見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

おく

文字の大きさ
上 下
11 / 15

#10 二度と言わないからよく聞けよ

しおりを挟む

 ゆらゆらと赤く、深く酩酊しているかのように空が揺れる。あるいは燃えているように。
 もしも地獄への入り口があるのならそれはこんなふうなのかもしれないとアーネストは一人苦笑してしまう。
 笑いたくもなる。あれだけ自信たっぷりに出てきておいて何の策もないのだから。
 アーネストにあるのはうぬぼれだった。あれだけジュテームジュテームと日々溺愛してくれたのだ、自分の声が届けば、姿を目に入れればオーディンは足を止めてくれるのではないか。そんな愚かな期待。
「すまない、ニール。つきあってくれるか?」
 ピルル、とニールがかわいらしい声で鳴いてアーネストに頭をすりつけた。倒れているオーガをしるべにオーディンの姿をとらえられる位置でいったん止まる。
 幾重もの壁のように群れをなしているオーガたちのなかをオーディンは川を遡行するように進んでいた。上流が赤い月、すなわち人間世界への「入り口」だ。

(まずいぞ、もう距離がない)

 ずっと遠く、それこそ地平のかなたにあるようで『あちら』への入り口はオーディンの前方で彼を待っていた。オーガの足幅でいえばもう十数歩も進めばオーディンは行ってしまう。
「オーディン!」
 空から降ってアーネストはオーディンの前に飛び出した。狂気に汚染された目がそれをとらえるや、ぶん、と腕を払うように動かす。
「オーディン! 私だ、アーネストだ! わからないのか!?」
 ぶん、とまた腕がアーネストを狙ってしなった。が、アーネストがかわしたので勢いのまま別のオーガの頭部を払う。上体を崩したオーガの巨体がその後ろにいたオーガに倒れこみ、一部がドミノ倒しになった。右へ、左へ。そうして水の中をかいていくように進む。アーネストにとって危険だったのはオーディンを後ろから押さえ込まれたときだ。オーディンがめちゃくちゃに暴れるのでうっかり手足に当たらないように宙へ逃げるしかなかった。
 周囲のオーガがいなくなったところを見計らって再び降りる。すっかり真っ赤になってしまった胸毛に一度視線をやり、そらした。

「ジュテームジュテームとさんざん人に言っておいて、なんだそのざまは! 愛しているというのなら、僕の姿を見た瞬間に正気に戻るだろ、馬鹿!」

 フレイグから聞いた話だ。曰く、オーガはつがいを持つときに人間のように求愛の言葉を相手に伝えないのだという。ボルドルはそれを興味深く思い、共同浴場と一緒にこちらも持ち込もうとしたが流行らなかった。
 フレイグは言った。
 ――ボルドルさんがオーディンのおふくろさんをそうやって呼んでいたのさ
 愛する者を満たし己を満たす魔法の言葉。 幼いオーディンは両親のそんな仲睦まじい様を見て育った。だから「ジュテーム」とは彼にとって幸せだった頃の象徴なのだと。
 オーディンが失ってしまった「家族」になってやってくれないかと。

「別に、だからってほだされたわけじゃないんだからな! 勘違いするなよ!」

 アーネストは剣を捨てた。それからゆっくりと両腕を広げる。
「愛してる! だから、戻ってこい! 僕のジュテーム!」
 咆哮し、オーディンが腕を振り上げた。



       ***



 結論からいうとアーネストの試みは成功した。人間の世界まで残り数歩。オーディンはついに足を止め、そのままで停止した。彼はとっくに気を失っていたのだ。アーネストがホッとしたのもつかの間、生存していたオーガたちが我先にとむらがったがこれは魔王によって退けられた。
 魔王リヨルド・リヨ・リルド。ユカナン・ユナイテッドの王にしてカミである。本人が自ら名乗ったわけではない。その存在感、魔法的な才能を一切持たないアーネストでもわかる圧倒的な魔力量の理由がそれ以外に見つからないのだ。
「!?」
 討伐隊がすぐさま戦闘態勢をとるも、魔王は意に介さない。頬にかかる銀色の長い髪を青白いい指先で払い、大きく口を開けた「入り口」へと視線を投げた。

組目くみめを読み解かれたか』

 魔王がつぶやいたときだ。燃えるようだった「入り口」が生き物のように収縮し、最後にはぽっかりと空に浮かぶ青い月となってしまった。そこでアーネストは初めて雨がやんでいることに気づく。
『ボルドルに免じてすべて許す。そのように伝えよ』
 さざなみのような風だった。たとえるなら「アーネスト」という物質を透過していく際に残していくような声が聞こえたと思った直後魔王の姿はすでにどこにもなく、ただ痕跡のように青い月があった。
「あ、あれが、魔王……」
 へなへなと長剣の男が、それから討伐隊の面々が地面に崩れる。かろうじて魔法使いだけが醜態をさらさずに耐えた。
「さて、法王様にどのように報告をするべきか……」
「そのまえに次はいつ帰れるのか、向こうとつながる日がくるのかを考えなきゃいけないけどな……」
 やれやれと肩をすくめるのをアーネストは宙から見る。オーディンの肩に降りると「よかったな」と意識のない彼に声をかけた。
「ボルドルどのが門を守ってくれたぞ」
 フレイグの治療を受けオーディンが目を覚ましたのはそれから十日後のことだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう、前世からの推しが大好きすぎて催眠魔法をかけて押し倒しちゃった

瑞月
BL
内容そのまま、性描写はふんわりのラブコメハピエンです。 ムーンライトノベルさんにも公開中です。

【完結】友人のオオカミ獣人は俺の事が好きらしい

れると
BL
ずっと腐れ縁の友人だと思っていた。高卒で進学せず就職した俺に、大学進学して有名な企業にし就職したアイツは、ちょこまかと連絡をくれて、たまに遊びに行くような仲の良いヤツ。それくらいの認識だったんだけどな。・・・あれ?え?そういう事ってどういうこと??

陰間茶屋の散る花さん。男に抱かれながら告られる!

月歌(ツキウタ)
BL
陰間茶屋の年増の陰間。散る花がお客に抱かれながら告られる話。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】元魔王、今世では想い人を愛で倒したい!

N2O
BL
元魔王×元勇者一行の魔法使い 拗らせてる人と、猫かぶってる人のはなし。 Special thanks illustration by ろ(x(旧Twitter) @OwfSHqfs9P56560) ※独自設定です。 ※視点が変わる場合には、タイトルに◎を付けます。

隊長さんとボク

ばたかっぷ
BL
ボクの名前はエナ。 エドリアーリアナ国の守護神獣だけど、斑色の毛並みのボクはいつもひとりぼっち。 そんなボクの前に現れたのは優しい隊長さんだった――。 王候騎士団隊長さんが大好きな小動物が頑張る、なんちゃってファンタジーです。 きゅ~きゅ~鳴くもふもふな小動物とそのもふもふを愛でる隊長さんで構成されています。 えろ皆無らぶ成分も極小ですσ(^◇^;)本格ファンタジーをお求めの方は回れ右でお願いします~m(_ _)m

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...