるんじゃないの」ということだ。
 やっぱり女の子って鋭い。うちの女たちにも言えることだけど、たまに思ってること全部見透かされてるのかなって思う。

 ――『あの子が、こたえだ』。

 十年経ても色あせることのない記憶。まるでひとつの約束ごとのように、彼の声はいまだに俺の鼓膜に残っている。
 あのあと。
 元の世界に戻った俺は、その後二度と、金色の髪の騎士にもプラチナ色の子どもにも会うことなく、かといってあっちに跳んでいた記憶をなくすこともなかった。第二志望でうけた大学に合格通知をもらい、卒業して、県外の会社に就職した。
 地元を避けたのは、ここにはあの子の記憶が残っているからだ。

 ――…好きで十年後に生まれたんじゃないし
 ――ユースケの方がガキみたいだ

 グローリア。
 魔法が見せたひとときの夢だったのか、本当にこっちの世界にあの子がいたのかわからないけど、俺のなかにはしっかりとあの子と過ごした記憶が残っている。
(はー…帰ろ)
 なんだか一気にさびしさが増して、俺はすんと鼻をすする。いつのまにか【ysk】くんは退場していた。ねえちゃんに任務達成のメールを送って、俺はその場から離れる。
 そのつもりはなかったんだけど、離れ際、学生さんらしいカップルがステージに注目する観衆の陰でキスをするのを見てしまった。

 この日のために駅前広場にもちこまれたモミの木の下でよりそう恋人たち、ライトアップされた噴水、それを指さしながらさりげなく距離を縮める男女。クリスマスの夜を演出するようにさりげなく店先から流されるラブ・ソング。
 アーメン、と俺は心の中で唱える。ハートマークとサンタクロースときらきらした光でいっぱいだった大通りから逃げ出すように走り出した。バスで帰った方が早いけどターミナルは逆方向だし、いまさらあのピンク色の空気の中に戻りたくない。
 おお神よ、独身男の醜くもあさましい嫉妬を年に二回だけどうかお許しください。

「…何やってるんだろ、俺」

 人の多いところを抜けると、途端に肌にあたる風が冷たくなる。炭火焼の臭い。笑い声のどっとわいた居酒屋の前を通過して、俺は鉄橋をくぐる。繁華街のにぎわいからさらに遠ざかるように住宅街へ。
 大切なひとたちと身を寄せ合い、今このときを大事に共有しあうような静寂のはるか頭上を、飛行機が黙って横切っていく。誰もいない公園。街あかりをさまたげまいとするように、星がひっそりとまたたいている。
 はあ、と俺は息を吐きだした。ひらひらと降りだした雪をひとり見上げる。

「…ユースケ」

 はじめは空耳かと思った。
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