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銭儲け部
2「校舎裏の寂れた部室」
しおりを挟む「さあ、着いたぞ」
天音はコンクリートの塀で囲われた学園の敷地の最北端。校舎を正面から見た場合、左奥の角にあたる場所へ連れてこられていた。
アブクが両手をポケットに突っ込んだまま、〝目的地〟と天音の方へ半身になりながら言う。
「『着いた』って……ここ、なんですか?」
天音は小さな口をポカンと開き、呆然として〝目的地〟を見つめる。
そこには、明らかに素人感丸出しの技術で建てられた〝掘っ立て小屋〟らしき建物がポツンと佇んでいた。〝掘っ立て小屋〟の脇には、近代的かつ無駄に豪華な校舎に似つかわしくない、柿の木が植えられている。
「見りゃわかんだろ」
当然だ、という顔をして天音の顔を見るアブク。
天音は首を傾げながら、その〝掘っ立て小屋〟を注意深く観察した。
すると、入り口らしきドアの上に木材で作られた看板が掲げられていることに気がついた。
看板には白のスプレーで、贔屓目に見ても上手いとは言えない字で文字が書かれていた。
「ぜ……にもう……け、ぶ?」
「そうだ、『銭儲け部』。当然、あえて言わなくても、当然見ればわかるだろうが、当然ここは『銭儲け部』の部室だ」
アブクは〝当然〟をあえて強調しながら連呼し、誇らしげに胸を張る。
「は、はぁ……」
よくわからない、と小首を傾げる天音を見て、アブクは少し眉を寄せたが口には出さすにぐっ、と堪える。
「まぁいいや、とりあえず中に入ろうぜ。説明は後だ」
アブクはそう言って、そそくさと部室の入り口へ向う。
「あ、待ってください!」
今だに部室を不思議そうに眺めていた天音も、慌ててアブクに続く。
どこからか拾ってきたかようなボロボロのドアノブを、ネジが緩んでいるのだろう、カチャカチャとうるさく音を立てながらアブクが捻る。
――ギギギギギィ、という古いドア特有の不快な音を鳴らしてドアが開かれる。
「さぁ、入れ。中はちっとばかし、汚いが」
アブクは苦笑いを浮かべながら開かれたドアの脇に立ち、天音を誘導する。
天音はおずおずと足を踏み出す。
ギシ、と軋むところどころ穴の開いた床。校舎の影になっていて昼間だというのに薄暗く、先刻の〝入部面接〟の喧騒が嘘だったかのように、辺りはしんと静まり返っている。
六畳ほどの部室の中には、真ん中に六個の教室机を合せただけの〝テーブル〟に三つの椅子がそれぞれ雑に置かれ、〝テーブル〟の上には漫画や週刊誌が数冊積み上げられている。部室の隅には恐らく、しばらく使われていないのであろう埃かぶったホワイトボードが、ぞんざいに放置されている。アブクは『汚い』と言ったが、どちらかと言うと『何もない』と例えた方が適切なようだ。
「ここが部室なんですか?」
天音はキョロキョロと『何もない』部室を見渡しながら訊く。
「そうなるな、みんな授業が終わったらすぐにここに来る。友達いねぇからな、アイツら」
アブクはケラケラと笑いながら言う。その時、天音が入った後開きっぱなしになっていた入り口の方から声がした。
「友達いないのはアンタも一緒やん」
「……うるせぇ、なんだよお前、もう泣きやんだのか」
声の主は目の周りを赤く腫らながら、怒気を含んだ顔で腕組みをして仁王立ちする加奈だった。加奈の横には苦笑するセンマンが立っている。
「アブク、あんまり加奈をイジメちゃダメだよ。加奈はこれでも女の子なんだから」
センマンが部室の中に入りながら言う。
「これでもってなんや! ウチは立派に、確実に、完璧に、女の子や!」
頬を膨らませ詰め寄る加奈に、センマンがアハハ、と笑いながら手を合わせて謝意を示す。
「キーキーうるせぇよ、一年生引いてんぞ」
アブクがポケットに手を突っ込んだまま、椅子に腰掛けながら加奈に言う。
「え? あ、いえ。引いてませんよ、全然」
呆然と三人のやり取りを見つめていた天音が手を顔の前に持ってきて左右に振りながら言う。天音の言う通り、特に引いていたわけではなく、どこぞの歌詞よろしく〝仲良くケンカする〟三人の姿が新鮮で、見入っていただけなのだ。
「お前らも座れ――あぁ、センマンこの子の分の椅子を持ってきてやれ」
アブクがそう言いながら部室の奥に並べられている数個の椅子――三つ――を左手の親指で肩越しに指しながらセンマンに言う。センマンはボンバーヘッドを揺らしながらコクリと頷き、奥に置かれた椅子を両手で持ち上げ運び、四辺あるテーブルのうち長い二辺の、アブクの正面に当たるまだ椅子の置かれていない一辺の前に置いた。
センマンが「どうぞ」と手を差し出す。まだ興奮冷めやらぬ様子の加奈も渋々腰を下ろし、天音もそれを横目に見つつペコッと会釈をしながら、肩にかけていたカバンを膝の上に置きつつ椅子に座る。
「さて、説明を始めるまえに……」
アブクから見て右手に加奈、左手にセンマン、そして正面に天音が座っている。
アブクは全員が着席したことを確認すると、ポケットから学校から支給されているスマホを取り出し、操作を始めた。
「……?」
天音は不思議そうに、首を傾げながらアブトを見つめるが、他の二人はこの先に行なわれることがわかっているようで、特に反応している様子はない。
アブクは操作を終えて、写真を撮るようにスマホを天音に向ける。
「え? え? 写真撮るんですか!?」
天音は突然向けられたレンズに思わず動揺してしまう。膝の上に置いていたカバンで慌てて顔を隠す。
「グヘヘ、いいじゃねぇか姉ちゃん。お前の感じてる顔見せてくれよ……ハァハァ……」
「なにしてんねん、はよしぃや」
鼻息を荒げてふざけるアブクを、加奈が呆れた声のトーンで諌めながら手でパシッとはたく。はたかれたことにアブクは特に反応しないが、わざとらしく作った興奮した表情は元に戻った。
「そんなことせずに普通に聴けばいいのに……」
センマンが眉を〝ハの字〟にして呟く。
「いいんだよ、こっちの方が早いから。ほら、カバンどけろ」
アブクはスマホのスクリーン越しにカバンで顔を隠す天音を見ている。
「えぇ……私、あまり容姿に自身がないので……」
天音が少しだけカバンを下げ、目だけをアブクに見せながら言う。
「大丈夫大丈夫、加奈より全然かわいいから」
「なんやとお前コラ! この子がかわいいのは認めるけどな、控えめに言うてもタイタイやろ!」
先ほどアブクを諌めた時とは違い、ハッキリと怒りが伝わるトーンでアブクに食って掛かる。
「うーん……仕方ないですねぇ、かわいいって言われちゃ、えへへ」
天音は褒められたことに気を良くして、カバンを膝の上に戻し照れながら髪の毛をいじっている。
「あ、でもちょっと待ってくださいよ、前髪が崩れてるかも……」
天音はそう言って、ブレザーのポケットから支給されたスマホを取り出し、電源を言われないままの真っ暗の画面を、鏡代わりにして綺麗に整えられた所謂〝パッツン〟に切られた髪を整えようとする。
「あぁ、そういうのいいから」
――パシャッ。
「……え?」
アブクが喋った直後に、フラッシュ交じりのスマホ特有の作られたシャッター音が聞こ
える。天音はビックリして目を点にしている。
「おーし、ちょっと待てよ。すぐ結果が送られてくるから」
アブクはスマホを持っていない片手を再びポケットに入れながら、椅子の背もたれにこれでもかと体を預けてスマホを操作している。
「え? え? 結果? え?」
天音の頭上にはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいる。加奈はアブクを横目で見て、先を待っている。センマンは困惑する天音に、苦笑いを向けていた。
――ピロンッ。
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