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番外編
Akito 第1話
しおりを挟む自分にしか出来ないことを見つけたくて、バンドを始めた。
周囲の個性的な面々を見ているうちに自信を失くして、絵を描くことで差別化を図ろうと思った。
漫画家デビュー出来たのは、バンドを兼任しているという異色の経歴のおかげでもあると、秋都は自身でわかっている。
もちろん努力は惜しまなかったし、実際に編集の人も画力や構成力の向上を褒めてくれた。
でも、秋都はそれだけではいけないような気がずっとしていた。
むしろどちらも手をつけることで、片手間になってしまっているのではないかと悩んでいたのだ。
「ごめん、明日締め切りで」
電話口で謝りながらも、秋都は器用に片手でペンを動かし続けている。
タブレット端末には次々と線が重ねられてゆき、やがてひとりの人物の姿が現れた。
電話の相手である爽汰は、終わったら連絡しろと言って通話を切ってしまう。
秋都はため息をつきながら、描き上がった絵を保存した。
ヴィジュアル系バンドと少女漫画家を兼任している、と言うと、大抵はまず驚かれる。
そして二言目には、忙しそうで大変だねと労われるのが常だ。
実際にこうしてレコーディングと締め切りが重なった時は慌ただしくはなるが、正直そこまでヤバイ事態に陥ったことはない。
そもそも秋都の連載はページ数が少ないし、慣れてきた今では締め切り前に余裕で入稿できることすらある。
だが、漫画家デビューしたての頃は地獄だった。
その頃は逆にまだバンド活動の方が暇で、割と時間の自由はきいた。
しかし絵を描くことが好きなのと職業にするのとは全く別の話で、秋都は何度も編集の人にダメ出しをされては凹んでいたのだ。
「あーあ、どっかにいいネタ転がってないかなぁ」
そんなことを呟きながら、新たなコマに線を描く。
いま連載中の漫画はヴィジュアル系あるあるをモチーフにしているのだが、現役だからといって、そうそう上手く話を作ることができるものでもないのだ。
「また失踪話でも書くかなぁ」
まさか本当にそんな状況が訪れるとは露知らず、秋都は自身のバンドメンバーがギャンブルで借金した話をネームに起こし始めるのだった。
*****
新しいメンバーが加入するかもしれない、という話は、ネタに詰まっていた秋都からすれば願ったり叶ったりだった。
その日は温めていたリーダーの失敗談が編集者にウケて、思いのほか早く打ち合わせも終わっていた。
ウキウキしながらバスに乗り込む。意気揚々と最前に陣取って、秋都は窓の外を眺めながら話の流れを考えていた。
透が乗り込むバス停が近付く。まだ早いからいないだろうと思っていたら、誰かに話しかけている姿が目に入った。
相手はずいぶんと小柄で華奢な人物だ。
まさか、ナンパしてるとか言わないよね……?
バンド一筋の彼がそんなことをするわけがないと考えつつも、乗り込んできた二人を見て秋都は目を疑った。
透の隣に座ったのは、どう見ても可憐な美少女だ。
うわあ、めっちゃ瞳が大きくて肌の色が白い。髪もさらっさらだし。あんなコをヒロインにして、キュンキュンするラブストーリーとか描いてみたいなぁ。
振り返ってガン見していると、前を向いた透と目が合った。
秋都は、トールもやるじゃん、という意味を込めてにっこりと笑ってやった。
よくよく考えたらあの子が新メンバーなのかも、と気付いたのは、目的のバス停に着く直前だった。
近付いて見てみると本当に少女漫画のキャラクターみたいに可愛くて、秋都は思わずそのやわらかそうな頬を触りたくなってしまう。
相手の許容範囲を探りながら少しずつ距離を詰めていくのは、秋都の得意とするところだ。
意外と寛容なのを見て取って、秋都は待望の愛らしい頬に手を伸ばす。
それは見た目よりもずっとやわらかで、秋都は他の場所も触ってみたいな、などと考えてしまった。
透が慌てふためく姿というのも珍しくて、つい面白くなってからかってしまう。
フードコートに誘ったのも、もうすこし遊んでいたかったからだった。
聖の音を初めて聴いた時、秋都は、ギターもこんなにいろんな音が出せるんだな、と驚いたものだ。
パートの性質上、秋都はキーボードの設定を変えさえすれば様々な音色を使うことができる。
だが、聖の場合はそれとはまた違っていた。おそらく全く同じギターを透が弾いたとしても、同じ音を再現することは出来ないのだろう。
才能があって可愛くて性格も良さそうとか……神様に愛された人って、いるんだなぁ。
秋都はぼんやりとそんなことを思いながら、聖の細い背中を眺めていた。
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