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大会編
お前は虎になれ!
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─ロシア・ウラジオストク
「ただいま」
玄関のドアを解錠し、帰宅した男は開口一番にそう言った。
「パーパ!おかえりなさい!!」
男を出迎えるため、家の奥から走ってきたのは齢10歳ほどの少女。
「ただいま、カーチャ。いい子にしてたかい?」
男はそう言って、カーチャと呼んだ娘の頭を撫でると、共にリビングへと向かった。
「ただいま、リュドミラ」
「おかえりなさい、ヴィクトール」
男─ヴィクトールは妻リュドミラに近付き、椅子に座った彼女よりも更に低くなるように屈むと、彼女の膨れたお腹を撫でる。
「ただいま、イワン。パーパもマーマもカーチャも早く君に会いたいんだよ」
妊娠した妻の胎内には、近々産まれるであろうヴィクトールの第二子がいる。この家族想いの男はヴィクトール・カトレンコ。サンボと柔道を極めた格闘技の達人である。かつては「氷の猛虎」と呼ばれ恐れられたが、今は現役を退き後進の育成に励んでいる。そして、家庭に帰れば愛妻家にして子煩悩な一人の男なのだ。
それは突然だった。政府が隣国への挙兵と侵略を始め、ヴィクトールは徴兵の対象となり出兵する事となった。
幾多の弾丸を撃ち、幾人の敵兵を殺めたのだろうか。 知らぬ土地の名も知らぬ、恨みも無い者達を。 肉体も精神も疲弊する日々の中、ヴィクトールは戦い続けた。全ては国に残した家族に生きて会うためである。
ある日の事だった。 進軍先のとある町で、瓦礫に挟まれ動けなくなっている女性と、その傍らで泣く少女を発見した。自国の空爆により犠牲となった敵国の市民。だが彼女たちはまだ生きているではないか。気が付けばヴィクトールは瓦礫をどかし、母親を助けていた。親子は侵略者であるロシア兵に対し、畏怖の視線を向けている。
「ニゲナサイ」
ヴィクトールが拙い敵国語で言うと、親子も「スパスィーバ」と言い残し、走り去った。
彼は親子に自らの妻子の姿を重ねてしまったのだ。そして、彼女らの夫であり父親を自分は殺してしまったかもしれない。
「ребенком!!!!」
ヴィクトールは携えていた小銃を投げ捨てた。 何もかもがおかしい、狂っている。なぜ自分はこんな事をしなければならないのだと、やり場のない怒りを込めて。
その時だった。
「ッッ!!?」
背中から腹部への焼ける様な痛み。 戦闘服に滲む血。背後から銃撃を受けたのだ。
「何の真似だカトレンコ。敵国民を逃がし、大統領から賜った銃を捨てるとは」
倒れたヴィクトールの元へ、硝煙の匂いを銃口から漂わせながら近づく一人のロシア兵。
「ポロチェンコ……」
それは同じ部隊の兵士だった。国家と大統領に心酔するヴィクトールとは真逆の男・ポロチェンコ。
「裏切り者には制裁を!」
ポロチェンコの持つライフルがヴィクトールの頭部に至近距離で照準を合わせる。
(すまない、リュドミラ、カーチャ、イワン、そして名も知らぬ親子よ)
銃声ののち、守ることの出来なかった者達への罪に苛まれながらヴィクトール・カトレンコはこの世を去った。
─パントドン殺死合夢
『決まったー!寅《ティガ》の干支乱勢・ヴィーカ、二回戦進出です!!』
勝ち名乗りを受けたのは銀髪に白虎の耳を生やした少女・ヴィーカ。対戦相手である申干支乱勢・ジュリエッタを顎へ掌底からの体落とし、そして瞬く間に送り襟締めで失神させ勝利を我が物とした。剛力と柔軟性を持つトラの特性はサンボ・柔道との相性が抜群であった。
「オレの相手はあの露助野郎か」
二階席から仕合を見ていたヒカルが呟く。彼の祖父は戦争でソ連兵相手に戦ったと聞いている。その際、祖父は「露助」という言葉をよく口にしていたのだ。
「柔術と柔道、そしてオレとお前、勝つのは勿論オレであり柔術だ」
ヒカルは先端の割れた舌をぺろりと出し、不敵に笑った。
「ただいま」
玄関のドアを解錠し、帰宅した男は開口一番にそう言った。
「パーパ!おかえりなさい!!」
男を出迎えるため、家の奥から走ってきたのは齢10歳ほどの少女。
「ただいま、カーチャ。いい子にしてたかい?」
男はそう言って、カーチャと呼んだ娘の頭を撫でると、共にリビングへと向かった。
「ただいま、リュドミラ」
「おかえりなさい、ヴィクトール」
男─ヴィクトールは妻リュドミラに近付き、椅子に座った彼女よりも更に低くなるように屈むと、彼女の膨れたお腹を撫でる。
「ただいま、イワン。パーパもマーマもカーチャも早く君に会いたいんだよ」
妊娠した妻の胎内には、近々産まれるであろうヴィクトールの第二子がいる。この家族想いの男はヴィクトール・カトレンコ。サンボと柔道を極めた格闘技の達人である。かつては「氷の猛虎」と呼ばれ恐れられたが、今は現役を退き後進の育成に励んでいる。そして、家庭に帰れば愛妻家にして子煩悩な一人の男なのだ。
それは突然だった。政府が隣国への挙兵と侵略を始め、ヴィクトールは徴兵の対象となり出兵する事となった。
幾多の弾丸を撃ち、幾人の敵兵を殺めたのだろうか。 知らぬ土地の名も知らぬ、恨みも無い者達を。 肉体も精神も疲弊する日々の中、ヴィクトールは戦い続けた。全ては国に残した家族に生きて会うためである。
ある日の事だった。 進軍先のとある町で、瓦礫に挟まれ動けなくなっている女性と、その傍らで泣く少女を発見した。自国の空爆により犠牲となった敵国の市民。だが彼女たちはまだ生きているではないか。気が付けばヴィクトールは瓦礫をどかし、母親を助けていた。親子は侵略者であるロシア兵に対し、畏怖の視線を向けている。
「ニゲナサイ」
ヴィクトールが拙い敵国語で言うと、親子も「スパスィーバ」と言い残し、走り去った。
彼は親子に自らの妻子の姿を重ねてしまったのだ。そして、彼女らの夫であり父親を自分は殺してしまったかもしれない。
「ребенком!!!!」
ヴィクトールは携えていた小銃を投げ捨てた。 何もかもがおかしい、狂っている。なぜ自分はこんな事をしなければならないのだと、やり場のない怒りを込めて。
その時だった。
「ッッ!!?」
背中から腹部への焼ける様な痛み。 戦闘服に滲む血。背後から銃撃を受けたのだ。
「何の真似だカトレンコ。敵国民を逃がし、大統領から賜った銃を捨てるとは」
倒れたヴィクトールの元へ、硝煙の匂いを銃口から漂わせながら近づく一人のロシア兵。
「ポロチェンコ……」
それは同じ部隊の兵士だった。国家と大統領に心酔するヴィクトールとは真逆の男・ポロチェンコ。
「裏切り者には制裁を!」
ポロチェンコの持つライフルがヴィクトールの頭部に至近距離で照準を合わせる。
(すまない、リュドミラ、カーチャ、イワン、そして名も知らぬ親子よ)
銃声ののち、守ることの出来なかった者達への罪に苛まれながらヴィクトール・カトレンコはこの世を去った。
─パントドン殺死合夢
『決まったー!寅《ティガ》の干支乱勢・ヴィーカ、二回戦進出です!!』
勝ち名乗りを受けたのは銀髪に白虎の耳を生やした少女・ヴィーカ。対戦相手である申干支乱勢・ジュリエッタを顎へ掌底からの体落とし、そして瞬く間に送り襟締めで失神させ勝利を我が物とした。剛力と柔軟性を持つトラの特性はサンボ・柔道との相性が抜群であった。
「オレの相手はあの露助野郎か」
二階席から仕合を見ていたヒカルが呟く。彼の祖父は戦争でソ連兵相手に戦ったと聞いている。その際、祖父は「露助」という言葉をよく口にしていたのだ。
「柔術と柔道、そしてオレとお前、勝つのは勿論オレであり柔術だ」
ヒカルは先端の割れた舌をぺろりと出し、不敵に笑った。
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