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#エピローグ1
しおりを挟むいざ治療にあたってみるとオーディンの怪我はひどいものだったとフレイグは述懐した。元気に暴れていたがほとんど瀕死の状態だったらしい。
「それを全部治したんだぜ、俺が。この俺が。つまりあとは単純に体力の問題だと思うんだ」
寝かせておけばそのうち目覚めるだろう。言いながら、フレイグは合間をみてオーディンの様子を見に来た。あとから思えば彼はアーネストを慮ってくれたのかもしれないが。
(あとで謝らないとな)
オーディンが目覚めたときに余計な心配をさせまいと食べて寝て鍛錬をし、自分の手の届く範囲で家の維持に努めた。規則正しく生活していたつもりだったがフレイグの目には危うく映っていたようだ。
ともかくもオーディンが目覚めた。ぽかぽかとのどかな陽気の昼過ぎ、彼は夜更かしした翌日のようにのんびりと起床した。そのときアーネストはニールの水浴びを眺めていて、すぐにはオーディンの目覚めに気づくことができなかった。
「おはよ~、ジュテーム♡ 早起きだね♡」
「ああ、おはよう……?」
アーネストが早起きなのではなくてオーディンが寝坊をしているのだがアーネストはとっさにつっこむことができない。オーディン? とつぶやいた。
「ああ、僕、ずいぶん眠っていたんだね。とりあえず、あなたに怪我がなくてよかった」
「馬鹿者」
オーディンの手のひらに載せられてアーネストは眉根を寄せる。そうしないと泣いてしまいそうだった。
「人の気持ちも知らないで。おまえ、自分がどういう状態だったのかわかっているのか。ずっと冷たかったんだぞ。毛も硬くてごわごわで……」
死んでいるのだと言われてもアーネストは疑わなかっただろう。だが、フレイグの言葉を信じて待った。毎日オーディンにふれ、日に日にぬくもりをとりもどしていくのを確認していた。
二度とやるな。アーネストは涙のにじむ目を隠すようにうつむく。
「心臓が止まるかと思ったんだぞ……」
「うん。ごめんなさい」
でも、とアーネストにキスをしてオーディンが言った。
「約束はできないかも。同じ場面があったら僕はきっと同じことをするもの。だって僕の方が体も大きくて頑丈なんだしさ」
「人を脆弱みたいに言うな」
「ところで僕、眠っている間にすご~くいい夢を見たんだよ。あなたが愛していると僕を呼んでくれた夢なんだけど」
「……」
にこにことオーディンが何かを待つように見つめてくる。宿舎にしばしば忍び込んできた野良犬がよくこんな顔で誰かが飯をめぐんでくれるのを待っていたな、とアーネストは思った。やけに人懐こい犬で、犬好きの同僚がうちで飼おうかなあと言っていた気がする。
(こいつ、絶対覚えているな)
アーネストは咳ばらいをした。少し気弱なところを見せすぎてしまったようだ。背筋を伸ばし、アーネストはきりりとたずねる。
「私も聞きたいことがある。オーディン、どこまで記憶がある?」
「え~~~~? 今そんな話だったあ?」
「うるさい。これは大事なことだ。もしあの時おまえを何者かが操っていたとしたら、今後重要な懸念になってくる」
たしかにオーディンは父ボルドルを殺した者への怒りと復讐の意思をアーネストに明かしていたが、あの場にはオーディンたち親子に好意的なオーガも多くいた。にもかかわらずオーディンはそれらすらも区別なく踏みつぶそうとしていた。
「おまえはあのとき『入り口』に向かっていた。あちらの世界へ続く赤い月へ。あきらかに様子がおかしかった」
「それで、誰かに操られてたんじゃないかとあなたは考えたわけだね」
「最初に挙げたのは討伐隊の魔法使いだったが、本人は強く否定をした」
緑色のローブを目深にかぶった、火炎を操る魔法使い。彼は抑揚に乏しい低い声でぼそぼそとアーネストに答えた。「そんなことができるなら最初からやっている」。もっともだと思ったのでアーネストは彼を容疑者の候補から外した。
「次が魔王だ」
アーネストはてきぱきと続ける。
魔王リヨルド・リヨ・リルド。かつて自分をユカナン・ユナイテッドにおいやったオーディン神へのあてつけとして「オーディン」を使ったと考えれば動機は十分にあるしオーガを操ることなど造作もないだろう。だがそうすると、オーディンが沈静化したあと襲い掛かってきたオーガたちを止めた理由が説明できない。魔王には人間界へ侵攻する意思はないということだ。
オーディンがうなずく。
「そうだね、王は違うと思うよ」
「ではやはり、あのときあの場にいなかった誰かが遠方から……?」
考え込むアーネストをオーディンのふかふかの頬毛がもふ、と接して止めた。全部不正解。オーディンが正解を告げる。
「あなたが怒らないからだよ、ジュテーム」
「ぼっ……私のせいか!?」
「だってあの人たちさあ、わが身可愛さにあなたを置き去りにしたくせに仲間面でまた現れてさ。僕は見てたよ、倒れたあなたを置いてあの人たちが逃げていくのを」
どうして怒らなかったのかとたずねられてアーネストは困惑する。考えたこともなかったのだ。どうしてと言われても、困る。
オーディンが顔を上げた。金色の瞳が悲しそうな色をたたえてアーネストを見つめる。
「あなたは傷ついたあの人たちを守ろうと必死に僕の注意を自分に向けようとしていたのにね。同時に、あなたを派遣した法王って人がどんなやつなのかすぐにわかった」
「……」
「でも、さすがに向こうの世界に行こうとまでは考えなかったなあ。あなたが望むならそうしてもいいけれど」
「そんなことはしなくていい。それは私たち人間が自分で考えることだ」
それまで水場で遊んでいたニールが気が済んだのか飛んでいった。リビングの方があたたかいから、あちらで日向ぼっこをするのかもしれない。
オーディンに求められ、改めてアーネストはあの場で起きたことをかいつまんで話してやった。曰く、刺客からアーネストを助けようとして武器を投げた直後から記憶がないという。つい短気を起こしてしまったがオーディンもはじめからこれをを聞こうとしていたのかもしれなかった。アーネストは反省した。
「王が、そんなことを」
聞き終え、オーディンは「そう」とうなずいた。アーネストを見、微笑む。
「じゃあ、あなたには二重に感謝をしないといけないね。もしも僕が赤い月の向こうにいっていたら父も王も悲しんでいただろう」
それで、とオーディンがあらたまった。手のひらを持ち上げて自分の視線の先へくるようにする。
「僕が見た夢は現実だったの? それともやっぱり都合のいい夢だったの?」
「うっ……! 結局そこに戻ってくるのか」
わかっているくせに。
ぴるぴると動いて雄弁に喜びを語っている耳やヒゲを見、アーネストはしかめ面を作った。馬鹿、とつぶやく。つぶやいて、自分から口づけた。
「私はこういう性格だ。……素面では言えん」
ところでアーネストは本人の認識する通り勤勉実直、真面目な性格の持ち主である。反抗期なんかなかったし周囲の大人が示した物差し通りに生きてきた。昼間から酒を飲んだり娼館に遊びにいったりはては賭博をたしなんだりする同僚を軽蔑する側だった。
(いや、それとは、違う。……たぶん)
窓の外は明るい。明るいどころか午睡を誘うような陽気と陽光が嫌でもアーネストの視界に入ってくる。まるで今ならまだ間に合うとアーネストに呼びかけるように。
それを、アーネストは振り切る。まっすぐに見上げて告げた。
「だからおまえが、自分で聞き出してみるといい」
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