見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

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#5 あなたの涙の味が知りたくて

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 アーネストは騎士だ。騎士なので命令があれば戦で敵を殺す。人間の世界での戦なので当然敵もまた人間である。そしてアーネストたちがそうであるように相手には彼が怪我を負えば悲しみ、まして命を落とせばその喪失に苦しむだろう家族がいて、彼が命を賭してでも守らんとする愛する者がいる。
 アーネストが「それ」を理解したのは初めて戦に出陣したときだった。『敵』とは何者なのか。誰にとっての『敵』なのか。自分たちは誰の利のために人を殺すのか。
 もっと考えるべきだとアーネストの良心は悲鳴を上げたが、アーネストが勝手に退役すれば家族は名誉を失って路頭に迷うことになってしまう。
(誰かの幸福よりも結局自分たちの明日の食卓の方が大事なのか、僕はそういう人間でしかないのか)
 幼く潔癖なアーネストは絶望し、食事のたびに吐くのでついに入院するまでに至った。アーネストが心を回復し復帰することができたのは上司を通して王子エレジーが手紙をくれたからだった。だからアーネストは王子から国王となったエレジーに忠誠を誓っている。

「ただいまー! 僕のジュテーム♡」
「なんだそれは」

 アーネストはオーディンが抱えているカゴいっぱいに積まれた花を指さしてたずねた。貴族階級はバラやスミレ、カモミールといった花に砂糖をまぶした「花菓子」なるスイーツを茶菓子として食べるそうだが、ご近所に配っても余りそうな量だ。
 これ? とオーディンがカゴを軽く揺らした。
「あなたの入浴剤にしようと思って摘んできたんだ♡ すごく喜んでくれたから」
「ああ、いい香りだった。ありがとう」
 だが、とアーネストは続ける。
「そんなに摘んできてどうするんだ? 驚かれただろう」
「大丈夫大丈夫。僕がまた変なこと考えてるって言われるだけだよ。僕、父さんに似てるらしいし」
「……」
「さっき外でフレイグに会ったよ。ごめんね、ジュテーム。僕、あなたにフレイグが来ることを言ってなかったから驚いただろ?」
「いや、……問題ない。大丈夫だ」
 アーネストは鳥かごを見た。カゴの中で小鳥はくちばしを動かし、毛づくろいをしている。オーディンが指を入れると小鳥はおびえる様子もなくそこへ飛び移った。

「あなたの移動手段にと思って。そこから動けないのは不便でしょう?」
「オーディン」
「なに?」

 オーディンの胸元までやってきた小鳥がふさふさのそこで水浴びをするように羽を動かした。くちばしで毛を引っ張っているのは遊んでいるのか。
「……。いや……」
 アーネストはオーディンに視線を戻した。戻すが、また目を伏せてしまう。はからずも聞いてしまった父ボルドルの話。黙っているのはアーネストの性分には合わないので一言報告しておこうと思ってのことだったが、喉が重いのだ。
(それを話してどうするんだ)
 人間たちが傲慢な侵略を考えなければオーディンの父は仲間たちから反感を買うことも死ぬこともなかった。すまなかった、とでも詫びるつもりか? 人間代表の顔で?
(思い出せよ、僕はここへ何をしにきたんだ、何をしにきた人間なんだ?)
 言えるわけがない、立派な父君だったのだな、なんて。できれば自分も会ってみたかった、なんて。

「アーネスト。僕のジュテーム」

 キスをしてもいいか、とオーディンが言う。うつむいたまま返事をしないアーネストの頬に指を伸ばして、触れた。驚いた小鳥がせわしなく宙へ逃れる。
「……私は許可していないが?」
 オーディンの手のひらの上でアーネストは不機嫌そうに眉根を寄せる。だが、フリだけだ。本気で不快に思ったわけじゃない。そこへオーディンがさらに鼻づらを押し当ててくる。動物みたいだな、とアーネストは洟をすすりながら思った。まあ、頭部だけなら動物なのだが。
 さらに大胆になったオーディンがぺろりとアーネストの全身を舐めた。さすがにこれには驚き、アーネストは体勢をととのえながらオーディンを睨む。

「何をしてるんだ、貴様!」
「何って、キスだけど」
「そういうことを言っているんじゃない! ――ふがっ!?」

 また舐める。全身べとべとになったアーネストを見、オーディンが仰々しく言った。
「ああっ大変だ! べたべたになっちゃった! お風呂に入らないと!」
 いつものハーブ湯を持ってくるとアーネストをぽいっと放り込む。湯を吸って重くなった布をひきずるようにして浴槽に這い上がりながらアーネストはオーディンを睨んだ。
「何をしてくれんだおまえ……」
「フレイグが余計な話をしたみたいだから」
「……」
「父のために心を痛めてくれてありがとう」
 カゴから花をひとつとってオーディンがアーネストの濡れた髪に挿した。それからいくつかを湯に浮かべる。
「私は男なんだが……?」
「うん。綺麗だよ」
 ふふふ、とオーディンが笑った。


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