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椎名

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人喰い桜

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「桜守から許可も出たし。そんじゃ、お花見、すんぞ」


 僕の手を掴んだまま、時政が桜の前まで誘導する。
 見れば見る程、立派で明媚な桜だ。樹齢千年はとっくに越えているのではないだろうか。
 鮮やかな紅は、僕の知る限り、どの桜の種類にも当て嵌まらない。


「よくこんな大きな桜、今まで見付かりませんでしたね」


 膨大な緑の中に、これ程鮮やかな紅があれば目立つことこの上ないと思うのだが。


「ああ。桜守が案内しなきゃ無理だからな。あとは――この桜自身が呼び寄せた場合か」

「桜、自身……?」


 彼の言い方では、まるで、――桜に意思があるかのようだ。


「――こんな時期に咲く桜が・・・・・・・・・・普通な訳ないだろう・・・・・・・・・?」


 クツリ。うねる髪の奥に、妖しい笑みが浮かんだ。


「狂い咲きだってもう少し時期を選ぶさ。こいつはな、――年中咲いてるんだよ」

「……年、中?」


 不可解な言葉に、先程まで上昇していた気分が一気に地へ落ちた。


「そ。好きな時好きなように。自分の美しい姿を人に見てもらう為に」


 それは、わかる気がする。だって、花なのだから。

 でも、年中、て……?


「――月夜に浮かぶ妖しき紅は、幻想なる雨を降らせ、哀れな贄を夢へいざなう」


 ふつりと、何かが斬れた。

 それは、空気か、風か、――この声か。


「――なあ、なんで桜って赤いんだと思う?」

「――え?」


 時政が、笑う。嗤う。鮮やかな紅に包まれて。


「聞いたことねぇか? ――桜の下には死体が埋まってる、て」

「――っ」


 ハッと息を呑んだ。

 ――ある。幼い頃に、一度は流行るだろう、与太話。

 でも。


「めい、しん、じゃ」

「ああ。迷信だよ。――普通の・・・桜は、な」


 普通の、桜。
 では、目の前に凛然と咲き誇るこの樹は、『普通』か?


 ――否、何処が普通なものか。

 その圧倒的美すらも、異形たる所以。


 ヒラリと花弁が掌の中へ吸い込まれる。

 ヒラリ。ヒラリ。薄紅の、花弁。

 ――紅い、花。


「――なぁんで・・・・こんなに紅いんだろうなあ・・・・・・・・・・・・


 ――ゾッ

 急いで肩へと乗った花弁を払い落とした。触れる手が震える。
 迷信が真実ならば、この色は。


「――クックックッ、すげぇ慌てようだな」

「だ、だって……!」

「だぁーいじょーぶだよ。――その為に、“俺達”がいる」

「あ……」


 そうだ。目の前で嗤うこの男も、『普通』ではない。

 視える人。祓える人。――“此方の世界”を、知る人。


 時政が悠然と樹へ近付く。


「と、時政さ……っ」

「この桜はな、女なんだよ。己の美しさに酔い、儚い美を誇っている。――だから、磨くためならどんな手段も厭わない」


 まるで、美に溺れた強欲な女。
 けれど、ただの傲慢ではない。否応なく頷かせる壮絶な美しさが、そこにある。


「美しくありたい。いつまでも咲いていたい。自分の姿をその目に入れ、美しさを認めてほしい。そんな貪欲な想いが、こいつをここまで育て上げたんだろうなぁ……」


 我が子を慈しむように。或いは、情を交わす女へ愛撫を施すように。
 時政は、そうろりと幹を撫でた。


「だから、桜守以外の俺達のような人間が、こうして年に一回、花見をしてこいつの気を鎮めるんだ。男を誘って、自身の紅に摂り込んじまわないように」


 ざわざわと悦ぶように花がざわめく。男女の逢瀬を見ている気持ちだった。


「桜守さんは、大丈夫なんですか? 一緒にいて……」

「ああ。今は・・な」


 ――今は?


「女ならわかんねぇけど」


 時政が含むように笑う。


「どういう意味ですか?」

「言ったろ? こいつは“女”なんだよ。男の目を奪う女は、自分だけで十分、てわけだ。だから女なんて連れてきたらぶちギレるぜ? 美人なら尚更」


 クツクツと喉が鳴る。

 ――あ。だからさっき……


「例の、美人の話?」

「そ。前に大丈夫だと思って、お前とは違うもう一人の従業員を連れてきたんだが……あいつ、中身はともかく顔面レベルはかなり良いからなぁ。まあーケンカになる、ケンカになる」


 過去の光景を思い出しているのか、困ったようにとも楽しそうにとも取れる声で時政は笑った。

 あ、その美人な女の人って従業員なんだ。よかった。

 ……よかった? 何が?


「僕以外にも従業員いたんですね」


 そのわりには見掛けたことないけれど。


「あー、あいつは基本的に双子のねえちゃんにべったりだからなあ。呼ばねぇと自分からは来ねぇんだよ」


 苦笑する時政に、何だか胸がムズムズとする。

 ……ふーん。仲、良いのかな……。


「ま、また会う機会もあるだろうよ。それよりお前もこっちこい。大丈夫だから」

「あ、は、はい……」


 時政がいるのだから危険はない、と、頭ではわかっていても、恐怖を拭いきることなどできない。
 ビクビクと震えながら時政の袖を握る。


「何、するんですか? また前みたいなお祓い、とか?」

「いーや。今回の目的は祓うんじゃない。こいつが美容の為の“食事”に走らないよう、満足させなきゃならないんだ」


 そう言って、何やら重そうに提げていた手提げ鞄から一本の酒瓶を取り出した。

 え、酒盛りするの?

 てか、美容の為の食事って女の人がコラーゲンとかいってフカヒレ食べるみたいなもんか。
 ……うわー。やたらリアルに想像できちゃった。


「なんですか? それ」

「お神酒だよ」

「おみき?」


 聞き慣れない単語に、瓶を見つめながら首を傾げた。


「神の酒、て書いてお神酒。神棚とかに供えられてるやつだ。お供え終わった酒には、神が飲んだっつーことで霊力が備わってる。だから、二本用意しといて一本は神社へ。もう一本を特別な日や清めとして飲んだり使ったりするんだ」


 おおお、神様のお酒か! 厳かだなあ。


「――て、なにお猪口二つも出してんですか! 僕、未成年ですからね!? 飲めませんからね!?」


 揚々と小道具を取り出していた時政に、慌ててストップをかけた。

 神の酒だろうが何だろうが法律は守りましょう!


「んあ? ……あー、そうか。そうだったな。しまった」

「時政さんだけじゃだめなんですか?」

「先ずは俺達が楽しまなきゃ意味ねぇんだよ。花は、見て楽しんでもらってなんぼだろ」


 ぶつぶつと、やっべ、忘れてた。とかなんとか呟いている時政に、思わず胡乱な視線を送ってしまった。

 忘れんなよオイ。


「……あー、まあ、しゃーねぇか。じゃあお前も食えるつまみとジュース買って来っから、ちょっと待ってろ」

「え゙っ」


 酒瓶やらお猪口やらを置いたまま、止める間もなく闇の中へと姿を消した時政に、伸ばした腕の置き所を失って、僕は唖然と震えた。


 ――こ、こんなとこで一人にしないでよバカああああああッ!!
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