見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

おく

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#8 赤い月に向かってゆく背を

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「心遣いはありがたいが、あいにくとそういった作戦は聞いていない」
 オーディンの頬毛から手を離さないままアーネストは首を横に振る。心遣い、と表したのは彼の言葉に「そういうことにしておいてやるからこちらへ戻ってこい」というメッセージを感じたからだ。仲間として同行していたときも彼はよくこのようにしてアーネストに気を配ってくれたものだった。

「アーネスト」
「いいじゃあないか」

 男の前に深い緑色のローブをまとった中年の男が進み出た。火炎を扱うことを主に得意としていた魔法使いが目深にかぶったフードの中からアーネストを見据える。
「あやつをおとりにしてわしらは命を拾った。先にあやつを裏切ったのはわしらだ。恨まれるのも当然」
 雨をものともせず、掲げた杖の先に先ほどまでとは規模の異なる球体が形をなしていく。アーネストはオーディンに言った。
「私がやつらを引き付ける。その間におまえは逃げろ」
「やだ」
 オーディンはぷい、とそっぽを向く。「やだ」ってなんだ。アーネストは語調を荒げた。

「敵はあいつらだけじゃないと言っただろう! 僕はおまえを死なせたくない! 少なくともこんなところで、自分勝手な誰かの欲望や利得のためにおまえを利用されるのが許せないんだっ!」
「うれしいよ。ありがとう」

 本心であることを伝えるようにオーディンが頬をやや上下に動かす。毛が濡れているのでわかりづらいが頬ずりのつもりらしい。それでも、と続けた。
「あなたの頼みを聞くわけにはいかない。だって僕はずっと待ってたんだから。いつあいつらが――父さんを殺したやつらがしかけてくるか、僕はずっと待ってた」
「オーディン……」
 ちりぢりになっていたオーガたちが手に手に武器をもって戻ってくる。試合ではオーディンを応援していた彼らは誰に吹き込まれたのか、オーディンへの怒りを口にしていた。
「オーディンだ! オーディンが呼んだんだ! やはりあいつら親子は俺たちを裏切っていたんだよ!」
「来るな!」
 アーネストの声は届かない。我を失ったオーガの群れに魔法使いの編み上げた巨大な火球がおそいかかる。
 地面の揺れるような轟音と黒煙があがったが、彼らの足を止めることはできなかった。ダメージを受けて倒れた仲間を踏み越え、さらに突撃してくる。

(オーディンに同士討ちをさせるつもりか)

 戦いを挑む者を、オーディンは拒まない。そうして彼に門内のオーガすべてを殲滅させ、今度こそ体力のなくなったところを叩く。それが彼ら討伐隊の狙いなのだ。
「効率的だろう?」
 悟ったアーネストに魔法使いがいった。新たな火炎が集まり始めたのを見、アーネストは激高する。
「やめろおおおおおっ!」
 こちらを止めたとしてもオーガの軍勢がいっせいにオーディンを目指している。試合とは違う。彼らに殺意がある以上オーディンは手を抜かない。オーガを止めにいっても魔法使いを止めにいっても犠牲は出るのだ。

(それでも)
 だからといって黙ってみていることなどできるはずがなかった。だってこれは彼らの意思で起こした戦いではない。ここではないどこかでこの場にはいないやつが自分の都合で起こした起こした争いだ。オーガがどれほど死のうとオーディンが死のうとそいつは何とも思わず、ただ目的のものがとりやすくなったとほくそ笑むだけなのだ。
 許せるはずがない。

「やめろ、殺すな――!」

 飛び出したアーネストの剣の切っ先が杖を目指して伸ばされる。その横腹からアーネストを狙って銀甲冑の女がレイピアを伸ばし、あるいは槍の鋭い穂先がアーネストの首を狙った。
 アーネストは知らない。それを目にしたオーディンがアーネストを助けるために自らの武器の柄を折り、それらに向かって投げたことを。そのために手ぶらになったオーディンに怒り狂ったオーガたちがいっせいにおそいかかったことを。
「よし!」
 杖の先端にある魔力増幅の玉を切り離し、アーネストは勢い喝采をあげる。すぐにオーディンの応援へゆくべく馬首をむけようとして、二つの死体に気づいた。

(……え?)

 銀甲冑の女と槍の男。討伐隊のうち二名がなぜか、変わり果てた姿で潰えている。彼らの命を奪っただろう、人間が扱うにはあまりにもサイズの違いすぎる大刀はなぜ柄を折られなければならなかったのか。なんのためにそこにあるのか。
 放心したアーネストを正気に戻したのは山と山がぶつかりあったような音と風だった。千里先までもとどろくような咆哮。戦の経験さえあるアーネストをもってしてもとても正気では聞いていられないようなおそろしい光景が目の前にあった。
(オーディン?)
 それは正しく魔物のおこなう暴力だった。圧倒的で理不尽でそこに理性も意味もない。己の視界に入ったものを作業的にほふるだけの暴力。屠殺とさつと呼んでも言い過ぎではない。
 彼は今「オーディン」というオーガではない、命尽きるまで殺しつくすだけの猛威であり意思にすぎなかった。
(なんということだ)
 雨で黒く色の変わっていた地面は今や文字通りの血の海と化してオーディンの食い散らかした部位が無造作に積みあがっている。アーネストは動くことができない。

「オーディン」

 やめろ、とアーネストの口が動いた。
「やめろ、やめろ、もういいんだ」
 もういいんだ、と繰り返す。そうしながらアーネストはうなだれた。
(最初から僕たち人間にどうにかなる相手ではなかった)
 あのときだってオーディンは真剣に戦ってくれただろう、それが彼の戦士としての誇りだ。けれどオーディン本人さえもしらないおそろしい力が彼には眠っていた。もしもそれを解放されていたらアーネストはきっと今ここにはいない。
「オーディン、頼む……」
 ジュテーム、と呼んで笑うオーディンがアーネストの脳裏をよぎった。白いフリルのエプロンがお気に入りだったオーディン。花を摘んでアーネストの浴槽に浮かべてくれた。男の自分に花なんか挿して綺麗だと言って笑う声。表情。

「……止めなければ」

 にわかにアーネストは顔を上げた。そうだ、泣いている場合ではない。嘆いている場合でもない。
(早く止めてやらないと)
 戦うのが好きだと彼は言ったが、それは相手を認め戦士としての対戦であってあんなふうに我を失うことではあるまい。だが、どうやって?
「アーネスト!」
「フレイグ!?」
 手のひらに降り、アーネストはフレイグの無事を喜んだ。曰く、別の場所でトーナメント戦参加者の治療にあたっていたので無事だったようだ。
「殺しはなしといっても相手はあのオーディンだからね、怪我人ゼロってわけにはいかないわけ」
「そうか……」
「で、やっと仕事終わったーって出てきたらなんかやばいことになってるじゃん? まあ、オーガはしぶといのが取り柄だからね。とりあえず生きてそうなやつから治療して回ってるけどとても間に合わないし俺の方が先に死にそう」
 なるほど言われてみればフレイグの毛艶もよくない。ひとしきり弱音を吐いて落ち着いたのかフレイグが声の調子を戻した。
「まあそんなのはいいよ。それよりオーディンのやつ、なんか様子変だと思わない?」
「変とは?」
「そうだなあ、……。いろいろあるけどたとえば、どこに向かってるのかな、とか?」
「え?」
 フレイグが指をさす。そこには依然降り続ける雨と立ち向かってくるオーガを薙ぎ払うオーディンの姿があったが、彼が示すのはさらにその向こう、空。
 まるで落日の空と見まがうほどに大きく膨らんだ赤い月だった。




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