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第3部
act.27-晶
しおりを挟む結局あのあと、晶はダイニングで夕食を摂ることも、そのあとのミーティングに参加することも出来なかった。
一度は向かったものの、必死で平静を装っていたことを祥太朗に見抜かれ、半ば無理やり連れ戻されて部屋に押し込められてしまったからだ。
更に、首の噛み跡の件もある。季節的に服で隠すことも可能だったが、晶の手持ちではどうすることも出来なかったのだ。
とりあえずバンダナを巻いてはみたものの、どう贔屓目に見ても不自然なのは否めない。
「俺の服をお貸ししてもいいんですけど、明らかにオーバーサイズですよね」
「悪かったな、ちっちゃくて」
気付けば遠慮のない物言いをするようになっていた祥太朗は、えくぼを見せてにこにこと笑いながら嫌味を言ってくる。
情けないところを見せてしまった以上、晶にしてもいまさら猫をかぶる必要はなくなっていた。
「とりあえず救急箱は借りてきましたけど、絆創膏は小さいのしかなさそうです」
「筋を痛めたことにして湿布でも貼っとけばいいだろ」
しかし、いくら中身をひっくり返してもそんなものはどこにも入っていない。
仕方なくガーゼと包帯を取り出し、試しに巻いてみることにする。
「首の傷とか、どう言い訳したもんかな」
「蛇に咬まれたとでも言ったらどうですか。あながち間違いでもないでしょう」
洒落にならない冗談を言いながら包帯を持った祥太朗は、ぎこちない手つきで晶の首に巻きつけていく。
だがどうにも上手くいかないようで、悪戦苦闘した末にとうとう投げ出してしまった。
「こういうの、慣れてなくて」
「そもそも不器用すぎなんだよ……もういいや、一晩寝たら治る」
「でも、これ結構強く噛んでますよね」
そう言うと、祥太朗は首元に顔を寄せてきた。
こんな至近距離でまじまじと見られることなどなかったし、理由が理由なのでどうにも決まりが悪い。
「あんまりじろじろ見んな」
「あ、すみません。なんか綺麗だなって思って」
意外な返答に驚いて視線を送ると、思いのほかすぐ側にあった瞳と見つめ合う格好になった。
「晶さんってほんとうに……肌、しろいですよね。それに、きめが細かくて」
いつの間にか伸びてきた指が首筋にそっと触れて、びくりと肩が震える。
その聡明な瞳のなかに覚えのある彩を見つけてしまった気がして、晶は慌てて身体を離した。
「これ、戻さないと、」
「あ、じゃあついでに、必要なものがあれば取ってきますよ」
祥太朗はあたふたと片付けを始めた晶を特に気にすることもなく、普段と同じ様子に戻っている。
彼の瞳の奥に見え隠れしていたもの。それには確かに覚えがあった。
かつて自分に向けられた数々の情慾の視線を思い返し、晶はそんな連想をしてしまうことに心底嫌気が差す。
だがそんな気分は、次の瞬間に跡形もなく吹き飛んだ。
「あっ! コレ……取れちゃいました」
箱の持ち手部分だけを握りしめて呆然と立ち尽くす姿に、晶はやっぱり勘違いだな、と結論づけたのだった。
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