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#1 敵がいいやつすぎてつらい
しおりを挟む「先に言っておくが、何らかの交渉材料のつもりで私を捕虜にとったのなら無意味だぞ。魔王討伐隊などいくらでも替えが利くんだ」
「そんなことは考えてもないよー。だって僕、あなたのことを王――あなたたちが呼ぶところの魔王に報告してないし」
「……何?」
あたたかなスープとはかくも不思議なもので、混乱からの視野狭窄に陥っていたアーネストにいくらかの心のゆとりを与えた。タマネギの甘味と塩、それから胡椒だけの質素なスープ。母はしばしばここに砕いたパンの耳を落としていたものだ。
「魔王に報告してないって、いいのか、それ?」
「さあねえ、何しろ門を突破されたことがないし」
オーガはひょうひょうと返す。口に合うかと問われ、アーネストはこくんとうなずいた。
やや塩味の強いスープは人間が好んで飲む味ではある。逆に言えば人間の食嗜好についての知識がなければ出せない味ということだ。
アーネストは自身の使っている食器、それから椅子とテーブルを見た。驚いたことにすべてこの若いオーガが用意したものだ。完成度から察するに彼が手づからこしらえてくれたのだろう。
(魔物も食器なんて使うんだな……)
若いオーガはアーネストと同じように行儀よくテーブルにつき、スプーンを使い、ボウルのスープを飲んでいる。
この集落を窓から見たときにも感じたことだが、ずいぶんと暮らしが文化的というか人間寄りだな、というのがアーネストの感想だった。魔王が統治している以上ある程度の統制はあろう、だがそこまでだ。魔物など獣のような連中に違いないと思っていた。このように集落を形成し人間のような生活をしているなどと夢にも思わなかった。そもそも彼らに心だの感情だのがあることすら描いていなかったが。
「あっそっか~」
唐突にオーガが顔を上げた。何やらひらめいたような表情をしている。
「僕のこと心配してくれたんだ? あなたをかくまっていることが知られて僕が怒られるかもって」
「何をくだらん! バカバカしい」
アーネストは皿のくぼみにスープのように溜まった蜂蜜を皿ごとあおってしまいたい衝動をこらえながらそっぽを向いた。オーガ曰く「細かくした」にもかかわらずステーキのようなそれをなかば自棄になって噛み切る。
「あははは、じゃあ、そういうことにしておこう」
蜂蜜のスープを結局飲み干すことはしなかったが、オーガが奇しくもパンの追加をよこしてきたのでアーネストは堂々とそれをスプーンにしてなめとることができた。なぜかオーガがその後何がうれしいのかにこにこと笑みながらパンのおかわりを勧めてきたが、アーネストは断腸の思いでこれを断り、食後のコーヒーを受け取る。
(客人をもてなすことにずいぶん慣れてるんだな、こいつ)
よく気が付き気さくで、敗者である捕虜に対して侮蔑するような言葉を投げたり高圧的な態度をとることもない。以前からの知己であるかのように、あるいは不意に訪れた旅人をもてなすようにアーネストに接する。
きっとまわりには彼を慕う友人が多いのだろう、とアーネストは想像した。もしもこんな出会い方でなければ、彼とは良い友人になれたのかもしれない。
法王が魔王討伐などとうたって無謀な派遣を繰り返しさえしなければ。侵略ではなく知己として訪れることができていたなら。
「……バカバカしい」
今度は自分へ向けて吐き捨てる。愚かな夢想を破り捨て、アーネストは意識的に語調をきつくした。
「それで結局、貴様の目的は何なんだ? 私の仲間たちはどうした?」
「仲間たちって、一緒にいた人たちだよね。彼らなら逃げたよ。特にどうこうするつもりもなかったから別にいいんだけど」
「そうか……!」
それまで機嫌よく快活に応じていたオーガの表情が曇ったように見えたのは獲物を逃がしたがためか。若いのはわかっていたが、ここまでの言動から察するに、どうやらこのオーガはまだ人間でいうところの少年期なのだろう。おおかた慢心して意表を突かれ、プライドをいたく傷つけられたに違いないとアーネストは解釈した。
(ざまあみろだ! ああ、しかし皆無事に生き延びたのか。よかった、本当によかった!)
ならば傷を癒し、彼らは再びこのオーガの門へやってくるはずだ。考え、アーネストはしおれていた気力がみなぎってくるのを感じる。その日のためたとえ虜の身であろうと屈辱に耐えて見せようと、今頃故郷にて治療に専念しているだろう仲間たちに誓った。
(そうと決まれば、再戦に向けて体力をつけなければ!)
必ず生き延びて仲間たちとともに魔王を倒し、勝利をもって国に帰る。
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