見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

おく

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そのあとの話

#そのあとの話1

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 赤い月から青い月にかわってからひと月が経過し、ふた月が経過した。おそらくあちらでも月の色が変わったことで騒ぎになっているだろう。次に入り口が開いたときにいったいどういうことになるのか、アーネストには想像がつかない。
(母さんたちは元気だろうか)
 アーネストは掃除の手を止め、故郷の家族を想った。曰く、家族にはアーネストについて戦死と伝わっているそうだ。なんという親不孝をしてしまったことだろうと、アーネストはやさしい母の顔を思い浮かべて胸を痛めた。生きていると直接伝えることができればいいのだが、そうしたが最後自分は二度とここへ戻ってくることはできないだろう。アーネストには国王エレジーへの恩がある。それを捨てて帰ってくることはできない。
(ボルドルどのが描いたように人間と魔物たちが手をとる未来がくればいいのに)
 アーネストは再び手を動かす。ただでさえ人間の自分には何もかもの規模が異なるオーガの世界でできることは少ないのだ。掃除くらいは、と申し出た。

「やあ、アーネスト。ごきげんよう」

 窓枠の埃をせっせと掃いていると外から声をかけられる。温和そうな年老いたオーガだった。こんにちは、とアーネストは返す。
 一度姿を現してみると存外にオーガたちはアーネストに好意的だった。暴走したオーディンを止めたのはアーネストであること、いわば命の恩人なのだとフレイグがことさら強く訴えてくれたせいかもしれないが。
 ある日などは若いメスのオーガにお嫁さんと呼ばれ、あやうくアーネストは転がり落ちそうになった。アーネストが理由をたずねたところ、「人間は番のかたわれをそう呼ぶのでしょう?」と言う。
(いや、間違ってない。間違ってはないのだが!)
 自分はオーディンに嫁いだわけでもないしそもそも「お嫁さん」とは一般的に女性をさすものだ。アーネストが訂正すると彼女(人間でいうと少女ほどだろうか)は「あら、そうなのね」と言って去っていった。余談だがのちにオーガの門では番を得たメスのオーガは自らを「お嫁さん」と称するようになる。

「やっほー、オーディン!」
「フレイグ」

 カウベルの小気味よい音がアーネストに来客を報せた。これはオーディンがとりつけたもので、曰く「侵入者対策」なのだという。
 魔王リヨルド・リヨ・リルドの宣言によりボルドルおよびオーディンの疑いは晴れたが、オーガの門内における法王派の勢力についてはその限りではない。法王が侵攻をあきらめない限り、再び仕掛けてくるのは明らかだ。
 誰と特定するまではできなくともこれだけ大きい家なのだ、侵入者があれば風の向きでアーネストは気づくのだが、用心はしておいてしすぎることはない。アーネストはオーディンの心遣いに感謝を述べた。
(やはり、殺しておけばよかった)
 トーナメントの騒ぎに乗じオーディンの家に侵入していた二体のオーガは、アーネストが戻ったときには姿を消していた。特徴を伝えフレイグにも探してもらったのだがついに発見に至らないでいる。
 アーネストは掃除用具を置いた。握手をするようにフレイグの伸ばした手のひらに自身のこぶしを重ねる。

「久しぶりだな! 母君はご健勝か?」
「元気元気。聞いてよ、アーネスト。俺、兄貴になるらしいぜ」
「そうか、めでたいな!」

 アーネストは破願した。
 フレイグの母エルリラは上等な絹糸で織ったような美しい四枚の羽を持つ純血の妖精で、初対面時にはそのガラス細工のような繊細な容姿に挨拶も忘れて見とれてしまったほどだった。おまけに物語に出てくる高貴な姫君のように心優しくおだやかで聞き上手と来て、アーネストは失恋したフレイグの父親が心の傷を癒し、彼女を愛した理由を理解した。
 我が家のように荷物を置き、フレイグがさっさとキッチンに入っていく。

「オーディンいないの? いいよいいよ勝手にやるから座ってて。ハーブティーでいい? 母さんがパイ焼いてくれたから一緒に食おうぜ。ぺスカのパイ。アーネストがこないだうまそーに食べてたやつ」

 ぺスカというのは桃によく似たにおいとまろやかな甘味をもつ果物だ。フレイグの自宅でふるまわれ、アーネストは一口でこのぺスカのパイの虜になった。
「オーディンのやつ、ああ見えて几帳面だからさ、位置が決まってんだよ。ほら、カップもナイフも見つけたぜ。オーディンの分は別に切り分けておくからあとで教えてやって」
「わかった」
 うまい茶と菓子は会話を弾ませるものだ。しばらくあれこれと話に花を咲かせたのち、アーネストは手を使って自分用のテーブルの上で高さを作った。おおむね小鳥ほどの高さはエルリラの身丈だ。
 チャンスはオーディンのいない今しかない。アーネストは椅子から降り、その場に膝をついて頭をさげた。尊い身分や相手に最大の謝意などを表明するときに騎士がする礼だ。
「まず失礼を詫びる。誓って貴殿の親御を侮辱する意図のないことをどうかご理解いただきたい」
「なんだよ、どーしたの。あんたはいわばこのオーガの門の救世主で英雄で、俺にとっても大事な友だちなんだぜ。ほら、顔をあげて、アーシー。なんでも頼ってくれよ」
「恩に着る。だが、不快だったら答えなくて構わない」
 アーネストは腹を切るような心持ちで初めてエルリラと対面して以来抱き続けていた疑問をぶつけた。つまり、本当にあの小さなエルリラが人間のアーネストよりもはるかに体の大きなオーガを出産したというのか。

「妖精がどうやって生まれるか知ってるかい、アーネスト」
「いわゆる妊娠による誕生ではない、という意味だろうか?」

 フレイグの気安い声音には不快感もアーネストに対する軽蔑もなく、むしろおもしろがるように弾んでいた。アーネストが答えるのへ、フレイグが器用にもウィンクをする。
「その通り。妖精は祈りで生まれるんだ。命の実っていうのがあって、そこに祝福をかける。そうすると子どもが生まれる。だから純血に近いほど機能としての男女はなくなる。つまり見た目だけってこと」
 たとえば人間のように彼らは交合をしない。したがって受胎もしない、ということらしい。

「ちょうどいいや、見て。アーネスト」

 オーガ用のテーブルに座り込んだままのアーネストの前、フレイグが袋を置いた。彼が持ってきたもののひとつで、少なくとも形状からは物の正体を判別することはできない。
「どうせ知ることになるんだから俺から説明したっていいよな。実は同じことをオーディンからも聞かれててさ。折よくおもしろいものを手に入れたから持ってきたってわけ」
「角笛に似ているな……」
 アーネストはフレイグが袋からとりだしたそれを凝視した。だが、角笛にしては先端が太すぎるような気がする。これでは空気を吹き込んでもうまく響かないだろう。
「違う違う」
 「角笛」を袋に戻し、フレイグは足元に置いた。できればじっくり見たいものではない、とおどける。そうして正解をアーネストに告げた。
 アーネストは頭部がトマトになる魔法を受けたかのように真っ赤になった。



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