Sweet Silence

石蜜みかん

文字の大きさ
上 下
55 / 62
番外編

Akito 第1話

しおりを挟む

 自分にしか出来ないことを見つけたくて、バンドを始めた。
 周囲の個性的な面々を見ているうちに自信を失くして、絵を描くことで差別化を図ろうと思った。

 漫画家デビュー出来たのは、バンドを兼任しているという異色の経歴のおかげでもあると、秋都は自身でわかっている。
 もちろん努力は惜しまなかったし、実際に編集の人も画力や構成力の向上を褒めてくれた。

 でも、秋都はそれだけではいけないような気がずっとしていた。
 むしろどちらも手をつけることで、片手間になってしまっているのではないかと悩んでいたのだ。


「ごめん、明日締め切りで」

 電話口で謝りながらも、秋都は器用に片手でペンを動かし続けている。
 タブレット端末には次々と線が重ねられてゆき、やがてひとりの人物の姿が現れた。

 電話の相手である爽汰は、終わったら連絡しろと言って通話を切ってしまう。
 秋都はため息をつきながら、描き上がった絵を保存した。


 ヴィジュアル系バンドと少女漫画家を兼任している、と言うと、大抵はまず驚かれる。
 そして二言目には、忙しそうで大変だねと労われるのが常だ。

 実際にこうしてレコーディングと締め切りが重なった時は慌ただしくはなるが、正直そこまでヤバイ事態に陥ったことはない。
 そもそも秋都の連載はページ数が少ないし、慣れてきた今では締め切り前に余裕で入稿できることすらある。

 だが、漫画家デビューしたての頃は地獄だった。
 その頃は逆にまだバンド活動の方が暇で、割と時間の自由はきいた。
 しかし絵を描くことが好きなのと職業にするのとは全く別の話で、秋都は何度も編集の人にダメ出しをされては凹んでいたのだ。

「あーあ、どっかにいいネタ転がってないかなぁ」

 そんなことを呟きながら、新たなコマに線を描く。

 いま連載中の漫画はヴィジュアル系あるあるをモチーフにしているのだが、現役だからといって、そうそう上手く話を作ることができるものでもないのだ。

「また失踪話でも書くかなぁ」

 まさか本当にそんな状況が訪れるとは露知らず、秋都は自身のバンドメンバーがギャンブルで借金した話をネームに起こし始めるのだった。

*****

 新しいメンバーが加入するかもしれない、という話は、ネタに詰まっていた秋都からすれば願ったり叶ったりだった。

 その日は温めていたリーダーの失敗談が編集者にウケて、思いのほか早く打ち合わせも終わっていた。

 ウキウキしながらバスに乗り込む。意気揚々と最前に陣取って、秋都は窓の外を眺めながら話の流れを考えていた。

 透が乗り込むバス停が近付く。まだ早いからいないだろうと思っていたら、誰かに話しかけている姿が目に入った。
 相手はずいぶんと小柄で華奢な人物だ。


 まさか、ナンパしてるとか言わないよね……?


 バンド一筋の彼がそんなことをするわけがないと考えつつも、乗り込んできた二人を見て秋都は目を疑った。

 透の隣に座ったのは、どう見ても可憐な美少女だ。


 うわあ、めっちゃ瞳が大きくて肌の色が白い。髪もさらっさらだし。あんなコをヒロインにして、キュンキュンするラブストーリーとか描いてみたいなぁ。

 
 振り返ってガン見していると、前を向いた透と目が合った。
 秋都は、トールもやるじゃん、という意味を込めてにっこりと笑ってやった。



 よくよく考えたらあの子が新メンバーなのかも、と気付いたのは、目的のバス停に着く直前だった。
 近付いて見てみると本当に少女漫画のキャラクターみたいに可愛くて、秋都は思わずそのやわらかそうな頬を触りたくなってしまう。

 相手の許容範囲を探りながら少しずつ距離を詰めていくのは、秋都の得意とするところだ。
 意外と寛容なのを見て取って、秋都は待望の愛らしい頬に手を伸ばす。

 それは見た目よりもずっとやわらかで、秋都は他の場所も触ってみたいな、などと考えてしまった。
 透が慌てふためく姿というのも珍しくて、つい面白くなってからかってしまう。
 フードコートに誘ったのも、もうすこし遊んでいたかったからだった。



 聖の音を初めて聴いた時、秋都は、ギターもこんなにいろんな音が出せるんだな、と驚いたものだ。
 パートの性質上、秋都はキーボードの設定を変えさえすれば様々な音色を使うことができる。
 だが、聖の場合はそれとはまた違っていた。おそらく全く同じギターを透が弾いたとしても、同じ音を再現することは出来ないのだろう。


 才能があって可愛くて性格も良さそうとか……神様に愛された人って、いるんだなぁ。


 秋都はぼんやりとそんなことを思いながら、聖の細い背中を眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

俺が総受けって何かの間違いですよね?

彩ノ華
BL
生まれた時から体が弱く病院生活を送っていた俺。 17歳で死んだ俺だが女神様のおかげで男同志が恋愛をするのが普通だという世界に転生した。 ここで俺は青春と愛情を感じてみたい! ひっそりと平和な日常を送ります。 待って!俺ってモブだよね…?? 女神様が言ってた話では… このゲームってヒロインが総受けにされるんでしょっ!? 俺ヒロインじゃないから!ヒロインあっちだよ!俺モブだから…!! 平和に日常を過ごさせて〜〜〜!!!(泣) 女神様…俺が総受けって何かの間違いですよね? モブ(無自覚ヒロイン)がみんなから総愛されるお話です。

双子攻略が難解すぎてもうやりたくない

はー
BL
※監禁、調教、ストーカーなどの表現があります。 22歳で死んでしまった俺はどうやら乙女ゲームの世界にストーカーとして転生したらしい。 脱ストーカーして少し遠くから傍観していたはずなのにこの双子は何で絡んでくるんだ!! ストーカーされてた双子×ストーカー辞めたストーカー(転生者)の話 ⭐︎登場人物⭐︎ 元ストーカーくん(転生者)佐藤翔  主人公 一宮桜  攻略対象1 東雲春馬  攻略対象2 早乙女夏樹  攻略対象3 如月雪成(双子兄)  攻略対象4 如月雪 (双子弟)  元ストーカーくんの兄   佐藤明

兄が媚薬を飲まされた弟に狙われる話

ْ
BL
弟×兄

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

処理中です...