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死を呼ぶ輝き
肆
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翌日、新しくできたモール型ショッピングセンターに寄ろう、と粘着系彼女の如くしつこく誘ってくる佐竹を撒いて、今度こそ遅刻しないよう心持ち早めに校門を出た帰り、青空公園にて気になる彼女の後ろ姿を見付けた。
二つに結ばれた髪。昨日とは違う白のロングワンピースに、子供らしい黄色のポシェット。そして。
(――ギプス?)
幼い体躯に不釣り合いな、首から大きく提げられた三角巾が、少女の姿に違和感を持たせていた。
まさかまた怪我をしてしまったのだろうか。それも、あんな大きな怪我を。
「ひかるちゃん!」
居ても立っても居られず、今日もひとりぽつねんと佇む少女の元へ駆け寄る。
「あ、昨日のおにいちゃん」
「どうしたの? その怪我」
そっと彼女の目線まで身を屈めると、改めてギプスの存在を確認した。
「えへへ、階段から落ちちゃった。ドンッて」
困ったよう笑う少女に、どうしようもない苛立ちが僕を襲う。
なんでそんなに笑ってられるんだ。もっと怒っていい。泣けばいいじゃないか。年相応に。
痛みに『慣れ』なんて、ある筈がない。それはきっと、麻痺してしまっているだけなんだ。
(……そんなの、哀しすぎる)
唇を噛み締めて俯く僕に、そっと柔い手が重なった。
「だいじょうぶ? おにいちゃん」
「……うん」
無垢な優しさが、尚更苦しかった。
彼女の手を握り返して、出来る限りの笑みを作る。
「ひかるちゃんこそ、大変だったね。ドンッて……ん?」
ドンッ――?
階段を落ちる表現にこの擬音はおかしくないか? まるで、誰かに――
「うん。押されちゃった」
僕の心を読んだかのように言葉を引き継いだ少女は、やっぱり笑った。
ゾッと鳥肌が立つ。
「だ、誰に!?」
「わかんない。落ちたあと上見ても誰もいなかったもん。でもたしかにドンッてされたんだよ?」
ムッと唇を尖らせ真実を主張するだけの反応に、そうじゃないだろう! と当たりたい衝動を抑える。
少年が話していたサッカーゴールの話や昨日の車の件で薄々とは感じていたが、彼女の状態は想像以上に危険だ。どう考えても不幸や悪戯では済まされない。本気の殺意が幼い少女に襲い掛かっているのだ。
悠長に構えている暇はない。直ぐにでも“彼”に相談しなければ。完全にとはいかなくとも、きっと彼ならば少しは緩和できる術を知っている筈。――怪奇のスペシャリストである、『土御門時政』ならば。
「ねえ、ひかるちゃん。あのね、お兄ちゃんの知り合いに“そういうの”に詳しい人がいるんだけど、良かったら会ってみない?」
しっかりと目を合わせて伺う。
「でも、お母さんが知らない場所は行っちゃだめって」
その言葉に、思わず舌を打ちたくなった。
それもそうか。今この場でこの子を連れ出したりしたならば、どう見ても僕が不審者だ。
どうしたものか、とうんうん唸っていると。
「あのね、おにいちゃん。ひーちゃん、大丈夫だよ? だってね、――お守りがあるもん」
そう言って輝が見せてくれたのは、ポシェットに吊られていた赤色の御守り。輝が動くたび左右に揺れるそれは、黄色と赤という色合いも相俟ってよく目に付いていた。
「お母さんがね、ひーちゃんが生まれたときに作ってくれたんだって。だからね、ひーちゃんいつも持ってるの」
ニコニコと心底嬉しそうに頬を綻ばせる輝に、母親との堅い絆が見えて胸がほっこりと温かくなる。
御守りを手作りだなんて、すごいなあ。布選びから始めたのかな? 大変だったろうに。だから少し解れたりして……ん?
間近から眺めたそれに、ふと違和感を覚えた。
汚れや解れは仕方無い事だろう。長い時間空気中に晒していれば物はいずれ風化する。――しかし、それにしてもこの鈴の汚れ具合は如何なものか。錆び付いたというより、何かが付着してこびり付いたような……。それに、汚れだけではない。なにか、何かがおかしいのだ。一見見た限りではただの御守りなのだが。
「おにいちゃん?」
「あ、ううん。ジロジロ見てごめんね」
あまりに凝視しすぎた為か、頭上から降ってきた輝の不安げな声に、慌ててそれを放した。
御守りは、重力に引かれ曲線を画きながら元の位置へと戻っていく。
「そっか。よかったね。でもちゃんと用心するんだよ。ひかるちゃんに何かあったら、お母さんが悲しむんだからね。あ、勿論僕だって」
大きな真ん丸の瞳をきょとりと瞬かせる少女に、まだ難しいかな、なんて思いながら頭を撫でる。
――やっぱり、ちゃんと相談しよう。時政さんに。
もしかしたらまた借金増額になるかも知れないけれど、この子の命には変えられない。事態は一刻を争うのだ。
その為には――
――今日も遅刻な事を全力で謝らなきゃね!
二つに結ばれた髪。昨日とは違う白のロングワンピースに、子供らしい黄色のポシェット。そして。
(――ギプス?)
幼い体躯に不釣り合いな、首から大きく提げられた三角巾が、少女の姿に違和感を持たせていた。
まさかまた怪我をしてしまったのだろうか。それも、あんな大きな怪我を。
「ひかるちゃん!」
居ても立っても居られず、今日もひとりぽつねんと佇む少女の元へ駆け寄る。
「あ、昨日のおにいちゃん」
「どうしたの? その怪我」
そっと彼女の目線まで身を屈めると、改めてギプスの存在を確認した。
「えへへ、階段から落ちちゃった。ドンッて」
困ったよう笑う少女に、どうしようもない苛立ちが僕を襲う。
なんでそんなに笑ってられるんだ。もっと怒っていい。泣けばいいじゃないか。年相応に。
痛みに『慣れ』なんて、ある筈がない。それはきっと、麻痺してしまっているだけなんだ。
(……そんなの、哀しすぎる)
唇を噛み締めて俯く僕に、そっと柔い手が重なった。
「だいじょうぶ? おにいちゃん」
「……うん」
無垢な優しさが、尚更苦しかった。
彼女の手を握り返して、出来る限りの笑みを作る。
「ひかるちゃんこそ、大変だったね。ドンッて……ん?」
ドンッ――?
階段を落ちる表現にこの擬音はおかしくないか? まるで、誰かに――
「うん。押されちゃった」
僕の心を読んだかのように言葉を引き継いだ少女は、やっぱり笑った。
ゾッと鳥肌が立つ。
「だ、誰に!?」
「わかんない。落ちたあと上見ても誰もいなかったもん。でもたしかにドンッてされたんだよ?」
ムッと唇を尖らせ真実を主張するだけの反応に、そうじゃないだろう! と当たりたい衝動を抑える。
少年が話していたサッカーゴールの話や昨日の車の件で薄々とは感じていたが、彼女の状態は想像以上に危険だ。どう考えても不幸や悪戯では済まされない。本気の殺意が幼い少女に襲い掛かっているのだ。
悠長に構えている暇はない。直ぐにでも“彼”に相談しなければ。完全にとはいかなくとも、きっと彼ならば少しは緩和できる術を知っている筈。――怪奇のスペシャリストである、『土御門時政』ならば。
「ねえ、ひかるちゃん。あのね、お兄ちゃんの知り合いに“そういうの”に詳しい人がいるんだけど、良かったら会ってみない?」
しっかりと目を合わせて伺う。
「でも、お母さんが知らない場所は行っちゃだめって」
その言葉に、思わず舌を打ちたくなった。
それもそうか。今この場でこの子を連れ出したりしたならば、どう見ても僕が不審者だ。
どうしたものか、とうんうん唸っていると。
「あのね、おにいちゃん。ひーちゃん、大丈夫だよ? だってね、――お守りがあるもん」
そう言って輝が見せてくれたのは、ポシェットに吊られていた赤色の御守り。輝が動くたび左右に揺れるそれは、黄色と赤という色合いも相俟ってよく目に付いていた。
「お母さんがね、ひーちゃんが生まれたときに作ってくれたんだって。だからね、ひーちゃんいつも持ってるの」
ニコニコと心底嬉しそうに頬を綻ばせる輝に、母親との堅い絆が見えて胸がほっこりと温かくなる。
御守りを手作りだなんて、すごいなあ。布選びから始めたのかな? 大変だったろうに。だから少し解れたりして……ん?
間近から眺めたそれに、ふと違和感を覚えた。
汚れや解れは仕方無い事だろう。長い時間空気中に晒していれば物はいずれ風化する。――しかし、それにしてもこの鈴の汚れ具合は如何なものか。錆び付いたというより、何かが付着してこびり付いたような……。それに、汚れだけではない。なにか、何かがおかしいのだ。一見見た限りではただの御守りなのだが。
「おにいちゃん?」
「あ、ううん。ジロジロ見てごめんね」
あまりに凝視しすぎた為か、頭上から降ってきた輝の不安げな声に、慌ててそれを放した。
御守りは、重力に引かれ曲線を画きながら元の位置へと戻っていく。
「そっか。よかったね。でもちゃんと用心するんだよ。ひかるちゃんに何かあったら、お母さんが悲しむんだからね。あ、勿論僕だって」
大きな真ん丸の瞳をきょとりと瞬かせる少女に、まだ難しいかな、なんて思いながら頭を撫でる。
――やっぱり、ちゃんと相談しよう。時政さんに。
もしかしたらまた借金増額になるかも知れないけれど、この子の命には変えられない。事態は一刻を争うのだ。
その為には――
――今日も遅刻な事を全力で謝らなきゃね!
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