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伯剌西爾編
FLAME OF MIND
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「日本のプロレス団体?」
アカデミーへと戻ったニクソンの耳に、安藤譲司による道場破りと、それをヒカルドが難なく返り討ちにしたと報告が飛び込んだ。
「格闘プロレスを名乗っていましたが、大した事はありませんでした。奴らのボスたるマサヒコタカギというのも大した事はないでしょう」
ヒカルドの淹れたコーヒーを啜り、ニクソンは数秒の沈黙の後、意外な言葉を口にした。
「そのアンドーという男のボス、タカギと私で闘おうじゃないか」
「師匠!?」
「いいかいヒカルド、これはビジネスさ。日本は我々に多大な利益を生む市場となる可能性を秘めている」
「金《ヂニェイロ》……」
「以前、私が日本で戦った格闘家のナオキ・ヒライ……彼がブラジリアン柔術を始めると聞いてな」
ニクソンは、一年前に元プロレスラーで総合格闘技団体を興した田山総一という男の開催したトーナメントに参戦し、決勝戦で田山の弟子・平井直樹を破り優勝した。
だが、対戦相手の平井は一回戦でフランスの格闘家ピエール・ド・ゴールから受けたサミングで片目を負傷し、間もなく片目を失明。引退を余儀なくされた。
「ヒライ君を指導する傍ら、日本にブラジリアン柔術を普及させ、プレマシーアカデミーの日本支部を設立する予定なのだ。 だから日本で最強を謳うタカギを倒せばいい宣伝になる」
「何だ、てっきり師匠がプロレスとかいう茶番をするのかと思いましたよ」
ヒカルドは胸を撫で下ろした。 柔術家として尊敬する師・ニクソンが金に目が眩み八百長じみたショーに身を落とすつもりではと考えだが、杞憂に過ぎなかったからだ。
「柔術の布教と、世界中の支部を維持する為には金が要る。しかし、私は武術家の魂まで売り払う気は無いよ!」
ハハハと笑うニクソン。金が何よりの力となるのはヒカルドも身を以て知っている。そんな世界で自分を拾ってくれた師ことニクソン・プレマシーは人としても武術家としても大きな男である……少なくとも、この時まではそう思っていた。
一格闘技ブーム!
2000年代初頭、日本にそのムーヴメントは訪れた!F.U.Wの産んだ格闘プロレスは打《ストライク》・投《スープレックス》・極《サブミッション》による総合格闘技(MixedMarshallArts)へと進化し、 ボクシング・空手・相撲・レスリン グ等々あらゆる競技の猛者たちが群雄割拠する土壌を作り上げた。
そして、世紀の大物、600戦無敗の男ことニクソン・プレマシーがプロレス界最強を謳う高木誠彦を破ると、プレマシー一族とブラジリアン柔術の名は日本にも轟いた。
しかし、ある男の出現が格闘技ブームを加速させるとともに、プレマシー一族の脅威となる。
─200×年、有明コロシアム
その日、会場の数万人が沸き、リングに立つ一人の男に喝采を送る。
人呼んで『紅いパンツのしっかり者』、『IT レスラー』。その男の名は桜田潔志《さくらだきよし》!
Fインターでプロレスラーとしてデビューした彼は、若手時代こそ高木や安藤といった団体内トップ選手の陰で過ごすものの、類い希なるレスリングの才能を秘めていた。
Fインタ一解散後は、高木誠彦率いる高木塾のメンバーとして総合格闘技の試合をこなし頭角を現す。 そして、この年に行われたトーナメントの一回戦でニクソンの弟・ロイスが桜田の師・高木を破った。
二回戦でロイスと当たった桜田は、なんとロイスに判定とはいえ勝ってしまったのだ。
その後、ロイスとの再戦、ニクソンの弟達や甥といったプレマシー姓の柔術家達を次々に負かしてゆく。そして、3つめに付いた異名こそ「プレマシーハンター」である。
「次は“お兄さん”、僕と闘ってください!逃げないでくださいよ!?」
桜田がリング上で行ったマイクアピールである。 “お兄さん”とは勿論、一族の長兄ニクソン・プレマシーその人を指す。
高木誠彦、センドー・イシザワ、 永西青義《ながにしせいぎ》、アトラス星野……あらゆる日本人プロレスラー達が格闘家に敗れ、プロレスの最強神話が崩れ去る中、桜田は日本中のプロレス・格闘技ファンからの人気を独り占めするかの如く集めたのだ。
桜田の躍進により盛り上がりを見せる格闘技界。 だが、プレマシー側からすれば当然おもしろくない。プロレスラーにここまで馬鹿にされているのだから。しかし、一族側にも後がないのも事実である。
ロイス、ロイラー、レンツォ、ウェナー、パバイロン……ニクソンの弟や甥が悉く敗れ、ついにはニクソン自らが出なければならないのかという時だった。
「師匠、オレにサクラダと闘《や》らせてください」
そう直訴したのは、ニクソンの弟子・ヒカルド。
「君が?サクラダと?」
ヒカルドの強さはニクソンも充分知っている。自ら紫帯を授与し、いずれは黒帯まで与えるつもりなのだ。しかし、彼は未だにプロの格闘家として試合をした事が無い。プロデビュ一戦が日本最強の男である桜田潔志……あまりにも冒険しすぎなカードではなかろうか。
「プロレスラーごときに柔術を、プレマシーアカデミーを嘗められている事はガマンできません。オレに行かせてください!!」
「……解った。ヒカルド、君にサクラダと戦ってもらおう!すぐにパスポートとビザを取れ!」
ニクソンは賭けに出た。ヒカルドが負けても、プレマシー姓ではない彼が敗れたとて一族のメンツが濡れる事にはなるまいと、そしてもしもヒカルドが勝てば、弟子に負ける様な男の挑戦など受けるものかと正面から桜田との試合を突っぱねる事が出来るだろう、と。
アカデミーへと戻ったニクソンの耳に、安藤譲司による道場破りと、それをヒカルドが難なく返り討ちにしたと報告が飛び込んだ。
「格闘プロレスを名乗っていましたが、大した事はありませんでした。奴らのボスたるマサヒコタカギというのも大した事はないでしょう」
ヒカルドの淹れたコーヒーを啜り、ニクソンは数秒の沈黙の後、意外な言葉を口にした。
「そのアンドーという男のボス、タカギと私で闘おうじゃないか」
「師匠!?」
「いいかいヒカルド、これはビジネスさ。日本は我々に多大な利益を生む市場となる可能性を秘めている」
「金《ヂニェイロ》……」
「以前、私が日本で戦った格闘家のナオキ・ヒライ……彼がブラジリアン柔術を始めると聞いてな」
ニクソンは、一年前に元プロレスラーで総合格闘技団体を興した田山総一という男の開催したトーナメントに参戦し、決勝戦で田山の弟子・平井直樹を破り優勝した。
だが、対戦相手の平井は一回戦でフランスの格闘家ピエール・ド・ゴールから受けたサミングで片目を負傷し、間もなく片目を失明。引退を余儀なくされた。
「ヒライ君を指導する傍ら、日本にブラジリアン柔術を普及させ、プレマシーアカデミーの日本支部を設立する予定なのだ。 だから日本で最強を謳うタカギを倒せばいい宣伝になる」
「何だ、てっきり師匠がプロレスとかいう茶番をするのかと思いましたよ」
ヒカルドは胸を撫で下ろした。 柔術家として尊敬する師・ニクソンが金に目が眩み八百長じみたショーに身を落とすつもりではと考えだが、杞憂に過ぎなかったからだ。
「柔術の布教と、世界中の支部を維持する為には金が要る。しかし、私は武術家の魂まで売り払う気は無いよ!」
ハハハと笑うニクソン。金が何よりの力となるのはヒカルドも身を以て知っている。そんな世界で自分を拾ってくれた師ことニクソン・プレマシーは人としても武術家としても大きな男である……少なくとも、この時まではそう思っていた。
一格闘技ブーム!
2000年代初頭、日本にそのムーヴメントは訪れた!F.U.Wの産んだ格闘プロレスは打《ストライク》・投《スープレックス》・極《サブミッション》による総合格闘技(MixedMarshallArts)へと進化し、 ボクシング・空手・相撲・レスリン グ等々あらゆる競技の猛者たちが群雄割拠する土壌を作り上げた。
そして、世紀の大物、600戦無敗の男ことニクソン・プレマシーがプロレス界最強を謳う高木誠彦を破ると、プレマシー一族とブラジリアン柔術の名は日本にも轟いた。
しかし、ある男の出現が格闘技ブームを加速させるとともに、プレマシー一族の脅威となる。
─200×年、有明コロシアム
その日、会場の数万人が沸き、リングに立つ一人の男に喝采を送る。
人呼んで『紅いパンツのしっかり者』、『IT レスラー』。その男の名は桜田潔志《さくらだきよし》!
Fインターでプロレスラーとしてデビューした彼は、若手時代こそ高木や安藤といった団体内トップ選手の陰で過ごすものの、類い希なるレスリングの才能を秘めていた。
Fインタ一解散後は、高木誠彦率いる高木塾のメンバーとして総合格闘技の試合をこなし頭角を現す。 そして、この年に行われたトーナメントの一回戦でニクソンの弟・ロイスが桜田の師・高木を破った。
二回戦でロイスと当たった桜田は、なんとロイスに判定とはいえ勝ってしまったのだ。
その後、ロイスとの再戦、ニクソンの弟達や甥といったプレマシー姓の柔術家達を次々に負かしてゆく。そして、3つめに付いた異名こそ「プレマシーハンター」である。
「次は“お兄さん”、僕と闘ってください!逃げないでくださいよ!?」
桜田がリング上で行ったマイクアピールである。 “お兄さん”とは勿論、一族の長兄ニクソン・プレマシーその人を指す。
高木誠彦、センドー・イシザワ、 永西青義《ながにしせいぎ》、アトラス星野……あらゆる日本人プロレスラー達が格闘家に敗れ、プロレスの最強神話が崩れ去る中、桜田は日本中のプロレス・格闘技ファンからの人気を独り占めするかの如く集めたのだ。
桜田の躍進により盛り上がりを見せる格闘技界。 だが、プレマシー側からすれば当然おもしろくない。プロレスラーにここまで馬鹿にされているのだから。しかし、一族側にも後がないのも事実である。
ロイス、ロイラー、レンツォ、ウェナー、パバイロン……ニクソンの弟や甥が悉く敗れ、ついにはニクソン自らが出なければならないのかという時だった。
「師匠、オレにサクラダと闘《や》らせてください」
そう直訴したのは、ニクソンの弟子・ヒカルド。
「君が?サクラダと?」
ヒカルドの強さはニクソンも充分知っている。自ら紫帯を授与し、いずれは黒帯まで与えるつもりなのだ。しかし、彼は未だにプロの格闘家として試合をした事が無い。プロデビュ一戦が日本最強の男である桜田潔志……あまりにも冒険しすぎなカードではなかろうか。
「プロレスラーごときに柔術を、プレマシーアカデミーを嘗められている事はガマンできません。オレに行かせてください!!」
「……解った。ヒカルド、君にサクラダと戦ってもらおう!すぐにパスポートとビザを取れ!」
ニクソンは賭けに出た。ヒカルドが負けても、プレマシー姓ではない彼が敗れたとて一族のメンツが濡れる事にはなるまいと、そしてもしもヒカルドが勝てば、弟子に負ける様な男の挑戦など受けるものかと正面から桜田との試合を突っぱねる事が出来るだろう、と。
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