仔犬だと思ってたのに

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#3 ブラッシングは毎日、散歩は朝夕一日二回でお願いします

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 俺とグローリアが過ごすよう決められた村の名はカプリースというらしい。
 単純に「村」という響きだけで、畑があって子どもたちが虫取り網をふりまわしているようなのどかな風景をイメージしていたら全然違った。畑や牧場も確かに存在していたけれど、村中心部は普通に道も整備されていたし、建物は漆喰のような感じで綺麗にととのえられていた。
 王都と違うのは、国境に隣接しているという地理上の理由から、防護柵や見張り台があったり兵士が武器を持って歩いていたりと、やや物々しい緊張感があることだ。村であると同時防衛基地でもあるのだろう。

「話は早馬で聞いています」

 俺とグローリアがまずひき合わされたのは、カプリース村の長と村に常駐している基地責任者の二人だった。
「ユリウス副長、任務とはいえ、お会いすることができてうれしく思います。私含め国内最強を誇るあなたにあこがれて騎士団入りした者も少なくない。村も活気づきます」
 まず基地責任者が挨拶をする。山を登るときも川を越えるときも、暑かろうが寒かろうがかたくなにとらなかったヘルムを、ここへきてアーサーが初めて脱いだ。てっきり呪いかなんかでとれないんだと思ってた。
(すげ、…)
 太陽に背を向けた北側の部屋なのに、きらきらと光がこぼれた。ヘルムにおさまっていたのは、短く刈り上げた金髪だった。予想外に若い。若いっていうかたぶん、俺とそんなに年齢差はないんじゃないのか。精悍な顔だちは規律正しい騎士らしさと同時ノーブルな品もただよわせている。雄っぽい英国貴族といえばおわかりいただけるだろうか。むしろなんで隠してた。
 プラチナ頭のグローリアをそばで見ていたとはいえ、黒髪黒目のなかに金髪碧眼が登場したインパクトたるや。俺と同じことを思ったのか、基地責任者を筆頭に周囲の兵たちもアーサーの金髪に見とれている。

「噂には聞いておりましたが、本当に光のような髪色なのですね」

 村長がうっとりと言った。
「太陽神に仕える獅子パウルが地上を視察する時に人の姿をとるそうですが、まさに。年に一度、建国の祭りでしか拝見できないのを村の娘たちが嘆くのをよく耳にします」
「どこの者とも知れぬ私を拾い、おそばにおいてくださっている現カンタビレ国王には感謝しております」
 アーサーがおもむろに敬礼をとる。普段は能面ヘルムだけどこういう場面に居合わせると職業騎士なんだなって思う。棒読みだけど。
 アーサーがちらりと、俺たちに目をやった。
「腑に落ちないところもあるかと思うが、王命です。また、彼らは客人ではありません。我が国にとっては、むしろ憎むべき災厄そのものだ。彼らの正体については、兵たちにありのまま事実だけをお伝えいただき、命の保証についてもお捨て置きください。タダ飯を食わせる義理もありませんので、明日より兵役につかせます」
「兵役?」
 ちょっとびっくりして、俺は聞き返してしまう。自分が何者なのかっていうのは、ここに来るまでの皆さんの反応で嫌ってほど理解したし、何もなく置いてもらえるなんて思ってない。どこかに縛り付けられるとか拷問されるとか閉じ込められるとかに比べたら全然マシなんだろう。でも、兵役って兵士だろ。

「グローリアもか? 子どもだぞ? 体だってあんなに小さいのに」
「この国には15歳以下の年少者で構成された騎士団が存在する。けして早すぎるということはない」

 兵の一人がいうと、まわりの兵たちがうなずいた。
「ここにもそいつより小さいやつがいるが立派にやってるぞ。あんまり甘やかすなよ」
「魔王を庇った命知らずっていうからどんなもんかと思えば、まさか魔王様の情夫でした、なんて笑えねーぞ」
 俺はグローリアを見た。フードの下、グローリアは何やら考えるような顔をしている。
 アーサーが俺に向けて鼻を鳴らした。

「なんだ、びびってるのか」
「そりゃあ、…まあ。人並みには」

 ひょんなことからここにいるけど、ただの高校生ですし、俺。
「来い」
 アーサーがあごをしゃくった。屋外に出ろ、ということらしい。戸惑う兵たちにアーサーが言う。
「足手まといにはなりません。特にこのユースケという男、一人で中級魔物を三体以上倒す腕前です」
「中級魔物を!?」
 場の空気が一変した。完全にナメくさってた兵たちの俺を見る目つきが敵を見るように剣呑になる。
(こえーよ!)
 てか、中級魔物ってあのクマみたいなやつのことでいいのかな!? たしかに何回か魔物と戦ってきたけどあれってそんなすごかったやつなのかよ! なのにこのヘルムヘッド男はカカシよろしくつっ立ってたってことかな!?

(だっておまえ、トンボも捕まえられないの、ほーん? みたいな顔してたじゃん!)

 でも俺じーちゃんに教えられた通りにやっただけだし、そもそもすごいのは異世界の魔物相手にも通じるじーちゃんの技であって別に俺は何もすごくないんだけど……って誰も聞いてないね!
「なあ、ちょっと待てよ、アーサー」
 ただでさえ肩身狭い思いしてるのになんでここで煽っていくの? それ必要なの?
 俺はアーサーを追って外に出る。文句を言ってやるべく、そうしてアーサーの肩に手をかけたときだった。ぐわ、とアーサーの右肘が俺の腹を狙った。
 アーマー着ててそれはない。とっさに俺はアーサーの腕ごとキャッチする。体重をのせてくりだされた肘の突き。ヒットしていたら俺は内臓がひっくり返るような痛みに悶絶し、胃の中が空っぽになっても吐き続けたに違いない。ていうか普通に肋骨イくと思う。
 攻撃の力を体に沿って滑らせるように受け流しながら、俺はアーサーの体を地面に転がした。

「あっぶねえな!?」
「……」

 自分で仕掛けて来たくせに、アーサーは信じられないといった面持ちで俺を仰いでいる。基地責任者も村長も、通行人の村人も建物の警戒にあたっていたらしい兵たちも。
 俺を追いかけて来たらしいグローリアも。
 全員同じ顔をしていた。
 同じ顔で、言葉を失っている。

「ククク…」

 誰もが次の行動を決めかねている中、ただ一人、アーサーだけが笑った。やおらに体を起こすのへ、兵士たちがあわてて駆け寄る。
 狐につままれたような気持ちでその様子を眺めながら、俺は唐突に理解した。
 これはパフォーマンスだ。アーサーはわざと俺にやられて見せた。
 だって、ほら。

「あのガキ、ユリウス副長を…」
「騎士団最強の男だぞ。副長もさすがに手心を加えただろうが、ああもあっさりと」
「何者だ、あのガキ」

 兵士たちがヒソヒソと俺をさして言っている。男の世界は単純だ。わかりやすく力を示されればとりあえず手は出されない。
 王国騎士団最強の男アーサー・エル・ユリウスを、彼らが認めているからこそ。
(ここまでずっとなんだかんだで宿とってくれたし、言うほど魔物に遭遇しなかったし休憩こまめに入れてくれたし)
 目立つからと、グローリアにフードをかぶるよう指示を出したのはアーサーだ。監視と称して傍にいてくれたので滞在した村の人たちから石を投げられることもなかった。遠巻きにヒソヒソはされたけど。

(よくわかんない野郎なんだよなあ。忌まわしいだの不吉だの俺は知らないから自分でなんとかしろとか言葉では散々なわりに、フォローをちょいちょい入れてくる)

 ホンネとタテマエとはまた違う。俺たちに悪く思われたくないっていうずるい媚びのようなものを、アーサーからは感じない。画然と線を引いて、アーサー自身が決めた距離感のようなものを守っている。 
 何がしたいんだ、あのヘルム野郎は。
「予言の魔王のみならず、あいつもここで生活するのか…」
 おそろしいもの、得体の知れないものを見るような目。目。グローリアが寄ってきて、俺を守るように立つ。
「いかがですか?」
 アーサーが基地責任者に感想を求めた。基地責任者がもごもごというのへうなずいて、俺とグローリアを任せる。アーサーが去っていく。
 そのとき、俺は見た。アーサーがどうだ? って顔でこちらを振り向いたのを。
(やろう…!)
 なんなの? なんでお前がそこでドヤ顔すんの? 恩売ってやったぞってことなの?
 無性にむかついたので、俺はあいつに聞こえるように「キモッ!」って言ってやった。

        *

「何を考えてるのか、まったくわからん…」
 イン兵舎。
 あれから俺たちは「ユリウス副長」の言いつけで基地内を一通り案内され、仕事内容とこの基地がおかれている簡単な状況を説明された。兵服と食事、部屋を支給してくれるという。ありがたくて涙が出る。
 グローリアは居心地悪そうに壁際によりかかっている。俺たちに与えられたのは四人部屋だった。今は仕事中だが、同室者はあとランドルとアデアルドなる人物がいるらしい。どちらも男だ。
 俺はベッドに腰掛けたままうなだれた。多少汗臭いのをのぞけば寝心地はそう悪くはなさそうだ。

「アーサーの奴、俺たちをどうしたいんだ」
「…。…守ろうとしてくれてる気がする」

 返事があったことに驚いた。そうか、声に出てたんだな。
 俺が顔をあげると、グローリアは困ったように眉尻を下げた。利発そうな目。生気を取り戻した赤いひとみは、まともに見合うと思いのほか目力が強い。
「ユースケも見ただろ、あの人の髪の色…」
 黒髪黒目が特徴の国人。
 とはいえ、マリー・カンタビレは鎖国をしていないから、赤い髪や青い目もなくはない。が、兵たちの反応から考えるに、金髪碧眼はグローリア同様レアなのだろう。もしアーサーが幼いころからこの国にいたとしたら、けしていい思いばかりではなかったに違いない。
 グローリアはそう言いたいのだろうか。

「…おいで、グローリア」

 片手を振って招くと、グローリアが不審そうにしながらも寄ってきた。俺は両腕を広げ、膝のうえに座るようジェスチャーする。
「は!?」
 グローリアが思いきり顔をしかめたが、構わず俺は彼の腕をひっぱった。小さくて細い体。やわらかい髪に頬ずりをする。
「えらいなあ。えらいぞー。えらい、えらい」
 昔に抱いた仔犬はのちにサモエドの仔だったと知った。毎日ブラッシングしたら、グローリアの髪もあんなふうにまふまふになるのかもしれない。しょうもない妄想をしながら、背中からぎゅっと抱きしめた。

「こんなにやさしい子なのにな。もしグローリアが本当に国を滅ぼすことがあるとしたら、絶対何か理由があると思う」
「……」
「俺、自分が恥ずかしいよ。グローリアのこと守るって決めたのに、いつもいつもあの冷血ヘルム野郎に守られてる。…くそ。あの顔、思いだしたらまたむかついてきた」
「……」

 グローリアがうつむく。顔をのぞきこむと、むくれているようだった。子ども扱いするなって思ってるんだろう。でもこうやって触らせてくれるんだから、いい子なんだよなあ。
「どうした?」
「…べつに」
 にやにやと笑う俺が気に入らないのか、グローリアがそっぽを向いた。

(いいなあ、これ)

 ねえちゃんも好きだけど、弟が欲しかったことを思いだした。俺の後をよちよちついてくるようなちっちゃい弟なー。まあ、ほぼねえちゃんと奪い合いになっただろうけど。
 ドアの向こうではじょじょに人の気配が増えていくようだった。ほがらかに笑う声。兵士たちが戻ってきたのだろう。いよいよ顔合わせだ。
(最初が肝心だ)
 同室者ははたして、先の一件についてすでに知っているだろうか。ナメられないこと。これは男社会において重要な事項だ。
 俺はグローリアを解放する。ユースケ、とグローリアが呼んだ。かがめ、と視線でうったえられて、俺はすなおに従う。
 なんだ? こわいのか?
 大丈夫。俺が守る。
 そういって安心させてやるつもりだった。
 けど。

「あんたもあいつもすぐに追い越してやるからな!」

 すこしだけ怒ったようなかお。少年の姿をしたちいさな仔犬が「待ってろ」と俺に言う。
 そうして、俺の額にキスをした。
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