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復活編
スカイウォーク
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─199X年 アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ
パントドンより帰還したテルこと星野輝臣の目の前に広がっていたのは、オリンピックのレスリング会場だった。この光景を忘れるものか。決勝でロシア代表のアレクサンドル・モルドフに手も足も出ずに負けてしまったあの日の事を。
あそこで負けてしまったからこそ、以後の人生もトップに立てず終わったのだ。星野にとってオリンピックは人生における重要なターニングポイントだったのだから。
決勝戦がやってきた。相手はスキンヘッドの大柄な白人。紛うことなきモルドフその人の姿だ。
「……よし」
と、一言を残し星野は試合のマットへと向かう。その顔も、足取りも鼓動も、全てが落ち着き払っている。今の星野は齢50を迎えた後、転生先のパントドンで獣同士の死闘を制したテルの精神状態である。人間同士の、ルールに守られた競技《スポーツ》など恐るるに足らず。
干支乱勢の持つ獣の能力《ちから》はもう無いが、今の星野には若い体がある。そして、闘魂があるのだから……
アレクサンドル・モルドフに勝利した星野の首から下がる金メダルは輝いていた。日本のマスコミから次のシドニーオリンピックについて聞かれるも、彼は
「アマレスの世界は制したので、もう用はありません!次はプロのリングに上がります!!」
とだけ答えた。1周目の時は、控え室で落ち込む星野の元に真日本プロレスから田山聡一がスカウトしに来たのを覚えている。このまま控え室で待てば田山が訪ねてくる筈なので、スカウトを快諾すれば次のステージである。
だが、2周目の星野には先にすべき事があった。
会場の観客席を見渡す星野。……居た!探していた相手を見付け、星野は走る。
「あー、エクスキューズミー!?」
星野は帰り支度をしていた一人の男に話し掛ける。年齢は星野より少し若いが、2メートルを超える長身、銀髪の白人男性。
「Вы что-то хотели?」
彼の今の顔を見るのは初めてだが、誰かは直感で解った。
「やっぱりアンタか、ヴィーカ!」
男の名はヴィクトール・カトレンコ。オリンピック柔道100キロ超級ロシア代表選手である。
「ヴィーカ?女の子みたいな呼び方をしないでくれ。私にはヴィクトールという名がある。というか君は……」
ヴィクトールは星野と目が合うと、妙な既視感に襲われる。
「……テル!」
「お互い、本来の姿で会うのは初めてだが、パントドンでの事は覚えてるみたいだな!」
ヴィクトール・カトレンコ……またの名を寅の干支乱勢・ヴィーカ。
「覚えている……というより思い出した。……死ぬまでの全ての記憶もな」
ヴィクトールの脳内に刻み込まれてゆく、未来で起こりうる事の記憶。最後にロシアの隣国で仲間に射殺された事すらも。
「なあヴィクトール、辛いことまで思い出させてしまったかもしれんが、俺に協力してくれ。というかコレは二十数年後に起こるお前の死を回避する為でもある」
ヴィクトールの見た星野の眼差しは、真っ直ぐでいて、澄んでいた。
「……本来なら、二回戦でヒカルに負けた時点で今こうしてこの場に居る事すら叶わなかった。私が復活出来たのも君のお陰だ。喜んで協力させてくれ」
ヴィクトールが差し出した右手をテルは握り返す。
「スパシーバ!じゃあ、お前にやってもらう事を伝えるぞ……」
テルはヴィクトールにそっと耳打ちする。
オリンピックから1ヶ月後、星野の真日本プロレス入門が決まる。オリンピック金メダリストという実績から入門テストは受けずに新弟子となった星野だが、なんせ新弟子としての生活も二度目である。猛練習も雑用も先輩のシゴキも、難なくこなし同期生達はおろか先輩レスラー達からも一目置かれる存在となっていた。
「箸元《ハシモト》先輩が鹿島《カジ》の部屋にセミを200匹入れるイタズラを手伝うの、二回目だからカジには余計に申し訳なかったな……」
と、言いつつも同期の鹿島聡がセミだらけの部屋でパニックになる様を笑って見ていた星野。入門半年でプロデビュー、更に半年後にはFWUインターナショナルとの対抗戦に若手ながら抜擢される等の好待遇。将来を期待されるエー ス候補として星野のプロレスラー人生は再スタートを切った。
ここまでは、1周目と変わらない。いや、むしろ前よりもスムーズに進んでいる。問題は、これからなのだ。星野を、真日本を、日本のプロレス界を永久凍土に変えてしまった前代未聞の大災害、“プロレス冬の時代”こと、総合格闘技ブームが訪れるまであと数年後に迫っているのだから……
パントドンより帰還したテルこと星野輝臣の目の前に広がっていたのは、オリンピックのレスリング会場だった。この光景を忘れるものか。決勝でロシア代表のアレクサンドル・モルドフに手も足も出ずに負けてしまったあの日の事を。
あそこで負けてしまったからこそ、以後の人生もトップに立てず終わったのだ。星野にとってオリンピックは人生における重要なターニングポイントだったのだから。
決勝戦がやってきた。相手はスキンヘッドの大柄な白人。紛うことなきモルドフその人の姿だ。
「……よし」
と、一言を残し星野は試合のマットへと向かう。その顔も、足取りも鼓動も、全てが落ち着き払っている。今の星野は齢50を迎えた後、転生先のパントドンで獣同士の死闘を制したテルの精神状態である。人間同士の、ルールに守られた競技《スポーツ》など恐るるに足らず。
干支乱勢の持つ獣の能力《ちから》はもう無いが、今の星野には若い体がある。そして、闘魂があるのだから……
アレクサンドル・モルドフに勝利した星野の首から下がる金メダルは輝いていた。日本のマスコミから次のシドニーオリンピックについて聞かれるも、彼は
「アマレスの世界は制したので、もう用はありません!次はプロのリングに上がります!!」
とだけ答えた。1周目の時は、控え室で落ち込む星野の元に真日本プロレスから田山聡一がスカウトしに来たのを覚えている。このまま控え室で待てば田山が訪ねてくる筈なので、スカウトを快諾すれば次のステージである。
だが、2周目の星野には先にすべき事があった。
会場の観客席を見渡す星野。……居た!探していた相手を見付け、星野は走る。
「あー、エクスキューズミー!?」
星野は帰り支度をしていた一人の男に話し掛ける。年齢は星野より少し若いが、2メートルを超える長身、銀髪の白人男性。
「Вы что-то хотели?」
彼の今の顔を見るのは初めてだが、誰かは直感で解った。
「やっぱりアンタか、ヴィーカ!」
男の名はヴィクトール・カトレンコ。オリンピック柔道100キロ超級ロシア代表選手である。
「ヴィーカ?女の子みたいな呼び方をしないでくれ。私にはヴィクトールという名がある。というか君は……」
ヴィクトールは星野と目が合うと、妙な既視感に襲われる。
「……テル!」
「お互い、本来の姿で会うのは初めてだが、パントドンでの事は覚えてるみたいだな!」
ヴィクトール・カトレンコ……またの名を寅の干支乱勢・ヴィーカ。
「覚えている……というより思い出した。……死ぬまでの全ての記憶もな」
ヴィクトールの脳内に刻み込まれてゆく、未来で起こりうる事の記憶。最後にロシアの隣国で仲間に射殺された事すらも。
「なあヴィクトール、辛いことまで思い出させてしまったかもしれんが、俺に協力してくれ。というかコレは二十数年後に起こるお前の死を回避する為でもある」
ヴィクトールの見た星野の眼差しは、真っ直ぐでいて、澄んでいた。
「……本来なら、二回戦でヒカルに負けた時点で今こうしてこの場に居る事すら叶わなかった。私が復活出来たのも君のお陰だ。喜んで協力させてくれ」
ヴィクトールが差し出した右手をテルは握り返す。
「スパシーバ!じゃあ、お前にやってもらう事を伝えるぞ……」
テルはヴィクトールにそっと耳打ちする。
オリンピックから1ヶ月後、星野の真日本プロレス入門が決まる。オリンピック金メダリストという実績から入門テストは受けずに新弟子となった星野だが、なんせ新弟子としての生活も二度目である。猛練習も雑用も先輩のシゴキも、難なくこなし同期生達はおろか先輩レスラー達からも一目置かれる存在となっていた。
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