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第4部
act.9-燈亜
しおりを挟むあれからひとしきり抱き合って、やっと満足したぼくたちは、ようやく傷の手当を始めていた。
「やっぱりトモアは器用だな。誰かさんとは全然違う」
首元に包帯を巻き、ついでだからと指先にも絆創膏を貼ってあげると、ひかるさんは意味ありげにそう言って笑った。
「慣れてるだけですよ、前に捻挫したことがあったんで。あと、ショウちゃんは語学にステータス全振りしちゃってるから……生活能力に関しては、産まれたときに母親の腹の中に置いてきたって言ってました」
「従兄弟は万能タイプなのになぁ。まぁアイツの語彙の豊富さとか、リスニング能力は素直にすごいと思うけど」
そこはぼくも尊敬している部分に違いないのだが、こうして好きな人から褒められているのを直接聞くと、ちょっとだけ嫉妬してしまう。
「ショウちゃんは昔から読書家でしたからね」
「ああ、こないだ借りた本は面白かった」
先程までとろとろに蕩けていただなんて微塵も感じさせない様子のひかるさんは、救急箱の中身を片付けながら世間話を続ける。
それでも、気恥ずかしさを誤魔化すためなのだろう、いつもよりほんのすこしだけテンションが高い。
「そういえば、おまえ学校は?」
「えー、っと、昼頃にメッセージ送ったんですけど。どうせ作業してて見てないのはわかってたから、大丈夫です」
今更そんなこと訊かれるなんて思ってもみなかったぼくは、なんだかよくわからない返答をしてしまった。
「そっか。たぶん、直前まではチェックしてたんだけどな」
スマホを取り出して眺めている姿はいつもと変わらないのに、まぶしくすら感じられる純白の布が嫌でも視界に入って。
あれだけぼろぼろに泣きじゃくった跡も、簡単に消えるはずなどなく――腫れぼったくなった目元とか、赤くなったままの鼻なんかに、胸の奥がきしきしと音を立てた。
せっかくひかるさんが明るく接してくれているというのに、そのことが余計にぼくの罪悪感を膨らませてゆく。
急に目頭が熱くなってきたのを悟って、慌てて俯いた。
「トモア?」
ぎゅっと瞳を閉じて出来た暗闇のなか、あまやかな音階が、ちいさなさざ波となってぼくのこころを震わせる。
「ぼくは……絶対に、好きなひとを……ひかるさんを、傷付けたりしません」
泣きそうになっているのをごまかすように、思ったことをそのまま言葉にした。
しばしの沈黙に耐えかねて目を開くと、唐突な告白に、ひかるさんはぱちぱちと何度か瞬きをしていて。
それから、花がほころぶように、ふんわりと微笑んだ。
そのあまりの可憐さに、ぼくは細い身体を引き寄せ、抱いた腕にちからを込める。
こんなの、理想論に過ぎないのかもしれない。
でも、たとえ子供じみていると思われたとしても、言わずにはいられなかったから。
「……おれ、さ。ずっと、お前に言わなきゃいけないと思ってたことがあるんだ」
穏やかな声音とは裏腹に、ちいさく震えた肩。
なんとなく内容を察したぼくは、肯定の意味を込めて彼の背中をぽんぽん、と叩いてやった。
そのとき、なぜか不意にまた先程の事件を思い出し――せっかく意識から追い出したはずの光景が、頭のなかでリフレインし始める。
ハルトさんの、一点の曇りのない、それだけに何の感情も読み取ることが出来なかった笑顔。
その意味が、なんとなくわかった気がした。
あれは、きっと挑発だ。
いまのぼくに、彼のすべてを受け止めるだけの覚悟はあるのか、という。
「聞かせてください……ひかるさんのこと、」
生来の負けず嫌いを発揮すると、ぼくは自身の決意を固めるためにはっきりと宣言した。
「なにがあっても、ぼくはぜんぶ受け止めます」
いまはまだ頼りないかもしれないけど――貴方を守るために、ぼくは強くなるから。
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