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人喰い桜
伍
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***
「おや」
「あ、さっくらもりさぁーん」
行く先の道から現れた、見慣れた『彼』の姿に、緩く腕を振る。
「お久し振りですね」
柔らかく笑んだ記憶の中と変わらない彼に、何だか笑いが込み上げてきた。
「んー。ひさしぶりい。でも桜守さんってほーんと老いないよねえ。ぼくが子供ん頃からそれじゃーん? アッハハ。化物の守護もまたバケモノってーか!」
ケラケラと腹を抱えて笑う。
「おやおや、これは手厳しいですねえ」
ニコニコと微笑む彼は、皮肉られたというのに、欠片も笑顔を崩さない。
――嗚呼、薄気味悪い。
「で、どーなの。今年の調子は。満開?」
「ええ。それはもう、大層喜んでいらっしゃいますよ」
目皺の寄った瞳が、うっそりと陶酔するように三日月を模す。
――その様子は、まるで恋に身を破綻させる愚かな男そのもの。
この桜守という一族は、自身らの守護する桜に並々ならぬ情を抱くという。皆、皆、例外なく。
それは、狂気の沙汰。――まるで呪いだ。
ほんっと……
――揃いも揃って狂ってる。
「これから彼女の元へ?」
「ん、いちおーね。今年は花見まだだったなー、と思って」
「そうですか。ふふ、今年はお客様が多くて嬉しいですねえ」
ふわりと笑った桜守に、おや、と眉を跳ね上げた。
客? ぼく以外に、この時期に来る可能性があるのは――
「――まさくん、来てんの?」
「はい。可愛らしい坊っちゃんを連れて」
ふぅん。何の気なしに呟く。
例の彼も来てるのかあ。
――こりゃあ、たぁのしみだぁねー。
「じゃあね、桜守さん。あんたがまだ化物の餌食にならないことを祈っとくよ」
「おやおや。それは私の望む所ではないですねえ」
結局、一切の皮肉に反応する事なく、不気味な穏やかさを保つ彼は去って行った。
――望む所ではない、ねえ。
「ある意味、自殺願望者の一族? ――なーんてね」
◆◆◆
ざわざわと葉が笑う中、少年は一人、どしりと構える桜の大樹を見上げながらなけなしの唾を飲んだ。
「えっと、こんばんは……」
ざわざわ。
まるで返事でもするかのように、一層葉が音を奏で、花弁が舞う。
い、意思がある、て本当なんだ……。
ふわりふわりと緩やかに風を受けながら落ちてくる紅に、また大きく空を見上げた。
(……あれ?)
何かが、視界を横切った。
……赤い、布?
――いや、違う。――――着物だ。
鮮やかな紅の着物の、袖部分が風に靡いて揺れているのだ。
それは、太い樹の幹に隠れるようにして、そこにいた。
……確かに、これだけ太い幹ならひと一人くらい余裕で隠れられると思うけれど……。
――だが、有り得ない。
時政は、桜守が案内しなければこの場には着けない、と言っていた。別の場合として、桜自身が呼び寄せることもある、とも言っていたが、それも有り得ない。
あの着物は、どう見ても女性用だ。己の美を誇る桜は、女は呼ばない。
ならば。
「――さ、くら……?」
小さく呟いた『彼女』の名前に、するりと袖から白く細い女性の腕が伸びた。
不思議と、恐怖は感じなかった。明らかに異常な光景だというのに。
むしろ、美しいとさえ思った。
紅い、着物が。緩やかに手招く、華奢な手が。
「……呼んでるの?」
何の疑問もなく、当たり前のように、その手に近付いた。
美しいものを近くで見たい。自然の心理だろう。
そう。当たり前の事なのだ。――だから、拒絶できない。
求めるように伸びる手の平へ、そっと己のものを重ねようとしたその時。
「君も自殺願望者ー?」
「おや」
「あ、さっくらもりさぁーん」
行く先の道から現れた、見慣れた『彼』の姿に、緩く腕を振る。
「お久し振りですね」
柔らかく笑んだ記憶の中と変わらない彼に、何だか笑いが込み上げてきた。
「んー。ひさしぶりい。でも桜守さんってほーんと老いないよねえ。ぼくが子供ん頃からそれじゃーん? アッハハ。化物の守護もまたバケモノってーか!」
ケラケラと腹を抱えて笑う。
「おやおや、これは手厳しいですねえ」
ニコニコと微笑む彼は、皮肉られたというのに、欠片も笑顔を崩さない。
――嗚呼、薄気味悪い。
「で、どーなの。今年の調子は。満開?」
「ええ。それはもう、大層喜んでいらっしゃいますよ」
目皺の寄った瞳が、うっそりと陶酔するように三日月を模す。
――その様子は、まるで恋に身を破綻させる愚かな男そのもの。
この桜守という一族は、自身らの守護する桜に並々ならぬ情を抱くという。皆、皆、例外なく。
それは、狂気の沙汰。――まるで呪いだ。
ほんっと……
――揃いも揃って狂ってる。
「これから彼女の元へ?」
「ん、いちおーね。今年は花見まだだったなー、と思って」
「そうですか。ふふ、今年はお客様が多くて嬉しいですねえ」
ふわりと笑った桜守に、おや、と眉を跳ね上げた。
客? ぼく以外に、この時期に来る可能性があるのは――
「――まさくん、来てんの?」
「はい。可愛らしい坊っちゃんを連れて」
ふぅん。何の気なしに呟く。
例の彼も来てるのかあ。
――こりゃあ、たぁのしみだぁねー。
「じゃあね、桜守さん。あんたがまだ化物の餌食にならないことを祈っとくよ」
「おやおや。それは私の望む所ではないですねえ」
結局、一切の皮肉に反応する事なく、不気味な穏やかさを保つ彼は去って行った。
――望む所ではない、ねえ。
「ある意味、自殺願望者の一族? ――なーんてね」
◆◆◆
ざわざわと葉が笑う中、少年は一人、どしりと構える桜の大樹を見上げながらなけなしの唾を飲んだ。
「えっと、こんばんは……」
ざわざわ。
まるで返事でもするかのように、一層葉が音を奏で、花弁が舞う。
い、意思がある、て本当なんだ……。
ふわりふわりと緩やかに風を受けながら落ちてくる紅に、また大きく空を見上げた。
(……あれ?)
何かが、視界を横切った。
……赤い、布?
――いや、違う。――――着物だ。
鮮やかな紅の着物の、袖部分が風に靡いて揺れているのだ。
それは、太い樹の幹に隠れるようにして、そこにいた。
……確かに、これだけ太い幹ならひと一人くらい余裕で隠れられると思うけれど……。
――だが、有り得ない。
時政は、桜守が案内しなければこの場には着けない、と言っていた。別の場合として、桜自身が呼び寄せることもある、とも言っていたが、それも有り得ない。
あの着物は、どう見ても女性用だ。己の美を誇る桜は、女は呼ばない。
ならば。
「――さ、くら……?」
小さく呟いた『彼女』の名前に、するりと袖から白く細い女性の腕が伸びた。
不思議と、恐怖は感じなかった。明らかに異常な光景だというのに。
むしろ、美しいとさえ思った。
紅い、着物が。緩やかに手招く、華奢な手が。
「……呼んでるの?」
何の疑問もなく、当たり前のように、その手に近付いた。
美しいものを近くで見たい。自然の心理だろう。
そう。当たり前の事なのだ。――だから、拒絶できない。
求めるように伸びる手の平へ、そっと己のものを重ねようとしたその時。
「君も自殺願望者ー?」
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