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#7 再会
しおりを挟むおそらく門内のオーガたちが集合しているであろうそこから発される熱気と歓声といったらアーネストでさえ何事かとおののくほどだった。まるで大きな戦でも起こっているような音の波だ。時折ざわざわとしなる枝に身を潜ませながらアーネストは眉根を寄せる。
(探さずに済んだのはよかったが……)
練兵場と思しき広場(と表現するにはあまりにも広大だったが)はそこだけ干上がっているかのように地肌がむき出しになっており、オーガたちはその中央に置かれた石造りの台を囲んでいるようだった。きっとそこがトーナメント会場なのだろうとアーネストは当たりをつける。問題は、そこまで一切の遮蔽物がないことだった。これでは近寄ることができない。
(くそ、あそこにオーディンがいるのに)
オーガたちの歓声は完全に混ざり合って混沌としており、中で何が起きているのかうかがい知ることはできない。ついにアーネストは地平すれすれを飛んでいくことにした。あれだけ興奮しているのだ。足元に注意を払う者はいるまい。
オーガたちに近づくにつれようやく断片的だが声を拾うことができる。曰く、オーディンは順調に勝ち上がっているようだった。
(勝ち抜き戦というからには出場者は腕に覚えのある者ばかりだろう。まして勝ち星が積みあがるほど相手もてごわくなっていく。それを100戦もやるんだ。いくらオーディンでも疲労はまぬがれない。連中の狙いは、そこか)
観客はいずれも試合に熱中していて、聞こえる大半はオーディンを含む出場者を応援するものだ。勇んでやってきたはいいが、自分一人だけでこのなかからたくらみを暴き出すのはほぼ不可能に近い。
(試合の状況はどうなんだ?)
ときおり飛んでくる泥に閉口しながらも、アーネストはオーガたちの声から情報を拾おうと耳を澄ませる。そちらにばかり注意を向けてしまったのがよくなかった。アーネストはうっかり観客の一人とまともに目が合ってしまう。
「なんだァ!?」
「!」
まずい、と逃げ出そうとしたときだった。友人らしいオーガが隣から興奮した面持ちでぐいぐいとその肩を引いた。
「おい、よそ見なんかしてる場合かよ! いよいよ100戦目だぜ!」
「でもよう、今そこに」
言いながらも、アーネストが見つからないことで気のせいだと思ってくれたようだ。こっそりとその場から離れながらアーネストは胸をなでおろす。オーディンを助けにきたはずなのに自分が先に面倒を起こしてはオーディンに顔向けができない。
「いけいけ! そこだ!」
「押せ押せぇ!」
雨はますますひどくなる一方だというのに誰も気にしている様子はない。むしろ雨があってこそのクライマックスと言わんばかりの盛り上がりだ。どうにか隙間を見つけ、アーネストも頭をつっこむ。
「負けるな! オーディン!」
「!」
その声がはたして届いたのか否か。闘技場の端まで押されていたオーディンが一転、対戦者の武器をはじいた。
「勝者、ボルドルの子、オイディプス・オージー!」
審判が宣言し、ひときわ大きな歓声が場を包む。オーガたちが地面を踏み鳴らし、100戦をなしとげた強者を祝福した。
火球が降ってきたのはそのときだった。
「!」
ドン、と闘技場を狙って一発。トーナメント優勝者を祝う演出と言われても納得してしまうようなタイミングで落ちてきたそれはオーディンと対戦者の立つ闘技場の分厚い岩盤を深くえぐった。
「逃げろ!」
雨と、飛び散る細かい欠片に打たれながらアーネストは叫ぶ。
曰く、魔法の中でも火とは最も扱いづらい要素で、このように球体に練り上げ任意の方向へ放つのはとても難しいことなのだそうだ。そしてその高度な魔法を扱うことができる魔法使いを、アーネストは一人だけ知っていた。
その人物の像が脳裏にはっきりと結ばれたと同時、アーネストはもう一度叫ぶ。逃げろ。
(これがあいつらの言っていた「ショー」)
次々と火球がオーガたちの頭上に落下して破裂する。煙と悲鳴と怒号のなか、アーネストは一途オーディンを目指した。
「オーディン!」
「ジュテーム!?」
「討伐隊だ! 下がれ、オーディン! やつらの狙いはおまえだぞ!」
「冗談でしょ」
いつもはふわふわの体毛が自身の汗と雨ですっかりしおれてしまっている。その場に倒れこんで達成感の余韻にひたりたい気分だろうに、すでに切り替えているようだ。無差別に落ちてくる火球をさばきながらオーディンが肩をすくめた。
「だいたい、どこに逃げろっていうのさ」
「たしかに!」
オーディンの言う通りだった。これでは逃げようにも逃げることができない。もとより逃がすつもりもないのだろうが、アーネストはちらりとオーディンをうかがった。刹那に記憶の額縁を撫でる。
(あの日、もしも我々がこのオーディンと戦っていたら、……そうだな、「万に一つ」があったかもしれないな)
不敵さは崩さないでもくたびれ息をきらし、見るからに弱った子どものオーガ。あの日の生意気で自信と生気に満ち、身の丈以上に強大に見えた魔物はここにはいない。
オーディンが愚痴を言った。
「何もこんなときに門が開かなくてもいいのに……」
門とはこの場合、ユカナン・ユナイテッドと人間の世界をつなぐ門のことだ。月の赤い夜に現れるもう一つの世界への入り口。気象条件や暦とつきあわせてもまったく法則性が一致しないことから、近年魔力的な数値の方向からの研究が進んでいるという。つまり、何者かが魔法的な方法で召喚しているのではないか、という説だ。
(だが、ユカナン・ユナイテッドはオーディン神との戦いに敗れた上、つまり魔王が築いた世界だ。当の魔王もしくは主以外でそんなことが可能なんだろうか……?)
あちらもきりがないと思ったのか、にわかに火球の雨が止んだ。もうもうと立ち込める土煙の中にアーネストはいくつかの影をみとめる。
「ところで、どうしてあなたがここに?」
「知らん」
すべての火球をよけきったニールがオーディンのそばに寄った。ちょん、と休憩所を求めるようにオーディンの肩にとまる。
アーネストは手のひらをオーディンの顔に添えた。水分を吸って重くなった毛がしんなりと当たる。
「ただ夢中だった。夢中で飛び出して、……気づいたらここにいた。だから、知らん」
「ア――」
驚いたようにオーディンが息をのんだ。その瞳がこちらを見るより早く別の声がそこに重なる。
「よう、アーネスト」
丈の長い剣を背負った若い男。それから深い緑色のローブをまとった中年の男に銀色の美しい甲冑に身を包んだ若い女。槍を背負った長身の男。現れたのは総10名。
「手筈通り、ずいぶんそいつを懐かせたようだな、アーネスト」
それらを代表するように、なれなれしい口調で男が言った。
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