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椎名

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人喰い桜

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 ***



「あーらら。ゆきちゃん寝ちゃったねー」


 ぐーすか膝の上で涎を垂らすバイトの頬をつつきながら、篝は笑った。小さな、綻ぶような笑みだった。
 掴み所のないこいつにしては珍しい笑い方だ。

 昔は、子供なんか大っ嫌いだったのにな。

 変えたのは、きおくちゃんか、――さな、か。


「そういや、今日はきおくちゃん連れてきてねぇんだな」


 いつも、事件の調査だろうと何だろうと側に置いて可愛がっている彼の養女を思い出して呟く。


「さすがにこの化物の前には連れてこれないでしょお。きおく美人だしい?」

「…………小学生には手ぇ出すなよ?」

「出さねぇよッ!」


 酒も入り、中身のないノリだけの会話をしながら懐かしさを噛み締める。うっかり、学生時代に戻った気分だ。
 思い出話と呼ぶにはあまりにくだらない出来事が、軽くなった口から溢れ出る。

 サボり癖のある篝をファンクラブのメンバーを使って監視させたこと。
 中三の体育祭の一件により、篝とデキてるなんて不愉快極まりない噂を流されたこと。
 生徒会とのいざこざに委員の後輩たちを巻き込んだこと。

 ――同じ人に、恋をしたこと。


 痛みの記憶は、懐かしいと笑うにはあまりに鮮やかすぎた。


「まぁさくん。――ゆきちゃんは、『さな』じゃないよ」


 ザァァ、と紅が舞った。


「確かに、純粋な所とかは似てるかもね。――でも、違うだろう? この子は『普通』だ。重ねて見てるなら、――今すぐ手放せ。巻き込むな」


 人間には有り得ない金の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。


「どっちにも失礼だし、それで後悔するのもあんただ」

「……重ねてなんか、ねぇよ」


 確かに、ふと影を追い掛けることもあるけれど。


「嘘。この子の中に、彼の姿を見てる。ぼくで気付くんだ。あんたが気付かないわけない」


 金の、――狐の瞳が、逸らす事を赦さない。


「――さなの代わりなんて、いない」

「ああ。――だから、使われて・・・・しまった」


 スウスウと、幼い寝息が耳に届く。

 幼くて、脆くて、何も知らない、真っ白な存在。


 ――今度、こそ。


「――ま、なんだっていいけどねえ」


 真剣な表情から一転、ふざけた言葉遣いに戻った篝は、間抜けな寝顔を晒すバイトを俺に預けると、緩慢に立ち上がった。


「一度決めたらまさくんは変えないし? 傍に置くならちゃあんと守ってあげなよお? ――今度こそ、後悔しないように」


 クツリ。挑発的な笑み。


「わかってんよ」


 闇に消えていくだらしない猫背を見送りながら、
 一人、ざわざわと血の雨を降らし続ける桜を見上げた。








 ――『時政先輩っ!』


 脳裏に響く懐かしい声は、

 泡沫に浮かんでは、儚さに消えていく。
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