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#2 安心してください、オスですよ。
しおりを挟む普通捕虜といえば手足を拘束し活動を制限するものだが、オーガはアーネストに自由にしてかまわないと言った。
「ただし、家の外には絶対に出ないでね。昔みたいに追いかけてつぶしたり嬲り殺したりとかはしないけど、ここは僕たちの職場であって国じゃない。しかるべき状況下であなたを見つけてしまったら、彼らに職務を果たす以外の選択はできないからさ」
「外に出るもなにも、この高さから飛び降りればさすがに無事じゃすまない。私は魔法使いではないからな」
アーネストは収納の高さを強調するようにジェスチャーする。見、オーガが「それもそうか」と思案するように宙を睨んだ。
「突然誰かが入ってくることは……うーん、まったくないとは言えないからなあ。今のままだと隠れるにも隠れられないよねえ」
「両親とは別に暮らしているのか?」
「ああ、人間の子は幼いうちは親と暮らすんだっけ。僕たちも基本的にはそうだけど、僕はこう見えて門で一番強いのでこうして自分で生活をしています。えっへん!」
「位持ちということか。ならば身の回りを誰かに世話をさせたりは?」
いわゆる下男下女といった存在だが、この家にはいないらしい。そもそもそれらがいたならアーネストはとっくにつきだされるなり密告されているはずだが。
「いないよ。誰が襲ってきても負ける気はしないけど、さすがに食べるものに毒を仕込まれたらどうにもならないからさあ」
「毒?」
「ところで、ジュテーム」
『ジュテーム』というのはアーネストをさしているらしい。オーガは悲しそうな表情でアーネストに言った。
「名前、教えたでしょ~、僕の名はオイディプス・オージー! ちゃんと名前で呼んでよね~」
「断る。なぜ捕虜である私が貴様を名で呼ぶ必要があるのだ。私たちの間に礼はない。あるのは敵同士という関係だけだ」
アーネストはすげなく返す。この類の古風なこだわりをとりあげてしばしば年長者より「青い」という忠告を頂戴してしまうのだが、今は蓋をした。
(こいつ、僕に毒のことをつっこませないつもりだな……)
まあいいか、とアーネストは自分を納得させた。敵となれ合ったところで最後は殺し合いになるのだ。つらくなるだけじゃないか。
「いじわるしないで、ジュテーム。僕はあなたとつがいになりたいんだ。あなたを一目で好きになった。だから『オーディン』って愛称で呼んでほしいな」
「よくもぬけぬけと。貴様、本気で私を殺しにきてただろうが」
「当たり前でしょ、僕は戦士なのだから。命をかけて挑みにきた勇者に手を抜けば、それはあなたに対する侮辱になる」
「……っ」
アーネストは咳ばらいをした。不覚にもオーガの言葉に感動してしまったのだ。よもや魔物にも自分たちの騎士道に近い精神が存在するとは。
(それはそれとして)
アーネストは深呼吸をしてからオーガを睨んだ。今、さらりととんでもないことを口にしなかったか、この魔物。
「“つがい”ってなんだ!?」
「言葉のままだよ、ジュテーム」
「ふ、ふざけるな! おぞましい、誰が魔物なんかと――いや、違う、そもそも僕……じゃない、私は男だ! 貴様だって、……その、オスだろうっ」
一瞬オーガの下半身に視線を向けてしまったのは我ながら品のないことだとは思うがそれが一番わかりやすいのだから仕方がない。もっとも、その試みは失敗したが。
オーガがいたずら小僧のように笑った。
「僕の股間が気になる?」
「ならんわっ!」
オーガが立ち上がってチャップスを外そうとするのでアーネストはあわててやめさせた。アーネストに顔を近づけ、オーガが声をひそめるように言う。
「ジュテーム、興奮しているね。顔が赤い。人間がそういう反応をするときは発情しているんだろ?」
「あほか、このガキっ! あまり大人をからかうんじゃない!」
「あはは! ほら、いまだよ、ジュテーム! 『オーディン』て」
「ふん、生意気なやつめ」
アーネストは舌打ちした。『オーディン』とはアーネストの国では戦いの神を意味するからだ。そうするとアーネストたちは魔物の国に来て、戦いの神に敗れたことになる。戦いの神に敗れたのであれば、あるいは魔王討伐失敗の咎めも軽減されるだろうか?
(そんな無様な言い訳で命乞いをするくらいならさっさと首をはねられた方がよほどましだが)
アーネストは幼いころに何度も何度も繰り返して読んだ神話に思いをはせた。そのおかげか知らないが、大人になった今でもそらんじることができる。
曰く。
「主――我々の世界では創世神のことだが――より生まれし十二の神のなかでも最も猛々しく、海の中でも消えぬ黒炎のたてがみを持つ天馬を駆って戦場に現れるという。主が今の世界を御手にとった際、主と魂を分かってお生まれになった上とどちらが世界を治めるか争いになったが、オーディン神が一騎で出陣し、上の勢力をすべてその一刀にて斬りふせてしまった」
まさに単騎でアーネストたちの前に立ちふさがり勝利したオーガを見、アーネストは自嘲の笑みを浮かべる。
「あなたたちはそうやって力のあるものと自分たちを関連づけることで自分たちが特別なものに守られていると鼓舞したり、自分たちの行いに正当性を見出すんだね」
アーネストが自嘲の理由を教えてやると、若いオーガは学者のようにうなずいた。やれやれ、と天を仰ぐようなしぐさをする。
「あなたの話を聞いてようやく腑に落ちた気がするよ。だからあなたたち人間はわざわざ未知の土地にとびこみ、勝てるはずのない敵にもしつこく挑もうとするんだね。ねえ、こういうのをあなたたちの言葉で神をも恐れぬナントカっていうんじゃないの?」
アーネストがもしも敬虔な信者であったなら烈火のごとく怒り、このオーガの子どもをなじったに違いなかった。だが、騎士の家系であり、そのため法王よりも国王に精神的な依拠と忠誠を置いているアーネストには彼らと同じ怒りを持つことができない。
(こいつの言い分は正しい)
かねてアーネストは法王の唱える魔王討伐を全面的に支持しているわけではない。どちらかといえば不毛だとさえ思っている。
これまで魔王討伐に向かって帰ってきた人間はほとんどいない。いても半死半生か命からがらといった態で、自身の体験したおそろしいできごとを語ることを避けた。ゆえに、討伐隊が派遣されるようになって30年以上が経過するというのに、ろくな攻略法もないまま討伐隊は現地へ向かうしかない状態が続いている。
これを不毛と言わずしてなんというか。アーネストはうつむく。
「私たちとて好んで戦場を求めているわけじゃない。その日その日を穏やかに、愛する家族と食卓を囲み、営むことができれば何も望むものはない。そんなふうに考えている者の方が多いさ……」
曰く、あまねくすべての土地は主が地上の生命のために与えた祝福だというのに、魔物たちが厚かましくもそこに居を構えのうのうと暮らしている、というのが法王側の主張、魔王討伐隊を派遣する大義名分だ。しかし、魔物がこちら側への侵攻をはかったのは、それこそ神話時代の話。
かつて主に敗れた上こそ魔王であり、そのため魔王は現在のユカナン・ユナイテッドに自らの国を築いたとされている。以降、魔物個体の出没記録こそあれど魔王自身がその意思をもってこちらへ干渉した事実はない。
彼らはこのように小さな世界に閉じ込められた不遇を理不尽であると不満や怒りを抱くことなく、つつましく平和に暮らしてきたのだろう。否、現在まで続けているのだ。
オーガが大人びたしぐさでヒゲを揺らした。
「大人の事情ってやつだね~。群れで生きている以上、群れの意思に逆らうことはできない。そこは人間も僕たちも同じってことかな」
「……」
「まあ、僕は戦うこと自体が好きだし生きがいだからいいんだけど」
戦いの神と同じ名を持つオーガの子どもは、そう言って笑った。
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