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鏡写し
肆
しおりを挟む途中、目を覚ました佐竹を家へ送り届けてから、(迎えに現れた紀美子さんが猛烈にぶちギレていた。)
時政の手当てをする為、事務所へと戻った。もう遅いから今日は事務所にお泊まりコースかな。明日、朝一で家に帰って学校の支度しよう……。
「もう、無茶しないでくださいよ」
くるくると大きな手に包帯を巻き付けながら嘆息する。時政の時おり起こす突飛な行動は、ひどく心臓に悪い。
「あれが、一番手っ取り早かったんだ」
「…………、」
――手っ取り早い。今回、何が起きていたのか、やっぱり僕にはわからない。
「キョウコさんって、何だったんですか?」
「さあ、何だろうな。本当に自殺した寂しがり屋の女の子かもしれないし、別の何かかもしれない。夜の学校が生み出した魔物かもな。ただ、わかることは、見抜けなかったら引き摺り込まれていた。それだけだ」
見抜く。それは、佐竹がキョウコさんであったことを、だろう。
「でも、よくわかりましたね。佐竹が佐竹じゃないって」
見た所、一切不自然な部分はなかった。
「お前は右利きだよな」
「え、あ、はい」
「なら、時計はどっちに着ける?」
時計?
「えっと、左、ですね」
大抵の人がそうだと思う。利き手の方に着ければ、何かと作業で邪魔になるし……て、あ、そうか。だから佐竹が左利きってわかったのか。佐竹は右に時計してるもんな。
「あの佐竹は左腕に時計をしていた。左利きの佐竹が、だ。普通、時計を普段使いする人間は、滅多に着ける腕を変えない。邪魔だし気持ち悪いしな。最近はケータイで直ぐ様確認ができる為時計自体をしない人間も増えているが、佐竹はするタイプだっただろう?」
「は、はい」
相変わらず着眼点が鋭い。しかし。
「……それだけ、ですか?」
たったそれだけで、見抜いたというのか。
「あー、あとは時間だな」
時間?
「校庭で揃ったあの時、時刻は二十三時十八分だった。けれど、佐竹の時計が指していた時間は零時四十二分。鏡写しになっていたんだ。――つまり、あの佐竹は左右逆転した佐竹だったんだよ」
にっこりと笑って佇んでいた彼の姿を思い浮かべて、何とも言えない気持ちになった。
僕ならば、そんな違和感を見抜けただろうか。――いいや、無理だ。おかしいと気付く前に、佐竹に近寄ってしまう。
まだまだ、だな。悔しい。
「ま、お前らが制服のまま来てればもっとわかりやすかったんだろうが」
「え?」
思わず握り締めていた包帯巻きの手を放して彼を見上げる。
「制服、ブレザーだろ。男女共に前の重ねが決まっている」
ああ、そっか……!
「そうですね。ブレザーが逆だとさすがに気付くかも。ええっと、確か男が左前で、女が右前、でしたっけ」
そうなると、左右逆転した佐竹は女子のブレザーを着用することになってしまう。非常にわかりやすい。
「そうそう。ボタンの関係上そうなってる」
「ボタン?」
「男は右に、女は左にボタンが付いてるんだよ」
へえ、それはまた。
「何でかって、聞いても?」
「ボタンは海外からの伝来物だろ。で、ボタンってのは元々上流貴族にしか付けられなかった。当時、貴婦人は召し使いに着せられてたからな。男は自分で着やすいように右にボタン、女は召し使いが着せやすいように左にボタンを付けていたらしい。利便性の問題だ」
わ、わあ……。駄目元で聞いたら、詳しい解説が返ってきてしまった。さすが時政さん。
「今回、何が原因で『ああいうの』が発生するようになったのかはわからないが、まあ当分は平気だろ。佐竹だって母ちゃんにしっかり絞られただろうしな」
「あ、はは……」
佐竹の母、紀美子の剣幕を思い出しながら苦笑した。
これで懲りたらいいんだけれど。あのアホのことだからなあ。
翌日、後藤を交えての昼食休みにて、佐竹の言葉に僕は大きく脱力した。
「っでさ、俺ってばいつの間にか寝てたらしくて、俺一人だけキョウコさん見れてねぇんだぜ!? 倉橋と時政さんは見たっていうのにさ。ずっるいよなー! 確かに指握られた感触あったのに! 目ぇ開いときゃよかった。くうううッ、惜しい! だからさっ、今度こそぜってぇ特大スクープ取ってやるんだ! ――なっ、次どこ行く!? 倉橋!」
「佐竹……」
嗚呼……
――こいつ、ぜんっぜん懲りてない!!
まだまだ佐竹のトラブルには付き合わされそうですよ、時政さん。
「へえ、そうなの。倉橋くんは運が良かったのかな。本人からすれば災難だったんだろうけれど」
「まったくだよ……」
可愛らしい弁当を片手に、後藤が淑やかに笑う。女の子のお弁当って本当に小さいよね。よくあんなので昼、持つなあ。
「キョウコさんがどんな姿だったのか、ていうのは聞いちゃいけないのかな?」
「そーなんだよ! こいつも時政さんも教えてくれねーんだよ!」
「いやあ、まあ、ちょっとね」
……まさか佐竹の姿をしてました、とは言えないだろう。僕だったらそんな真相は聞きたくない。佐竹はアホだから、もしかしたら喜ぶかもしれないけど。
「でもほんと怖かったよ。さすがは恐ろしい子とかいてキョウコさん。容赦なかった」
「あれ?」
きょとりと、後藤が首を傾げた。
「キョウコさんの漢字って恐子さんだったっけ?」
「え、違うの?」
「うん、私が聞いたのは……」
一拍措いて告げられた名前に、僕は凍り付いた。
「鏡子さん、だったよ?」
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