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#4 「タラしこむ」について100字以内で説明してください
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絶賛内乱中らしい隣国ロマネ・ワイゼンに最も近い国境村カプリースでは現在、村人込で300人ほどが生活しているという。少ないなと思ったけど、これでも増えたのだそうだ。というのも、世情不安定の隣国がたびたびカプリースにちょっかいをかけてきているからで、状況としてはわりと緊迫している方、なのだとか。
「ここ最近は静かなものですが。そういう状況なので、ユリウス副長が来てくれたことは、僕たちにとってはずいぶん心強いんです。なんといっても、この国最強の騎士ですから」
壇上では、その国内最強の騎士を隣に、基地責任者が演説をしている。朝のミーティングは通常、各班に分かれて、夜勤組と情報を交換するだけなのだそうだ。アーサーは今朝もヘルムを脱いでいるので、皆目を輝かせて壇上を注視している。
ルームメイトの1人アデアルドが注釈をそう締めるのへ、ふうんと俺はうなずいた。
「のわりに、ここの装備って軽くない? 王国騎士団はフル装備だったのに」
カプリースの兵たちの装備といえば、心臓部を守る胸当てとすねあて、頭部を守るヘルムだけだ。現状から考えるとだいぶ心もとない気がする。
同じくルームメイトのランドルがうなずいた。
「ここの役割はあくまで防衛だからな。こちらから攻めるならそれなりの装備は必要だが、魔法戦になれば防具はほぼ用をなさない」
「魔法?」
待ってましたとばかりに俺は反応する。だって『魔』物がいるんだ。あるだろ、魔法。
「火属性には水魔法とか闇属性には光魔法とか無属性最終兵器スペルとかの“魔法”?」
興奮しすぎて鼻の穴がふくらんでしまった。ランドルがだいぶ引いている。顔が近い、とお咎めを受け、俺はつつしんで改めた。
「それって、…この国の人全員使えるの?」
ランドルが首を横に振った。
「血液型相性方式によれば、とある血中成分量の一定基準値を満たした者だけらしい。その成分を人工的に受けることで、先天性を持たない者でも一時的に魔法を行使することは可能だ」
「ぴんとこないな。割合としては、魔法使える人はどのくらい?」
「一割くらいと言われている」
「多くはないんだ」
なぜかそこでランドルが小さく笑った。
「学者によれば、魔法を使える人間は減少傾向にあると言われている。力自体も世代を経るごとに弱くなっているそうだ」
自分の中のなにかを確かめるように、ランドルが自身の手を握った。なんとなく落ち着かない気持ちで、俺は背中を掻く。
「もしかしてランドルって魔法使える人?」
ランドルとアデアルドは、その直前までめちゃくちゃ気を張ってたのが滑稽なくらい、俺たちに対してニュートラルだった。
答えが見えていることに対してわざわざ取り乱す人間はいない。迷いがないから太く座っていられる。
ご名答。ランドルがわらった。
「アデアルドもだ」
「やっぱり」
もちろん、ただ使えるだけじゃないだろう。相当な熟練者のはずだ。俺たちが何か不審なことをすればその場で瞬殺できる程度には。
「…魔王ってそんなに怖いのか?」
演説が終わって、アーサーが壇上から降りた。やつの言った通り、今日から俺たちも訓練に参加する。午前は見張りをまじえつつ体力づくりのためのトレーニングだ。
「怖いですよ」
答えたのはアデアルドだった。
「マリー姫に会うまで、魔王は恐ろしい数の人間を殺していたと言われています。魔王が闇の精霊王に命じて一か月に一度しか地上に光が入らないようにしたために多くの餓死者が出ましたし、そのうえ、大地の精霊王に命じて作物が育たないようにしたとか」
「…魔王は人間が嫌いだったのか?」
「さあな」
ランドルが肩をすくめた。
「というか、ユースケ。昨日から感じていたが、おまえ、知らなすぎじゃないのか。魔法のことはともかく、魔王の話は乳飲み子だって知っているぞ」
「本当に。外見だけで言えばマリー・カンタビレの特徴ですけど、」
出身はどこなのか。
同じことを、グローリアにも聞かれた。俺は言葉に詰まる。ランドルもアデアルドもたぶんいい奴なんだと思うんだけど、下手なことは言わない方がいいような気がする。俺の立場的に。
――この地を救うために、あなた様は再びその身をささげようというのですか
グローリアはおとぎ話以上のことは知らないって言ってたし、“マリー姫”の話、もう少し聞いてみたいんだけど…。
「そこ! しゃべってないでさっさと配置につけ!」
上官に怒鳴られて、俺たちは解散した。俺はほっと胸をなでおろす。
午前、昼食をはさんで午後と一日を通して感じたのは、自分の体力がいかに落ちているかということだった。それから、カプリース常駐兵の全体的なレベルの高さ。
いつ敵が襲ってくるかわからないという危機感のためだろう、訓練は実戦を想定した内容が多く感じられた。あと何がびっくりしたって、グローリアより小さく見える子たちが普通に訓練に混ざってたことだよな。
最初は俺もグローリアを気にしていたけど、途中からそれどころではなくなってしまった。
「なさけねー…」
カプリース村に入ってから五日目。
例によって体をひきずるように浴場へやってきて、俺はぐったりと座りこむ。ふくらはぎはパンパンだし腰も背中も痛くて仕方ない。
入浴時間も自由時間としてカウントされるから、就寝時間近くなると風呂場は貸し切り状態になることを、不本意ながら俺は知った。グローリアは今日も付き添いを申し出てくれたが、丁重にノーサンキューだ。
だって情けねーじゃん。もう五日だってのに、いまだに俺は訓練についていけない。グローリアは初日からフルで参加してるのに、俺ときたら今日もへばって途中で離脱してしまった。夕飯も食えないありさまだ。
「部活引退してからなんもやってないもんなあ…年かなあ、きっついわ、これ…」
てっきり共同井戸的な場所でみんなで頭からバッシャーとやるのかと思いきや、兵舎にはきちんと風呂場が用意されている。不潔にすると病気が蔓延するため、というのが理由のようだ。休養日には村の水場で泳いだりもするらしい。
(予想以上に扱いが人道的なんだよな…)
へばったのは別に、俺一人だけ理不尽なメニューを課されたからとかではない。命の保証はしなくていいとかあのヘルム野郎が言うから、どんな扱いを受けるか内心ヒヤヒヤしてたけど、まったくの杞憂に終わった。あるいは、予想以上に軟弱な俺を見て安心してくれたのかもしれない。
(王都に縛られるより、こっち飛ばされてよかったのかもしれないな)
誰かに憎まれるってことがあんなに恐ろしいなんて知らなかった。会ったことも話したこともない人に、自分の存在が頭から憎まれる。死んでしまえと言われる。
俺は処刑の場にいたグローリアを思い浮かべる。あの子はこんな気持ちであそこに座っていたんだろうか。たった一人で。
「おやおや、」
服を脱いでいたら浴場のドアが開いた。どやどやと入ってきたのは若い兵士たちだ。
「もう就寝時間だってのに真っ青な顔して風呂場へ行くのが見えたから、心配になっちまってさ」
どこかでみた気がする顔だけど思いだせない。上着を脱いで、俺はベルトに手をかける。
その肩をつかまれた。
「情けねえな、この程度の訓練でヒーヒー言ってるようじゃとてもここでやっていけないぜ」
「ユリウス副長を投げ飛ばしたっていうからどんな偉丈夫かと思えば。まあ、さっきはオレらも意表をつかれちまったというか」
言われて思いだした。昼間の対人訓練で投げたやつらだ。
俺が自分たちを思い出したことがわかったのか、男たちが嬉しそうに笑った。五人。どいつもこいつも重量系選手のような鍛えられた体つきをしている。
男の一人が俺の肩甲骨を撫でた。
「むかつくな、こんな薄い肩で俺のこと投げたのか。腰なんか女みたいに細いくせに」
「ユースケ、だったか。お前さんに関していろいろ噂が飛んでるんだが、実のところどうなんだ?」
「噂って?」
ベルトの金具を外しながら俺が聞き返すと、誰かがゴク、と喉を鳴らす。
「あの魔王様のガキとデキてるとか、…ユリウス副長を体でタラしこんだとか」
「……」
「そんな嫌そうな顔するなよ、ここは娯楽が少ない。ワケありで目立つ新入りはそれだけで下世話な好奇心と想像力の餌食になる」
「現にこの五日、対人訓練は大人気じゃんかな、おまえ」
連中の言う通りだった。例のパフォーマンスのおかげで理不尽な暴力を受けることはないかわりに、血の気の多い連中がしきりに勝負を挑んでくる。兵士としての矜持なのか、一応認めてくれてるのか、だいたい訓練中におさめてくれるんだけど、時間外の不意打ちを狙ってくるやつも少なくないのだ。それを知っているから、グローリアはなるべく俺を一人にさせたがらない。
俺はため息をついた。
「見ての通り軟弱なもんでね。さっさと風呂に入って寝たいんだ。まわりくどいのはいいから、そろそろ用件を言ってくれ」
雑談をしたいだけなら、わざわざ俺が一人の時を狙って、それもこんなところまでくる必要はない。
そうか、と一人が言った。がし、と男二名が俺の両肩を拘束する。
「そんなにお疲れなら、手伝ってやろうか」
「…は?」
脳回路がフリーズをおこして、俺はとっさに反応できない。男はその隙を逃さず、俺のぬぎかけのズボンに手をかける。俺が男の意図を理解するより先に、虫が這うような悪寒がからだじゅうを走った。
「なあ、…ユリウス副長ってやっぱアッチも最強なのか?」
俺のちんこをつまみながら、男が湿った息を吐く。上気した頬に血走った目。端的にいうと男は欲情していた。
欲情。響きだけで頭痛がしてくる。
(五人のうち三人が俺、二人が見張り。完全に計画的犯行じゃねえか)
ハアハアと暑苦しい呼吸を首筋に感じながら、俺はあきれてしまう。逃れようにも両腕はしっかり押さえられているし、足も足でぬかりなく動きを封じられている。
男の手が俺の内股を撫でた。
「あの副長をタラしこむって、いったいどんな手練手管を使ったんだ」
「はあ?」
俺は不快感も忘れて顔を上げる。
「念のため確認したいんだけど、あいつの役割わかって言ってるんだよな?」
俺とグローリアの監視役兼処刑人だぞ。ていうか俺みたいな得体の知れないガキにタラしこまれるような意志薄弱野郎なの、あいつ。王国騎士団ってその程度なんだ。
言うと、今度は男が不愉快そうに顔をしかめた。
「だったらなぜ、ユリウス副長は貴様なんぞを庇うような真似をしたんだ!」
「俺が知るかよ!」
本人に聞いてください!
俺の悲痛な叫びはスルーされた。俺のちんこを指先でいじりながら、男は苦悩するように眉根を寄せる。
「副長は公平で知られる方だ。王侯貴族にもなびかず、位の上下で差別をしない。騎士団最強とたたえられながら、けして自身の力を誇示するような真似もしない。まさに騎士の鑑のような方だ」
それが、俺の力をはかるためと言って、公衆面前で奇襲に出た。アーサーの気性を知るからこそ、彼らにはその意図が明白だった。
別の男がうなずいた。
「ここは力がすべてだ。強い者が重んじられる。貴様が事実そうであるなら、副長がせずとも、俺たちは腕一本なり青あざなりと引き換えに思い知ったことだろう」
「じゃあ、逆にあんたらのこと守ろうとしたんじゃないの。あんたらが俺に下手に手を出して怪我しないように、とか」
むしろそっちのがよっぽどしっくりくる気がするけど。
「そうなんだろうか…」
「なるほど、言われてみれば」
「そうか、…副長は俺たちを守るために…」
言って、男たちが「うっ」と目頭をおさえる。あーはいはい、誤解がとけてよかったね。
「もういいだろ、いい加減離してくれない」
「それは別だ」
なんでだよ。
俺のつっこみをよそに、男たちが俺の体をひっくり返した。いじれどいじれどちっとも反応しない俺のちんこがお気に召さなかったらしい。
「調子に乗りすぎなんだよ、おまえ」
「生意気な新人には一度お灸をすえてやらねえと」
「出る杭は打たれるって知ってるか?」
俺は目を疑った。どこにも興奮する要素はなかったはずなのに、なぜか連中の股間がしっかりと膨らんでいる。
「ヘルム野郎全然関係ねーじゃん!」
ようするに俺にプライドをズタズタにされた復讐がしたかっただけなんだろ、おまえら。
「ついでに性欲処理もできる」
俺の両腕を自分のシャツでしばりながら、しゃあしゃあと言うから、俺は決めた。あとで覚えてろ。
「いいねえ、その目。めちゃくちゃに泣かせてやりたくなるぜ」
「やってみろよ」
俺は犬歯をのぞかせて挑発する。結構。獲物を前にした獣のように、男が舌なめずりをした。
*
結論から言うと、俺の貞操は守られた。守られたっていうか守った。自力で。
「かんべんしろよ…こっちはお前らみたいな体力馬鹿じゃないっての」
白目をむいて沈黙する肉塊(※死んでない)に吐き捨て、俺はさっさと体を洗う。大浴場と呼んで十分なひろさの中央に、薬草湯を張った湯船が設置されている。初めて見たときは涙が出そうになった。
この時間になるとさすがにボイラーは止まってるけど問題ない。湯につかり、俺は大きく息を吐く。
肉体的ダメージより精神的ダメージがやばい。ダイレクトアタックを受けて警告アラームが鳴ってる。いますぐにグローリアをなでなでしたい。
(タラしこんだ、か…)
強さが重んじられる世界だからこそ、彼らは最大限の侮辱を俺に与えようとした。俺を逆上させ、そのさまをなぶって溜飲を下げるつもりだったに違いない。それ以上の意味なんかなかっただろう。
(アーサーのやつが聞いたらどんな反応するんだろう。あんたは俺に惚れてて、俺の手練手管で骨抜きにされてるらしいよって)
俺からそう言われたあいつの反応を想像しようとしたけど、できなかった。それができるほど、俺は個人としてのアーサー・エル・ユリウスを知らない。野郎とはいえ、ガキ相手だ。五日間もいれば多少なりともボロが出ると思うんだけど。
そういう点で、あいつの冷血ぶりは完璧だった。尊敬されるのもわかる。
(あー、死ぬほどどうでもいい)
なんで俺があいつを見直さなきゃいけないの。せいぜい欲求不満で職務怠慢したクソ野郎としていくらでも軽蔑されればいいんだ。
「う…」
不意に肉塊の一つが小さくうめいて、俺は湯から立ち上がる。さすが体力馬鹿。もう一発いっとくべきだろうか。
「おたく、腰ほっそいねー」
「!?」
びっくりしすぎて湯船の中で足をすべらせてしまった。あわてて顔をだして、俺は浴場内を見回す。連中をのぞけばここには間違いなく俺一人だったはずだ。
「助けようと思ったんだけど、なんか大丈夫そうだったから」
野郎三十人がたっぷり入ることのできる湯船の端。多少暗いとはいえ、湯気もほとんど出ていないのに全然気づかなかった。
そこにいたのは赤毛の男だった。
「親にも兄弟にも地味だ地味だって言われるから慣れてたんだけど、さすがにここまで気づかれないとちょっと悲しいかも」
言いながら、赤毛の男が湯船の中を進んでくる。
「ミシェル。ちょっとワケありでさ、家名は言えないんだ。ええと、ユースケ、だよな」
「うん」
「ユリウス副長の手荒い歓迎式、僕も見てたよ。一気に名前が知れ渡ってしまったね」
なつっこく笑まれて、俺は毒気を抜かれてしまう。背は175センチの俺よりやや低いくらい。ここは長いんだろうか、硬そうな筋肉をしている。年齢は二十歳前後。気のいいスポーツマンか好青年て感じなのに、一癖ありそうな目つきだ。
気づいたように、ミシェルが肩をすくめる。
「ここに入った時期はユースケとたいして変わらないんだ。生粋の武家ってわけでもないんだけど父と兄が厳しくてさ、おのずとこうなったってだけ」
ねえ、とミシェルが身を乗り出した。
「そんなに体大きくないのに、どうやってあいつら倒したの。どっちかっていうと、きみってここじゃ細身だろ」
言いながら、俺の腰にさわる。「ごめん」とミシェルがいったんは手を離した。今度は許可をとって太ももに手を伸ばす。
「ユリウス副長を倒したことといい、きみ、素人じゃないよな。中級魔物を倒したって本当?」
「どうやらそうらしい」
しゃがんで俺の太ももを両手でこするような動きは、さながら筋肉の調子をみるトレーナーだ。ミシェルは俺のあちこち触りながら、「ふうん」「なるほど」とときどき一人でうなずく。
「魔王の子をかばったって聞いたけど、どうして? 自分が斬られるかもしれないって思わなかった?」
なんとなく居心地が悪くて俺がさがると、ミシェルも追うようについてきた。そうして繰り返しながら、気づけば風呂端まで後退していた。あきらめて、俺は浴槽のふちに腰を下ろす。
「夢中で、そんなこと考えてる余裕はなかったよ。本当に」
「ふうん。でもきみら、引き離された兄弟ってわけじゃなかったんだろ? 見てたけど、訓練以外ほとんどべったりだよね? きみなんかすごく、やさしい顔しててさ…」
俺の体をひとしきり観察し終えたらしいミシェルがやにわに俺の膝を開いた。腿の奥でつつましくおさまっていた俺のちんこを、芋虫でも見つけたみたいにつまみあげる。
「ちょっ!?」
女の子じゃあるまいし、別にちんこくらい触られたってどうってことはない。ないが、それは気を許した友達だったり部活の連中だったりする場合限定だ。人並みサイズしかない俺のちんこはひどく人見知りだし、古き良き大和撫子のようにおくゆかしい。
「うーん、やっぱり反応しないなあ」
カリとか裏筋とか先っぽとかをいじっていたミシェルが学者のようにうなった。つっこむタイミングを完全に逃してただただ呆然とする俺の前、あろうことか、俺のちんこを口にくわえた。
「何やってんの!?」
むしろ何がしたいの!?
「ねえ、僕のこと好きになってよ、ユースケ」
指では無反応だった俺のちんこも、舌でもてなされてなおかたくなでいるのは悪いとでも思ったのか、わずかにきざし始めていた。ミシェルがうれしそうに笑う。
「ねえ、ユースケ。僕のことも甘やかして。あの子みたいに抱きしめてよ」
ミシェルが合間合間に言うが、俺はそれどころじゃない。どうしよう、こいつ、巧い。
「くっ……ぁ、」
「気持ちいい? うれしいな」
ちんこから口を離したミシェルが浴槽を出て、俺を浴場の床にゆっくりと倒した。肩で息をする俺をじっとのぞきこむように上体をかがめる。
ユースケ。
顔が近いなと思ったそこに、俺を呼ぶ声が響いた。ユースケ。もう一度呼ぶのへ、ミシェルがいたずらの見つかった子どもみたいに舌を出す。
「やあ、魔王様のおでましか」
「ユースケ!」
ゴン、と。
槌をふりおろしたような音とともに、浴場内が振動した。グローリアの目と同じ色の光がいくつも渦を巻いて生き物のように動き回っている。
「こりゃあ、怖い」
ミシェルが口笛を吹いた。刹那、光のひとつがミシェルに襲いかかる。
「うわ、まじか! 詠唱なしかよ!」
すばやく俺を抱き上げ、ミシェルが何事かを呟いた。ミシェルに直撃するはずだった光が砕かれた氷のように空中で散る。それをミシェルの肩越しに見ながら、俺は理解した。
(あ、これが魔法か)
ということは、グローリアは今魔法を使ったことになる。
「グローリア!」
光はどんどん増えている。これってもしかしてまずいんじゃないのか。
俺はミシェルの腕を抜け出した。ミシェルがあわてて止めるけど、俺はもう一度グローリアの名前を呼ぶ。別の光が今度は俺を標的に変えた。
「グローリア!」
グローリアの夕焼け色のひとみが俺を見た。
「ここ最近は静かなものですが。そういう状況なので、ユリウス副長が来てくれたことは、僕たちにとってはずいぶん心強いんです。なんといっても、この国最強の騎士ですから」
壇上では、その国内最強の騎士を隣に、基地責任者が演説をしている。朝のミーティングは通常、各班に分かれて、夜勤組と情報を交換するだけなのだそうだ。アーサーは今朝もヘルムを脱いでいるので、皆目を輝かせて壇上を注視している。
ルームメイトの1人アデアルドが注釈をそう締めるのへ、ふうんと俺はうなずいた。
「のわりに、ここの装備って軽くない? 王国騎士団はフル装備だったのに」
カプリースの兵たちの装備といえば、心臓部を守る胸当てとすねあて、頭部を守るヘルムだけだ。現状から考えるとだいぶ心もとない気がする。
同じくルームメイトのランドルがうなずいた。
「ここの役割はあくまで防衛だからな。こちらから攻めるならそれなりの装備は必要だが、魔法戦になれば防具はほぼ用をなさない」
「魔法?」
待ってましたとばかりに俺は反応する。だって『魔』物がいるんだ。あるだろ、魔法。
「火属性には水魔法とか闇属性には光魔法とか無属性最終兵器スペルとかの“魔法”?」
興奮しすぎて鼻の穴がふくらんでしまった。ランドルがだいぶ引いている。顔が近い、とお咎めを受け、俺はつつしんで改めた。
「それって、…この国の人全員使えるの?」
ランドルが首を横に振った。
「血液型相性方式によれば、とある血中成分量の一定基準値を満たした者だけらしい。その成分を人工的に受けることで、先天性を持たない者でも一時的に魔法を行使することは可能だ」
「ぴんとこないな。割合としては、魔法使える人はどのくらい?」
「一割くらいと言われている」
「多くはないんだ」
なぜかそこでランドルが小さく笑った。
「学者によれば、魔法を使える人間は減少傾向にあると言われている。力自体も世代を経るごとに弱くなっているそうだ」
自分の中のなにかを確かめるように、ランドルが自身の手を握った。なんとなく落ち着かない気持ちで、俺は背中を掻く。
「もしかしてランドルって魔法使える人?」
ランドルとアデアルドは、その直前までめちゃくちゃ気を張ってたのが滑稽なくらい、俺たちに対してニュートラルだった。
答えが見えていることに対してわざわざ取り乱す人間はいない。迷いがないから太く座っていられる。
ご名答。ランドルがわらった。
「アデアルドもだ」
「やっぱり」
もちろん、ただ使えるだけじゃないだろう。相当な熟練者のはずだ。俺たちが何か不審なことをすればその場で瞬殺できる程度には。
「…魔王ってそんなに怖いのか?」
演説が終わって、アーサーが壇上から降りた。やつの言った通り、今日から俺たちも訓練に参加する。午前は見張りをまじえつつ体力づくりのためのトレーニングだ。
「怖いですよ」
答えたのはアデアルドだった。
「マリー姫に会うまで、魔王は恐ろしい数の人間を殺していたと言われています。魔王が闇の精霊王に命じて一か月に一度しか地上に光が入らないようにしたために多くの餓死者が出ましたし、そのうえ、大地の精霊王に命じて作物が育たないようにしたとか」
「…魔王は人間が嫌いだったのか?」
「さあな」
ランドルが肩をすくめた。
「というか、ユースケ。昨日から感じていたが、おまえ、知らなすぎじゃないのか。魔法のことはともかく、魔王の話は乳飲み子だって知っているぞ」
「本当に。外見だけで言えばマリー・カンタビレの特徴ですけど、」
出身はどこなのか。
同じことを、グローリアにも聞かれた。俺は言葉に詰まる。ランドルもアデアルドもたぶんいい奴なんだと思うんだけど、下手なことは言わない方がいいような気がする。俺の立場的に。
――この地を救うために、あなた様は再びその身をささげようというのですか
グローリアはおとぎ話以上のことは知らないって言ってたし、“マリー姫”の話、もう少し聞いてみたいんだけど…。
「そこ! しゃべってないでさっさと配置につけ!」
上官に怒鳴られて、俺たちは解散した。俺はほっと胸をなでおろす。
午前、昼食をはさんで午後と一日を通して感じたのは、自分の体力がいかに落ちているかということだった。それから、カプリース常駐兵の全体的なレベルの高さ。
いつ敵が襲ってくるかわからないという危機感のためだろう、訓練は実戦を想定した内容が多く感じられた。あと何がびっくりしたって、グローリアより小さく見える子たちが普通に訓練に混ざってたことだよな。
最初は俺もグローリアを気にしていたけど、途中からそれどころではなくなってしまった。
「なさけねー…」
カプリース村に入ってから五日目。
例によって体をひきずるように浴場へやってきて、俺はぐったりと座りこむ。ふくらはぎはパンパンだし腰も背中も痛くて仕方ない。
入浴時間も自由時間としてカウントされるから、就寝時間近くなると風呂場は貸し切り状態になることを、不本意ながら俺は知った。グローリアは今日も付き添いを申し出てくれたが、丁重にノーサンキューだ。
だって情けねーじゃん。もう五日だってのに、いまだに俺は訓練についていけない。グローリアは初日からフルで参加してるのに、俺ときたら今日もへばって途中で離脱してしまった。夕飯も食えないありさまだ。
「部活引退してからなんもやってないもんなあ…年かなあ、きっついわ、これ…」
てっきり共同井戸的な場所でみんなで頭からバッシャーとやるのかと思いきや、兵舎にはきちんと風呂場が用意されている。不潔にすると病気が蔓延するため、というのが理由のようだ。休養日には村の水場で泳いだりもするらしい。
(予想以上に扱いが人道的なんだよな…)
へばったのは別に、俺一人だけ理不尽なメニューを課されたからとかではない。命の保証はしなくていいとかあのヘルム野郎が言うから、どんな扱いを受けるか内心ヒヤヒヤしてたけど、まったくの杞憂に終わった。あるいは、予想以上に軟弱な俺を見て安心してくれたのかもしれない。
(王都に縛られるより、こっち飛ばされてよかったのかもしれないな)
誰かに憎まれるってことがあんなに恐ろしいなんて知らなかった。会ったことも話したこともない人に、自分の存在が頭から憎まれる。死んでしまえと言われる。
俺は処刑の場にいたグローリアを思い浮かべる。あの子はこんな気持ちであそこに座っていたんだろうか。たった一人で。
「おやおや、」
服を脱いでいたら浴場のドアが開いた。どやどやと入ってきたのは若い兵士たちだ。
「もう就寝時間だってのに真っ青な顔して風呂場へ行くのが見えたから、心配になっちまってさ」
どこかでみた気がする顔だけど思いだせない。上着を脱いで、俺はベルトに手をかける。
その肩をつかまれた。
「情けねえな、この程度の訓練でヒーヒー言ってるようじゃとてもここでやっていけないぜ」
「ユリウス副長を投げ飛ばしたっていうからどんな偉丈夫かと思えば。まあ、さっきはオレらも意表をつかれちまったというか」
言われて思いだした。昼間の対人訓練で投げたやつらだ。
俺が自分たちを思い出したことがわかったのか、男たちが嬉しそうに笑った。五人。どいつもこいつも重量系選手のような鍛えられた体つきをしている。
男の一人が俺の肩甲骨を撫でた。
「むかつくな、こんな薄い肩で俺のこと投げたのか。腰なんか女みたいに細いくせに」
「ユースケ、だったか。お前さんに関していろいろ噂が飛んでるんだが、実のところどうなんだ?」
「噂って?」
ベルトの金具を外しながら俺が聞き返すと、誰かがゴク、と喉を鳴らす。
「あの魔王様のガキとデキてるとか、…ユリウス副長を体でタラしこんだとか」
「……」
「そんな嫌そうな顔するなよ、ここは娯楽が少ない。ワケありで目立つ新入りはそれだけで下世話な好奇心と想像力の餌食になる」
「現にこの五日、対人訓練は大人気じゃんかな、おまえ」
連中の言う通りだった。例のパフォーマンスのおかげで理不尽な暴力を受けることはないかわりに、血の気の多い連中がしきりに勝負を挑んでくる。兵士としての矜持なのか、一応認めてくれてるのか、だいたい訓練中におさめてくれるんだけど、時間外の不意打ちを狙ってくるやつも少なくないのだ。それを知っているから、グローリアはなるべく俺を一人にさせたがらない。
俺はため息をついた。
「見ての通り軟弱なもんでね。さっさと風呂に入って寝たいんだ。まわりくどいのはいいから、そろそろ用件を言ってくれ」
雑談をしたいだけなら、わざわざ俺が一人の時を狙って、それもこんなところまでくる必要はない。
そうか、と一人が言った。がし、と男二名が俺の両肩を拘束する。
「そんなにお疲れなら、手伝ってやろうか」
「…は?」
脳回路がフリーズをおこして、俺はとっさに反応できない。男はその隙を逃さず、俺のぬぎかけのズボンに手をかける。俺が男の意図を理解するより先に、虫が這うような悪寒がからだじゅうを走った。
「なあ、…ユリウス副長ってやっぱアッチも最強なのか?」
俺のちんこをつまみながら、男が湿った息を吐く。上気した頬に血走った目。端的にいうと男は欲情していた。
欲情。響きだけで頭痛がしてくる。
(五人のうち三人が俺、二人が見張り。完全に計画的犯行じゃねえか)
ハアハアと暑苦しい呼吸を首筋に感じながら、俺はあきれてしまう。逃れようにも両腕はしっかり押さえられているし、足も足でぬかりなく動きを封じられている。
男の手が俺の内股を撫でた。
「あの副長をタラしこむって、いったいどんな手練手管を使ったんだ」
「はあ?」
俺は不快感も忘れて顔を上げる。
「念のため確認したいんだけど、あいつの役割わかって言ってるんだよな?」
俺とグローリアの監視役兼処刑人だぞ。ていうか俺みたいな得体の知れないガキにタラしこまれるような意志薄弱野郎なの、あいつ。王国騎士団ってその程度なんだ。
言うと、今度は男が不愉快そうに顔をしかめた。
「だったらなぜ、ユリウス副長は貴様なんぞを庇うような真似をしたんだ!」
「俺が知るかよ!」
本人に聞いてください!
俺の悲痛な叫びはスルーされた。俺のちんこを指先でいじりながら、男は苦悩するように眉根を寄せる。
「副長は公平で知られる方だ。王侯貴族にもなびかず、位の上下で差別をしない。騎士団最強とたたえられながら、けして自身の力を誇示するような真似もしない。まさに騎士の鑑のような方だ」
それが、俺の力をはかるためと言って、公衆面前で奇襲に出た。アーサーの気性を知るからこそ、彼らにはその意図が明白だった。
別の男がうなずいた。
「ここは力がすべてだ。強い者が重んじられる。貴様が事実そうであるなら、副長がせずとも、俺たちは腕一本なり青あざなりと引き換えに思い知ったことだろう」
「じゃあ、逆にあんたらのこと守ろうとしたんじゃないの。あんたらが俺に下手に手を出して怪我しないように、とか」
むしろそっちのがよっぽどしっくりくる気がするけど。
「そうなんだろうか…」
「なるほど、言われてみれば」
「そうか、…副長は俺たちを守るために…」
言って、男たちが「うっ」と目頭をおさえる。あーはいはい、誤解がとけてよかったね。
「もういいだろ、いい加減離してくれない」
「それは別だ」
なんでだよ。
俺のつっこみをよそに、男たちが俺の体をひっくり返した。いじれどいじれどちっとも反応しない俺のちんこがお気に召さなかったらしい。
「調子に乗りすぎなんだよ、おまえ」
「生意気な新人には一度お灸をすえてやらねえと」
「出る杭は打たれるって知ってるか?」
俺は目を疑った。どこにも興奮する要素はなかったはずなのに、なぜか連中の股間がしっかりと膨らんでいる。
「ヘルム野郎全然関係ねーじゃん!」
ようするに俺にプライドをズタズタにされた復讐がしたかっただけなんだろ、おまえら。
「ついでに性欲処理もできる」
俺の両腕を自分のシャツでしばりながら、しゃあしゃあと言うから、俺は決めた。あとで覚えてろ。
「いいねえ、その目。めちゃくちゃに泣かせてやりたくなるぜ」
「やってみろよ」
俺は犬歯をのぞかせて挑発する。結構。獲物を前にした獣のように、男が舌なめずりをした。
*
結論から言うと、俺の貞操は守られた。守られたっていうか守った。自力で。
「かんべんしろよ…こっちはお前らみたいな体力馬鹿じゃないっての」
白目をむいて沈黙する肉塊(※死んでない)に吐き捨て、俺はさっさと体を洗う。大浴場と呼んで十分なひろさの中央に、薬草湯を張った湯船が設置されている。初めて見たときは涙が出そうになった。
この時間になるとさすがにボイラーは止まってるけど問題ない。湯につかり、俺は大きく息を吐く。
肉体的ダメージより精神的ダメージがやばい。ダイレクトアタックを受けて警告アラームが鳴ってる。いますぐにグローリアをなでなでしたい。
(タラしこんだ、か…)
強さが重んじられる世界だからこそ、彼らは最大限の侮辱を俺に与えようとした。俺を逆上させ、そのさまをなぶって溜飲を下げるつもりだったに違いない。それ以上の意味なんかなかっただろう。
(アーサーのやつが聞いたらどんな反応するんだろう。あんたは俺に惚れてて、俺の手練手管で骨抜きにされてるらしいよって)
俺からそう言われたあいつの反応を想像しようとしたけど、できなかった。それができるほど、俺は個人としてのアーサー・エル・ユリウスを知らない。野郎とはいえ、ガキ相手だ。五日間もいれば多少なりともボロが出ると思うんだけど。
そういう点で、あいつの冷血ぶりは完璧だった。尊敬されるのもわかる。
(あー、死ぬほどどうでもいい)
なんで俺があいつを見直さなきゃいけないの。せいぜい欲求不満で職務怠慢したクソ野郎としていくらでも軽蔑されればいいんだ。
「う…」
不意に肉塊の一つが小さくうめいて、俺は湯から立ち上がる。さすが体力馬鹿。もう一発いっとくべきだろうか。
「おたく、腰ほっそいねー」
「!?」
びっくりしすぎて湯船の中で足をすべらせてしまった。あわてて顔をだして、俺は浴場内を見回す。連中をのぞけばここには間違いなく俺一人だったはずだ。
「助けようと思ったんだけど、なんか大丈夫そうだったから」
野郎三十人がたっぷり入ることのできる湯船の端。多少暗いとはいえ、湯気もほとんど出ていないのに全然気づかなかった。
そこにいたのは赤毛の男だった。
「親にも兄弟にも地味だ地味だって言われるから慣れてたんだけど、さすがにここまで気づかれないとちょっと悲しいかも」
言いながら、赤毛の男が湯船の中を進んでくる。
「ミシェル。ちょっとワケありでさ、家名は言えないんだ。ええと、ユースケ、だよな」
「うん」
「ユリウス副長の手荒い歓迎式、僕も見てたよ。一気に名前が知れ渡ってしまったね」
なつっこく笑まれて、俺は毒気を抜かれてしまう。背は175センチの俺よりやや低いくらい。ここは長いんだろうか、硬そうな筋肉をしている。年齢は二十歳前後。気のいいスポーツマンか好青年て感じなのに、一癖ありそうな目つきだ。
気づいたように、ミシェルが肩をすくめる。
「ここに入った時期はユースケとたいして変わらないんだ。生粋の武家ってわけでもないんだけど父と兄が厳しくてさ、おのずとこうなったってだけ」
ねえ、とミシェルが身を乗り出した。
「そんなに体大きくないのに、どうやってあいつら倒したの。どっちかっていうと、きみってここじゃ細身だろ」
言いながら、俺の腰にさわる。「ごめん」とミシェルがいったんは手を離した。今度は許可をとって太ももに手を伸ばす。
「ユリウス副長を倒したことといい、きみ、素人じゃないよな。中級魔物を倒したって本当?」
「どうやらそうらしい」
しゃがんで俺の太ももを両手でこするような動きは、さながら筋肉の調子をみるトレーナーだ。ミシェルは俺のあちこち触りながら、「ふうん」「なるほど」とときどき一人でうなずく。
「魔王の子をかばったって聞いたけど、どうして? 自分が斬られるかもしれないって思わなかった?」
なんとなく居心地が悪くて俺がさがると、ミシェルも追うようについてきた。そうして繰り返しながら、気づけば風呂端まで後退していた。あきらめて、俺は浴槽のふちに腰を下ろす。
「夢中で、そんなこと考えてる余裕はなかったよ。本当に」
「ふうん。でもきみら、引き離された兄弟ってわけじゃなかったんだろ? 見てたけど、訓練以外ほとんどべったりだよね? きみなんかすごく、やさしい顔しててさ…」
俺の体をひとしきり観察し終えたらしいミシェルがやにわに俺の膝を開いた。腿の奥でつつましくおさまっていた俺のちんこを、芋虫でも見つけたみたいにつまみあげる。
「ちょっ!?」
女の子じゃあるまいし、別にちんこくらい触られたってどうってことはない。ないが、それは気を許した友達だったり部活の連中だったりする場合限定だ。人並みサイズしかない俺のちんこはひどく人見知りだし、古き良き大和撫子のようにおくゆかしい。
「うーん、やっぱり反応しないなあ」
カリとか裏筋とか先っぽとかをいじっていたミシェルが学者のようにうなった。つっこむタイミングを完全に逃してただただ呆然とする俺の前、あろうことか、俺のちんこを口にくわえた。
「何やってんの!?」
むしろ何がしたいの!?
「ねえ、僕のこと好きになってよ、ユースケ」
指では無反応だった俺のちんこも、舌でもてなされてなおかたくなでいるのは悪いとでも思ったのか、わずかにきざし始めていた。ミシェルがうれしそうに笑う。
「ねえ、ユースケ。僕のことも甘やかして。あの子みたいに抱きしめてよ」
ミシェルが合間合間に言うが、俺はそれどころじゃない。どうしよう、こいつ、巧い。
「くっ……ぁ、」
「気持ちいい? うれしいな」
ちんこから口を離したミシェルが浴槽を出て、俺を浴場の床にゆっくりと倒した。肩で息をする俺をじっとのぞきこむように上体をかがめる。
ユースケ。
顔が近いなと思ったそこに、俺を呼ぶ声が響いた。ユースケ。もう一度呼ぶのへ、ミシェルがいたずらの見つかった子どもみたいに舌を出す。
「やあ、魔王様のおでましか」
「ユースケ!」
ゴン、と。
槌をふりおろしたような音とともに、浴場内が振動した。グローリアの目と同じ色の光がいくつも渦を巻いて生き物のように動き回っている。
「こりゃあ、怖い」
ミシェルが口笛を吹いた。刹那、光のひとつがミシェルに襲いかかる。
「うわ、まじか! 詠唱なしかよ!」
すばやく俺を抱き上げ、ミシェルが何事かを呟いた。ミシェルに直撃するはずだった光が砕かれた氷のように空中で散る。それをミシェルの肩越しに見ながら、俺は理解した。
(あ、これが魔法か)
ということは、グローリアは今魔法を使ったことになる。
「グローリア!」
光はどんどん増えている。これってもしかしてまずいんじゃないのか。
俺はミシェルの腕を抜け出した。ミシェルがあわてて止めるけど、俺はもう一度グローリアの名前を呼ぶ。別の光が今度は俺を標的に変えた。
「グローリア!」
グローリアの夕焼け色のひとみが俺を見た。
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