春と聞かねば知らでありしを

同棲生活

情人節-悠音

　悠音が自宅のリビングでゆったりとソファに座り、いつものようにスマホを弄っていると、隣にいた凛玖がごそごそと鞄を探り始めた。

「ゆーとセンパイ！　今日は何の日でしょう！？」

　満面の笑みをたたえた恋人が、両手を後ろに隠してそんなことを言ってきたとしたら――九割方、その手のなかにはプレゼントがある、と思っていいだろう。

「あー、あれだろ。バレンタインデー」

「せいか～い！！」

　じゃーん、と効果音付きで目の前に差し出されたのは、棒状のチョコレート菓子。

「今年もあちこちで騒いでるからな……」
　
　一体いつから始まったのか知らないが、我が国では二月の十四日にチョコレートを渡して告白する習慣がすっかり定着しているのだ。
　
「見事正解したセンパイにはー、なんと！　『バレンタインチョコを贈りたい男子一位』に選ばれた大林おおばやし凛玖から、チョコを差し上げます！！」

「なんだそりゃ……」

　凛玖の勤める企業では、広報によってことあるごとに謎のアンケートが実施されているらしい。

　本社のみならず支社でも有名なイケメン社員である凛玖は、知らぬ間にランクインしていることが良くあるのだ。

「せっかくだから、オレが食べさせてあげますね」

「……遠慮しとく」

　嫌な予感がした悠音は、あっさり凛玖の申し出を一蹴してやる。

「そんなぁ……じゃあせめて、一本だけでも」

　わかりやすくがっかりした顔になった凛玖だったが、それでもなんとか食い下がるつもりらしく、探るような目をしてこちらを見てくる。
　一方の悠音は、機先を制して凛玖の目論見を回避することにした。

「普通に食べるだけだからな？」

「えぇ～、それじゃ面白くないです！　あのゲーム、やりましょうよ」

　そう言うと凛玖は素早く箱を開け、中から取り出したものをくちに咥える。

「そんなことだろうと思った……」

　悠音は、こんなミエミエの魂胆に乗る気はさらさらない、はずだった。
　だが、いざこうして期待に顔を輝かせて待っている姿を目の当たりにしてしまうと、キッパリと断ることは難しい。
　どうしたって、可愛い年下の恋人からのお願いには弱いのである。

「ゲームなんだから、動かずにじっとしてろよ」

　全くの無駄になるであろう忠告でも形だけは一応してしまうあたり、自分も往生際が悪いな、とは思う。

　コクコクと頷いた凛玖は、ん！　と勢いよく首を伸ばしてきた。
　悠音はちいさくため息をつくと、こころもち顔を傾け、ゆっくりと彼に近付いていった。