干支乱勢(えとらんぜ)~12人のおじさん格闘家、ケモミミ少女に異世界転生しバトルトーナメントに挑みます!~

たかはた睦

文字の大きさ
上 下
23 / 60
大会編

subconscious

しおりを挟む
 ハリケーン・ボルト。─それは、とあるボクシング漫画に登場する技の名である。その作品において、メインキャラクター達はみなそれぞれ必殺技を持っており、その中で最も小柄な体格をしたキャラクターが放つ必殺ブローこそが、このハリケーン・ボルトなのだ。空高くジャンプし、落下しながら相手を殴りつけるという、この無茶苦茶な技はボクシングのルール上は反則ではないとされる。
 しかし、これを実際のボクシングやその他格闘技の試合で再現した者は居なかった。いや、出来なかったと言った方が正しいか。

 上空から降下したエリの拳を、テルは×バツの時に交差させた腕で顔面を覆い、防いでいた。

「ふむ」

 仰向けになったテルの上を蹲踞で跨ぐ形になったエリは、技の入りが浅いと見る飛び退いて立ち上がる。マウントポジションを取る事も可能だが、彼に総合格闘技の心得は無い。レスラー相手にグラウンド勝負を仕掛けるのはご免被りたいのだ。
 ダウンカウントが入る前にテルは立ち上がる。ハリケーン・ボルトを受けた右前腕はひどく痛むが、骨折や筋断裂には至っていない。そして咄嗟に顔を覆っていなければ確実に負けていただろう。

「……忘れてたぜ。お前が漫画好きだって事をよ」

 エリは一回戦でも、仕合中や仕合後に漫画の台詞を引用していたほどのコミックマニアである。彼の漫画への情熱、持ち前の運動神経、そして干支乱勢の小柄な体格が、荒唐無稽な技を実現させたのだ。

「リンカケも、ジョーもイッポも、おれの大好きなボクシング漫画でな」

 エリは得意げに笑ってみせ、おまけに両腕をだらりと垂らす、8の字に上半身を動かしてみせるなどという余裕を見せた。

「こんなに強くて面白ぇ奴と闘えるなんて、最高じゃねえか!」

 テルもエリ同様、笑っていた。願わくば大勢の観衆の中、アトラス星野として、エリック・ジョーンズと真日本プロレスのリングで闘いたかった、と。

「テル、おれのパンチの速さ強さと、お前の反射に打たれ強さ、どちらが優れているか、一撃で決めようじゃないか」

 エリは右拳を突き出す。

「いいぜ。それに俺もお前に一つ食らわせてやりたい技があるからな!」

 テルは両腕を広げ、構える。それがOKのサインであった。

「ギャラクティカっ…マグナム!!」

 エリの右拳が吠える!

「ウオォぉぉぉぉっ」

 音速並みに速いエリの拳をテルはギリギリでかわす。左頬を掠めた拳により皮膚が裂かれ出血。しかし、テルはそれをものともしない。有刺鉄線凶器持ち込みデスマッチで流した血の量と傷の深さは、こんなものではない。

「目には目を!漫画には漫画だぜ!」

 エリの右ストレートを潜るように踏み込んだテルは、右腕をエリの首に掛け、頭をエリの右脇に、左手でエリのトランクスを掴む。そしてエリの首を支点に抱え上げた。

『これは…ブレーンバスター!!』

 ブレーンバスター……かつて、パイルドライバー、バックドロップ、ジャーマンスープレックスと並んでプロレス4大必殺技と呼ばれた投げ技である。

「ウッシャァー!!」

 通常のブレーンバスターが担いだ相手を背面から落とすのに対し、テルが放ったのは「垂直落下式」と呼ばれる極めて殺傷力の高い形式だった。
 頭部を叩きつけられたエリは、技名通り脳天《ブレーン》を破壊《バスター》されたかのダメージを負った。

1ウーヌム2ドゥオ3トリア……」

 審判ゴーレムがダウンカウントを開始する。

8オクトー9ノウェム10デケム!……勝者、テル!!」

『テル選手の勝利です!Aブロックから準決勝へ駒を進めたのは子《ゲッシ》国!!』

 実況がそう告げる中、エリは意識を取り戻した。

「テルよ…最後の技は、何てキャラクターのマネなんだ?」

「東三四郎《あずまさんしろう》……俺の大好きなプロレス漫画の主人公だ」

「そうか…読んでみたかったよ、その漫画も……」

 言い残すと、エリの体は光に包まれ、ビーグルに似た子犬の姿へ。

「俺も、読ませてやりたかったよ。コンバヤシ先生の漫画は全部面白いんだぜ……」

 テルは子犬の頭を撫でると、振り返らずにリングを後にした。その表情は悲しみとも怒りとも付かない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...