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序曲
卒業式
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突き抜けるような青空にそびえる天守閣と鯱が輝く鶯里城。そこから見える街並みにはいくらか雪が溶け残り、桜のつぼみはまだ固い。
そんな雪国の城下町にある翔鳳高校の体育館には、在校生をはじめ来賓、教師たち、そして大勢の保護者が几帳面に並べられた椅子に座っており、普段とは違う様相だ。本日は三月一日、卒業式である。
その体育館の一角に四角く並べられたパイプ椅子に、卒業生のハレの日を演出するため吹奏楽部が待機していた。ヒーターの温風はそこまで届かないらしく、鼻がツンと痛くなる冷たい体育館の空気に、カイロを握りしめる者や手足をこすり合わせて寒さをまぎらわす者と様々である。
いよいよもって卒業生が体育館に列を成して入場する時間がやってきた。「卒業生入場」の言葉とともに、吹奏楽部以外は体育館の入口へ体を向け、素晴らしいこの日の主人公たちを心待ちにしている。
楽器をかまえた吹奏楽部員の前に指揮者役の男子生徒が立っている。その右手にある指揮棒が振り下ろされ、式典の定番、エルガーの「威風堂々」が演奏される。
……はずだった。
澄み渡る体育館に響いたのは、弱々しい金管楽器のくすんだ音とガスもれみたいな息だけの音、それから少しして木管楽器が発した「ピョッ」という奇妙な音であった。
トランペットパートの二年生男子・若宮智春は、自身も楽器を吹きつつ、謎の音が聞こえるたびにその出どころを大きな目を右往左往させて探していた。音がかすれた金管パートの顔はひきつり、木管パートのほうは焦ったのか少し頬を紅潮させている。
指揮者役の小柄でミルクティーブラウンの髪をした二年生男子・小宮山竜生は、一瞬苦笑いをしていた。かすれた音を出したのは、彼の所属している金管楽器のホルンパートだったからだ。
その後はミスしたパートに「大丈夫」と口パクとハンドサインで伝えて優しくフォローしていた。この優しさが彼の取り柄である。
智春が視線を先生たちのほうへ向けると、卒業生へ温かな拍手を送っている教師の中、ひとりだけこの場に似つかわしくない表情の女性がいた。彼女こそが吹奏楽部の顧問である。
智春が見たとき、顧問は唖然として拍手が止まりかけていた。その表情はアテレコ出来るなら「やってくれたな」とでも言いたげだ。
最初こそ場の空気はいたたまれないものだったが、そのうちになんとか曲として聴けるようになり、卒業生入場は無事に滞りなく行われた。
顧問も表情を改めて卒業生たちのほうへ向き直っていたが、智春が見る限り、それ以降吹奏楽部へ視線を向けることは無かった。
そんな雪国の城下町にある翔鳳高校の体育館には、在校生をはじめ来賓、教師たち、そして大勢の保護者が几帳面に並べられた椅子に座っており、普段とは違う様相だ。本日は三月一日、卒業式である。
その体育館の一角に四角く並べられたパイプ椅子に、卒業生のハレの日を演出するため吹奏楽部が待機していた。ヒーターの温風はそこまで届かないらしく、鼻がツンと痛くなる冷たい体育館の空気に、カイロを握りしめる者や手足をこすり合わせて寒さをまぎらわす者と様々である。
いよいよもって卒業生が体育館に列を成して入場する時間がやってきた。「卒業生入場」の言葉とともに、吹奏楽部以外は体育館の入口へ体を向け、素晴らしいこの日の主人公たちを心待ちにしている。
楽器をかまえた吹奏楽部員の前に指揮者役の男子生徒が立っている。その右手にある指揮棒が振り下ろされ、式典の定番、エルガーの「威風堂々」が演奏される。
……はずだった。
澄み渡る体育館に響いたのは、弱々しい金管楽器のくすんだ音とガスもれみたいな息だけの音、それから少しして木管楽器が発した「ピョッ」という奇妙な音であった。
トランペットパートの二年生男子・若宮智春は、自身も楽器を吹きつつ、謎の音が聞こえるたびにその出どころを大きな目を右往左往させて探していた。音がかすれた金管パートの顔はひきつり、木管パートのほうは焦ったのか少し頬を紅潮させている。
指揮者役の小柄でミルクティーブラウンの髪をした二年生男子・小宮山竜生は、一瞬苦笑いをしていた。かすれた音を出したのは、彼の所属している金管楽器のホルンパートだったからだ。
その後はミスしたパートに「大丈夫」と口パクとハンドサインで伝えて優しくフォローしていた。この優しさが彼の取り柄である。
智春が視線を先生たちのほうへ向けると、卒業生へ温かな拍手を送っている教師の中、ひとりだけこの場に似つかわしくない表情の女性がいた。彼女こそが吹奏楽部の顧問である。
智春が見たとき、顧問は唖然として拍手が止まりかけていた。その表情はアテレコ出来るなら「やってくれたな」とでも言いたげだ。
最初こそ場の空気はいたたまれないものだったが、そのうちになんとか曲として聴けるようになり、卒業生入場は無事に滞りなく行われた。
顧問も表情を改めて卒業生たちのほうへ向き直っていたが、智春が見る限り、それ以降吹奏楽部へ視線を向けることは無かった。
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