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第3部
act.6-燈亜
しおりを挟むその日は明日から行われる一連の行事――高校の創立を祝う式典――の準備のため、授業は午前中で終了していた。
特に予定もなかった燈亜は、まっすぐ帰宅してのんびりと自室で寛いでいるところである。
今朝晶から届いていたメッセージをもう一度確認すると、燈亜は素早くスマホの画面をスライドして、カレンダーをチェックした。
彼がスタジオにいない期間と、外せない学校行事が重なっているのは有り難い。
だが、どちらにしろしばらくは会えないのだ、と考え、しょんぼりと肩を落とす。
再会したあの日から、こうして連絡を取り合うようになって。
いまでは、毎日でも会いに行くことができて。
本来ならとんでもなく嬉しいことのはずなのに、どうしてこんなに悲しくなってしまうのだろう。
親しくなかった頃ももちろん会いたい気持ちでいっぱいだったが、いまとなっては一日顔を見ないだけで驚くくらいに気分が落ち込む。
昨日は臨時のバイトが入ったとかで、実質会えたのは三十分ほどで。
それでも、次のレコーディングの日取りを確認して、一緒にアイスアメリカーノを飲んだ。
ビニールハウスの周りを切実な想いを抱えたまま歩き回っていた頃が、まるで嘘みたいに幸せだった。
それなのに――彼のことを知れば知るほど、どんどん好きが膨らんでいって、比例するように胸の痛みが増していく。
燈亜は落ち込んだ気持ちを鼓舞するために、ベッドに腰掛けると枕の横に置きっ放しだったイヤホンを耳に差し込んだ。
プレイリストを再生すれば、セクシーな晶の声が耳元で囁くように流れてくる。
次作のミックステープに収録されるはずのその曲は、燈亜と和弥のふたりで歌うことが決まっていた。
つまりいま聴いているのは晶のガイドボーカルが入ったバージョンであり、決して世に出ることはないものだ。
目を閉じて聴いていると、まるで彼が隣にいるような錯覚に陥る。
自分に向けられる優しい微笑みを思い出して、胸の奥がきゅっとなって。
ディレクションするときの真剣な横顔もカッコイイと思うが、やはり燈亜は彼の笑顔が好きだった。
それも、愛らしいちいさな瞳がなくなってしまうくらいの。
やっぱり可愛いよなぁ……あれで年上とか、ホント信じられない。
ぼんやりと考え事をしている間に曲が変わっていたようで、今度は魂を絞り出すようなリリックが頭のなかで響く。
実話を元にした歌詞だと専らの噂であるその曲は、いつも燈亜の胸をいっぱいにしてやまない。
会いたいな、と思ってしまったらたまらなくなり、燈亜は跳ねるように起き上がると、勢いで外れてしまったイヤホンを掴み取った。
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