時刻探偵事務所へようこそ!

椎名

文字の大きさ
上 下
145 / 158
鏡写し

しおりを挟む
 
 途中、目を覚ました佐竹を家へ送り届けてから、(迎えに現れた紀美子さんが猛烈にぶちギレていた。)
 時政の手当てをする為、事務所へと戻った。もう遅いから今日は事務所にお泊まりコースかな。明日、朝一で家に帰って学校の支度しよう……。


「もう、無茶しないでくださいよ」


 くるくると大きな手に包帯を巻き付けながら嘆息する。時政の時おり起こす突飛な行動は、ひどく心臓に悪い。


「あれが、一番手っ取り早かったんだ」

「…………、」


 ――手っ取り早い。今回、何が起きていたのか、やっぱり僕にはわからない。


「キョウコさんって、何だったんですか?」

「さあ、何だろうな。本当に自殺した寂しがり屋の女の子かもしれないし、別の何かかもしれない。夜の学校が生み出した魔物かもな。ただ、わかることは、見抜けなかったら引き摺り込まれていた。それだけだ」


 見抜く。それは、佐竹がキョウコさんであったことを、だろう。


「でも、よくわかりましたね。佐竹が佐竹じゃないって」


 見た所、一切不自然な部分はなかった。


「お前は右利きだよな」

「え、あ、はい」

「なら、時計はどっちに着ける?」


 時計?


「えっと、左、ですね」


 大抵の人がそうだと思う。利き手の方に着ければ、何かと作業で邪魔になるし……て、あ、そうか。だから佐竹が左利きってわかったのか。佐竹は右に時計してるもんな。


「あの佐竹は左腕に時計をしていた。左利きの佐竹が、だ。普通、時計を普段使いする人間は、滅多に着ける腕を変えない。邪魔だし気持ち悪いしな。最近はケータイで直ぐ様確認ができる為時計自体をしない人間も増えているが、佐竹はするタイプだっただろう?」

「は、はい」


 相変わらず着眼点が鋭い。しかし。


「……それだけ、ですか?」


 たったそれだけで、見抜いたというのか。


「あー、あとは時間だな」


 時間?


「校庭で揃ったあの時、時刻は二十三時十八分だった。けれど、佐竹の時計が指していた時間は零時四十二分。鏡写しになっていたんだ。――つまり、あの佐竹は左右逆転した佐竹だったんだよ」


 にっこりと笑って佇んでいた彼の姿を思い浮かべて、何とも言えない気持ちになった。
 僕ならば、そんな違和感を見抜けただろうか。――いいや、無理だ。おかしいと気付く前に、佐竹に近寄ってしまう。

 まだまだ、だな。悔しい。


「ま、お前らが制服のまま来てればもっとわかりやすかったんだろうが」

「え?」


 思わず握り締めていた包帯巻きの手を放して彼を見上げる。


「制服、ブレザーだろ。男女共に前の重ねが決まっている」


 ああ、そっか……!


「そうですね。ブレザーが逆だとさすがに気付くかも。ええっと、確か男が左前で、女が右前、でしたっけ」


 そうなると、左右逆転した佐竹は女子のブレザーを着用することになってしまう。非常にわかりやすい。


「そうそう。ボタンの関係上そうなってる」

「ボタン?」

「男は右に、女は左にボタンが付いてるんだよ」


 へえ、それはまた。


「何でかって、聞いても?」

「ボタンは海外からの伝来物だろ。で、ボタンってのは元々上流貴族にしか付けられなかった。当時、貴婦人は召し使いに着せられてたからな。男は自分で着やすいように右にボタン、女は召し使いが着せやすいように左にボタンを付けていたらしい。利便性の問題だ」


 わ、わあ……。駄目元で聞いたら、詳しい解説が返ってきてしまった。さすが時政さん。


「今回、何が原因で『ああいうの』が発生するようになったのかはわからないが、まあ当分は平気だろ。佐竹だって母ちゃんにしっかり絞られただろうしな」

「あ、はは……」


 佐竹の母、紀美子の剣幕を思い出しながら苦笑した。

 これで懲りたらいいんだけれど。あのアホのことだからなあ。





 翌日、後藤を交えての昼食休みにて、佐竹の言葉に僕は大きく脱力した。


「っでさ、俺ってばいつの間にか寝てたらしくて、俺一人だけキョウコさん見れてねぇんだぜ!? 倉橋と時政さんは見たっていうのにさ。ずっるいよなー! 確かに指握られた感触あったのに! 目ぇ開いときゃよかった。くうううッ、惜しい! だからさっ、今度こそぜってぇ特大スクープ取ってやるんだ! ――なっ、次どこ行く!? 倉橋!」

「佐竹……」


 嗚呼……

 ――こいつ、ぜんっぜん懲りてない!!


 まだまだ佐竹のトラブルには付き合わされそうですよ、時政さん。


「へえ、そうなの。倉橋くんは運が良かったのかな。本人からすれば災難だったんだろうけれど」

「まったくだよ……」


 可愛らしい弁当を片手に、後藤が淑やかに笑う。女の子のお弁当って本当に小さいよね。よくあんなので昼、持つなあ。


「キョウコさんがどんな姿だったのか、ていうのは聞いちゃいけないのかな?」

「そーなんだよ! こいつも時政さんも教えてくれねーんだよ!」

「いやあ、まあ、ちょっとね」


 ……まさか佐竹の姿をしてました、とは言えないだろう。僕だったらそんな真相は聞きたくない。佐竹はアホだから、もしかしたら喜ぶかもしれないけど。


「でもほんと怖かったよ。さすがは恐ろしい子とかいてキョウコさん。容赦なかった」

「あれ?」


 きょとりと、後藤が首を傾げた。


「キョウコさんの漢字って恐子さんだったっけ?」

「え、違うの?」

「うん、私が聞いたのは……」


 一拍措いて告げられた名前に、僕は凍り付いた。










「鏡子さん、だったよ?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...