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鏡写し
参
しおりを挟む謎の影との逃走劇を繰り広げて二時間。僕は再び校庭へと飛び出していた。
『あいつ』は、どこにいても僕を見付け出す。そして徒に脅かすと、猫が捕らえた鼠をいたぶるように僕を逃がしては鬼ごっこを再開させるのだ。
本当に、悪質だ。これでは鬼ごっこが終わらない。いや、終わりはあるのか。終わりとは、僕が捕まることを指すのではないか。
「はあ、はあ……っ」
体力が底を突き掛けている。もう走りたくない。けれど、足音は追ってくる。ゆったりと、無様に逃げ惑う僕を笑うように。無邪気に、ゲームを終わらせたくない子供が大人を振り回すように。
――そうだ、これはゲームだ。遊びだ。そして、相手は『子供』だ。キョウコさんは小学生なのだから、子供で間違いないのだ。
遊びを終わらせたくない子供。単純にもうやめたいと告げても、相手は話を聞かないだろう。
我が儘な子供との遊びを終わらせたい時、僕はどうしていた? どう、説得していた?
――いや、僕が『子供』だった時、どうやって遊びをやめていた?
思い浮かんだひとつの言葉。
――いける、かもしれない。確証はない。けれど、やるしかない……!
「……はあ、はあ、」
立ち止まって息を整える。そして。
「――っいち抜けた!!!」
ザッ……
――足音が、消えた。
「……っはあああ」
衣服が汚れるも厭わずに、豪快に砂の上に寝転んだ。
「よっ、お疲れさん」
「――時政さん!」
ぬっと月明かりを遮った影。紅い瞳がうねる髪の隙間から覗いている。
「今までどこいってたんですかぁ!」
「むしろ俺はお前が何処にいたのか聞きたいくらいなんだがなあ」
「えっ」
それは、まさか。
「僕、また迷い込んでたんですか……」
思い出すのは夕暮れの別世界。うう、また引き込まれちゃったのかな。
「いや、うーん。今回はさすがに何とも言えないが……」
珍しく小首を傾げている時政の手に掴まりながら、体を起こす。
結局、キョウコさんって何だったんだろう。僕が今無事ってことは、見抜けたことになるのかな? でも、何を? うーん、釈然としない。
「あっ、そうだ。さた……」
――ザリッ
砂の摺る音にビクリと肩を震わせた。先程まで散々脅かされていたそれ。しかし、今は驚く程不安感はなかった。――時政が、いるからだ。
正体を見てやろうと意気込んで振り返る。そこにいたのは。
「――佐竹!」
ヘラヘラと笑うよく知った友人の姿。彼も無事だったらしい。なんだ、追いかけ回されたのは僕だけだったのか。被害が広がっていないのは良いことなんだろうけれど、ちょっと複雑だ。
「佐竹、もうこんなのさっさと終わらせて帰――時政さん?」
佐竹の元へと駆け寄ろうとした僕の腕を掴んだのは、時政だった。
「……佐竹は何利きだ」
「へ?」
「左利きだよな?」
「え、ええと、はい」
鋭い視線で佐竹を射抜く時政。そして、チラリと自身の腕時計を確認すると、明確な敵意を持って佐竹を睨み付けた。
えっ、えっ、なに、どういうこと? ていうか、僕、佐竹が左利きだなんて時政さんに言ったことあったっけ? それとも、佐竹が自分で言ったのか?
「――ゲームは終わりだ。去れ」
佐竹に向かって時政が冷たく告げる。
時政さん……?
すると、佐竹はニタリと笑みを落とすと、空気に溶けるように消えた。――へっ!? 消えた!?
「えっ、ええと、い、今の佐竹じゃないんですか?」
「ああ。アレが“キョウコさん”とやらだったんだろう」
佐竹が、キョウコさん? 僕はずっと佐竹に、いや、佐竹の姿をしたキョウコさんに追われていたってこと?
なんでそんな。どうしてわざわざ佐竹の姿を。
「学校で一番見付かりにくいトイレってどこだと思う?」
「へ、あ、えっと、外のトイレ、とか?」
僕が混乱している間にも、時政の中では全てが解決したのか「よし、そんじゃ迎えに行こう」と一人勝手に歩き出してしまった。
「む、迎えにって……」
誰を?
辿り着いた外用トイレ。女性表記のされた扉側に、時政は何の躊躇いもなく入っていく。
えっ、ちょ、ちょっと、時政さぁん!
「お、一発目でビンゴか」
声がほんの少し弾んだ時政の肩越しに、目に入った光景は。
「――佐竹!」
手洗い場の前、縁に腕を投げ出すようにして倒れる佐竹の姿があった。
「佐竹! 大丈夫か!? おい!」
意識のない彼を揺さぶる。見た所、気になる怪我はない。
ガシャンッ!
「ッ!?」
突如響いた破壊音。時政が、手洗い場の鏡を拳で割ったのだ。
「えっ、な、あ、何してるんですか……!!」
破片で切ったのだろう、時政の掌から血が滴り落ちている。
「後処理だ。もう問題ねえだろ。佐竹連れてさっさと帰んぞ」
軽々と佐竹を抱き上げ進み出す時政に、呆然とした。
自己解決にも程があるよ時政さん!!
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