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#21 監督から宿題が出ました
しおりを挟む九回表。
ベンチから伝令が飛ぶ。礼音が投げたいと言っているがそちらは受けるか否か。
「礼音さんが投げるなら、自分はマスクを脱ぐ、と」
戻ってきた伝令がベルフェゴールに判断を仰ぐ。どうする? ベルフェゴールがそのまま礼音へ流した。
「守仁はきみの球を受けたくないそうだが」
「…投げるよ」
嫌な言い方だなと礼音は思う。わざわざ主語に守仁の名を入れなくたってわかるのに。
(オレがいまさら入ったって結果は変わらない)
ほぼ100点差だ。どんな奇跡が起きたって覆すことなんかできはしない。そんなことはわかっている。
それでも出たいと思った。投げなければならないと思った。だって千歳たちはこの回までプレーを続けている。棄権せずに、試合を放り出さずに戦い続けている。
おそらくはたぶん、礼音がくやしいと言ったから。
(“一緒に負けて”なんて言わない)
逃げたくない、と最初に礼音は守仁に言った。負けの決まったレースでだって棄権したことなんかない。最後まで走り抜くだけだ。
だってそうしなきゃ、次のレースが走れない。
(…何か言って、守仁)
どんなにへたくそだって、守仁は今まで礼音の球をとってくれた。けれど今、その守仁は礼音の球を受けたくないと言う。
(なにかした? …オレが)
礼音は自分が特に相手の感情に聡い方だとは思わない。どちらかといえば逆だ。わからなくて傷つけたり、わからないことを責められることの方が多い。
だから今回も何かしたのかもしれない。守仁が礼音の捕手をやりたくないと思うほどの何かを。
(何かって、なんだよ)
わからない。守仁が言ってくれないから、わかりようがない。人づてじゃなくて彼の言葉で聞きたいのに。
選手交代が告げられる。捕手が守仁から千歳へ、投手が千歳から礼音へ。一塁に守仁が入り、ゲームが再開する。
「よろしくお願いします!」
礼音がマウンドに立って最初に出てきたのは北竜美里だった。きりりとバットを構えて立つ姿に、礼音は守ってあげたいなあと考えてしまう。
(いけない)
あわてて首を横にふった礼音に千歳がタイムをとった。大丈夫かとたずねてくるのへ、礼音は大丈夫と返す。どちらかといえば千歳のスタミナの方が心配だったが、千歳はこれを否定した。
「…あのさ、礼音さん」
少し考えるような間をおいて、千歳が言う。
「正直なんで俺がとは思うけど、礼音さんがそんな顔してるの嫌だし、言うよ。長篠は礼音さんのことが嫌になって外れたわけじゃないよ」
にわかには礼音は、千歳の言うことが理解できない。礼音が嫌になったわけじゃない。ならばなぜ彼は礼音と組むのを嫌がったのか。
「それは礼音さんが直接長篠に聞くとこっしょ。バッテリーなんだから」
「……」
「世話が焼けるなあ、もう」
唇をとがらせ、千歳がホームに戻っていく。腰を落としミットを構えた彼を見、礼音は靴底で地面を軽くこすった。
千歳はわかっているのだ。守仁が何を考えて捕手を千歳に任せたのか。
(青島くんは大人だなあ)
思いながら、礼音は今度はバッターボックスを見た。美里はやっぱりきりりとしてバットを構えている。疲れて見えるのはここまで彼がひとりで投げ続けているせいだろう。そういえば回が進むにつれてタイムの数も増えていった気がする。まるで美里を少しでも休ませようとするように。
いいなと思った。
(早来くんと姫神くんも仲良さそうだったよなあ)
第二寮のバッテリーを、礼音は思い出す。
あんなふうに気安くは、礼音は守仁に接することができない。守仁が礼音を名前で呼んで礼音も守仁を名前で呼ぶようになったけれど、はっきりと互いの間に距離や遠慮があるのがわかる。
守仁が礼音に「言わない」ように、礼音も守仁の胸の内へきりこむことができない、それが証だ。
(守仁とオレは友達じゃない。でも、バッテリーって何だろう)
九回の登板を一失点に抑え、攻守交替。やはり美里が投げるのだろうかと礼音がギガクラッシャーズ側のベンチを見ると、剛志たちが美里を止めているようだった。そりゃあそうだと千歳がうなずく。
「俺だったら絶対行かせない。故障のリスクのが大きいし。まあ、逆に言えば、それだけこっちに対して示したい強い気持ちがあるってことなんだろうけど」
どうよ、と千歳が守仁に振った。わからない。千歳のレガース(防具)を片付けながら、守仁が返す。
「チームメイトとしてなら、止めるのがセオリー……なんだと思う。これからもプレーを続けてほしいと思うなら」
わからない、とくり返す。
「バッテリーとしては、どうするべきなのか、どうするのが正しかったのか、ぼくにはわからない」
ぼくは失格だったから。
礼音のそばを通り過ぎしな守仁のつぶやいた声は、しかし千歳には聞こえなかったらしかった。打順とコースの確認に、続いて礼音も呼ばれる。
(どういう意味なんだろう)
話を聞きながら、ちらりと守仁を見た。けれど守仁は礼音の視線に気づかない。かわりのように千歳が目をあげ、礼音を見た。だけど、それだけだ。礼音に告げた通り、千歳は静観を貫く姿勢のようだった。
マウンドには立ったものの美里の投球は、マウンドを降りる直前の礼音と同じく「球をミットに投げるだけ」の状態だった。当然フォレストゼクスにとっての追い上げのチャンスにはなったが、結局点差を埋めるには至らず、試合は終了した。ほぼ意思だけで投げているような美里のそれを埋めるように、剛志たちが獅子奮迅の働きを見せたことも大きい。
「タイム、一度もとらなかったね」
最後、九回を思いだして、礼音はひとりごちる。
それまで美里を気遣うように折に触れてタイムをとっていたギガクラッシャーズの面々あるいは捕手が、最後、もっとも疲弊していたはずの美里のために一度もタイムをとらなかった。交替もなかった。
「とても楽しかったです。ありがとうございました!」
挨拶を終え、満足そうに言う美里の隣で剛志が、それからギガクラッシャーズの捕手らが倣うように笑みを見せる。
観客からの声援。健闘をたたえる声。
ギャラリー席を仰ぎ、おや、とベルフェゴールが微苦笑を漏らす。小型の魔物が一匹、席を飛び出して美里に近づいた。驚きながらも美里がそれを胸に抱きなでるのへ、我も我もとばかりに魔物たちが続く。
礼音にも花や木の実が贈られた。スタッフが魔物たちの回収に飛んでくる。
「オレも、楽しかった」
きらきらと、あたたかな光がグラウンドを去っていく美里たちを包んでいるように見える。それは試合中、美里たちをむすんだ光と同じ色をしていた。
いいチームだったねと千歳が言う。礼音はうなずいた。
「すごい投手だった」
***
「大儀であった!」
帰り支度をはじめていた礼音たちの控室にそう言って入ってきたのは若い男だった。
黒の長い髪に金色の瞳。あ、と声をあげた礼音に、男も気づく。
「魔王(仮)さま!」
「いかにも。我が魔王である。個人的な調査だったため、その節は礼を欠いた。許してほしい」
魔王(仮)改め魔王が丁寧な所作で頭を下げると、お付きらしい男が「魔王さま」とたしなめた。それから魔王は、礼音たちを自分の都合で召喚したこと、自身の魔力のおよぼした影響について深く謝罪する。
最後に、ギガクラッシャーズが三試合目を棄権したことを伝えた。
「なんで!?」
びっくりして礼音が魔王に近寄ると、魔王の金色のひとみがぱちぱちとせわしげにまたたいた。それから、礼音の右肩をいたわるように手のひらを載せる。
「ここまでの試合、とりわけ今日の試合、とてもすばらしかった。歓声が聞こえただろうか。魔物たちも大変喜んでいた。今日の試合を見た多くの魔物たちが、もう一度ここで諸君らのプレーを見たいと望んだはずだ」
我が浅慮だったのだ、と魔王が詫びた。
「大嶽剛志から、さきほど試合の日程について提案があった。我は諸君らの試合を一日でも、一度でも多く見たい。そこで、諸君らとあちらの三戦目については両者の意思を踏まえて別に機会を設けようと思うが、どうか」
「あーそれ、俺も思った。運動部でもともと鍛えてる連中はともかく、コールドなしで三日連続はきついだろ」
「向こうの投手よく投げたよなあ」
「俺ちょっと泣きそうになったもん、最後」
康介が発言し、選手たちが着替えをつづけながら意見を交換しあう。見、ベルフェゴールが魔王に回答の保留を求めた。前回ほどではないにしろ、千歳も明もひどく消耗している。魔王が承諾した。
「次の試合についてはリンリンコールが伝えるだろう。北竜美里および諸君らの体調を考慮のうえ日程を決める。こちらも準備があるゆえ、三日後以降になるだろうが、七日以上は空けないよう努める」
「さすがに一週間も空くとこう、リーグ感っていうか、気が抜けちゃうからな」
康介が勇多に言うのへ、魔王がうなずく。次も必ず見に来るぞ、と目をきらきらさせながら帰っていった。
「…レオン」
荷物をまとめ終えたらしい勇多が礼音の座っているベンチへ寄ってくる。日常の会話はもちろんしてくれるけれど、こんなふうに勇多が寄ってくるのはひさしぶりだ。
「…つかれた」
礼音の隣に腰をおろして、ぽす、と勇多が礼音に寄りかかる。甘えられているのがわかって、礼音は思わず笑ってしまう。よしよし、と勇多の髪をなでてやった。
「がんばったもんな。オレ、旭河くんに何回助けてもらったかわかんないし。ありがとう」
「礼音ちゃん、俺は?」
ひょいっと、勇多の反対側から康介が顔を出す。うんうんとうなずいて、礼音は康介もねぎらってやった。ふと視線を感じて、手を止める。
――バッテリーなんだから
千歳の言葉が脳裏をよぎった。宙で守仁と視線がからみあったのは一瞬。口を開こうとした刹那、リンリンが礼音たちに帰寮の合図を出す。
「おつかれさまでした! 魔法の用意ができましたので、帰りましょう! 汗をたくさんかいて、皆さま早くお風呂に入りたいでしょう!」
「魔法って、あれか!?」
「おいリンリン、ちょっと待っ――」
選手たちの応答を待たず、リンリンがさっさと魔法を発動してしまう。六つの寮をむすんで作った円の中央にあるリーグ戦用の球場から寮まで歩くとやや時間がかかってしまうので、魔法が用意されているのだ。
「リンリン、せめて下くらい履かせ――」
「康介、バッグバッグ!」
一人、また一人と、阿鼻叫喚のなか選手たちが強制帰寮されていく。結局バッグに手が届かないまま勇多と康介が、それから広大が控室内から消えた。
「リンリン頼むから話聞けって!」
千歳がうったえる。その千歳もうったえを聞き入れられることなく明とともに消え、最後に守仁、リンリンが帰寮を完了した。
室内に礼音とベルフェゴールが残される。
「…働き者ではあるが、どうにもそそっかしい。愛嬌、と言っていいものかどうか」
フォローするようなコメントを述べ、ベルフェゴールが指を鳴らした。音が弾けるのと同時、持たれることのなかった荷物と脱いだままになっていた着衣の類も一斉に消えてなくなってしまう。ベルフェゴールが魔法で送ったのだろう。
「知っての通り、リーグ戦は勝ち数の多いチームが決勝へ進み、それぞれリーグの優勝者が戦う、という流れだ。今、私たちのチームは二戦行い、二戦とも負けているね」
「……」
「各チームの持ち数は六。うち二つが負けとなると、残りは四つ。ギガクラッシャーズと第二寮の対戦結果如何ではあるが、少なくとも四勝は欲しいところだね」
簡単に言ってくれるな、と礼音は思う。前回はたしかに右京たちに勝った。けれど次はわからない。
「宿題を一つ出そう」
喧噪の聞こえていた廊下も通路もいつしか静まり返っていた。耳を澄ませるように一度そちらを向いて、ベルフェゴールが言う。
「どうすれば勝つことができるのか。答えを求めるのなら、礼音、自分が何のために投げるのかを考えなさい」
「”何のために投げるのか”」
「美里のプレーは、きみには何もうったえてこなかったかね? 非常に不本意なことだが、私は魔王に共感してしまった」
「共感」
くりかえした礼音に、ベルフェゴールがおどけたしぐさでうなずいて見せた。
「“野球”を面白いと思ったのさ」
帰ろう、と言う。一度閉めた控室のドアをベルフェゴールが開けると、球場の廊下に続くはずのそこは、第六寮の庭につながっていた。
「きみたちに愛着がわいてきた、ということなのかもしれないが、…さて」
礼音を先導するように庭へ出て、礼音たちの魔物の監督は、他人事のようにつぶやいた。
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