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椎名

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死を呼ぶ輝き

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 今日も今日とて眠気と壮絶な死闘を繰り広げた退屈な授業が終わり、放課後。すっかり慣れてしまった事務所までの行き道をのんびりと歩く。
 と、その時、子供達の楽しげな喧騒が近付いてきて自然と視線を寄越した。

 ――青空公園。事務所までのルートの途中にある児童用広場だ。ブランコや滑り台、砂場に登り棒など昔懐かしい遊具が、所々錆びれてはいるものの豊富に設置されており、幼児は勿論、育児に疲れた奥様方にも人気の憩いの場となっている。

 きゃいきゃいと騒ぐ子供達を、癒されるなあ、なんて老爺のように達観しながら眺めていると、ふと、ポツリとひとりで遊んでいる女の子に目が止まった。小学校低学年くらいだろうか? 柔らかそうな少し癖のある黒髪を左右に高い位置で結び――所謂ツインテールというやつだ――可愛らしいパステル調のピンクのワンピースを存分に汚しながら砂場で何か製作している。
 至って普通の少女だ。だというのに、彼女の周りには不自然な空間が出来上がっていた。
 ――誰も少女に近付こうとしないのだ。まるで、少女の事など端から見えていないように。

 どうにも気になってしまった僕は、知らぬうちに歩行すらも止めてその子を凝視していた。今思えば大分怪しい。奥様方に通報されなくて良かった。

 やがて、その子は思っていた物が完成したのか――正直、僕の目からは歪に崩れた山にしか見えなかったのだけれど――満足気に立ち上がると、


「いたっ――!」


 突然、右の手のひらを押さえてその場に踞った。


「大丈夫!?」


 反射的に少女の元へと駆け寄る。覗いた先、押さえられた少女の右手からは真っ直ぐに裂けた創傷と鮮血が溢れていた。傍には、咄嗟に放られたのだろう、血の付着したスコップが砂を纏って転がっている。

 これで怪我をしたのか。――けれど、どうやって・・・・・? 傷の程度は存外に酷い。不注意で、比較的丸めに作られている筈の子供用スコップでここまで深く切り込むのは不可能に近いと思うのだが。それも、こんな幼い少女が。

 とにかく今はこの子の手当てが先だ。泣きべそをかきながらも懸命に涙を堪えている少女の手を取り水道へと誘導する。軽く血と砂を流して、常スクールバックに眠っているだけとなっていたハンカチで固めに傷口を結んだ。一応基本的処置としてはこれで合っている筈だ。本当は直ぐ様消毒もした方が良いのだろうけれど。


「痛くない? 病院行く? お母さん近くにいる?」


 くっと唇を噛み締めていた少女をしゃがみ込んだ状態から見上げて問う。


「ううん、なれてるから平気」

「え……」


 ポツリと落とされた言葉に目を見開いた。


「慣、れてる、て……」


 有無を言わさず少女のワンピースの袖を捲った。そこには、――おぞましい数の痣や切り傷、火傷の跡が刻み込まれていた。

 まさか。


「……いい? 正直に答えてね。絶対誰にも言わないから。だから嘘ついちゃ駄目だよ。――お父さんとかお母さんから、叩かれたり蹴られたりしてる?」


 少女の両手をしっかり握って、誤魔化されぬよう真っ直ぐに潤んだ瞳を見つめた。
 この時僕は、問いではなく確信していた。――この子は虐待を受けているのだと。質問ではなく確認のつもりだった。――けれど。


「お父さんはいないしお母さんはそんなことしないよ?」

「え、」


 きょとりと答える彼女の表情からは、とても嘘を吐いているようには見えない。


「ほ、本当に? 嘘じゃない? お母さんのこと庇ったりしなくていいんだよ?」

「してないよ? ひーちゃん、お母さん大好きだもん。やさしいよ?」


 無理に言っている様子はない。もしや暴力を暴力と認識できていないのだろうか。それとも、別の死角からの悪意なのか。


「じゃあどうしてこんなに怪我をしてるの?」


 一歩間違えれば、幼い彼女の心にナイフを突き立てる愚問である事を理解しながらも、意を決して問い掛ける。


「えーとぉ、このあざはすべり台から落ちたので、これはなわとびが絡まったの。これはお湯をわかしてるときに水がはねちゃって、これは上からうえきばちが降ってきてそれが地面で割れたときに切っちゃったんだー」

「う、上木鉢!?」


 予想外すぎる原因の数々に思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。

 え、も、もしかしてこの子、めちゃくちゃ不幸体質なだけ……? 極度のどじっ子とか。

 なんだか妙に脱力してしまって、ほふう、と訳のわからない息が洩れた。

 良かった。いや、全然良くないけど、少なくともこの子がつらい環境に置かれている訳ではなくて良かった。


「……そっか。ごめんね、変な質問しちゃって。お母さんと連絡は取れる? お家近い? やっぱりね、こんなに切っちゃったらちゃんと病院行った方が良いと思うんだ。お兄ちゃんから説明しておくから」


 にっこり笑い掛けて、じわじわと紅の滲むハンカチを両手で優しく包む。


「うん、ひーちゃんケータイ持ってるからお電話できるよ!」


 そう言って少女が黄色のポシェットから取り出したのは子供用のキッズスマートフォン。……最近は小学生すらも現代便利機器を持つようになったのか。


「おにいちゃん?」

「……ううん、ナンデモナイヨ」


 僕の時は中学生からだったのになあ、なんて、思わず目が遠くなってしまった。
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