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死を呼ぶ輝き
漆
しおりを挟む「あの子の呪いは本物だ。――それも、他人じゃどうこう出来ない程強力な、な」
「――え、」
時政は、開口一言目にそう告げた。ブランコからほんの少し遠ざかった鉄棒を背に、つい先程借りたそれを揺らしている。
「成功した呪いにも三種類ある。一つは面倒臭い儀式や条件をこなして行う正式な呪術。一番強力なのはこれだな。代表例としては丑の刻参りや蠱毒などが挙げられる。聞いた事くらいはあんだろ?」
コクコクと頷く。
丑の刻参りはあれだよね。女の人が深夜に神社で藁人形打つやつ。蠱毒……は名前くらいしかわからないけれど、やっぱりいい感じはしない。
「二つ目は全くの偶然が重なりあって本人も意図せず事故で出来上がってしまう場合。これが意外と多い」
うわ、最悪じゃないかそれ。原因も解決法もわからないなんて。――と顔をしかめたところでハッとした。――もしかして!
「今回も……!?」
この時、きっと僕の瞳は期待に細やかな希望を映していた事だろう。――輝にかかった呪いは全て偶然だったのだと、輝は誰にも恨まれてなどいないのだ、と。
しかし。――現実はあまりにも残酷だった。
「いや、今回は三つ目。――怨みが深すぎて自動的に発動したパターンだ」
「そ、んな……」
絶望にも似た感情が僕を足元から蝕んでいく。
何故、あの無邪気な子がこんなにも惨い仕打ちを受けなければならないのか。あの子が一体何をしたというのだろう。――あんな幼い子に、何が出来たというのか。
沸々と怒りが湧いてくる。恐怖と暴力にまみれた彼女を、どうしてこれ程非道に追い詰める事ができるのだ。
「だ、れが……っ!」
「――これ、おかしいとは思わないか」
ふと、怒りに震える僕の前に、『それ』が差し出された。
「え……」
「ほら、よく見てみろ」
ゆらゆらと揺れるそれ。愛らしい赤色は汚れて茶とも黒とも言えなくなってしまっているが、やはり一番目立つ汚れは鈴だろうか。
確かに、僕も違和感を感じていた。けれどもそれは、明確な形になる前に記憶の片隅へと追いやられてしまっていた。
「あ、の……」
「なんで、鈴はならないんだ?」
「――ッ!!」
ハッとそれを見開いた目で追った。まるでチープな催眠術のようだ。
そうだ。そうじゃないか。ひかるちゃんが電話をする為駆けていった時も、笑顔で誇らしげに掲げてくれた時も、一度だって鈴は音色を響かせてはくれなかった。違和感はここにあったのだ。
「鈴ってのは本来神聖な物なんだ。音色にはその場の空気を浄化する力と邪を払う力がある。水紋をイメージするとわかりやすいかも知れないな。――それから、神へと音を伝える手段でもある」
「神様に?」
何とも壮大な役割に、思わず戦きながら聞き返した。
「そう。例えば神社で御参りする時に先ずは鈴をガラガラ鳴らすだろう? あれは神に『ここにいますよー、お話聞いてくださーい』て訴える為なわけだ。後は神楽――ああ、神楽ってわかるか? 神事とかに巫女が唄ったり踊ったりするアレだ。その巫女が持ってる鈴も、神楽鈴っつーんだが神の気を引いて呼ぶ為に鳴らす物だ。御守りに鈴を付けるのも、神にここにいるので見守ってください、て意味がある。まぁそれだけじゃないがな。中には身代わり鈴なんて特殊例もあるし。普通に居場所や異変があった時にわかりやすいよう子供に渡す親もいるし、もっと昔でいえばただの熊避けだった場合もある。縁起物には違いないだろうが」
相変わらず博識な時政の説明に頷きながらも、それが今回の件にどう繋がるのかを慎重に考える。
鈴は清らかなもの。特に鈴の音が重要で、つまりそれを封じたという事は――?
「――この御守りにはあの子を守る意思なんか微塵もなかったって事だ」
辿り着きたくなかった真相をあっさりと言葉にされ、ハクッと喉が奇妙な音を零した。
「この汚れも恐らくは“血”だ。それも、この流れでいけば出産時のだな。御守りを持っていたいだの何だの言って忍ばせておいたんだろう。血は如何なる理由があろうとも聖域聖物の前では穢れになる。邪を払う音を消して意図的に穢れを纏わせたんだ。まるで無条件に菌を振り撒く病原体のようなもんだよ」
ぐるぐる、ぐるぐると、時政の告げる言葉が一つの確信へと導こうとする。――ああ、嫌なのに。
「……出産、時」
「ああ。対象との繋がりをより濃くする為だろう。勿論、対象者の血液だけでも十分な効力を発揮するが、この場合は『両方』に関わりのある物の方がいい。――他人だったなら、関係無かったがな」
「…………っ」
“他人だったなら”
――彼女の血縁者を、僕は一人しか知らない。
「それから、この飾り紐の結び目。御守りの紐の結び方にも意味があるのを知ってるか?」
「……い、い、え」
力なく首を振る。息が、苦しい。
「よく見掛けるあの結び方は『叶結び』って言ってな、正確には御守りのは二重叶結びだが、表と裏で結び目が口と十、合わせて『叶』になるように出来ている。さあ、それを踏まえた上でこれをよく見てみろ。――何に見える?」
手作りらしく歪に整えられた『それ』。しかしそれは、とてもだが叶なんて文字には見えなかった。どころか、
「――バツ」
真っ直ぐに交錯し隙間すら生まないそれに、逸そ失望感のようなものまで覚える。
「結びは『産霊』とも書いてな、生命の根源を意味する。それにバツを付けるんだ。これを作った持ち主は、相当あの子の存在を否定したかったらしい」
「…………」
ああ、本当に。なんて陰湿で、残酷で、清々しい程に迷いのない呪いだろう。彼女の笑顔を守ってきた物の正体が、悪意に満ち溢れた化け物だったなんて。輝は、こんなものを信じていたからこそ、悲しい程に無垢でいられたなんて。――非道い、皮肉だ。
「さあ、中身の確認といこうか」
時政の指が紐に掛かるのを見て、そっと瞳を伏せた。
――見たくない。きっと、そこには絶望しかないから。
けれど、――目を、逸らしてはいけない。彼女に手を差し伸べた僕が、真実から逃げてはいけないのだ。
「……これはまた」
呆気ない程簡単にほどかれたそこから現れたのは、今にも千切れそうな糸とオブラートをさらに乾燥させたような紙。そして二つに折り込まれた横線入りの用紙だった。
本来、御守りの中に入っているのは護符や木札などだろう。誰からだったかはもう思い出せないが、随分と昔にそう聞いた事がある。
――だが、この『御守り』に常識は通用しない。ならば、これは一体何なのか。
「徹底してんなあ」
時政の呆れたような声が不安よりも疑念を膨らませる。
「……これは」
「何だと思う?」
悪戯に細められる瞳に、――ああ、彼は予想以上に“怒っている”のだ。と悟った。
「髪と臍の緒だ。どちらも生まれた時のだな」
ゾッとして間近で眺める為触れようとしていた指を引っ込めた。
誰のかだなんて、聞かなくともわかる。
僕の強く強く握り締められた拳を一瞬横目で見た時政は、しかし何事もなかったかのように折られた用紙を広げた。
「――ッ!!」
「……はっ、」
ああ、本当に。人の怨念とはなんと惨いのだろう。こんなにもはっきりと、血を分けた子供へと憎悪を突き付けてくるなんて。
広げられた唯一汚れのない白紙。そこには、
赤いボールペンのような物で、狂ったように
『死ね』
と、書き殴られていた。
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