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第二章・魔境の聖地

第27話 魔人たちの宗教戦争 -4

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「ラシード隊長!」

「くっ……!」

 サイノプスゼノクとの一騎打ちを優勢に進めていたレオゼノクだったが、渾身の膝蹴りで相手を倒した瞬間、横から突撃してきたコルンバゼノクの体当たりを受けて弾き飛ばされる。遠巻きに戦いを見守っていたハミーダやカリームたちが焦りの声を上げる中、戦いに乱入したコルンバゼノクは立ち直ったサイノプスゼノクと共にレオゼノクに狙いを定めた。

「かたじけない。ピネハス師」

「構わん。それよりも、もしかするとこいつは伝説のレオゼノクではないのか? なぜ今の世に再び……」

 物珍しそうに、コルンバゼノクはレオゼノクの姿を眺め渡して言う。レオゼノクという自分の名をラシードが耳にするのは、実際のところこれが初めてであった。

「レオゼノク? そいつが俺の名前か。悪くないな」

 軽口を叩くようにそう言うレオゼノクの方をまじまじと見ながら、考え込むようにコルンバゼノクは唸った。初めはただの興味本位だったその視線が、徐々に衝撃と慄きの色に変わってゆく。

「まさか……あの時の子供が……!? 貴様、もしや名はレオナルドというのではないのか?」

 何か重大なことに思い至ったように、愕然とした様子でコルンバゼノクは声を発する。それまで冷徹だった彼のあまりの動揺ぶりに、訊かれたレオゼノクの方が驚くほどだった。

「またその名前か。だったらどうだと言うんだ」

「逆質問などして誤魔化すな。名を答えろ!」

 ふざけた態度で軽く受け流そうとしたレオゼノクを、コルンバゼノクは苛立ちも露に怒鳴りつけて確答を求めた。よほど大変なことらしいなと、レオゼノクは鼻を鳴らして嗤う。

「俺はマムルークのラシードだ。記憶を失くす前の名は知らんがな」

「なるほど。記憶を失っているのだな。そういうことか……」

 深くうなずいたコルンバゼノクは翼の生えた両腕を胸の前にかざし、戦闘再開の構えを取った。それを見て、レオゼノクが呆れたように首を振る。

「おいおい、一人で合点してないで説明してくれよ。そっちのお弟子さんもどうやら意味が分かっていないようだぞ」

 コルンバゼノクの横に立つサイノプスゼノクも、明らかに会話について来れていない様子で訝るように首を傾けている。敵であるレオゼノクに促されるかのように、彼は質問を口にした。

「師よ。その、レオナルドとは一体……」

 問われてサイノプスゼノクの方を一瞥したコルンバゼノクは説明をしようとしたが寸前で思い直し、喉まで出かけていた言葉を飲み込むように口を閉ざしてレオゼノクに向き直った。

「敢えて知る必要はない。特に貴様は、知らない方が安らかに永眠できるというものだ」

 コルンバゼノクが突き放すようにそう言うと、サイノプスゼノクも素直に師匠に従って追及を避け戦闘の構えを取り直す。もはや問答無用とばかりに、二体のゼノクは猛然とレオゼノクに攻めかかった。

「教えてくれる気がないなら、さっさと片づけさせてもらうぞ」

 左の拳でコルンバゼノクを殴り飛ばしたレオゼノクは右手に生えた五本の鉤爪に魔力を集めて発光させ、鞭のように振るわれたサイノプスゼノクの尻尾を逆袈裟に一閃する。高熱の破壊魔法を帯びた鋭い爪で斬りつけられ、サイノプスゼノクの尻尾は根元から切断されて宙を舞った。

「おのれ。やるな貴様」

 元より人間には尻尾はないため、ジムリが変身したサイノプスゼノクの長い尾は手足などのように人体を覆ったものではなく、魔力で作り出された外骨格の鎧に付随している攻撃用の突起に過ぎない。芯まで全て骨でできており、痛みを感じる神経も通っていない尻尾を切り落とされても平然としたまま、念じて魔力を高めたサイノプスゼノクは新たな外骨格を生成して失った尾を再生させた。

「なるほど。イモリだけに尻尾を切ってもまた生えてくるか」

「感心している余裕があるのか? 貴様の死は近いぞ」

 コルンバゼノクはかなりの手練れで、サイノプスゼノクとの息の合った連携でレオゼノクを徐々に追い詰めてゆく。レオゼノクは掌から金色の光弾を放ったが、コルンバゼノクも同じように右手から紫色の魔力の球を撃ち出し、ぶつけて相殺させた。発射直後の一瞬の隙を突いて、横から攻めかかったサイノプスゼノクの蹴りでレオゼノクは転倒する。

「このままじゃ隊長がやられてしまうわ!」

「よし、加勢するぞ!」

 数的不利に陥ったレオゼノクの苦戦を見て、ハミーダとカリームが同時に曲刀を構えて駆け出そうとする。だがダーリヤが鋭い声を上げ、逸る二人を制止した。

「待って! 相手は超人的な力を持ったゼノクよ。悔しいけど、私たちが飛び込んで行ってもかえって足手まといになるだけだわ」

「でも……!」

 例え無茶だと分かっていても、助けに行くしかないだろう。咄嗟にそう反論しようとした二人に、ダーリヤは無言のまま目線で上を指し示した。井戸のある広場を見下ろす三階建ての大きな集合住宅。煉瓦造りのその高い建物の屋上に誰かが立っている。

「昨日の、豹のゼノク……!」

 眩しい太陽を背にして立ちながら、こちらを睥睨している真紅の獣戦士。レオパルドスゼノクは跳躍し、まるで密林の豹が獲物を狩ろうとするかのように地上にいたコルンバゼノクを狙って飛びかかった。

「大丈夫ですか? レオ様」

 勢いよくコルンバゼノクに組みついて転ばせ、豪快に蹴り飛ばしたレオパルドスゼノクは地面に膝を突いていたレオゼノクに歩み寄ると、丁寧な所作で手を引いて助け起こそうとする。

「だから、レオ様じゃないと言ってるだろ」

 差し伸べられた手を振り払いつつも、自力で立ったレオゼノクは微笑するように獅子の仮面を歪めた。

「だが、恩に着るぜ。助かった」

「恩だなんてとんでもない。家臣として当然のことをしたまでですよ。レオ様」

 相手が嫌がっているのを承知でわざと同じ呼び方を繰り返してから、拳を握って身構えたレオパルドスゼノクはコルンバゼノクに突っ込んでゆく。

「家臣か……。一体どんな腐れ縁だったのやら」

 レオパルドスゼノクの後ろ姿を見送りながら苦笑したレオゼノクは、乱れかけていた呼吸を整えるとすぐに再びサイノプスゼノクに立ち向かい、接近戦を挑んだ。

「喰らえ!」

 サイノプスゼノクは右の拳に魔力を集めて発光させ、渾身の力を込めてレオゼノクに殴りかかった。レオゼノクも同じように右手に魔力を灯らせて突き出し、灼熱の光を纏った拳同士が正面衝突して爆発を起こす。より強い衝撃を受けて、大きく吹っ飛んだのはサイノプスゼノクの方であった。

「止めだ」

 広場の隅に倒れ込んだサイノプスゼノクを狙ってレオゼノクは腕を伸ばし、魔力を帯びて輝く左右の手の爪を胸の前で重ね合わせると超高熱の光線をその先端から発射した。黄金色の熱線はサイノプスゼノクの外骨格の鎧をその下の人体ごと貫き、大爆発させて打ち砕く。

「ジムリ! おのれ……」

 仲間を倒されたコルンバゼノクが焦りを見せた隙にレオパルドスゼノクも一気に攻め立てる。コルンバゼノクは大きく真上に跳んでレオパルドスゼノクの上段蹴りをかわし、そのまま翼を羽ばたかせて空の彼方へ逃げていった。

「良かった……何とか隊長たちの勝利ね」

 人間の次元を遥かに超越したゼノク同士の激闘がようやく終結したのを見て、遠くから戦いの行方を注視していたハミーダとカリームが安堵の溜息をつく。ダーリヤはなおも注意深くレオパルドスゼノクの方を見つめていたが、彼女は勝ち誇ったように両手を腰に当てながら、退却する敵を追うこともなくその場に立っているだけだった。

「済まんな。お前がいなければ……」

 敵の姿が消えたのを見届けたレオゼノクは大きく嘆息し、それからおもむろにレオパルドスゼノクの方を見て助けてくれた礼を言おうとした。だが無言のまま振り向いたレオパルドスゼノクは突如、疾風の如き速さでレオゼノクに接近すると、驚く彼に反応する暇すら与えぬまま、その首筋に鋭い手刀を叩き込んだのである。

「あっ……!」

 カリームもハミーダも、そしてダーリヤさえも、あまりのことに驚きの声を上げるのがやっとだった。急所を打たれたレオゼノクは一撃で意識を失い、その場に倒れてラシードの姿に戻る。

「お前、何を……!」

 咄嗟に曲刀を向けて叫ぶカリームを無視して、レオパルドスゼノクは気絶したラシードの体を素早く担ぎ上げると両足で地面を強く蹴り、集合住宅の屋根の上に跳び乗った。

「しまった! 油断したわ」

 うっかり隙を見せてしまった迂闊さを後悔して、ダーリヤが地団太を踏む。成す術もない三人の方を一瞥したレオパルドスゼノクはラシードを肩に背負ったまま、建物の向こう側へと飛び降りて行方を眩ませてしまったのである。
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