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神のいない山
捌
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「じゃああの、リンピョウトウシャうんたらえいっ! てやったやつは?」
興奮気味に身を乗り出す。
「お、よく覚えてんな。あれは『九字切り』だ」
九字切り……
「名前だけなら知ってる奴も多いんじゃねぇか?」
「あ、はい! テレビで観ました!」
胡散臭さ満載だったけれど。
あの臨場感をテレビで再現するのは不可能だろう。
「字で書くとこうだな」
ポケットに無造作に突っ込んでいた紙を取り出した時政は、裏面に何やら書き込み始めた。
そこには、『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』と、綺麗な字で九つの漢字が書かれていた。
時政さん、字も綺麗なんだなあ。習字とかやってたのかな。
「意味は『兵に臨んで闘う者、皆最前に列をなして鎮座して在り』――アンタの前にはいっぱい迎え撃とうと兵が並んでますよー、逃げた方が良いですよー、てことだ。これは中国からだな。元々は、『青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如』だったんだが、日本へ渡る間に省略されたんだ」
「あっ! 知ってます! 青龍、白虎、朱雀、玄武! 四神ですよね? 他にも麒麟とか鳳凰とか霊亀とか応竜とか」
「お前、変な知識ばっかあるんだな……」
若干引いたような時政の反応に、思わず苦笑いした。
まあ、一時期はまったからね。
そういう時期ない? え、もしかしてこれって中二病ってやつ?
「でも、なんで二回もやったんですか?」
しかも、なんか手付きも違ったような。
「ああ。最初にやった方は『早九字切り』だからな。一般人でも簡単にできる省略したやつ。その分威力も小せぇが、だからってみだりに使うなよ? 相手を怒らせるだけだからな」
人差し指を立てて、幼い子供を窘めるように忠告する時政に、はあ、と生返事した。
どうせ僕には何の力もないし、やっても意味ないと思うけどなあ。
「じゃあ二回目のは?」
「『九字護身法』――正式な方だな。一つ一つ意味のある手印を結んで切るんだ」
その言葉に思い出すのは、複雑に、しかし流れるように組まれていった時政の両手。
うん。忍者みたいだった。某漫画の。
「……あれ? でもなんか最後、『バク』とか言ってませんでした?」
それも漢字なら九字にならないよね?
「お前、本当によく聞いてんな……」
あ、もっと引いた顔になった。ひどい。
「漢字で書くと『縛』――文字通り相手を縛る法だ。こうやって、一文字付け足す事で威力を増させたり、意味合いを強めたりするんだ。これを『十字の法』という。大抵は、『破・喝・命・水・王・大・合・行・勝・天・鬼・一・龍・虎』てな言葉が使われるな」
紙に並べられた漢字の羅列を見ながら、ふむふむと頷く。
なるほど、よくわからん!
「火を止めた呪文とかも、中国のですか?」
まさに魔法だった。東洋の魔術!
「火……ああ、アレか。そう。中国の五行思想に基づいて言霊を創ってる」
「言霊?」
「力を持った言葉だ。式神を呼んだり、札と一緒に使ったりもするな」
し、式神……。なんだか一気に陰陽師っぽくなったぞ……!
「五行思想、つーのはアレだ。木は土に勝つし、土は水に勝つ、てやつ。木・火・土・金・水の五元素で、『互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する』と言われている。――巡って生み出していくのが『相生』、巡って打ち勝つのが『相剋』、元が強すぎて反尅するのが『相侮』、尅しすぎて元を圧殺するのが『相乗』、気が重なり、良い意味でも悪い意味でも威力を増すのが『比和』――この辺を、場によって臨機応変に対応しながら言霊を創るんだ。結構頭使うんだぜ? ……まあ、言い方変えりゃあ、確かに呪文だよなあ」
うんうん、と頷く時政を他所に、僕の頭の中では、ぐるぐると様々な単語が巡っていた。
え、えっと、相生で相剋で……うう、知恵熱出そう……!
「じゃあキュウキュウなんちゃらは? 九字切りの親戚?」
なんか響き似てるし。
「ぶはっ! し、親戚……! いや、間違ってない。うん、間違ってねぇよ」
またもや腹を抱えて笑い出す時政に、じとーっと物言いたげな目で睨み付けた。
……別にいいですよ。いくらでも笑ってくれて。知らないのが当たり前なんだから。
「あー、わりぃわりぃ。拗ねんなって」
若干涙の浮かんでいる眦を拭いながら、ぐしゃぐしゃと僕の頭を掻き回す時政に首を振り払って逃げた。
すぐ頭ぐしゃぐしゃで誤魔化そうとするんだから!
「キュウキュウニョリツリョウ、はこれな」
再び目の前に広げられた紙には『※急々如律令』の文字が。
「意味は『急いで律令の如く行え』――平安時代に出された律令がすげぇ早く回ったみたいに、速やかに命令を行え、て意味だが、まぁさっさと退散しろ、て感じのニュアンスで捉えといていいと思うぜ」
そんなアバウトな。
「うーん、頭痛くなってきたあ……」
蟀谷を押さえながら宙を仰ぐ。一気に溢れ返った情報に、整理する間も無く音を上げてしまいそうだ。
「まあ、別に覚えろとは言ってない。ちょっと偏った豆知識程度に思っとけ」
クスクス笑いしながら頬杖をつき直した時政を、そっと目で追う。
癖っ毛の割りにサラサラな黒髪が重力に従い流れる。現れるのは、――目を奪われる程の魅惑的な紅目。
「…………、」
時政は、吹っ切れたのか、僕に対して以前程頑なにその目を隠そうとはしなくなったけれど――
(いい、のかな)
無理、してないかな……。
「……あの、時政さん」
「ん? なんだ?」
優しく瞳を細めて上目に見る時政に、コクリと唾を飲む。
……やっぱり美形って心臓に悪い。
「あの、いいんですよ……? 目、隠してても。もう僕、余計な事したりしませんし」
あのお節介は、結果的に時政さんを傷付けるだけだったから。
もう随分と懐かしく感じる行きの電車内での出来事を、改めて反省する。
そんな僕に時政は、一拍、間を置くと。
「――いいんだよ。いい加減、俺も進まなきゃなんねぇんだから。……かっけぇだろ?」
「は、はい! すごく、すごく綺麗です! かっこいい!」
時政の不意打ちの笑顔に、思わずぶんぶんと首を縦に振った。
「ふはっ、必死すぎ」
「ひい! ちょっと、無差別にイケメンフラッシュ寄越すのやめてください!」
「イケ……なんだそりゃ」
※本当は『急』は口辺が付いた漢字ですが、変換では出ない為『急』で代用します。
興奮気味に身を乗り出す。
「お、よく覚えてんな。あれは『九字切り』だ」
九字切り……
「名前だけなら知ってる奴も多いんじゃねぇか?」
「あ、はい! テレビで観ました!」
胡散臭さ満載だったけれど。
あの臨場感をテレビで再現するのは不可能だろう。
「字で書くとこうだな」
ポケットに無造作に突っ込んでいた紙を取り出した時政は、裏面に何やら書き込み始めた。
そこには、『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』と、綺麗な字で九つの漢字が書かれていた。
時政さん、字も綺麗なんだなあ。習字とかやってたのかな。
「意味は『兵に臨んで闘う者、皆最前に列をなして鎮座して在り』――アンタの前にはいっぱい迎え撃とうと兵が並んでますよー、逃げた方が良いですよー、てことだ。これは中国からだな。元々は、『青龍・百虎・朱雀・玄武・空珍・南儒・北斗・三態・玉如』だったんだが、日本へ渡る間に省略されたんだ」
「あっ! 知ってます! 青龍、白虎、朱雀、玄武! 四神ですよね? 他にも麒麟とか鳳凰とか霊亀とか応竜とか」
「お前、変な知識ばっかあるんだな……」
若干引いたような時政の反応に、思わず苦笑いした。
まあ、一時期はまったからね。
そういう時期ない? え、もしかしてこれって中二病ってやつ?
「でも、なんで二回もやったんですか?」
しかも、なんか手付きも違ったような。
「ああ。最初にやった方は『早九字切り』だからな。一般人でも簡単にできる省略したやつ。その分威力も小せぇが、だからってみだりに使うなよ? 相手を怒らせるだけだからな」
人差し指を立てて、幼い子供を窘めるように忠告する時政に、はあ、と生返事した。
どうせ僕には何の力もないし、やっても意味ないと思うけどなあ。
「じゃあ二回目のは?」
「『九字護身法』――正式な方だな。一つ一つ意味のある手印を結んで切るんだ」
その言葉に思い出すのは、複雑に、しかし流れるように組まれていった時政の両手。
うん。忍者みたいだった。某漫画の。
「……あれ? でもなんか最後、『バク』とか言ってませんでした?」
それも漢字なら九字にならないよね?
「お前、本当によく聞いてんな……」
あ、もっと引いた顔になった。ひどい。
「漢字で書くと『縛』――文字通り相手を縛る法だ。こうやって、一文字付け足す事で威力を増させたり、意味合いを強めたりするんだ。これを『十字の法』という。大抵は、『破・喝・命・水・王・大・合・行・勝・天・鬼・一・龍・虎』てな言葉が使われるな」
紙に並べられた漢字の羅列を見ながら、ふむふむと頷く。
なるほど、よくわからん!
「火を止めた呪文とかも、中国のですか?」
まさに魔法だった。東洋の魔術!
「火……ああ、アレか。そう。中国の五行思想に基づいて言霊を創ってる」
「言霊?」
「力を持った言葉だ。式神を呼んだり、札と一緒に使ったりもするな」
し、式神……。なんだか一気に陰陽師っぽくなったぞ……!
「五行思想、つーのはアレだ。木は土に勝つし、土は水に勝つ、てやつ。木・火・土・金・水の五元素で、『互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する』と言われている。――巡って生み出していくのが『相生』、巡って打ち勝つのが『相剋』、元が強すぎて反尅するのが『相侮』、尅しすぎて元を圧殺するのが『相乗』、気が重なり、良い意味でも悪い意味でも威力を増すのが『比和』――この辺を、場によって臨機応変に対応しながら言霊を創るんだ。結構頭使うんだぜ? ……まあ、言い方変えりゃあ、確かに呪文だよなあ」
うんうん、と頷く時政を他所に、僕の頭の中では、ぐるぐると様々な単語が巡っていた。
え、えっと、相生で相剋で……うう、知恵熱出そう……!
「じゃあキュウキュウなんちゃらは? 九字切りの親戚?」
なんか響き似てるし。
「ぶはっ! し、親戚……! いや、間違ってない。うん、間違ってねぇよ」
またもや腹を抱えて笑い出す時政に、じとーっと物言いたげな目で睨み付けた。
……別にいいですよ。いくらでも笑ってくれて。知らないのが当たり前なんだから。
「あー、わりぃわりぃ。拗ねんなって」
若干涙の浮かんでいる眦を拭いながら、ぐしゃぐしゃと僕の頭を掻き回す時政に首を振り払って逃げた。
すぐ頭ぐしゃぐしゃで誤魔化そうとするんだから!
「キュウキュウニョリツリョウ、はこれな」
再び目の前に広げられた紙には『※急々如律令』の文字が。
「意味は『急いで律令の如く行え』――平安時代に出された律令がすげぇ早く回ったみたいに、速やかに命令を行え、て意味だが、まぁさっさと退散しろ、て感じのニュアンスで捉えといていいと思うぜ」
そんなアバウトな。
「うーん、頭痛くなってきたあ……」
蟀谷を押さえながら宙を仰ぐ。一気に溢れ返った情報に、整理する間も無く音を上げてしまいそうだ。
「まあ、別に覚えろとは言ってない。ちょっと偏った豆知識程度に思っとけ」
クスクス笑いしながら頬杖をつき直した時政を、そっと目で追う。
癖っ毛の割りにサラサラな黒髪が重力に従い流れる。現れるのは、――目を奪われる程の魅惑的な紅目。
「…………、」
時政は、吹っ切れたのか、僕に対して以前程頑なにその目を隠そうとはしなくなったけれど――
(いい、のかな)
無理、してないかな……。
「……あの、時政さん」
「ん? なんだ?」
優しく瞳を細めて上目に見る時政に、コクリと唾を飲む。
……やっぱり美形って心臓に悪い。
「あの、いいんですよ……? 目、隠してても。もう僕、余計な事したりしませんし」
あのお節介は、結果的に時政さんを傷付けるだけだったから。
もう随分と懐かしく感じる行きの電車内での出来事を、改めて反省する。
そんな僕に時政は、一拍、間を置くと。
「――いいんだよ。いい加減、俺も進まなきゃなんねぇんだから。……かっけぇだろ?」
「は、はい! すごく、すごく綺麗です! かっこいい!」
時政の不意打ちの笑顔に、思わずぶんぶんと首を縦に振った。
「ふはっ、必死すぎ」
「ひい! ちょっと、無差別にイケメンフラッシュ寄越すのやめてください!」
「イケ……なんだそりゃ」
※本当は『急』は口辺が付いた漢字ですが、変換では出ない為『急』で代用します。
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