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#10 二度と言わないからよく聞けよ
しおりを挟むゆらゆらと赤く、深く酩酊しているかのように空が揺れる。あるいは燃えているように。
もしも地獄への入り口があるのならそれはこんなふうなのかもしれないとアーネストは一人苦笑してしまう。
笑いたくもなる。あれだけ自信たっぷりに出てきておいて何の策もないのだから。
アーネストにあるのはうぬぼれだった。あれだけジュテームジュテームと日々溺愛してくれたのだ、自分の声が届けば、姿を目に入れればオーディンは足を止めてくれるのではないか。そんな愚かな期待。
「すまない、ニール。つきあってくれるか?」
ピルル、とニールがかわいらしい声で鳴いてアーネストに頭をすりつけた。倒れているオーガをしるべにオーディンの姿をとらえられる位置でいったん止まる。
幾重もの壁のように群れをなしているオーガたちのなかをオーディンは川を遡行するように進んでいた。上流が赤い月、すなわち人間世界への「入り口」だ。
(まずいぞ、もう距離がない)
ずっと遠く、それこそ地平のかなたにあるようで『あちら』への入り口はオーディンの前方で彼を待っていた。オーガの足幅でいえばもう十数歩も進めばオーディンは行ってしまう。
「オーディン!」
空から降ってアーネストはオーディンの前に飛び出した。狂気に汚染された目がそれをとらえるや、ぶん、と腕を払うように動かす。
「オーディン! 私だ、アーネストだ! わからないのか!?」
ぶん、とまた腕がアーネストを狙ってしなった。が、アーネストがかわしたので勢いのまま別のオーガの頭部を払う。上体を崩したオーガの巨体がその後ろにいたオーガに倒れこみ、一部がドミノ倒しになった。右へ、左へ。そうして水の中をかいていくように進む。アーネストにとって危険だったのはオーディンを後ろから押さえ込まれたときだ。オーディンがめちゃくちゃに暴れるのでうっかり手足に当たらないように宙へ逃げるしかなかった。
周囲のオーガがいなくなったところを見計らって再び降りる。すっかり真っ赤になってしまった胸毛に一度視線をやり、そらした。
「ジュテームジュテームとさんざん人に言っておいて、なんだそのざまは! 愛しているというのなら、僕の姿を見た瞬間に正気に戻るだろ、馬鹿!」
フレイグから聞いた話だ。曰く、オーガはつがいを持つときに人間のように求愛の言葉を相手に伝えないのだという。ボルドルはそれを興味深く思い、共同浴場と一緒にこちらも持ち込もうとしたが流行らなかった。
フレイグは言った。
――ボルドルさんがオーディンのおふくろさんをそうやって呼んでいたのさ
愛する者を満たし己を満たす魔法の言葉。 幼いオーディンは両親のそんな仲睦まじい様を見て育った。だから「ジュテーム」とは彼にとって幸せだった頃の象徴なのだと。
オーディンが失ってしまった「家族」になってやってくれないかと。
「別に、だからってほだされたわけじゃないんだからな! 勘違いするなよ!」
アーネストは剣を捨てた。それからゆっくりと両腕を広げる。
「愛してる! だから、戻ってこい! 僕のジュテーム!」
咆哮し、オーディンが腕を振り上げた。
***
結論からいうとアーネストの試みは成功した。人間の世界まで残り数歩。オーディンはついに足を止め、そのままで停止した。彼はとっくに気を失っていたのだ。アーネストがホッとしたのもつかの間、生存していたオーガたちが我先にとむらがったがこれは魔王によって退けられた。
魔王リヨルド・リヨ・リルド。ユカナン・ユナイテッドの王にして上である。本人が自ら名乗ったわけではない。その存在感、魔法的な才能を一切持たないアーネストでもわかる圧倒的な魔力量の理由がそれ以外に見つからないのだ。
「!?」
討伐隊がすぐさま戦闘態勢をとるも、魔王は意に介さない。頬にかかる銀色の長い髪を青白いい指先で払い、大きく口を開けた「入り口」へと視線を投げた。
『組目を読み解かれたか』
魔王がつぶやいたときだ。燃えるようだった「入り口」が生き物のように収縮し、最後にはぽっかりと空に浮かぶ青い月となってしまった。そこでアーネストは初めて雨がやんでいることに気づく。
『ボルドルに免じてすべて許す。そのように伝えよ』
さざなみのような風だった。たとえるなら「アーネスト」という物質を透過していく際に残していくような声が聞こえたと思った直後魔王の姿はすでにどこにもなく、ただ痕跡のように青い月があった。
「あ、あれが、魔王……」
へなへなと長剣の男が、それから討伐隊の面々が地面に崩れる。かろうじて魔法使いだけが醜態をさらさずに耐えた。
「さて、法王様にどのように報告をするべきか……」
「そのまえに次はいつ帰れるのか、向こうとつながる日がくるのかを考えなきゃいけないけどな……」
やれやれと肩をすくめるのをアーネストは宙から見る。オーディンの肩に降りると「よかったな」と意識のない彼に声をかけた。
「ボルドルどのが門を守ってくれたぞ」
フレイグの治療を受けオーディンが目を覚ましたのはそれから十日後のことだった。
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